聖なる夜に

†† 狭間 vol.2 ††




 どぉーん、と腹に響く重低音。
 澄んだ星空に次々と開く、大輪の光の花。
 その度に人々から溜息の入り混じった感嘆と歓喜の声が零れる。
 もう深夜と言っても過言ではない時間帯であるのにも関わらず、ソルファーズ王国の市街地から人影が減る様子は無い。それどころか益々増える一方だ。
 それも仕方ない事。
 今宵は3年に一度行われる聖祭。
 しかも祭りの開催の時刻は午後11時。
 祭りの第1の催しが、この派手な花火なのだ。
 つまり祭りは始まったばかりであり、これから3日3晩、王国は祭り一色となる。

「聖祭(セリア)、か……」

 息をもつかせぬ程に次々と打ち上げられる光の洪水を見上げ、カズマはすっかり短くなった煙草を灰皿で揉み消す。
 疲労感が色濃く残る身体。
 気を抜けば、睡魔に捕らわれ瞬く間に泥のように眠ってしまうだろう。

 城の最上階の角部屋という特等席を確保する事に成功したカズマは、眼下に広がる街の賑わいをもう一度眺めてから、窓は元より木戸も閉ざし、外の景色も花火の音もを可能な限り完全にシャットアウトする。
 そしてベッドの上でボリュームのある長い尻尾に顔を埋めるようにして、眠っている獣のその頭をそっと……その眠りを妨げる事の無いように撫でる。

 黄金色の柔らかい体毛は、真綿の感触だった。

 姿は狼のようだが、その尻尾はふさふさで長く立派で、先の方がくるりとカールしており明かに狼とは違っている。
 
(何でこんなモン拾ってしまったんだ、俺は……)

 やれやれと迷惑気に呟きながらも、カズマは優しい笑みを浮かべていた。





 ……時は1年前へと遡る。
   
 聖祭の前に執り行われる儀式。
 この国の存亡を担っていると言っても、決して過言では無いその儀式が幕を開けるまで、後1時間足らず。
 儀式が執り行われている間……いや、日が沈んでから、儀式が終了し、祭りの開始を告げる花火が上がるまでは、極力……余程の事情が無い限り、外出をしないのがこの国の掟だ。
 だからこの時間帯は、国中が異様な興奮と微かな不安を抱いたまま、不気味なほど静かに沈黙している。

「許可証を提示して頂きます」

 城と街を隔てる高い城壁。そして重厚な門(ゲート)。
 何時もなら難なく顔パスで潜れる筈だったが、その時門の警護をしていたのは、その日城内初勤務だった若い仕事熱心な兵士の1人だった。

(急いでいる時に限ってこれだ…)

 自分の運の悪さを密かに嘆きながら、それでも本来、許可証の提示は当然行われるべきものであるので文句も言えず、カズマは自分を足止めした兵士に許可証を提示しながら、他の警備兵の姿が見えない事を危惧する。
 正門であるここに、警備兵が1人というのは不可解極まり無いことだった。
 しかも今宵、城の庭園は『儀式』の行われる聖地と化す為、出入りはより一層制限されている筈だった。

「お前、1人か? 他の奴等はどうした?」
「貴様には関係のない事だ」

 明かに自分より年下の男から『お前』呼ばわりされた若い兵士は、明らかにむっとし不機嫌を隠さずに答える。
 
 日に焼けた健康そうな肌、漆黒の髪、切れ長の紫色の目。未だ幼さが、やんちゃ気が残る表情。程良くついた筋肉。
 お世辞にも気を使ったとは言い難い……これから城へと上がるとは思えない、全くの普段着姿。
 馬車に乗って来た訳でも無ければ、共の者もいない。
 どう見ても只の『ごろつき』にしか見えない男が、許可証を持っていること自体が不自然だった。

(この許可証は偽造に違いない)

