ふれあい




「み、みんな……」

 彼の切なそうにその微笑みに、フランソワーズの脚が止まった。
 それきり動けなくなる。

(ジョー……)

 耳に届いた……確かな彼の声。

 何故か懐かく感じた。
 そんなに長い時間、彼と離れていた訳じゃない。
 ほんの僅かな時間……
 なのに……永遠とも呼べる時間が過ぎ去ったような気がした。

 実際……そうなのかも知れない。

 ジョーを追って……彼を取り戻す為に、自分達はミーのシンクロワープによって時間(とき)を越えた。
 辿り着いたこの時代が、未来であることは直ぐにわかった。
 自分達に刻まれている過去の歴史に、こんな景色は存在しない。過去でなければ、必然的に未来ということになる。
 ただ、それが…自分達の居た時代に近い未来なのか、遥かなる未来なのか、それを探る術がなかった。

 フランソワーズにとって、ここがいつの時代なのかという事は差して気にならなかった。
 重要なのは、ここに彼が居るのかどうかということ。

 彼女は躊躇わずに眼と耳を使った。
 シンクロワープが成功したのならば、彼は近くに居る筈だった。

 良く知っているその波動を、その姿を見つけ出すのは、拍子抜けするくらい容易かった。

 今まで耐え忍んできた想いが、堰を切ったように溢れ始めて、胸が苦しかった。
 視界が涙で滲む。

(やっと……見つけた)

 やっと見つける事が叶った。

 彼が消えてしまったその瞬間から、彼女は備わった眼と耳の性能を最大限に酷使し、ずっと捜し続けていた。
 彼が過去か未来へと飛ばされたと知った後も、捜すことを止められなかった。

 もしかしたら……飛ばされていないかも知れない。
 もしかしたら……還って来ているかも知れない。

 だから……
 片時も捜すのを止められなかった。

 けれども、どんなに捜しても見つからない。
 自分の眼と耳では捜せない。

 過去も未来も見る力を…。彼を捜せる力を手に入れたかった。
 それが可能ならば、更なる改造手術を施されても良いと本気で思った。
 「人間」からますますこの躯が遠ざかっても構わない。
 それで、彼が見つけられるのならば。

(貴方は、ここに居たのね……)

 どうしても見つけられなかった彼の姿が、今ははっきりと見る事が出来る。
 眼を使わずとも……。

「行けよ」

 立ち止まってしまったフランソワーズの肩を、002がとん、と押した。

「002……」

 002を見上げる彼女は、今にも泣き出しそうな表情(顔)だった。
 002が、にっと笑む。

「先に行け」
「でも……皆で…」
「良いから先に行けっっ で、アイツが本物かどうか確かめて来い。『確かめる』のは、お前の役目だろう」
「そうだな……俺達はここで、003が確かめるのを待つとしよう。奴が偽者という可能性もあるからな」

 004が言葉を繋ぎ、顎をしゃくりながら、彼女を促す。
 フランソワーズは不思議そうにメンバー達を見回す。
 誰もが小さく頷き、優しい瞳で「行け」と合図する。

「そうアルね。敵の女の子も一緒アルし、罠かも知れないアル」
「003、頼む。しっかり見破って来てくれよ」

「え?」

「ほらっ さっさと行きやがれっっ」

 訳が分からずきょとんとしている彼女の肩を、002は今度はぐいっと強く押した。
 反動で止まってしまっていた彼女が、一歩踏み出す。

 それが切欠となった。
 フランソワーズは、振り返る事無く真っ直ぐにジョーの元へと駆け寄る。
 そして彼の目前に辿り着くと、紺碧の瞳を涙で潤ませながら、可憐な笑顔を浮かべた。

「ジョー、良かった、わ……無事、だったのね」
「ど、どうして?」

 ジョーは信じられぬものを見る目で、彼女を見返す。
 ここは未来。
 彼等の力だけでは……001の超能力を持ってしてでも、訪れる事が不可能な時間(場所)。

「あの女性(ひと)が……ミーが私達をシンクロワープさせてくれたの」
「え?」
「ミーが!?」

 彼女の言葉に大きく反応したのは、ジョーの傍らに立っていたリナだった。
 フランソワーズはリナを見つめると、こくんと頷く。

「貴方のことを心配していたわ。だから、彼女は黙って私達の元を訪れて……手を貸してくれたの」
「そう…ミーが……私の、ために…」

 リナは何かを決意したような強い眼差しで、彼女の背後に立つメンバー達を見、それからゆっくりと彼等に向かって歩き出した。
 彼女にはもう自分がすべき事が分かっているのだと……自分達に協力してくれるつもりなのだと感じ取ったフランソワーズは、ほっと安堵の溜息をつくと、再びジョーへと温かな視線を送った。

