碧き光

†† vol.3 ††




「心配せんでも、直に視えるようになる」

 コズミ博士と碁を楽しんでいる最中、突然002に問答無用で攫われ、訳も分からぬままに研究所に強制送還されたギルモア博士は、フランソワーズの眼の治療を施すと、ふーーーっと息を吐きながら強引な空中散歩で痛めた腰に手を当て伸ばした。

「本当かっっ!?」

 フランソワーズやジョーよりも早く、002が凄い剣幕で博士に問う。

「直ぐに洗い流したから、重大な影響を受けずに済んだようじゃな。一時的に麻痺しているだけじゃから、時間が経てば元に戻る」
「良かったぜ」

 002はほぅと胸に支えていた息を吐き出すと、ぽりぽりと流線型の長い髪を掻き回す。
 ジョーとフランソワーズもそれぞれに安堵の溜息を吐(つ)いた。

「博士、どのくらいの時間で視えるようになるんですか?」
「うーむ……4、5時間もあれば日常生活には困らんレベルにまで回復するじゃろう。透視や遠視の能力も、半日もあれば完全に元通りとなるじゃろうて」
「半日……」
「視えない間は不自由だし、心細いかも知れんが……ま、それはジョーが付いておるから心配は要らんかのぅ」
「え?」
「あ……///」

 博士の意味深な言葉に、ジョーとフランソワーズは頬を染めて俯く。
 2人のその初々しい反応に、博士は微笑ましげにうんうんと小さく頷き、002は気恥ずかしくて視線を逸らした。

「さて…と、戻るとするかのぅ、ジェット」
「戻る?? 何処へ戻んだよ?」
「コズミ君の屋敷に決まっておる」
「何でだよっ わざわざコズミのじーさんのトコへ戻る必要はねーだろ!?」
「馬鹿なことを言っちゃいかん! イワンを置いてきてしまったじゃろうがっ」

 博士に一喝されて、002はやっと001を置いてきてしまっていることに気付く。

「でも、アイツなら、勝手に戻って来るだろ?」
「イワンは今は夜の時間じゃっ それに未だコズミ博士との勝負もついておらん!」
「しゃーねーなぁ、そんじゃあ、もう一度ひとっ飛び…」
「馬鹿もんっ! 老体にこれ以上無理をさせるで無いっ 車じゃっ、車で行くぞ」
「へいへい」

 鼻息荒く部屋を出て行くギルモア博士に、002が渋々と続く。

「ジェット」

 部屋を出て行こうとする002を、フランソワーズは慌てて呼び止める。002は首だけで振り向き、視線の噛み合わない彼女を見つめる。

「あ? 何だ?」
「あの…ありがとう」
「けっ 礼を言われるような事はしてねーよ。元々、俺の不注意だしな」
「でも……ありがとう」

 フランソワーズからの更なる感謝の言葉に、002は微かに頬を染め、にっと笑うと、ひらひらと手を振りながら部屋を後にする。

『帰りは遅くなるからな。ばっちりジョーに癒して貰え』
『!! ジェットっっ!?』

 体内無線で響いた002の言葉に、フランソワーズは、ぼぼっと顔を赤くする。

 ぱたん、と扉が閉まる音。
 そして、2人が階段を降りて行く足音。


 密かに交わされた2人の会話には到底気付かなかったジョーは、うーーんと真剣に考え込む。

「空を飛んでいくのも、ジェットの運転する車に乗るのも、スリルはあまり変わらないような気がするケド……」
「まぁ、ジョーったら」




 フランソワーズはくすくすと笑う。








 いつもと変わらない、彼女らしい微笑を見て、ジョーはやっと張り詰めていた緊張の糸を完全に解くことが出来た。








 ジョーは床に足を流して座るフランソワーズの背後に回ると、両手で彼女を抱き締める。
 壊してしまわぬようにそっと……。
 けれども、逃げられぬようにしっかりと彼女を腕の中に包み込む。
「ジョー?」
「良かった……本当に、良かった」
「………。」

 ジョーから伝わってる温もりが……、彼の想いが嬉しくて、切なくて、フランソワーズは目を細めると、右手で自分を抱き締めるジョーの手を探り当て、己の指を重ねる。

「ごめん、ね」
「どうして謝るの?」
「だって……ドルフィン号の塗り替え作業、私、邪魔してしまったわ…」
「それは……もう良いよ。明日は大人やグレートも手伝ってくれるって言っているし、4人でやればあっと言う間さ」
「そうね……」
「明日は絶対に、格納庫に降りて来ちゃ駄目だよ」
「ええ……」

