永遠の一瞬
†† vol.2 ††



「何とか、しなくちゃ……」

 フランソワーズは、自分の左腕に絡み付いている簡易加速装置を、きっと睨んだ。

 自分が時間から切り離されてしまっている原因は、これだ。

(これさえ、外せば……)

 フランソワーズは装置を自分の腕から外そうと、ペルトを解除するボタンを押す。
 しかし…ベルトは緩む事が無い。

「っっ!!」

 フランソワーズは懇親の力を込めて装置を引き剥がそうとするが、金属製のやけに頑丈なそのベルトはびくともせず、逆に指と金属が食い込んだ腕の方が傷付き、じわりと血が滲んだ。

(外れないっっ)

 がくがくと身体が震えた。
 装置が外れなければ、元の時間に帰る事は不可能だ。

「ジョーっっ!」

 ジョーなら…
 加速装置を使えるジョーになら、自分をこの世界から救い出してくれるのではないと思ったフランソワーズは、凍っているジョーの前へと駆け寄る。

「ジョー、装置が解除されないの! 外れないのっ! 助けて!!」

 叫んでも、ジョーに変化は無い。

「ジョー……」

 自分の声は彼には届かない。
 自分の身に起こっている事件に、彼が気付くはずが無い。

 彼にとっては、自分が彼の前から姿を消してから、一瞬の時間しか経過していないのだ。
 自分の身に異変が起こっていることを、考える時間すら無い。

 フランソワーズは絶望に打ちのめされた。
 誰も助けてはくれない。

 フランソワーズの大きな碧い瞳から、ぽたぽたと涙が頬を伝って落ちた。
 しかし…その小さな雫は、床に落ちる事無く、フランソワーズから離れると同時に宙に浮かんだまま凍り付いた。
 フランソワーズは震える手で、止まってしまった涙を握り締める。
 掌で再び水に戻る涙。

「ジョー……助けて……」

 フランソワーズは動かないジョーの腕に縋り付こうとして、手を伸ばす。
 しかし……彼に触れる直前、その手を止めた。

 ――加速装置を使うと、普通のものは摩擦に焼かれてしまったり、
    溶けてしまうんだ――

 ジョーの声が蘇る。

 触れたら、壊れてしまう気がした。
 そっと触れたつもりでも、普通の時間の中に居るジョーにはかなりの衝撃となる。
 勿論、そんなことでサイボーグである彼の命を脅かせることにはならないだろうが…。
 例え、僅かでも彼が痛みを感じるようなことがあったら……
 そう考え、フランソワーズにはどうしても彼に触れることが出来なかった。

「こんな……こんなことってっっ」

 フランソワーズはジョーから目を背ける。

 動かない彼を見ているのが辛かった。
 自分を見ないジョーを、これ以上見ていたくなかった。
 気が狂いそうだった。

「誰か……お願い、私をここから救い出して。ジョーの居る場所に返して……」





 どのくらい、意識を手放していたのだろうか……。
 どのくらいの時間が経ったのだろうか……。

 フランソワーズはゆるゆると瞼を開く。
 全ては夢だったのだ。目が覚めたらこの悪夢から解放されるに違いない。
 フランソワーズはそう願った。

 しかし……現実には、何1つ変わらない景色がそこにあった。

 疲れて果てていつの間にか眠ってしまったフランソワーズは、ゆっくりと上半身を冷たい床から引き起こし、ジョーを仰ぎ見る。

「え……?」

 何も変わらない、その筈の景色。
 だが、異変が1つだけあった。

 ジョーの瞳が閉ざされていた。

(目が閉じている……あ、瞬きしているんだわ)

 異変の原因を理解し、フランソワーズは暫く呆然とジョーを見続けた。

 瞬きする、ほんの僅かな時間。
 それが、今の自分には永遠とも匹敵するほど時間に変わってしまった事を、フランソワーズは改めて思い知った。

 もう、彼から優しく名前を呼んでもらえることも無い。
 そっと髪を撫でてくれることも……
 キスを交わすことも……
 あの逞しい腕に抱かれることも……
 温もりを感じ合うことも……

(そんなこと嫌よっ!)

