白き結晶




「ジョーっ!」

 ばふっ

「うわぁっ」

 フランソワーズに名前を呼ばれて振り向いた、その瞬間だった。
 狙い済ましたように(事実、狙ったのだが;;;)、柔らかく握り固められた雪の球が、ジョーの顔面にクリーンヒットする。

 容赦の無いその冷たさに、ジョーは慌てて頬にこびり付いた雪を払い落とし、むっとして犯人を……フランソワーズを見据える。

「不意打ちなんて酷いよ、フランソワーズ」
「ふふふ、ごめんなさぁい」

 フランソワーズはくすくすと笑いながら、言葉だけの謝罪を返す。

 昨日の夕方から降り出した雪は、夜通し途切れる事無く降り続き、辺りを銀世界に変えた。
 記録的な大雪。雪に慣れていない街は混乱状態に陥っているが、街から離れた場所に建つ研究所までは、都会の喧騒は届く事がない。

 一晩で様変わりしたその美しい景色に、ジョーの部屋で朝を迎えたフランソワーズは、きらきらと瞳を輝かせた。
 そして、朝食を早々に済ませると、ジョーを誘ってまるで子供のように庭へと躍り出たのだった。

 白いボアのついたパステルピンクのコートにブーツという完全防備のフランソワーズの姿。
 そして白いモヘアの手袋には、もう1つ雪球が握られている。

「やる気かい?」

 彼女の手の中の雪球に気付いたジョーが、不敵に笑む。

「勿論♪」

 そう告げると同時に、フランソワーズはジョーに向けて雪球を投げ付けた。
 抜群のコントロールでジョーへと向かう雪球だったが、如何せん勢いが無く、ジョーは易々とそれをかわすと、足元の雪を両手で掬い、軽く握って纏める。

「反撃っ」
「きゃあぁ」

 ジョーの投げた雪球が、新たな雪球を作ろうとしていたフランソワーズの手元に命中し(勿論、ジョーはそこを狙った)、彼女は可愛らしい悲鳴を上げる。

「やったわねっ」

 恨めしげに頬を膨らませるフランソワーズ。
 でも、紺碧の瞳は微笑んだままだ。

「仕掛けて来たのは君だからね。容赦はしないよ」
「望むところよ」





『2人トモ、イツマデ経ッテモ子供ダネ……』

 リビングの窓から、無邪気に雪合戦を繰り広げているジョーとフランソワーズの姿を見、001が年寄り染みた言葉を吐く。

「本当はお前さんも一緒に遊びたいんじゃないのかね?」

 部屋の中まで聴こえてくるフランソワーズのきゃあきゃあという楽しそうな悲鳴に、ギルモア博士は嬉しそう目を細めると、愛用の安楽椅子に腰掛けパイプに火を入れた。

『僕ハ赤ン坊ダカラネ。コンナ寒イ日ニ外ニ出テイタラ、風邪ヲヒイテシマウヨ。ソレニ馬ニ蹴ラレルノハごめんダネ』
「確かに、それもそうじゃ」

 001の何処までも可愛げのない答えに、博士は、ほっほっほっと愉快そうに笑った。

「ま、いずれお前さんの遊び相手が出来るじゃろうて」
『博士ダッテ、早ク孫ヲ抱キタイト思ッテイルジャナイカ』
「これこれ、無闇に他人の心を覗いちゃいかん」
『超能力ナンテ使ッテ無イヨ。博士ノソノ顔ヲ見レバ、誰ダッテ分カルサ』

 優しく窘められた001は、博士の膝へと着地すると、そう指摘する。

「そんなにもの欲しそうな顔をしているかのぅ?」
『シテル』

 困惑するギルモア博士に、001はきっぱりと断言する。
 ギルモア博士は、気恥ずかしそうに苦笑するより他無かった。

『博士。野望ヲ達成スル為ニハ、努力シナイトネ』
「努力とな?」

 不思議そうに小首を傾げる博士に、001はその歳には不釣合いの大人びた笑みを浮かべた。

『僕、こずみ博士ノとこニ遊ビニ行キタイナ』
「なるほど……。しかし、この雪では無理じゃのう」
『僕ノ移動手段ハ天気ニ左右サレナイヨ』





「きゃっっっ」
「フランソワーズ!」

 ジョーから逃げていたフランソワーズが、雪に足を取られ、見事に雪の中に沈む。
 弾みで粉雪が舞い上がり、羽根のように舞った。

 ジョーは慌ててフランソワーズの傍らへと走り寄ると、すっかりと雪の中に埋もれてしまっている彼女を救出する。

「大丈夫かい?」
「ええ。平気よ」

 雪まみれになってしまったフランソワーズは、コートに付いた雪を払い落とす。

 ジョーも濡れてしまった手袋を外すと、彼女の肩の雪を払い、そして髪についた雪を落す。
 払い落とした小さな雪の塊が、コートの襟元から入り込み、その体温で溶けながら、ツッと素肌を滑った。

