ずっと…




 直接肌と肌で感じ合うぬくもり、滑らかさ、柔らかさ……そして、存在。

 しっかりと絡めあった指と指。
 深く重なり合った唇。

 最後に柔らかく啄ばんで、彼の唇が名残惜しそうに遠ざかっていく。

 ゆっくりと瞼を開くと、彼の優しい瞳が極間近に留まっていた。
 2人は視線を合わせると、恥ずかしそうに微笑む。

 身体は未だ熱く火照ったまま……その名残も痕跡も色濃く生々しく、互いの躯に刻まれていた。

「きっと……ジェットにはバレちゃってる、わ…」

 フランソワーズはそう告げると唇を尖らせる。
 彼女の言葉が意味するものが何なのか見抜きながら、ジョーは敢えて惚けてみせる。

「え? 何が?」
「何が、じゃないわよ。あの時、散々心配させたくせに」

 フランソワーズはその可愛らしい頬を膨らませ、ぷい、と横を向く。

 あの時…
 それは、彼がシンクロワープによって時空を超え、自分の手の届かないところへと飛ばされてしまった時のこと。

 ジョーの行方が掴めなかったその時間のことを思い出し、フランソワーズは小さく身震いする。

 気が狂うかと思った。
 1秒でも早く彼を見つけ出したくて…彼の声を聴きたくて、闇雲に自分の力を使い続けた。
 自分で自分が止められなかった。

 彼の居ない時間……それが、どんなにも恐ろしいものなのか、嫌というほどに思い知らされた。
 そして……自分の心の大半が「彼」で満たされていた事に気付いた。
 彼が居なかったら、自分は抜け殻同然になってしまう。

「ごめんよ、フランソワーズ。心配させて。だけど…僕は皆にバレても一向に構わないケド?」

 自分と彼女が、「男」と「女」の関係であることは、皆には内緒にしていた。(本人達はバレていないと思っているだけで、既に皆にはバレバレなのだが…)
 自分達の関係を暫くは内緒にしておきたい、そう言い出したのはフランソワーズだった。

「でも……」
「フランソワーズは僕とのこと、皆に知られるのは嫌、なの?」
「嫌じゃなくて……恥ずかしい、の」
「恥ずかしい? どうして?」
「だって…知ったら、皆、からかうに決まっているじゃない」

 フランソワーズは恥ずかしそうに俯き、答える。
 彼女の拗ねた答えを聞き、ジョーは苦笑した。

「そう、だね……」

 確かに……こんな可愛いフランソワーズを自分が独占しているのだから、彼等からのそれなりの制裁は覚悟しなければならないだろう。

「それに……今はこんな時だもの…」
「うん…」

 彼女が何を言おうとしているのか、ジョーには直ぐに分かった。

 確かに今は告白すべき時期では無い。

 夜が明けたら…地底都市「ヨミ」へ潜入することに決まっていた。
 ヨミには倒した筈のBGが更なる暗躍を蔓延らせている。自分達は再び彼等の野望を打ち砕かねばならない。

 自分が送り込まれた未来。
 そこはBGの殺戮と破壊の世界だった。
 だが……未来は変わった。
 自分達の目の前で消えて行ったミーがそれを証明していた。

 未来は変えられる。
 BGは自分達が滅亡させる。
 ……悪しきものは未来へは引き継がない。
 絶対に。

「それじゃ……BGを倒したら、にしようか?」
「BGを倒したら?」
「うん。BGを倒したら、皆に公表(暴露)する。君は僕のものだって……良いかな?」
「ジョー……」

 彼女の澄んだマリンブルーの瞳が、みるみる涙で潤む。
 ジョーは何も纏わぬ彼女の躯を自分の躯の上へと導くと、手を彼女の頬に滑り込ませ、親指でそっと唇をなぞった。

 彼がキスを求めているのだと知り、フランソワーズはゆっくりと彼の唇へと自分の唇を寄せて行く。

 ジョーは頬から亜麻色の柔らかい髪の中へと指を入れると、彼女を優しくも強引に誘導する。

 触れ合った唇と唇。

 柔らかな唇の感触を味わい、そして舌の温度と湿度を感じあう。
 溶けてしまいそうな、甘い甘いキス。

 彼女の頭を押さえていた彼の手が、彼女の髪を撫で、絡める。
 愛しそうに。

「ずっと……こうして君を抱いていたいけど…。今夜は、これで許してあげるよ」

 ジョーは悪戯っぽく笑む。
 2人だけの内緒の時間に終止符を打つジョーに、フランソワーズは弾んでしまった息を整えながら、不安げに彼を見つめた。

 夜が明けたら、自分達は戦わねばならない。
 その為に充分に身体を休めておく必要がある。
 フランソワーズにも勿論それは分かっていた。
 本当なら、こうして肌を重ねることも避けなければならない。
 けれども、フランソワーズはどうしても彼の温もりが欲しかった。この運命の日の前夜に……。