 若い兵士はそう決め付け、不正を見抜こうと預かった許可証を食い入るように見つめる。

 自分が不審者扱いされていると気付いたカズマは、小さく溜息を零し、これはすんなりとは通して貰えそうも無いと観念すると、ポケットから煙草を取り出すと火を点ける。
 育ての親でも有り、師匠でも有るマズリと共に上城していればこんな面倒な事態は確実に回避できた筈だが、半日以上も城の中で過ごすなどカズマには耐え難いことだった。
 儀式前に城に長く滞在すれば、面倒な仕事が増えるばかりなのは火を見るより明かなのだ。
 つまりは……こうなったのも致し方ないことなのだと、カズマは観念する。
 儀式までは未だ間が有る。出来の悪そうなこの警備兵も流石にそれまでには気付くだろう。

「おー、カズマじゃないか」
 
 1本目の煙草が短くなり、そろそろ2本目へと思った時、閉ざされていた門が僅かばかり開き、大柄で体格の良い兵士が姿を現しカズマを見つけると、身体に似合わない人懐っこい笑みを浮かべる。

「ダラス。お前、持ち場を離れて何処行ってたんだよ」

 事態を好転させてくれる心強い救いの神の登場に、カズマは内心ほっと安堵する。
 儀式に間に合えば問題無いとは言え、その時間が迫れば迫るほどマズリの雷が増幅される事は間違い。避けられる小言は避けたいと思うのが、人の常というものだ。

「カズマ?……カズマ=ルディガイル………カ、カズマ様!!」

 先輩ダラスの言葉に、若い兵士は慌てて許可証の名前をもう一度確認し、今自分の目前に居るのが、今宵の儀式の最重要人物であると気付くと、素っ頓狂な声を上げ、もう一度カズマの姿をつらつらと見つめる。

 凝った模様の銀のアームリング。『ディストス』
 同様に銀で出来た三日月と星、聖獣ルティス(銀竜)の姿が刻まれた杖。『ルティラゼリア』
 
 ルティラゼリア(杖)は、この聖祭の本来の役割である『聖なる結界』を施す者にのみ与えられるものだった。
 それが即ち……魔導士、カズマだった。

 このソルファーズ王国は四方を魔の森で囲まれている。
 当然、人を襲う凶悪強暴な獣がうじゃうじゃ居る。それらの侵入を防いでいるのが『聖なる結界』だった。
 無論、魔導士1人の力に寄るものでは無い。
『聖なる結界』は聖なる石『ラナス』の効力に寄り形成されている。

 聖なる石『ラナス』
 それは誰もが簡単に手に出来る品物では無い。
 何故なら、この国の古い言葉で、『生命』を意味する『ラナス』は、文字通り魔獣の命だからだ。
 だが常人が魔獣を射止めても『ラナス』にはならない。
 魔獣を『ラナス』に変える為には、特別な魔法力が必要だった。その力を習得した者は『ラナテリス』と呼ばれ、その称号として『ディストス』が与えられる。

 そして『ラナテリス』の最高位の者に与えられるのが、『ルティラゼリア』であり、それを与えられた者が『聖なる結界』を施すのが古くからの掟だった。

「いやー、俺としたことが、迂闊にもこいつの潜入を許しちまったんでね」
「こいつ?」
「ああ、こいつ」

 ダラスは小脇に抱えていた、くすんだクリーム色の小さな魔獣の子をカズマへと翳す。
 獣の子は騒ぎもせず、鳴き声さえ上げる事無く、大きな青紫の瞳でじぃ〜〜〜っとカズマを見つめる。その瞳には恐怖は無い、有るのは悪戯気な好奇心。
 その獣の子を見、カズマは一瞬すっと眉を顰めたが、直ぐに元通りの屈託の無い笑顔を浮かべる。

「ルルグの子、か……」
「ああ」

 ルルグ 小型だが頭が良く、群で行動する獣だ。姿は犬と狐を掛け合わせた感じだが、目前に居るのは未だ子供なので、まるきり子犬のようだった
 
「……小さいくせにすばしっこくてねー。捕まえるのに一苦労したよ」
「ご苦労なことだな」
「まぁな、何時もならこんなに目くじらたてて捕まえたりはしないが、今夜は『儀式』だからな。小さくても獣は獣。巻き込まれたら厄介だからな」