 フランソワーズはもう一度装置を、力ずくで自分から引き剥がそうとする。

 この忌々しい柵を断ち切りさえすれば、彼の居る世界へ戻ることが出来るのだ。
 何としても戻りたかった。
 ……ジョーの元に。

 だが無情にも、装置はフランソワーズの力では外すどころか、緩めることすら叶わない。

(だったら!)

 フランソワーズはある方法を思いつき、自分の部屋に駆け込む。
 そして、引き出しの中から自分のレーザーガンを取り出した。

 外れなければ、壊してしまえば良い。
 それでも駄目なら、腕ごと装置を切り落としてしまえば良い。

(そうすれば、この地獄から解放される。ジョーの元へ帰れる)

 フランソワーズに躊躇いは無かった。
 こんな凍り付いた時間に捕らわれているよりは、片腕を犠牲する方が断然マシだ。

 フランソワーズはレーザーガンのパワーを最大に上げ、右手で銃を構えると、簡易加速装置に呪われている自分の左腕に狙いを定める。

 1発で打ち落とさなければ、2発目は痛みと恐怖で引き金が引けなくなるかも知れない。
 だからこそ、フランソワーズ一気に装置も腕も狙うことに決めた。

 大きく深呼吸する。
 そして、引き金を引く指に力を込めた。

「フランソワーズっっ!」
「!?」

 引き金を引く直前―――銃は手から奪われた。

 フランソワーズは慌てて、目前に姿を現した人影を……ジョーを見つめる。

「ジョー?」
「全く君は、どうしてこう無茶な事ばかりするんだい?」

 ジョーはフランソワーズから奪い取った銃を、彼女の引き出しに戻すと、怒りを隠さずにフランソワーズを睨む。

「前に約束しただろ。自分で自分を傷付ける真似はもうしないって」
「……ご…ごめんなさい」

 ジョーの本気の瞳に、フランソワーズは反射的に謝る。
 確かに、以前そう約束した。
 記憶を失って……自分がサイボーグだと知り、それが真実かどうか確かめる為に、フランソワーズは自分で自分を傷付けたことがあった。
 その時に、もう絶対にしないと彼に誓った。

「でも……これ、壊れて……外れないし……」
「見せて」

 ジョーは彼女の左腕を持ち上げる。
 金属のベルトの周りの肌が擦り剥けて、血が滲んでいた。
 それは……彼女が苦しんだ時間の長さの証拠。

 ジョーは両手で装置を捕らえると、懇親の力を込めて一気に引き千切った。

 途端に戻ってくるざわめき(音)

「あ……」

 フランソワーズは自分が柵から解放されたことを……
 元の時間に……本来有るべき時間の流れに帰れた事を知る。

「ジョー!」

 一呼吸遅れて、自分の前に姿を現したジョーに……その胸に、フランソワーズは飛び込んだ。

「良かった……君が無事で」

 ジョーはしっかりと、フランソワーズを抱き止め、柔らかく彼女の髪を撫でる。

「どうして……?」

 彼は知らない筈だ。
 加速装置が故障し、自分が時間から切り離されてしまったことなど……。
 考える時間すらなかっただろう。

「心配だったから……直ぐに君の後を追って、加速装置を使ったんだ。君の居る時間まで降下させるのにちょっと手間取ったケドね」

 ジョーはさらりと白状し、苦笑して見せた。

「直ぐに?」
「うん。けれど……君には長い時間だったよね。ごめんよ」

 ほんの一瞬……その時間がどれほど長いか、ジョーには身に染みていた。
 直ぐに後を追ったつもりだったが、その僅かな時間が、彼女には途方も無く長かった事だろう。
 それが証拠に、ここまで彼女は追い詰められていた。
 追い詰めさせてしまった。

