White Love
†† vol.5 ††



 ――vision? Act-1――

「家に帰ろう。叔父さんと叔母さんが心配しているぞ」
「イヤよっ 絶対にイヤ!」

 フランソワーズは掴まれた手を振り解くと、激しく首を横に振った。

 くりくりとした大きな碧い瞳から溢れ続ける真珠のような涙が、ジャンの胸を抉る。
 幼い妹の気持ちは、痛いほどに理解出来た。
 何故なら……自分も同じ気持ちだったから。

 その痛みに耐えられるのは……彼女よりも歳が上で、少しは自分を制御する術を身に付けている為と、自分が小さな妹を守る立場であるから。

「折角のイヴだろ? しかもこんなに素敵なWhite Christmasじゃないか。泣いていたらサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれなくなっちゃうぞ」

 昼前から降り出した雪はパリの街をすっぽりと包み込み、最高のクリスマス飾りとなっていた。

 子供達がサンタクロースのプレゼントを笑顔で待ち侘びる夜。
 フランソワーズも去年まではそうだった。両親と兄におやすみのキスを貰って、期待に胸を躍らせながらベッドへ潜り込んだ。

 けれども……今年は違う。

「雪なんて嫌いっ クリスマスも嫌い! プレゼントなんて要らないっ」

 雪は嫌い。
 クリスマスも嫌い。

 プレゼントなんて要らない。
 何も望まない。

(だから………パパとママンを還して…)

 声にすることは出来なかった。
 サンタクロースに願う事も出来なかった。

 幼いフランソワーズにも分かっていた。
 どんなに願おうとも、祈ろうとも、死んだ者(両親)が蘇る事は無い。
 子供の願いなら何だって叶えてくれるサンタクロースでさえ、この願いは叶えられない。

(欲しいものは、それだけなのに……)

 こんな雪の夜だった。
 突然、呆気無いほどに、2人は自分達を残して旅立ってしまった。
 「愛してる」とさえ伝えられなかった。

 両親を失ったジャンとフランソワーズは、ジャンが一人立ちするまで父の妹夫妻に引き取られることになった。
 彼等には子供が無く、2人を本当の子供のように愛してくれている。
 ジャンにも、勿論フランソワーズにも、そのことは良く分かっていた。
 だから、彼等を慕い、共に暮らしている。
 一見すれば、本当の家族と錯覚するほどに……。

 けれども……両親への想いは止められる筈が無かった。

 フランソワーズは溢れ落ちる涙を拭おうともせず、ぎゅっと唇を噛んで俯く。
 雪に残るのは、自分と兄の足跡だけ。

「逢いたい………パパとママンに、逢いたい……」

 自分達の元へ還って来て欲しい。
 以前のように4人で暮らしたい。
 それが不可能なら、1つのキスだけでも、一目だけでも……声だけでも構わない。
 去年のクリスマスと同じように、愛していると言って欲しい。

「お兄ちゃん、天国はお空のずっとずっと上にあるんでしょ?」
「うん」
「どうやったら行ける? パパの飛行機なら行ける?」
「父さんの飛行機じゃ行けないよ」
「それじゃ、もっと大きな飛行機だったら行ける?」
「大きな飛行機でも行けない」

 ジャンは拳を強く握ると、涙が零れ落ちないように宙を仰いだ。
 どんな手段を使っても、両親の元へは行けない。彼等と再び巡り会う為には、命を捨てなければならない。
 そんな事はさせない。たった1人の大切な妹を逝かせたりはしない。彼等もそんな事は望んでいない。

 ふわふわと舞い落ちる雪。

 ――母さん、この空の上に天国が在るんでしょ?――
 ――ええ――
 ――それじゃ、雨は天国に居る人達の涙なの?――
 ――そうね。涙かも知れないわね――
 ――雨が涙なら、雪は何かなぁ?――
 ――雪はきっと……愛しているという証拠、ね――
 ――愛している証拠?――
 ――ええ。雪は天国の人達の「愛している」という想いが結晶になって、
    落ちて来ているのよ。だから、雪を見ると楽しくて幸せな気持ちに
    なるの――