 参ったよ、とダラスは自分の失態を認め、照れ笑いを浮かべる。
 確かにどんなに小さくても獣が紛れ込めば、儀式に差し障る可能性が有る。心優しく仕事熱心なダラスが、放って置けないのは仕方の無い事だろう。

「で、そいつ、どうするつもりだ?」
「そうだなー、明日、森へ返してやるよ。俺はラナテリスじゃないからな」

 獣を側に置く事を許されるのは、ラナテリスだけだった。
 大人しくても獣は獣。何時、豹変するか分からない危険性を孕んでいるからだ。

「だったら、そいつ俺に譲ってくれ」
「構わんが……お前、まさか」
「何だよ?」
「まさか……このおチビちゃんを『ラナス』に変えるつもりじゃないだろうな?」

 訝しげなダラスのその言葉に、ルルグの子は微かにぴくっと尖った耳を震わせる。
 カズマは一瞬ダラスが何を危惧しているのか測り兼ねたが、すぐに彼の真意に気付き破顔する。

「ルルグも魔獣は魔獣だが、その魔力は極めて低い。しかもこいつは子供だ。狩っても欠片にもならないな」
「そうだな。なら、良いんだが。俺はてっきり、今夜の儀式の為かと……」
「ばーか。俺がそんな野蛮なことするか! どうせ明日には森へ行くからな。俺が返して来てやろうと思っただけだ」
「わはははは…冗談だ」

 豪快に笑いながらダラスは、「ほらよ」とルルグの子をカズマへと託す。
 カズマに抱き抱えられたルルグの子が暴れる事無く、大人しくしていることを見届けてから、ダラスは腕時計で現時刻を確認する。
 儀式まで、あと40分。 

「ところで……主役が随分と悠長な登場だな」
「そう思うのなら、さっさと門を開けてくれないか」

 カズマはちらりと若い兵士に視線を送る。
 呆然とダラスとカズマの会話を見守っていた兵士は、その言葉ではっと我を取り戻すと、慌てて持っていた許可証をカズマに返し、体当たりするようにして門を押し開ける。

「ス、スイマセン! うわ!!」

 勢い余って門の向こう側に派手に転がった若い兵士を見、カズマとダラスは顔を見合わせると大声で笑った。





「お前、ルレート、だろ」

 儀式が始まるまで後20分……儀式用の煌びやかな装飾品のついた派手な衣装に着替えながら、カズマはソファの上にちまっとお座りしているルルグの子に話しかける。

 ルレート 外見はルルグと似通っているが、大きさは全く異なる。ルルグは狐ほどの大きさにしか成長しないが、ルレートは狼ほどにもなる。
 ルルグと違い、ルレート単独で生活している事が多い。
 そして一番の違いは、ルレートは獣と人間の姿をもつ事。

 この世の中で一番の魔力を秘めた聖獣・ルレート。
 ラナテリスと言えども滅多に……いや、出会えたら奇跡と言っても決して過言ではない、幻の種族。
 だが、カズマがルレートと出会うのは、これが2度目だった。

「………」
「別に、お前がルレートだからってどうこうするつもりはねーよ。まして、今夜の儀式の生贄にするつもりも無い」
  
 着替え終わったカズマは鏡に己の姿を映して見る。
 この衣装を着るのが今回が2度目。
 前回ほどの嫌悪感は無いにしても、やはり余り良い趣味とは言い難く、変貌した自分の姿に眩暈と多少の吐き気を抱く。
 『聖なる結界』を新たに張るだけなのだから、どんな格好でも構わないじゃないか、とカズマは思うのだが、しきたりを重んじる長老方には逆らえない。
 益して先代のルティラゼリア使いが育ての親であるマズリであり、儀式の監督として目を光らせている以上、自分が反撃に転じられる隙は皆無だ。
 親孝行だと思って諦める以外に無い。

「………」
「この面倒な儀式が済んだら森に返してやるから、親んトコに帰れよ」
「……」
「まさか…何処から来たのか分からないなんて言うんじゃねーだろーなぁ」
「………」
「……おい」