 ジョーは至る所に傷を負い、戦った痕跡を色濃くその身体に刻み付けている。
 それは……彼がここで苦しんでいた事の証明。

「やっと……やっと見つけられた、わ」
「え?」
「ずっと……ずっと、捜していたのよ、私。……貴方を…」

 すっと捜し続けていた。
 捜さずにはいられなかった。
 1分、1秒たりとも捜すことを止められない。

 その先、彼が再び居なくなることが有れば、自分はこの眼と耳を使って、捜し続けるだろう。
 ……彼が見つかるまで。

 瞼を閉ざすと同時に、彼女の目から大粒の涙が零れた。

「もう……何処へも行かないで。私の見える場所から、居なくならないで……」
「フランソワーズ……」
 
 ジョーとしても、皆と…彼女と一緒に居たいと願っている。
 しかし。BGが復活していることが確実となった今、この先何が起こるのか分からない。
 この先、こんな戦いが……嫌、もっと過酷な戦いが自分達を待ち受けている事だろう。
 今回のように、彼等から引き剥がされて1人戦わなければならない状況に陥るかも知れない。

 何より…
 BGが存在しているこの未来は、自分達が彼等に敗北した事を意味するもの。

 だから、それは…約束出来ない。

「ごめん……」
「ジョー……」

 フランソワーズは困惑する。
 何に対しての謝罪なのだろうか。
 自分の想いは彼には伝わらなかったのだろうか。

「どうして、謝る、の?」
「………君を泣かせた、から」

 きっと…
 これからも彼女を心配させ、哀しませてしまうだろう。
 また泣かせてしまうかもしれない。

(泣かせたくない……)

 彼女にはいつも微笑(わら)っていて欲しい。
 戦いの中ではなく、穏やかな時間の中に居て欲しい。

(その為に……僕に何が出来るだろうか…)

 彼等は……彼女は、危険を冒してまで、自分を捜し、ここまで迎えに来てくれた。
 そんな彼女に自分は何が出来るだろうか。
 彼女を守れるだろうか。

 ―――この朽ち果てた未来へと続く運命(さだめ)から。

(守るべきものは……在る。………未だ、ここに…)

 例えここが未来(現実)であったとしても、自分達の戦いが無意味だったとしても……
 守りたいと思う存在が在る限り、戦う意味はあるのかも知れない。

「フランソワーズ……本当に、君なんだよね?」

 ジョーはふと不安を抱く。
 目の前に立つ彼女が、幻影だとしたら……
 自分の作り出した儚い幻だとしたら……

 戦う意味を既に失ってしまっているのだとすれば……。

「私、よ」

 彼が自分の存在を疑っている事を知り、フランソワーズは目を細め、益々慈愛に満ちた…それでいて何処か寂しげな微笑みを浮かべる。

「幻じゃ、ないよね……」
「幻なんかじゃないわ」
「触れても……良いかな?」

 ジョーはすっと右手を彼女の頬へと伸ばす。
 
 触れてみたかった。
 自分の前に居る彼女が幻覚で無い事を、自分の手で確かめたかった。
 彼女の温もりを感じたかった……。
 そうすれば……自分が癒される気がした。

 何故かは分からない。
 けれど……そうせずにはいられなかった。

 フランソワーズは身動ぎもせず、その瞬間を待った。

 彼女自身、確かめたかった。
 ここにいるのが、自分の捜し求めていた、彼なのかを……。
 この時間が真実なのかを。

(僕は……何をっ)

 ジョーの指先がフランソワーズの頬に触れようとしたその刹那、彼は自分の行為が許されるべき事では無いと気付き、反射的に僅かに手を引く。

 いきなり、こんな風に彼女に触れて良い筈が無い。

「ごめん……」

 辛そうなその言葉が…
 自分に触れないもどかしさが……
 そして彼の切ない瞳が、フランソワーズを突き動かした。

 離れていく彼の手を両手で捕まえると、滑らかな仕草で自ら頬を寄せる。
 彼女の思いがけないその行動に、ジョーは目を見開いた。

「!?」

 自分の手を包む彼女の手の感触。
 掌に感じる彼女のすべすべとした頬の柔らかさ。
 瞳から零れ落ちる涙の温かさ。

 直接肌と肌で伝わってくる彼女の体温が、その存在が、ジョーの凍て付いた心をゆっくりと溶かしていく。

(………守りたい)

 この温もりを、自分の手で守りたい。

「……泣かないで」

 ジョーは空いている手で、彼女の涙をそっと拭った。


― Fin ―
 


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祐浬 2002/8/13