何がイイ?




「あっ もうこんな時間」

 フランソワーズは壁にかけられている時計を見上げ、現時刻を確認すると、読みかけていた本に栞を挟み閉じた。
 視線を窓の外へと移し、既に辺りが薄暗くなってしまっている事を知る。
 夢中で本を読んでいて、そんなに時間が経ってしまっていることに全然気付かなかった。

「そろそろ夕ご飯の準備をしないと」
「僕も手伝うよ」

 テレビを半分、残りの半分の時間はフランソワーズの横顔を盗み見ていたジョーが手伝いを申し出る。

「大丈夫よ。今日は私達2人だけだから、そんなに大変じゃないし」

 フランソワーズはにっこりと微笑み、テーブルの上に本を置くと、代わりにジョーと自分のマグカップを持ち、ソファーから立ち上がる。

 ギルモア博士は、001を連れてコズミ博士の元を訪ねており、帰りは明日の予定だ。他のメンバー達もそれぞれの母国や新たな生活場所に戻っていて、研究所に残っているのはジョーとフランソワーズだけだった。

「手伝うよ。手伝いたいんだ」

 正確には……フランソワーズと一緒に居たい、だ。

 彼女とはずっと1つ屋根の下で暮している。だが、こうして1日中2人っきりで過ごせるチャンスはそう無い。
 誰の目も気にせずフランソワーズと居られる時間を、ジョーは大切にしたかった。

「そう? それじゃ、一緒に作りましょ」

 ジョーと共に料理を作ることは今までにも度々あったので、フランソワーズは喜んでジョーの申し出を承諾した。
 1人で料理を作るよりは、2人で作った方が楽しいに決まっている。
 相手(それ)がジョーなら尚更、だ。

「先に行ってて良いよ。僕は戸締りしてくるから」
「分かったわ」

 フランソワーズは頷き、リビングを後にした。
 彼女を見送ってから、ジョーはテレビのスイッチを切り、リビングのカーテンを閉ざす。それから玄関へ行き扉のロックを確認する。
 他の部屋の戸締りは既にしてあったので、改めて確認することは無いだろうと結論づけると、ジョーはキッチンへ向かった。

 キッチンに入ると、丁度フランソワーズが薄桃色のエプロンを着けているところだった。
 フランソワーズはジョーに気付くと、ふわりと微笑む。

 その不意打ちの笑顔に、ジョーは悩殺され、言葉を失った。

「2人っきりだと、とても静かね」
「………。」
「? ……ジョー?」

 じっと自分を見つめたままで返事が返ってこないジョーを、フランソワーズは訝しげに見上げる。

「え? あ……そ、そうだね」

 はっと我に返り、返答するジョー。

「さあ、急いで夕ご飯作っちゃいましょ。お腹すいたでしょ?」
「う、うん」
「何を作ろうかしら」

 フランソワーズは冷蔵庫の中と野菜庫を確認する。
 昨日買い物に行ったばかりなので、充分な食材が揃っていた。

「ねぇ、ジョー、何が良い? 何が食べたい?」

 フランソワーズは、キッチン入口で次の自分の行動を決め兼ね、立ち竦んでいるジョーに訪ねる。

「え? ……何でも良いよ」

 フランソワーズの作ってくれるものなら……。

 ところが、フランソワーズは少しだけ怒った表情に変わる。

「それじゃ駄目よ。きちんと何が食べたいか決めてくれなきゃ」
「え……でも……」
「何でも良いって言われるのが、一番困るんだから」

 フランソワーズは引き出しの中から料理本を取り出し、ジョーに差し出す。

「この中から選んで。但し……あんまり難しいのは出来ないからね」

 小首を傾げ、恥ずかしそうに笑むフランソワーズ。
 怒ったり、真剣になったり、はにかんだり、微笑んだり、フランソワーズは表情がころころ変わる。
 落ち着いた大人の女性だったり、物凄く子供っぽかったり……、強情だったり、泣き虫だったり……色々なフランソワーズをジョーは見てきた。
 そのどれもが魅力的だった。

 いろんな彼女を発見するたびに……
 いや、1秒ごとに、どんどん彼女に惹かれて行く。

「ちゃんと決めてね」
「う、うん……」

 ジョーは渡された料理の本を、ぺらぺらと捲って見る。
 が、本の内容(中身)は一向に頭の中には入って来なかった。
 気になるのは……フランソワーズのエプロン姿。
 柔らかな亜麻色の長い髪。海のような碧い大きな瞳。長い睫毛。艶やかなピンクの唇。

 フランソワーズはそんなジョーの視線には気付かず、持ってきたマグカップを洗っていた。

(何が良いって? ……僕が欲しいものは1つだけ、だ)

 ジョーは引き寄せられるようにフランソワーズに歩み寄った。

「フランソワーズ……」
「何? 決まったの? ジョー、何が食べたい?」

 フランソワーズが首だけで振り向こうとする瞬間、ジョーは彼女の腰に手を回し引き寄せた。

「ジョ、ジョー? え??」

 頬をピンク色に染め、どぎまぎと自分を見上げるフランソワーズと視線を合わせると、ジョーは微かに笑み答えた。

「食べたいのは………」


― Fin ―
 


Back

 



祐浬 2002/6/1