White Love
†† vol.2 ††



 ――12月24日(曇り) AM11時55分――

『関東地方はこの冬一番の寒気団に覆われ、今夜は広い範囲で雪になるでしょう。都心でも2、3センチ、北部山沿いでは15センチほどの積雪になる見通しで、明日の朝は―――』

 昼前に放映される天気予報。
 画面には何処も彼処も雪マークが付いていた。

 キッチンの片隅に置かれている小さなテレビをちらりと盗み見、フランソワーズは、ほぉ、と小さく溜息を零す。

「ごめんなさい、ジョー…」
「どうして謝るの?」

 洗い終えた食器を片付けていたジョーは、突然のフランソワーズに謝罪に怪訝そうに振り返る。

「だって……私、ジョーが雪が嫌いだなんて知らなかったから…」

 フランソワーズはスポンジケーキに生クリームを塗っていた手を止めて、悲痛な表情でジョーと視線を合わせた。

「え? ああ……その事か…」

 フランソワーズが昨日の自分の言葉を気にしているのだと知り、ジョーは苦笑すると、手に残っていた皿を食器棚へと戻してから、彼女へと歩み寄る。

「君が謝る事はないよ。それに、嫌いってワケじゃないし…」
「でも…怖いんでしょ?」

 何故、雪が苦手になってしまったのか……結局ジョーは肝心のその理由を教えてはくれなかった。
 フランソワーズにも無理に訊き出すつもりは無い。
 勿論彼が話してくれるのなら嬉しい。その日まで…話してくれるまで、いつまでも待つつもりだった。
 けれど、彼を傷つけてしまったことは、きちんと詫びなければと思う。
 昨日はあの後直ぐに002がリビングに降りて来てしまい、その後も今日のクリスマスパーティーの準備が慌しく、尚更今日はもっと忙しくて、今の今までそのままになってしまっていた。

「少し、ね」

 今日の天気と同様に泣き出しそうなフランソワーズを見て、ジョーはやはり話すべきではなかったと後悔した。
 彼女から天使のような笑顔を奪ってしまっている自分自身に怒りを抱く。

 彼女を守りたいのに…彼女には笑っていて欲しいのに――。

「そんなに気にしないで、フランソワーズ」
「……でも」
「ほら、早くケーキ作らないと、パーティー始まっちゃうよ。あ、苺、美味しそうだね」

 ジョーは穏やかに笑み、フランソワーズにケーキのデコレーション作業の続きを促すと、半分に切ってある真っ赤な苺を摘み上げる。

 整えられた指に捕らえられた苺が、彼の唇へと向かうのを、フランソワーズはどきどきしながら見つめる。

「摘み食いは…ダメよ」
「え? それじゃ…」

 ジョーは苺を唇と歯で柔らかく咥えると、フランソワーズの腰をぐいっと引き寄せて、彼女のチェリーピンクの唇へと……苺を口移しで送り込む。

 冷たくて甘酸っぱい苺と、温かい彼の唇。
 微かに……けれども確かに触れ合った唇の感触に、フランソワーズは、かあぁっとその苺のように頬を赤く染める。

「これで同罪だよ」

 ジョーは皿の中から新たな苺を摘み上げると、ぽいっと口の中に放り込み、恨めしそうに自分を見上げるフランソワーズに悪戯っぽい笑みを返して、キッチンを後にした。





 
――PM12時30分――

「おーいっ そろそろ始めるぞ!」

 002はひょいとキッチンを覗き込み、中に居るフランソワーズに声をかける。

「あ、うん。今行くわ」

 フランソワーズはケーキに最後の飾り付けを施すと、手を洗い、ピンク色のエプロンを脱ぐ。

「おおっ すげーじゃねーかっ 味はどーだか分かんねーけど、見た目は立派だぜ」
「何ですってっっ!?」

 ケーキを見て正直過ぎる感想を告げる002を、フランソワーズはキッと睨み付ける。

「だって食ってねーもん、味は未だわかんねーだろーがっ」
「それはそうだけど……酷いわ」
「悪い、悪い」

 欠片も悪いと思っていない口振りで謝る002に、フランソワーズは、ほう〜っと溜息を零すと、おずおずと彼に尋ねる。

「ねぇ、ジェット、今日、雪、降るかしら?」
「あ〜ぁ? 雪ぃ? ま、この天気だから降っても不思議じゃねーだろーよ。テレビでもそう言ってたし……ん? どうかしたか?」

 自分の言葉を聞いてどんどん落ち込んでいくフランソワーズに気付き、002は不思議そうに彼女の顔を覗き込む。

「ジェットは雪、好き?」
「あ? まぁ、好きだぜ。何だかわくわくするしな。それに今夜はイヴだし…White Christmasなんて洒落てるじゃねーか。ま、このメンバーじゃ色気も何もあったもんじゃねーけどさ」

 ジェットはそう言うと、豪快に笑う。

 憎まれ口を叩いてはいるが、彼はこの現状を……メンバーとのクリスマスを嫌がってはいない。
 嫌だったら、わざわざニューヨークから戻って来たりしない。
 何日も前からあれこれと計画を練ったりしない。