「ジョー……」

 フランソワーズは溢れる涙を止められなかった。
 ジョーの背中に回した腕で力一杯、彼を抱き締め、その胸に顔を埋めた。
 彼の温もりも強く感じられるように……。

「フランソワーズ……」

 自分を抱き締めるフランソワーズの腕の強さが、彼女の抱いた恐怖の深さを示しているようで、ジョーは胸が痛かった。

「ありがとう、ジョー……迎えに来てくれて。けれど……どうして分かったの? 私が時間の外に閉じ込められてしまったこと」
「……以前に、僕も経験したんだ」
「え?」

 フランソワーズは驚いて顔を上げる。
 初耳だった。

「君と出会って……君と付き合い始めて間も無い頃にね」

 ジョーは正直に告げる。

「いつ?」
「……テラスで突然君を抱き締めた事があっただろ? あの時」
「ええっ」

 その時の事はフランソワーズも良く覚えていた。
 あれはジョーのメンテの日。
 予定よりもずっと早くに目覚めた彼がテラスで大声を上げていたから不可思議に思って、001へあげるミルクを持ったまま「どうしたの?」と声をかけたのだ。
 ジョーは何も答えず……気付いた時には痛いほどに抱きすくめられていた。

 ジョーに何かあったという事は容易く推測出来た。
 けれど、自分が幾ら聞いても彼は話してはくれなかった。彼が話したくないなら無理に聞いたらいけないと思い、フランソワーズはジョーが解放してくれるまで、随分長い時間抱き締められるままになっていた。
 おかげで001のミルクはすっかり冷めてしまって……。

 その後、ギルモア博士達と話していた時……一瞬、ジョーが泣いているように見えた。
 だが直ぐに元通りの彼に戻っていたから、フランソワーズは自分の錯覚だったのだと思うことにした。

 やっと謎が解けたフランソワーズは、愕然とした。

「それじゃ……あの時。……どのくらいの時間、閉じ込められていたの?」
「約1ヶ月、かな」
「そんなに!?」
「……本当は一瞬、だけどね」

 たった一瞬……
 けれども永遠にも匹敵する時間。

「なんて酷い…」

 自分が味わったその何十倍もの時間を、彼はたった1人で過ごしたのだ。
 誰とも触れ合えず、誰の声も聞けず……。
 孤独の支配する時間を……。

 フランソワーズは再びジョーをしっかりと抱き締めた。

 彼は知っていたのだ。加速装置がどれほど危険なものであるのかを……。
 だからこそ心配して、直ぐに自分を追ってきてくれた。

「どうして、あの時直ぐに言ってくれなかったの? 言ってくれたら、私……もっと貴方に…」
「僕に…何?」

 ジョーに言葉の先を促されて、フランソワーズは「優しくしてあげたのに……」に小声で告げる。
 その愛らしい拗ねた仕草に、ジョーは目を細めた。
 
「それなら大丈夫。ちゃんと癒してもらったから」
「え?」

 フランソワーズはジョーの言葉の意味が飲み込めず、きょとんと彼を見上げた。
 すると、ジョーは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

「あの晩、ちゃんと君にベッドで癒してもらったからね」
「え……あ/// もうっっ、ジョーったら!」

 やっと理解できたフランソワーズは、かあぁぁっと顔を真っ赤に染め上げる。
 ジョーは、あたふたと狼狽するフランソワーズの耳元に口を寄せると、そっと囁いた。

「今晩は、僕が君を癒してあげる」
「ばかっ ジョーのえっち!」

 フランソワーズは益々顔を赤くし、ジョーの胸を押して素早く彼の腕から逃げ出すと、一目散にリビングに降りていった。
 そんな彼女の後ろ姿に、ジョーは破願し声に出して笑った。

 共に同じ時間に在ることを噛み締めながら……。


―Fin―
 


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祐浬 2002/5/20