碧き光

†† vol.2 ††




「視えねぇ、だと!?」

 002が血相を変えて2人に近寄る。
 フランソワーズはその声から002の位置を推測し、その方向へと顔を向ける。
 だか、やはり何も視えはしなかった。
 それでもフランソワーズは努めて明るい口調で答える。

「全く見えない訳じゃないわ。微かな明暗は分かるの」
「僅かな明暗って……殆ど視えねぇってコトだろ! 落ち着いている場合じゃねーだろーがっっ」

 こんな時まで自分達に気を遣い、心配させないように、とするフランソワーズのいじらしさが、002には堪らなかった。
 同時に、フランソワーズをこんな目に合わせてしまった自分自身に、どうしようもなく腹が立った。

「ジェット、ギルモア博士に連絡してくれ」

 ジョーは両手でフランソワーズを軽々と抱き上げると、ジェットへと指示する。
 彼女の眼の治療が出来るのは、ギルモア博士以外には居ない。そのギルモア博士は001を連れて、今朝からコズミ博士の元へ行っていた。

「コズミ博士んトコだよな? 面倒臭えっ ひとっ飛びして攫って来る!」
「ジェット、無茶はしないで」
「今無茶しねーで、いつ無茶すんだよっっ 待ってろっ 直ぐ戻って来る!!」

 申し訳なさそうなフランソワーズに、ジェットはそう言い捨てると、格納庫の非常口から表へと飛び出した。
 彼のジェットエンジンの音が響き、あっと言う間に遠ざかって行く。

 彼の脚(飛行能力)なら、本当に直ぐに博士を連れて戻って来るだろう。
 本格的な治療は博士の到着を待たねばならないが、フランソワーズをこのままここに放置しておけはしなかった。
 ジョーは彼女を抱き上げたまま、エレベーターへと乗り込む。

(博士が帰って来るまでに、着替えさせないと…)

 氷のようにすっかり冷めたくなってしまったフランソワーズの躯。
 早く温めて、着替えさせなければ、風邪をひいてしまうだろう。

「ジョー、私……」

 フランソワーズは恐る恐るジョーへ声をかける。
 彼が今どんな表情をしているのか見ることは叶わない。けれど、自分を抱く彼の腕の力がいつもよりも強い事と、いつにも増して口数が減ってしまっている事から、ジョーが怒っていることだけは分かっていた。

「格納庫に来ては駄目だって言ったじゃないか。今日の作業が君には危険な事は知っていた筈だよね」

 予想以上のジョーの鋭い声に、フランソワーズはびくっと身体を震わせる。

 自分が今回の作業を手伝えないことは分かっていた。
 けれど、自分だけ何もしないでじっとしている事が申し訳なくて……作業そのものでは無くとも、何か自分でも手伝えることが有るかもしれないと、約束を破り格納庫へ降りたのだった。

(手伝うどころか…私、足手纏いだわ……)

 自分の不甲斐なさに、フランソワーズは泣きそうになる。

「……ごめん、なさい」
「あ……いや。……作業中にふざけていた僕等が悪いんだ。ごめん」

 しゅんとしてしまったフランソワーズに、ジョーは慌てて自分の非を認め、謝罪する。
 根本的な原因は、自分が002に詰め寄ったから、だ。だから002がホースを落とし、フランソワーズが巻き込まれた。

「ううん、私が悪いの。ごめんなさい……」
「もういいよ。謝らないで。それより、早く身体を温めないと。ごめんよ、あんな冷たい水…寒かっただろ?」

 ジョーの問いに、フランソワーズは小さく頷く。

「でも……私の為にしてくれた事ですもの…」
「フランソワーズ…」

 エレベータが研究所に到着し、するりと扉がスライドする。
 ジョーは彼女を抱きかかえたまま、廊下を走り抜け、階段を駆け上がる。
 そして階段から最も近い自分の部屋へと、彼女を運び入れた。

(あ……)

 階段からの距離と、部屋に漂う香りで、フランソワーズはここがジョーの部屋である事を知る。
 
 ジョーはフランソワーズを一度ベッドの傍らに座らせると、部屋の扉を閉め、そのまま部屋の中にある扉の1つに手をかける。

 カチ……

(え?)

 もう1つの扉が開く微かな音。
 眼が見えない為に、より一層鋭くなっている聴覚が、その音がバスルームの扉から放たれたものである事を報せた。
 自分へと近付いて来る足音。

 戻って来たジョーが再び自分の躯に触れ、抱き上げようとすると、フランソワーズは思わず身を硬くし、反射的に逃れようとする。
 彼が自分を温めようとしているだけなのは分かるが、やはり恥ずかしさが先に立つ。

「大丈夫。何もしないよ」

 フランソワーズが警戒していることを知ったジョーは、ふっと苦笑する。
 確かに濡れたフランソワーズは色っぽく、邪な想いが全く無いと言えば嘘になる。だが、この危機的状況では、流石に理性の方が勝っている。

「で、でも……」
「君の躯を温めるだけだから…」

 恥らうフランソワーズを半ば強引に抱き上げ、ジョーは彼女をバスルームへと運ぶ。

(恥ずかしい……)

 フランソワーズは急に不安になる。

 今、自分はどんな姿をしているのだろうか。
 濡れたブラウスが透けている事は分かっている。見えないようにと懸命に隠しているつもりだが、もしかしたら、みっともない姿をジョーに曝してしまっているのでは無いだろうか。

(自分の目で確認出来ないことが、こんなにももどかしいなんて……)
 
 逃げ出したい衝動に駆られながらもフランソワーズは、大人しくジョーに従うしかなかった。
 目の見えない今の自分は、1人では満足に歩くことも出来ない。
 
 肌に感じる温度が僅かに下がり、ジョーの足音が変化した事から、フランソワーズはここが既にバスルームである事を悟る。
 逞しい腕からゆっくりと降ろされると、そこはつるつるした硬く冷たい床の上だった。

(バスタブの中?)