 フランソワーズは申し訳なさそうに、こくんと頷く。

「少しは……視えるようになった?」
「……ええ。さっきよりは、少しだけ」

 洗浄液を被ったばかりの時は、僅かな光が動きしか確認できなかったが、今は何処に光源があるかくらいは目で捉えられる。
 博士の言葉通り、視力はゆっくりだが確実に戻ってきていた。

「変よね……視える時には『いっそ視えない方が良い』って……こんな瞳なんて要らないって思っていたのに、ギルモア博士にまた視えるようになるって言われて、私、凄くほっとしている」

 見え過ぎる自分の瞳を、何度呪ったか分からない。
 戦場で残酷な場面を目の当たりにする度に、瞳(ちから)を潰してしまいたいと思っていたのに……。
 実際に見ることが叶わなくなった途端、不安で、怖くて仕方が無かった。

 もう一度、ジョーの顔を見たいと願った。

「僕は……君の瞳(目)、好きだよ」

 ジョーは照れながら、彼女の耳元で囁く。

「ジョー……」
「最初に見た時に思ったんだ。空、みたいだって」

「空?」
「うん。碧くて、きらきら輝いていて、暖かくって……」

 はじめて逢った時に、そう思った。
 出逢った瞬間に……。
 未だ名も知らぬ女性なのに……。
 彼女は「光」なのだと―――。
 全てのものを明るく照らし、暖め、育む清浄な碧き光だと。

 そして、実際にその通りだった。
 自分がどんなに濃い闇に呑み込まれても、彼女(光)が日の当たる場所へと導いてくれた。凍えた身体を温めてくれた。



「そして……手が届きそうで、届かない。絶対に掴む事の出来ないものだって思った」








「それなら……私はもう空じゃないわ。だって、こうして貴方に捕らわれているもの」









 フランソワーズは身体の力を抜き、ジョーに凭れ掛かると、彼の手を唇に引き寄せ、その指にキスをする。







「フランソワーズ?」

 指に吸い付く彼女の唇の感触が、ぞくりとジョーの身体の中心を甘く痺れさせた。
 今迄堪えてきた激情が、一気に高められていく。

 こんなふうに彼女の方から甘えてくる事は、珍しかった。
 いつも自分から誘って、求め、彼女が恥ずかしそうに自分の願いを承諾する。







 ジョーは指先でフランソワーズのピンク色のマシュマロのような唇をなぞりながら、もう片腕で彼女の躯を自分と向かい合うように誘導する。
 フランソワーズも導かれるままに自ら躯の向き変え、ジョーの存在を確かめようと彼の腰から肩へと掌を滑らせた。





 フランソワーズの唇に触れていたジョーの指が、頬、耳、そしてほんのりと甘い香りがする柔らかな髪の中へ差し込まれる。

 ジョーの吐息が自分の唇にかかるのを感じて、フランソワーズはそっと目を閉じ、その瞬間を待つ。






 直後、温かく濡れた彼の唇が、フランソワーズの唇を塞いだ。
 啄ばむような優しいキスは、直ぐに深くて熱い恋人同士の口付けへと堕ちていく。


 呼吸が弾んでしまうほどのキスを交わした後、ジョーは軽々とフランソワーズを抱き上げベッドへと横たえる。
 そして、全く抵抗する事の無いフランソワーズの躯を自分の躯で覆い、膝で彼女の脚を割る。


























「いいの?」

 自分が貪欲に躯を求めようとしていると知りながら、なすがままにその身を委ねるフランソワーズに、ジョーは不安げに確認する。

 フランソワーズは慈愛に満ちた笑みを浮かべると、小さく頷き、おぼろげ浮かぶジョーの輪郭を懸命に捕らえ、碧い瞳に映す。
 そして、両手を彼の背中に回し、ぎゅっとその逞しい躯を抱き締めた。

「ちゃんと、捕まえていて……。貴方の手の届かないところになんて、行けないように、しっかりその手で抱き締めていて…」





「僕が……捕まえて、良いの?」
「……ええ」








 2人は求めるがままに……自分の心の情熱の赴くままに、再び唇を重ね合わせた。
A senret story is in "Miroir" ...






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祐浬 2003/1/15