一点の汚れも無い純白の結晶が、はらはらと舞い落ちる。
 幾つも…幾つも……
 その雪に負けないほどに白いフランソワーズの頬を撫で…髪に触れ、そして肩に降り積もる。

(綺麗……)

 見渡す限りの白銀の世界。
 すっかりと日が落ちてしまっているにも関わらず、辺りは仄かに明るかった。
 まるで、雪自体がぼんやりと発光しているような…

 フランソワーズは降り続く雪に誘われるように、空を仰ぎ見る。
 暗い闇の中から生まれ降りて来る白い雪。
 身体が、空へと舞い上がっていくような、錯覚。

(飛べるかしら…)

 望めば飛べる気がした。

 フランソワーズは両手をゆっくりと空へと翳す。
 翼を広げるように……。

(私を……連れて行って…)





White Love





 
――12月17日(晴れ)――

「何か欲しいもの、ある?」
「え?」
「もう直、クリスマスだろ。だから…」

 突然の問いに、フランソワーズは驚いてその碧い瞳を益々大きく輝かせ、目前のジョーを仰ぎ見た。

 真っ直ぐで純粋な彼女の視線に、ジョーは微かに頬を染め、愛しげに彼女の柔らかい髪を撫でる。

 腕の中に在る確かなぬくもりは、自分が今ここに在る事の証でもあった。

 ずっと…永遠に、腕の中に閉じ込めておきたい。
 絶えず1つに溶け合っていたい。

 それは……
 フランソワーズと出逢うまでは感じた事の無い想いだった。
 自分がこんなにも1人の女性に溺れ、強欲に求める人間だったなんて、1年半前までは思いも寄らなかった。

「ずっと考えていたんだけど…、その…こういうのに慣れていないから、良く分からなくて……。だから、欲しいもの、教えてくれないかな?」

 彼女と迎える2度目の…『恋人』としては初めてのクリスマスは、もう1週間後に迫っていた。

 ジョーの胸に残る去年の聖夜は、苦くて切なくて、ほんの少しだけ甘い。
 突然、パリの街を歩きたいと言い出したフランソワーズ。
 彼女の本音(真意)が見抜けず、1人にさせてしまった為に、彼女は哀しき幻影に捕らわれ、心に深い傷を負ってしまった。
 だからこそ、今年の聖夜は彼女に哀しい想いはさせたくなかった。
 彼女に喜んで欲しくて……彼女の笑顔が見たくて、ジョーは彼女へ贈り物をすることに決めた。
 だが、こんなにも深く誰かを愛した事は無く、よってこれほどまで真剣に女性へプレゼントなどしたことがなかったジョーにとって、「何か」を選ぶのは難しかった。
 困り果てた末、ジョーはフランソワーズ自身に直接欲しいものを尋ねるという最終手段を取る事にしたのだ。

「ね、フランソワーズ、何が良い?」
「ジョーがプレゼントしてくれるものなら、何だって嬉しいわ」

 フランソワーズは恥ずかしげに微笑みながら、正直に答える。

 ジョーが選んでくれたものなら、自分にとっては何だって宝物になってしまう。値段やそのモノの価値なんて、フランソワーズには関係なかった。
 ジョーの想いが込められた贈り物ならば、それだけて嬉しいし、掛け替えの無い唯一のものになる。

「それじゃ駄目だよ、フランソワーズ。答えになってない」

 案の定の答えに、ジョーは微苦笑する。

「そんな事…言われたって…」
「何か欲しいもの無い?」
「欲しいもの……」

 ――欲しいもの――

 その言葉に誘われて、フランソワーズの胸に導き出されたのは……ひとつの願い。
 けれど、それを口にするのは躊躇われた。

「欲しいもの、あるんだね? 教えて、フランソワーズ」

 困惑したフランソワーズの様子から、彼女が何かを言えないでいる事を悟ったジョーが、優しく促す。

「でも……聞いたら、呆れるわ」
「呆れないよ。何?」

 ジョーは壊れものを扱うようにそっとフランソワーズを抱き締めると、額に1つキスをする。

 その優しいキスに後押しされて、フランソワーズは頬を薔薇色に染め、消え入りそうな声でたったひとつの願いを告げた。





 
――12月23日(曇り)――

「ねぇ、ジョー」
「え?」

 ジョーはペラペラと捲っていたレース雑誌から、窓辺に立ち、真剣な眼差しで空を睨むフランソワーズへと視線を巡らせる。

「雪…」
「降ると良いね」

 フランソワーズの言葉が終わらないうちに、ジョーは苦笑しつつ答える。
 彼女が何を訊こうとしていたのか、彼女が窓辺に立った時点でジョーには既に分かっていた。

 ――雪、降るかしら?――

 何故なら、彼女がその質問をするのは、これで6回目。
 夕方の天気予報を聞いた後に、必ず、だ。

 この辺では滅多に雪は降らない。
 けれど、全く降らない訳では無い。
 天気予報では、珍しく明日は高い確率で雪になると言っていたが、確実とは言えない。

「もうっ ジョーったら、いつも気のない返事なんだからっ」

 フランソワーズは可愛らしい頬をぷうっと膨らませ、腰に手を当てて、怖い表情でジョーを見据える。

「え?」
「ジョー、もしかして……雪、嫌い?」
「そ、そんなことないよ」

 彼女が「雪」を望むなら……ほんの僅かでも降って欲しいとジョーは心から願っていた。

「嘘。本当は嫌いなんだわ」

 フランソワーズはジョーの隣にちょこんと座ると、怒りと哀しみの入り混じった顔で彼を見つめる。

 彼女の「逃げ」も「偽り」も許さない強い瞳に、ジョーは「弱ったなぁ」と独り語ち、癖のある茶色の髪を片手でかき混ぜた。

「嫌いじゃないよ。ただ、ちょっと…」
「ちょっと、何?」
「うん………嫌いじゃなくて……少し、怖いんだ」

 雪は怖い。

 それは、ジョーが物心ついた時から染み付いている精神的外傷(トラウマ)。
 幼い頃、教会に住んでいた同じような境遇の仲間達と雪合戦をしたり雪だるまを作るのは楽しかったし、それは良い思い出だ。
 雪化粧した街は凄く綺麗だと思うし、わくわくする。

 だが、1人になると心の奥底から黒いものが湧き出し、闇へとジョーを引き摺り込む。
 雪の夜は必ず悪夢に魘され、泣きながら何度も目が覚めた。
 眠れなかった事も多い。

 成長するにつれてその恐怖を我慢する事は出来るようになったが、恐怖自体が無くなった訳じゃない。

「怖い? 雪が? どうして?」

 不思議そうに小首を傾げるフランソワーズを、ジョーは辺りに誰も居ない事を確認すると、彼女の肩に手を回しそっと胸へと抱き寄せた。

「ジョー?」

 導かれるままに彼の胸に顔を埋めたフランソワーズは、自分を抱き締めるジョーの手が微かに震えていることに気付く。
 
 彼は…何に怯えているのだろうか。
 何が彼の心をこれほどまで深く抉ったのだろうか。

 それ以上言葉が見つからず、泣き出しそうな顔で沈黙するフランソワーズに、ジョーは、ぽつりと呟いた。

 自分が雪を怖がる、その理由(わけ)を……。

「……雪は……大切なものを奪うんだ…」


 

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祐浬 2002/12/22