 幾ら話しかけても返事の帰ってこないルルグの……ルレートの子をカズマはきっと鋭く睨みつける。

「チビ、お前、ルレートなんだろ?!」
「……」

 しかし、やはり返答は無い。
 カズマは業とらしく大げさに溜息を零す。

「……ルレートは知能の高い種族だと聞いていたが、このチビは例外ってことか…」
「ぬぁんですってぇ!」

 カズマの聞き捨てなら無い言葉に過剰に反応したルレートの子が、目一杯の敵意を込めた言葉を発する。
 澄んだ鈴の音のような少女の声。
 その声(言葉)を聞いたカズマはにやりと満足げに微笑む。

「やっぱりルレートだったんだな」
「あ……」

 自分がまんまとカズマの術中に嵌ってしまったのだと気付き、ルレートはしまったと首を竦める。

「チビ、お前、何でこんなところに?」

 カズマが、窓から儀式の会場となる庭園を見下ろしながら尋ねる。
 儀式の準備は万全に整っており、マズリが魔方陣とラナスの最終チェックを行っているのが見えた。

「チビ、チビって言わないでよ。私には『セリア』って名前があるんですからね!」

 ルレートは、ふんっとそっぽを向く。
 その名を聞いて、カズマは弾かれたように振り返り、ルレートの子を…セリアを見据える。

「セリア?」
「そうよ」
「セリア……か」

 セリアは古文で聖祭を意味する言葉だ。
 聖祭の前に聖祭の名をもつ幻の種族ルレートと出会った。
 果たしてこれは偶然だろうか。
 
(それとも……彼女の……)

 深刻な顔で考え込んでしまったカズマを、セリアは恐る恐る見上げる。

「あ、あのさ…」
「ん?」
「…あたしを狩らないの? あんたラナテリスだろ? あたし達を狩るのが仕事だろ?」

 セリアの瞳の奥に恐怖心が色濃く見え、カズマは優しく笑むとセリアの頭をぐりぐりと撫でる。

「確かに魔獣を狩るのが俺の仕事だ。だが狩るのは必要最低限だ。それに聖獣は狩らないよ」
「そうなの?」
「聖獣を狩って秘密裏に売買している連中が要る事も事実だが、俺の主義じゃない」

 魔獣のその種類や大きさによって『ラナス』の色も大きさも効力も変わってくる。
 そして美しいラナスは結界に使用されるだけでは無く、宝石としても扱われていた。
 益して魔獣の中でも知能の高く、絶対数の少ない『聖獣』のラナスには高価な値がつくことから、聖獣を狩る闇のラナテリスも実在する。

「ふぅ〜ん」
「魔獣も聖獣も俺達人間も命は命で変わりねぇからな。無闇な殺生はしない主義なの。それに…」

 リンゴーンと響く鐘の音に、カズマははっと顔を上げる。
 それは儀式の始まりを告げる合図だった。

「おっと詳しい話は後だ。先ずは儀式を片付けてくる。興味があるのならそこの窓から見えるぜ。腹減ってるのならこの部屋にあるモノ食ってて構わないから。但し、この部屋外には出るなよ。儀式に巻き込まれるからな」
「あ・・…うん」

 セリアが了承するのを見届け、カズマはルティラゼリアを手に取ると、脱兎の如く部屋を出て行った。





 大気が、キーンと鳴る。
 痛いほどの張り詰めた空気。

 地面に描かれた魔方陣のその中央に色とりどりの大小様々な『ラナス』が捧げられている。
 この3年間、カズマをはじめ、この国のラナテリス達が懸命に集めてきた成果がここに有る。

 儀式を見守る者は居ない。
 『聖なる結界』を施す者以外にこの祭壇に上がる事も、儀式を覗く事も表向きには許されてはいない。

 カズマは長くて複雑な古文による詠唱を一字一句間違えずに唱え続ける。

 地面と水平にして翳したルティラゼリアからは、蜃気楼の如くゆらゆらと気が昇り始めていた。

(綺麗……)