「ひゃっ」

 胸元へと流れるその冷たさに、フランソワーズはびくっと躯を震わせ、反射的にコートの襟を押さえた。

「どうしたの?」
「ん……雪が中に入っちゃったみたい」
「え? 何処?」

 襟に手をかけ、その中を覗こうとするジョーに、フランソワーズは狼狽し、彼の手を遠ざけようとする。

「だ、大丈夫っっ もう、溶けて残ってないわ」
「本当に?」
「本当よ。だから…」

 心配げなジョーに、フランソワーズはにっこりと微笑んでみせる。

 その春の陽射しのような笑顔にジョーは一瞬見惚れ、早まる己の鼓動の音で我に返ると、そっと彼女の頬を指先でなぞった。
 寒さで赤く色付いた彼女の滑らかな頬は、ひんやりと冷たくなっていた。

「ジョー?」

 ジョーの体温を直接肌で感じ、フランソワーズは大きな瞳を益々大きく輝かせて、目前の彼の顔を見上げる。
 細められた赤茶色の瞳に自分の姿が映り込むと、一気に心が熱くなり、どきどきと胸が鳴った。

「どう…」

 どうしたの?、と問おうとしたフランソワーズの言葉は、ジョーの唇によって遮られた。

 ジョーは片手を彼女の腰に回し、自分へと引き寄せると、もう片方を顎に添え、彼女の逃げ場を塞ぎ、冷たくなってしまっている彼女の唇に情熱的なキスを贈り込む。

 顎の角度を変えながら、彼から幾度も繰り返される口づけを、彼女は拒む事無く受け入れる。

 やがて、フランソワーズの手が自分の背中に回され、躯を寄せて来た事を感じると、ジョーは最後に柔らかくキスをし、名残惜しげに彼女の唇を解放した。

「部屋に戻ろう。髪も濡れちゃってるし……このままだと風邪ひいちゃうよ」
「そうね。部屋に戻って着替えたら、温かいココアを淹れてあげるわね」

 未だ吐息がかかる距離に止まっているジョーに、フランソワーズはどぎまぎしながら提案する。

「ココアより、お風呂の方が良いなぁ。勿論、一緒に、ね」
「え?」

 ジョーの口からさらりと零れた言葉に、フランソワーズは、かあぁっと顔を朱に染める。

「だ、だめよっ 絶対だめ!」
「どうして?」
「だって……///」
「だって?」

 俯くフランソワーズを、ジョーは悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込む。

「だって……未だお昼前だし、博士達も居るのよ」
「あ、もしかして、期待してる? 僕は一緒にお風呂に入るだけ、のつもりだったんだけど…」
「っっ!!//////」

 ジョーがそのつもりで言ったのでは無いと知り、フランソワーズは益々赤くなり、彼の胸に顔を埋めるように深く俯く。

「そっか……期待してたんだ、フランソワーズ。だったら、期待に応えないとね」

 ジョーはひょいとフランソワーズを抱き上げる。

「やっ イヤっ 放してっ! ジョーなんてっ ジョーなんて!!」
「僕なんて、何?」

 腕の中で暴れるフランソワーズを、簡単にその腕力で大人しくさせて、ジョーは彼女に言葉の先を促す。

 フランソワーズは、ふいっと顔を背けると、蚊の鳴くような声で答えた。

「好き、に、決まっているじゃない……」
「それじゃ、決定。雪合戦の決着はバスルームで、だね」
「ジョーっっ!!///」





 数分後……
 雪のように白いフランソワーズの肌に戯れるジョーと、ジョーからの容赦の無い攻撃に溶け堕ちるフランソワーズの熱い吐息が、ジョーの部屋のバスルームに響いたのであった―――。



 001とギルモア博士の野望が達成される日は……
                      それほど遠くは無い…かも知れない(笑)



― Fin ―
 


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present for 霜月さま

祐浬 2002/12/5