White Love
†† vol.6 ††



 ――12月25日 早朝――

「「待って!!」」

 ぱち。

 確かに叫んだ自分の声が、自分とは違う声と同調(シンクロ)した。
 一気に覚醒する意識。

 瞼を開くタイミングまで一緒だった。

 目の前に在るのは、掛け替えの無い唯一の存在。

「「!?」」

 2人は暫くの間、見つめ合うことしか出来なかった。
 自分に何が起こったのか、相手に何が起こったのか、答えが導き出されるのに時間が必要だった。

(今のは……何?)

 雪の中で、彼女を強く抱き締めた。
 そして…彼女を確かめたくて、雪に奪われたくなくて、欲望のままに彼女を求めた。

 重ね合った肌と肌。
 それは……夢では無く、現実。

 その後、彼女をしっかりと抱いて眠りに落ちた。

 ジョーは辺りを見回す。
 辺りは未だ闇に沈み、静かだった。

(夢?)

 ジョーの脳裏に鮮明に映し出された風景。そして会話。
 それは幼き日のフランソワーズと、彼女の兄の記憶。
 自分が決して見る事の叶わない、遥か過去の時間。

 雪の中での彼女の言葉の印象が強かったから、そんな幻影(夢)を見たのだろうか。

 釈然としないのは――それが夢と片付けるにはリアル過ぎている為。

(もしかして、001が??)

 001が超能力で、彼女の記憶を自分に見せてくれたのだろうか。
 だが、その考えは直ぐに否定された。
 001は今は夜の時間。
 それに……

(あれは……フランソワーズの記憶じゃない…)

 彼女の兄・ジャンの記憶。
 彼の目を通して、自分は小さなフランソワーズを見つめていた。

 自分は確かに、ジャンの内側に居た。

(どういう事だ?)

 沈黙を破ったのは、フランソワーズの方だった。

「おはよう、ジョー。あのね……私、不思議な夢を見たの」
「え? 君も?」
「それじゃ、貴方も?」

 驚き尋ね返すジョーの言葉に、フランソワーズは更に驚愕し、澄んだマリンブルーの瞳に彼を映す。

「うん……僕も不思議な夢を見たんだ」
「どんな?」
「小さな君と、君のお兄さんが、雪の中で話してた。イヴの夜に…。君は泣いていて……お兄さんが必死に君を元気づけようとしてた」

 ジョーは自分が見た風景を、偽る事無く、それでいて簡単に告げる。

 ジョーの説明を聴いたフランソワーズは両手で口元を覆い、信じられぬものを見る目で彼を見据える。
 彼の見た夢の景色に心当たりがあった。

 忘れる筈が無い。

(まさか……そんな事って…)

「そ、それって…。……ジョー、もう少し詳しく話してくれる?」
「え? あ…うん。泣いている君に、君のお兄さんは『雪は、天国に居る人達の「愛している」の言葉の替わりなんだぞ』って……『今、お前に降り積もる雪は、父さんと母さんがフランを愛している証拠だ』って言ってた。それから…え?」

 更に言葉を繋ごうとしたジョーは、フランソワーズの瞳から大粒の涙が零れ落ちている事に気付き、慌てふためく。

「フランソワーズ??」
「そんな……そんな事って…」

 信じられなかった。
 けれど、彼の言葉は、自分の記憶にだけに残っている筈の「言葉」とぴたりと一致していた。
 昨夜、自分はそこまで詳しく彼には話していない。
 フランソワーズは確信する。

「ジョー……貴方が見たのは夢なんかじゃないわ。それは、昔……本当に遠い昔に実際にあったこと、よ」
「実際にあった事? それじゃ……雪が「愛している」の言葉の替わりと最初に言ったのは、君のお母さん?」
「ええ、そうよ」

 嬉しそうに頷くフランソワーズに、ジョーは暫しフリーズする。

 どういう事だろうか?
 何故自分がジャンの記憶と同調(シンクロ)したのだろうか。
 自分に何が起こったというのだろうか……。

「ま、待って…え? もしかして……君も同じ夢を見ていたのかい? 君が見ていた夢を、僕も見てしまった?」
「ううん。違うわ」

 フランソワーズは首を左右に降ると、指先で涙を拭い、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

「私が見た夢は……貴方の夢よ」
「僕の?」
「ええ。ジョーと、貴方のお母様の夢」
「え!?」

 予想もしていなかったフランソワーズの答えに、ジョーは驚愕し言葉を失う。

「貴方は未だ赤ちゃんだったわ。でもね……私、それが直ぐにジョーだって分かったの。小さくって凄く可愛かった」

 赤ん坊のジョーの姿を思い出し、フランソワーズは、ふふ、と微笑む。
 眠っていたからその瞳を見ることは叶わなかったけれど、面差しは強く残っている。
 特に…唇の形は変わらない。それと、髪の色も…。

「とても大切そうに、貴方を抱き締めていたわ」
「……母さんの顔、見た?」

 ジョーは震える唇で、尋ねる。

 自分は母の顔を知らない。
 その母の顔を、彼女は見る事が叶ったのだろうか?