 人間を綺麗だと思ったのは初めてだった。

 案の定というか、当然と如くいうか……こっそりと部屋を抜け出したセリアは、初めは建物の影から密かに見学していたものの、何かに誘われるように徐々にカズマの立つ祭壇へと歩み寄る。
 目を閉じて一心不乱に詠唱を続けているカズマは気付かない。

 その姿は金の髪、青紫の瞳の7歳程の少女だった。
 ルレートのもう1つの姿。

 カズマにここへ来る事を禁じられたので、獣の姿ではなく人間の姿に変えたのだ。
 これなら例えカズマに見つかっても自分だとは気付かれないだろう。

(カズマって…凄いんだ…)

 カズマから感じる圧倒的な力。
 それは恐怖にも感じる程だった。これほどの魔道師をセリアは今まで見たことが無い。
 今までと言っても、生まれてから未だ2年とちょっとしか経ってはいないが…

 魅入られてしまった魂。
 指が髪が骨が肉が…己の身体を形成する全ての部品(パーツ)が、カズマへと捕らわれてしまう。
 その中身(内)へと取り込んで欲しいと。

 カズマの詠唱はいよいよ架橋にさしかかる。
 魔方陣に置かれていたラナスが、自ら光を放ち始める。

『我は乞う。邪悪を排する聖なる光よ、今我の前に出でよ』

 最後の詠唱。

 一瞬、ラナスの光が途絶える。
が、次の瞬間、地面に描かれていた魔方陣そのものから巨大な光の柱が一直線に空へと突き進む。そして天へと到達した光は円形に広がり、空を光のウェーブで覆う。

「?!」

 セリアは自分の身体がふわりと軽くなった感触に驚愕する。
 自分の体重そのものが、全く感じられない。

(吸い込まれる!)

 吸い込まれようとしているのはカズマにではなく、光に、だ。
 巨大な光の柱に吸収されようとしているのだ。
 狩られた多くの魔獣達が…その怨念が同じ魔獣であるセリアを取り込もうと蠢いている。

「うわっ!」

 足が完全に地面から離れる。
 じたばたともがくが無駄な努力に終わる。
 
「わっ、わっ、わぁっ」

 圧倒的な光の触手が、セリアを捕らえる。
 人間の目には写る事の無いものだ。

 やがて自らも光の内側へと……光そのものへと変貌する。
 最早自分自身も人間の目には映らない物と化しているのだろう。

(助けて!!)

 声に変わる事の無い悲鳴。
 透き通って行く景色。

 そこで全てが途絶えた。





「このっ大馬鹿野郎!」

 心地良いまどろみ……それに強制的に終止符を打った怒鳴り声。

「え? え……あれ?」

 セリアはがばっと飛び起きると、きょろきょろと辺りを見回す。
 最初にカズマに連れて来られた部屋。
 自分が横になっていたのは、ふわふわのソファ。
 
 自分を覗き込む心配気なカズマは、未だ儀式の衣装のままだ。

「巻き込まれるから部屋から出るなって言っただろーがっ」
「あ…あれ?……あたし、何で生きてんの?」

 未だに状況が掴めず、ぱちぱちと瞬きを繰り返すセリア。

「俺が助けたからに決まってるだろーが!」
「カズマが? だって…どうして私がセリアだって分かったの?」
「俺はラナテリスだぜ。そんなの当然だ。獣の気配は目じゃなく肌で感じるんだ」
「……。」
「儀式の最中は獣は巻き込まれるんだ。ダラスが王宮内へ入り込んだお前を捕まえたのも、お前が危険に晒されるのを防ぐ為だったんだぞ」

 自分の取った行動が全てカズマにお見通しで、しかも浅はかだった事を告げられ、セリアはしゅんとなる。

「……ごめん、なさい」
「ま、無事で何よりだよ」

 泣き出してしまいそうなセリアと頭をぽんぽんと軽く叩き、優しく微笑むと、疲れきった身体をソファへと、セリアの隣りへと投げ出す。
 ふと視線を窓の外へと送ると、次々と打ち上げられている花火が見えた。
 そして遅れて響くどーんという爆音。
 儀式の終了と、祭りの開始を告げるものだ。