 自分の身体からジョーの腕が離れていく。
 シャワーの栓を開く音と同時に、勢い良く溢れる水音が響き、膝を温かく濡らした。
 それから……頭から優しくシャワーを浴びせられる。



 フランソワーズは自分自身を抱き締めたまま、俯き、ぎゅっと目を閉じる。
 





 ジョーはシャワーを固定し、濡れてしまった自分の上着を脱いでしまうと、彼女の前に……バスタブの中へと身を沈め、フランソワーズを見つめる。






 温かい雨に濡れ、凍えて硬くなった躯が僅かに解れたフランソワーズは、固く結んでいた唇を僅かに開かせて、何処か恍惚とした表情を浮かべていた。

 どきん、と胸が鳴る。

 服を着たままシャワーに打たれるフランソワーズは、何故かいつもと違い……清純というよりは、妖艶だった。
 禍々しいほどに……。





 ジョーはするりと彼女を頬に指先を滑り込ませると、吸い寄せられるようにフランソワーズの唇を己の唇で塞ぐ。

「……んっ」

 不意打ちのキスに、フランソワーズはどうして良いのか分からず、ただ彼の確かな温もりに翻弄されるがままに受け入れる。
 冷たく凍えた唇が、彼の熱い口付けで少しずつ…だが確実に温まっていく。





「何もしないって約束したのに……ごめん」

 唇を開放し、極至近距離から、ジョーは微かに頬に朱が差したフランソワーズを見つめる。

「ううん。……嬉しいから」

 ジョーの声に導かれるように開かれるフランソワーズの瞳。だが、視線は彼を捕らえてはいない。
 彼女が見えていない事を再確認したジョーは、そっと優しく…壊れ物を扱うように彼女を抱き締めると、再び唇を重ね合わせ、今度は深くて濃い口付けへと誘う。








(ジョー……)

 自分を抱き締める彼の腕と、重なり繋がりあった唇と舌から感じる、確かなジョーの存在。
 フランソワーズは目が見えない事を一時忘れ、彼から齎される甘い感触に酔わされる。
 だが、自分を抱き締めていた彼の手が、胸元へ移動し、ボタンを外している事を知ると、慌てて片手で彼の手首を掴み、胸を押した。









「嫌っ  ジョー……っ、だめ…」
「脱がせるだけだよ。それ以上は今はしないから」
「で、でも……自分で出来る、から…」








「良いから。僕に任せて」









 恥らうフランソワーズに、ジョーは優しく言い聞かせ、まるで小さな子供にするように彼女の髪を撫でてから、額にそっと口付ける。

「ジョー……」

 何処までも優しいジョーの言葉とキスに、フランソワーズは暫く躊躇った後で、こくんと頷いた。

 彼女の了承を得ると、ジョーはキスの雨を降らせながら、濡れて重くなったカーディガン、ブラウス、スカート、と次々脱がせてゆく。








 徐々に露わになる彼女の滑らかな白磁の肌。







 冷たく蒼白かった肌は、シャワーとキスの恩恵で温かくほんのりと桜色に染まっていた。


 ジョーは彼女を生まれたままの姿にすると、シャワーを止め、側にあったバスタオルでフランソワーズの躯を包みベッドへと運ぶ。





























 水分をたっぷりと含んだ彼女の亜麻色の髪から、ぽたぽたと雫が落ちる。
 フランソワーズをベッドへと座らせると、ジョーはクローゼットからもう1枚バスタオルを取り出して彼女の髪を柔らかく拭いてやる。


「着替え、僕の見立てで構わない? 言ってくれれば用意するけど」
「ジョーに任せるわ」









 ジョーは、自分の部屋に置いてある彼女の服の中から、下着と、クリーム色の薄手のニットに、オレンジ色の膝上のタイトスカート、そして焦茶色の飾りベルトを選び、順番に着替えさせる。
















 それから、自分も着替えを済ませ、彼女の横に座ると肩をそっと抱いた。


「何だか……申し訳ないわ。こんな……全部ジョーにやって貰うなんて」
「こんな時ぐらい素直に頼ってくれた方が、僕は嬉しいよ」
「……ありがとう」



 ジョーが選んでくれた服。
 肌触りと掌で確かめた感触で、大体は予測できる。
 けれども、ジョーがどんな姿をしているのかは分からない。





 今、彼はどんな服装で、どんな表情をしているのだろうか。
 自分が目が見えなくなってしまったことに責任を感じて、傷ついた瞳をしているのではないだろうか。




 
(これは……罰かしら)

 フランソワーズは密かにそう思う。






 今まで散々……許されざるものまで視続けてきた自分に、神が罰を与えたのだろうか。
 もう……何も視てはいけない、と。






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祐浬 2003/1/15