「ねぇ…ジョー」
「なんだい? フランソワーズ」

 ジョーは小首を傾げて、彼女の言葉の先を促す。

「訊いておきたいことがあるの」
「訊いておきたいこと?」
「この戦いが終わったら……貴方は…どうするの?」
「どう、って?」

 ジョーには彼女の意図が掴めず、不思議そうに彼女の言葉を繰り返した。

「ジョーは未来の事、考えたことある? 私達のサイボーグとしての能力が必要なくなったら……009じゃなくて、島村ジョーとして生きていけるようになったら、貴方は何をするの?」
「未来の事、か……正直、今は考えられない、な。でも、どうして?」
「ううん。別に……」

 フランソワーズは彼の肩に顔を埋め、小さく首を横に振る。

「……私達…ずっと一緒に居られるのよ、ね?」

 フランソワーズは彼の腕をきゅっと握り締める。

 癒されたい。
 彼の手で……彼の温もりで。
 もう一度、自分の躯に彼の全てを刻み込んで欲しい。

 それは……決して告げてはならない禁句。

(……朝なんて、永遠に訪れなければ良いのに…)

 朝になれば自分達は、命を懸けて戦わねばならない。
 虚しく続く戦いの螺旋を断ち切る為にも、この戦いに負ける訳にはいかない。
 今度こそ、終わりにしなければならない。

 幸せな未来の為に…
 
「どうしたの? ……フランソワーズ?」

 ジョーは自分の腕を強く掴む彼女の指が、微かに震えていることに気付く。

「……私、何だか不安なの。…私は幸せな未来を信じて戦ってきたわ。でも……」

 今手放してしまったら、もう二度とこの腕に抱かれる事は無いような、そんな哀しくも嫌な予感がフランソワーズの背にぴったりと張り付いていた。
 
 自分の「幸せな未来」は、彼と共にある。
 いや……「彼」の側にしか、自分の「幸せな未来」は無い。

「どうしたんだい? 今日の君は何処かおかしいよ?」

 ジョーは小さな子供をあやすように、彼女の背中をとんとんと優しく叩く。
 そんな彼の優しさに後押しされて、フランソワーズは心の奥底に漂い、決して消えることの無い「闇」を吐き出す。

「……怖いの……凄く嫌な予感がするの。何故だか分からないけど……怖いのよ。また、貴方が私を残して遠くに行ってしまうような気がして……」
「フランソワーズ……」

 彼女の怯えているものが、自分の「死」だと知り、ジョーは言葉に詰まる。

 戦いは綺麗事では無い。
 殺すか殺されるか、だ。
 勿論、無駄な殺戮はしたくはない。仲間を失いたくも無い。
 自らの命もそう易々と手放すつもりも無い。
 だが……保障も確証も何処にも無い。
 何かの犠牲が必要となるのなら……
 自分の命ひとつで全てが救われるという状況に陥れば、恐らく自分はまたそれを望み、運命を委ねるだろう。
 ―――彼女の命を守る為なら。

「もう……何処へも行かないで。私を1人にしないで。貴方の行くところへは、何処へでも連れて行って」
「フランソワーズ」
「ううん……絶対について行くんだから」

 彼女の涙が、肩を濡らした。
 自分へときつく縋る彼女が愛しくて…切なくて、ジョーは彼女の細い躯を益々強く抱き締めた。

「貴方の居ない未来なんて、嫌…」

 涙と共に零れ落ちた彼女の言葉が、ジョーの心へと直に深く浸透する。

(僕は……)

 戻って来なければ、とジョーは思う。
 ……彼女の元(此処)へ。
 必ず―――。

 自分と共に生きたいと望んでくれている彼女の為に。
 そして、彼女と共に在りたいと思う自分の為に。

「大丈夫。僕はここに居る。これからも、ずっと…」
「ジョー……」


― Fin ―
 


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祐浬 2002/9/16