 セリアはカズマの著しい疲労を感じ取り、涙を浮かべる。
 カズマの疲労が儀式の影響だけではなく、自分を救った為であることは明白だった。

「……ごめんね、カズマ」
「もう、いいよ……無事だったんだからな。明日、夜が明けたら森へと送っていくよ。流石に今晩は疲れた」
「……やだ」

 ぽつりとセリアが呟く。

「は?」
「あたしカズマと居る」
「おい……」
「もう決めたもん。あたしカズマと一緒に居ることにする。今度はあたしがカズマを守ってあげるだもん」

 カズマの意思を完全に無視して、セリアはきっぱりと断言し、カズマの腕に絡み付きにっこりと微笑む。

「勝手に決めるな! 第一お前は未だ子供だろう! 親が心配してるだろうが」

 セリアの勝手な決断に、カズマは狼狽する。

「あら、あたし、もう2歳だもん。立派に1人立ちしてるもん」
「2歳って……」

 堂々と断言するセリアに、カズマはくらくらと眩暈を抱く。
 確かに人間と獣の成長過程は大きく異なるが、ルレートと言えども2歳は立派な子供に違いない。それが証拠に、人間の姿のセリアは7歳ほどだ。
 セリアの嘘は明白だった。

「一緒に居るっ 一緒に居る! 一緒に居るもん!! カズマと一緒に居るんだもん!」

 地団駄を踏み、うわわわぁぁんと泣き出すセリアに、カズマはぎょっとする。
 ラナテリスのトップに立ち連戦練磨のカズマも、女子供の涙には頗る弱かったりするのだ。

「うわっ 泣くな! 泣くなってば! 分かった! 分かったから」
「……ほんと?」
「……う」

 しまったと思ったが、後の祭りだ。

「ホントだね。一緒に居て良いんだね」
「……す、好きにしろ」

 目尻に涙を浮かべつつ、にぱっと笑みを浮かべるセリアに、カズマは今度こそ本当に脱力し降伏した。





 微かに……本当に微かに届く花火の音。
 それは懐かしい記憶を呼び起こす。

 カズマはころんとベッドへと疲れた身体を横たえる。
 『聖なる結界』を施し、カズマは疲れ切っていた。限界を遥に超え、我慢できずに重い目蓋を閉ざす。
 セリアはカズマへそっと毛布をかけると、カズマの隣りへと…自分の定位置へと潜り込む。

 セリアが自分に身体を摺り寄せるのを感じ、カズマは瞳を閉ざしたまま尋ねる。

「ところでセリア……お前、あの時何故ここへ忍び込んだ?」

 ずっと…何となく聞きそびれていた問い。
 
「だってぇ、ティールスがここへ逃げ込んだから」
「は?」

 何か重大な理由でもあるのではと、期待していたカズマは拍子抜けしてしまう。
 ティールス それはルレートが最も好物とする魔獣だ。
 勿論、セリアの大好物であり、ティールスを目の前にするとセリアは激変する。
 ……それは今も昔も変わらないと言う事。

(セリアらしい…か……)

 変わらない。
 あの時から……
 その姿は驚くほど大人へと変貌したというのに。
 やはり、色気より食い気、だ。

(たった3年だからな……)

 そうたったの3年だ。
 3年前、彼女は7歳ほどの子供でしかなかったのだ。
 変われという方が酷だろう。
 結局セリアはセリアだと言う事だ。
 
(何時の間にか……当たり前になってるな)

 セリアが隣りに居るということが。

 そんな事を考えながら、意識は急速に睡魔に奪われて行った。
 
 



 微かな寝息。
 穏やかな表情で眠りに落ちたカズマの顔を、セリアは幸福そうに頬杖を付いてじい〜っと眺めていた。

 あれから3年。

 人差し指でつんと頬を突付く。
 深い眠りに落ちているカズマに反応は無い。

(カズマ……)

 セリアは暫し躊躇った後、唇をカズマの頬へと近付け、そっとキスをする。

「ばーか……私だって何時までも子供じゃないんだからね」




―Fin―




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祐浬 2000/7/31