 フランソワーズは申し訳なさそうに、首を横に振る。

「笑わないでね。私がジョーのお母様になっていたの。ううん、違うわ……お母様の目線で貴方を見ていたの。だから、どんなお顔をしているのかは分からなかったわ」
「え? 君も?」
「それじゃ……ジョー、も?」
「うん。僕は、君のお兄さんの目線で、君を見ていたんだ」

 最早、偶然とは言い難かった。

「それなら私が見た夢も、夢じゃなくて……現実(ホント)?」
「どうだろう……」

 自分が見たフランソワーズの夢が現実であるのならば、フランソワーズが見た自分の夢もまた真実なのだろうか。
 だが、フランソワーズと違って、それが「真実」であると裏付けられるものは、ジョーの中(記憶)には何も無い。

「どんな……夢だった?」
「……泣いていたから、景色は良く見えなかったの。けれど、雪が降っていたわ」
「雪……」

 だとすれば……フランソワーズが見たのは、自分が教会へと置き去りにされた時。

「貴方に生きて幸せになって欲しいって祈っていたわ。『貴方が生まれてくれて、本当に良かった』って……」

 自分が感じたのは、深い彼への愛情だった。
 彼と別れなければならない運命に、心が引き裂かれそうだった。
 それでも……彼の未来を信じて、その幸せだけを祈っていた。
 
「貴方のお母様は、貴方を愛していたわ。とても……」

 フランソワーズの頬を新たな涙が零れ落ちる。

「フランソワーズ? どうして……君が泣くの?」
「だって…ジョーが泣いているから……」
「僕は泣いてないよ?」
「嘘。泣いているわ。……ほら」

 フランソワーズは顔を上げると、ジョーの頬を両手で包み込み、その頬を伝う涙を……雫をそっと拭う。

「あ…」

 彼女に触れられて、ジョーは自分が泣いている事を知る。
 感情が飽和していて気付かなかった。

 フランソワーズは自ら彼の唇に、唇を触れさせた。
 ふわりと優しい、羽根のようなキス。

「フランソワーズ……」
「私が見た夢も、きっと…、きっと真実だわ」





 何故……どうして、こんな事が起こったのか、その原因は幾ら考えても分からない。

「きっと、雪が魔法をかけてくれたのよ」

 フランソワーズはそう言って、春の陽射しのような笑みを浮かべる。

 科学的に原因を解明するのが不可能な事が、この世の中にはたくさんある。
 それらを幻影だったと片付けてしまうのは、余りにも哀し過ぎる。
 今回の事も、去年の聖夜にジョーを導いた複葉機も……誰かの想いが齎してくれた「奇跡」だと信じていたかった。

「ジョー……雪、未だ怖い?」
「もう、怖くないよ」

 不安げに自分を見つめるフランソワーズに、ジョーは苦笑する。

 本当にもう怖くはなかった。
 フランソワーズが傍に居てくれるから……。

 雪は天国に繋がっている。
 亡き者達の想いの結晶が地上(自分達)に届くように、見上げる自分達の想いも必ずや彼等には伝わっている。

 彼女がそう信じているように、ジョーもそう信じ始めていた。
 自分達の想いが通じたからこそ、こんな素敵な奇跡が起こった。

(もしかして……クリスマスプレゼントだったのかな…)

「!?」

 ふと過ぎった言葉にジョーは、はっとすると、慌てて飛び起き、カーテンの隙間から外を覗く。
 未だ夜が明け切っておらず、辺りは薄暗い。

 辺りは一面の銀世界。
 そして……雪は止む事無く、しんしんと降り続いている。

「フランソワーズ、外へ行こう!」
「え?」

 突飛過ぎるジョーの言葉と行動に、フランソワーズはきょとんと彼を見返す。

「早く服着て。コートも手袋も! それに帽子もかぶった方が良いかな。外は寒いからね」

 ジョーは身支度を整えながら、呆然としているフランソワーズを急かす。

「ジョー? え? どうしたの?」
「雪、止んでないんだ。君へのプレゼント、未だ間に合うよ」
「え??」
「この辺りには滅多に雪は降らないからね。このチャンスを逃すと、次はいつになるか分からない」

 フランソワーズは、やっとジョーの意図を理解する。

 自分の願いを……彼は叶えようとしてしてくれている。

「ジョー……」
「フランソワーズ、君のたった1つの願い……今、僕に叶えさせて」






 段々と…ぼんやり明るくなる景色。
 昨夜から降り続いている雪は、もう15センチほども積もっていて、全てのものをふんわりと白く包み込んでしまっていた。
 そして、随分と小降りにはなってきているものの、未だ止む気配が無い。
 
 2人は手を繋ぐと、新雪を踏み締め、昨夜と同じ場所に向かい合わせに立つ。

 はらはらと舞う雪は、忽ち2人の身体へと留まり、白く彩る。

「フランソワーズ……えと…目を閉じてくれる?」

 いざとなると恥ずかしさが先に立ち、ジョーは微かに頬を赤く染めながら、フランソワーズに目を閉じるように促す。
 フランソワーズは、くすっと微笑むと、言われた通りにそっと目を閉じた。

「……愛してる。君だけを永遠に…」

 耳元で囁かれた言葉に、フランソワーズは思わず閉じていた目を開くと、その大きな碧い瞳を更に大きく輝かせる。

 照れた優しい赤茶色の瞳に、泣き出しそうな自分の顔が映っていた。

「ジョー……ありがとう。私も、愛しているわ、貴方だけを…」
「フランソワーズ」

 ジョーは両腕でしっかりと彼女を抱き締める。

 彼女が望んだたった1つの願い。
 それは…――

 愛する者達の想いが結晶となって降り注ぐ中での……誓い。

「天国に……聴こえたかな?」
「きっと……聴こえたわ」

 自分達の声は…想いは、彼等にきっと届いただろう。
 そして、祝福してくれているに違いない。

 2人は見つめ合うと、吸い寄せられるように唇を重ねた。





 ――フランを頼むぞ――



 ――2人で幸せにね――





 フランソワーズに降り積もる白い雪が、いつの日か純白のウェディングヴェールに変わる日を夢見て―――


― Fin ―
 

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祐浬 2002/12/22