「お前だって、雪、好きだろ?」
「ええ」

 フランソワーズは、こくんと頷く。

 雪は好きだ。
 白くて綺麗で冷たくて……それでいて、何処か温かくて。

 そして…
 白い結晶は淡い魔法を自分にかけてくれる。

(それに…今度、雪が降ったら…)

 幼い時から抱いてきた、たったひとつの願いが叶う。

  ――その願いは必ず…僕が…――

(約束してくれたけど……でも…)

 彼は約束してくれた。
 けれども、その約束を果たす為に、彼が傷つく事があってはならない。そんな事は望まない。

「なぁ、今度雪が降ったら、空中散歩に連れてってやるよ」
「空中散歩って……まさか」

 002の唐突な誘いに、フランソワーズは目を丸くする。

「そのまさか、だぜ。真っ白な街を空から眺めるのは、最高に気持ち良いぜ。特に朝だな。朝日を浴びてきらきら光ってさ」
「まぁ、ジェットったら、早起き苦手じゃない」
「そうだけど、さ。雪の降った朝は、何故だか早起き出来んだよなー」

 勝ち誇ったように002はへへんと笑う。
 その返事を聞いたフランソワーズは、ぷっと吹き出すと、くすくすと肩を震わせて笑った。

「何で笑うんだよっ」
「だってジェットったら子供みたい」

 涙を拭いながら笑うフランソワーズを見て、002はむっとしながらも密かにほっと胸を撫で下ろす。
 昨日の晩から彼女が塞ぎ込んでいる事が気になっていた。

「……お前には、やっぱり笑顔の方が似合うぜ」
「え? ジェット、何か言った?」
「いーや、何も言ってねーよ。ほら、行くぞ。皆待ってるからな」

 思わず零れてしまった自分の言葉が彼女に届かなかった事を安堵すると、002はクリスマスらしく飾られたケーキを持ち、リビングへと向かった。





 
――PM5時――

「どうした?」

 004は、バルコニーの手摺に凭れ、ぼんやりと闇に沈んでいく景色を眺めているジョーに声をかけた。

 クリスマスパーティーが始まって4時間。食欲も満たされ、程好く酒も入ったメンバー達(ギルモア博士を含)は、今はカードゲームに夢中になっていた。
 一番で勝ち抜けたジョーがバルコニーへと逃れるのを視界の端で捕らえた004は、早々に勝負にケリをつけると彼の後を追った。

「ちょっと酔い醒まし」

 ジョーは首だけで004へと振り返り、屈託の無い笑顔を浮かべる。
 歳相応の……いや少しだけ幼いその笑顔ににつられて、004も微苦笑する。

(コイツは時々、幾つなのか分からなくなるな…)

 物凄く大人びた表情をする時もある。考え方も、その歳には似合わないほどにしっかりしている。
 だがその反面、拍子抜けするほど無邪気だったり、あっさりと他人を信じ込んでしまったり、驚くほど素直(ストレート)だったりもする。

 サイボーグにされる前、ジェットに負けず劣らずの不良だった時期もあったらしいが、今目の前に居る彼からは想像し難い。

(アイツが絡むと話は別だがな…)

「アイツと何かあったのか?」

 004はジョーの横に並ぶと、低く尋ねる。

 004の言う「アイツ」が「フランソワーズ」だと直ぐに気付いたジョーは、ほぉ〜と溜息を零すと、再び闇のその奥へと視線を巡らせる。

「アルベルトもジェットも、彼女のことになると聡いね」
「ジェットも?」
「うん。さっきキッチンで彼女を励ましてたよ」

 パーティーが始まる直前。
 キッチンでのフランソワーズと002の会話を、ジョーは偶然聴いてしまっていた。

「俺とジェットだけじゃない。他の奴等も気にしてる。表には出さないだけだ」
「そうだね。彼女は分かりやすいからね…」

 素直過ぎるフランソワーズは、どう取り繕っても気持ちが表情と行動に反映されてしまう。
 戦いの時でも、だ。
 殺さなければ殺されるという状況下であっても、引き金を引く瞬間に後悔と懺悔の色が碧い瞳に浮かぶ。

「彼女の様子から察するに、原因はお前だろう?」
「うん」

 004の問いを、ジョーは誤魔化さず、あっさりと肯定する。

 ジョー自身が一番良く分かっていた。
 彼女を不安にさせてしまっている原因が、自分であることを……。

 隠し切れない自分の怯えが、彼女に伝わってしまっている。

「大丈夫なんだな?」

 原因の真相を004は訊き出そうとはしなかった。
 自分が尋ねたところで、彼がそう簡単に話す事がないと分かっていた。
 だからジョーの決意だけを確認したかった。
 彼の口から――。

 そうでなければ、彼女は渡せない。

「勿論」

 ジョーはふっと何処までも優しい笑みを浮かべると、厚くて低い雲に覆われた空を仰ぐ。
 今にも雪が降り出しそうな空、そして気温。

 雪が降ったら……彼女の願いが叶う。
 たったひとつの……酷く簡単で、それでいて難しい願いが。

「雪、本当に降りそうだ」


 

Back / Next

Novel MENU

 

祐浬 2002/12/22