 蘇ってきた母の言葉。
 母親とそんな会話を交わしたのは、自分がフランソワーズと同じくらいの歳のこと…。

(愛している、証拠……)

 ならば、聖夜に降り続くこの雪は…彼等の……父と母の想い。
 フランソワーズを…自分達を、今も尚「愛している証拠」

「フラン、空を見てごらんよ」
「空?」

 フランソワーズは言われるがままに、顔を上げ空を見つめた。

 純白の結晶が2人を包み込み、降り積もる。

「こうしてると、空に昇って行くみたいだろ?」
「うん」

 フランソワーズは、こくんと頷く。
 本当に、身体がどんどん空へと舞い上がり、吸い込まれていくようだった。

「雪は、天国に居る人達の「愛している」の言葉の替わりなんだぞ」
「あいしてるの言葉の替わり?」
「ああ。そう母さんが言っていたんだ。だから、今、お前に降り積もる雪は、父さんと母さんがフランを愛している証拠だ」
「それじゃ……雪は天国に繋がっているの?」
「きっと繋がっている。身体は昇れないけど、心はきっと父さんと母さんの処まで昇って行っている」

 亡き者達の想いの結晶が地上(自分達)に届くように、見上げる自分達の想いも必ずや彼等には伝わっている。
 気持ちは今も通い合っている。

(パパ、ママン……私は此処よ…)

 フランソワーズは寒さで真っ赤になっている小さな手を、空へと懸命に伸ばした。
 その指先に、肩に、髪に、コートに、雪は優しく触れ、降り積もる。

 ――愛しているわ――
 ――愛しているよ――

 耳元を掠めた一粒の雪が、微かに……そう囁いた気がした。





 
――vision? Act-2――

「ごめんね……」

 腕の中に在る、小さな…けれども大切な温もりに、そっと囁く。

 自分の腕に抱かれ、安心し切ってすやすやと眠る彼。
 その顔をしっかりと脳裏に焼き付けようと目を凝らす。
 だが、止めどなく溢れ落ちる涙で景色は歪み、おぼろげにしか瞳には映らなかった。

 指先でそっとマシュマロのように柔らかい彼の頬に触れる。

(益々、あの人に似てきたね…)

 もう逢うことの出来ない愛しい男性に、彼は日増しに似てきている。
 目も鼻も口も……その小さな爪の形でさえ、しっかりと「あの人」を受け継いでいる。

 彼は、「あの人」がこの世に確かに生きていたという標。
 自分と「あの人」が巡り会い、愛し合った証。
 
(大きくなったら、パパと同じように良い男になるわ……)

 その姿を、自分は見る事は叶わない。

「シャイなところも似てしまうのかしらね……」

 ふふふ、と笑うと同時に、ぽたり、と雫が彼の頬へ落ち、濡らした。
 慌てて彼の頬を滑る自分の涙を、指先で拭う。

 小さな彼が僅かに身じろぎ、迷惑そうに一瞬顔を顰める。
 そして、再び深い眠りへと落ちた。

 何気無い仕草、表情、息遣い。
 一瞬、一瞬が愛しかった。

「……ごめんね」

 この方法が最善だなんて思わない。
 けれども、今自分に残されている手段は、2つしか無かった。

 自分が育み産んだこの命と共に燃え尽きるか――
 僅かな可能性に縋って彼ををここで手放すか。

 手放したくは無い。
 だが自分と共に歩めば、彼は確実に不幸になってしまう。その命さえ奪われてしまうかも知れない。

(それだけは、絶対に……)

 きゅっと唇を噛むと、彼をそっと揺り籠へと寝かせ、寒くないように毛布でしっかりと包み込む。
 粉雪が舞う夜。赤ん坊にとっては過酷過ぎる寒さ。

「大きな声で泣くのよ。そうしたら、直ぐに神父様が迎えに来てくれるわ」

 そして温かな教会の中へと導いてくれるだろう。

「許してなんて……言えない」

 過酷な運命を与えてしまった自分を、彼は恨むだろう。
 自分を憎むかも知れない。

 でも…
 それでも良い。

(貴方は……生きて)

 そして幸せになって欲しい。

「ジョー……貴方が生まれて来てくれて、本当に良かった」


 

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祐浬 2002/12/22