永遠の一瞬
†† vol.1 ††



「簡易、加速装置、ですか?」

 フランソワーズは訝しげに、ギルモア博士から渡された大きめの腕時計のようなものを見据える。

「そうじゃ、009ほどの……いや、002ほどの威力も無いが、この装置を使えば誰でも加速装置が使えるんじゃよ。但し、生身の人間には扱えんが……」

 博士は鼻息荒く、そう説明する。
 BGの戦いに備え、博士の研究は留まる事が無い。少しでもメンバー達の役に立つものを、日夜模索し色々なものを作り出していた。
 この簡易加速装置もその研究の結晶のひとつ。

「だったら、僕がテストしますよ」

 ジョーは少しだけ怒った表情で、その試作品をフランソワーズの手から取り上げようとする。

「駄目なんじゃ。元々加速装置をもっておる009では、テストはできん」

 博士は首を横に振り、申し訳なさそうにフランソワーズを見上げる。
 フランソワーズはその視線の意味に気付き、微笑んだ。

「良いですよ、博士。私がテストします」
「すまんのぅ〜。他のメンバー達は色々と忙しいようで……」
「私が博士のお役に立てるのなら、嬉しいですわ」

 フランソワーズは簡易加速装置を自分の腕に取りつける。
 普通の腕時計とは違って、ベルトは強固な金属で、自動的に腕に痛いほどにしっかりと固定される。

「博士……大丈夫なんですか?」

 ジョーの心配はより一層増すばかりだった。
 以前、ジョーは加速装置が作動したままになり、時間から放り出されて、耐え難い孤独な時間を過ごした。
 加速装置の危険性は、嫌と言うほど味わっていた。
 だから、それをフランソワーズが使うことは怖かった。

「なぁに、大丈夫じゃよ。あくまでも簡易じゃ。バッテリーも小さいから、使用時間は30秒が限界じゃ。万が一のことがあっても30秒後には自動的に解除される」
「しかし…」
「大丈夫よ、ジョー。心配しないで」

 更に博士に反論しようとするジョーを、フランソワーズが制止する。

「でも…フランソワーズ、加速装置は危険だよ。君にもしものことがあったら…」
「もう、ジョーったら心配性ね。私だってサイボーグなんだから、大丈夫よ」

 不安そうに自分を見つめるジョーに、フランソワーズは微笑み返した。

「フランソワーズ」

 自分の危惧が彼女に伝わらない事が、ジョーにはもどかしくて悔しい。
 だが、自分の身に起こったあの事件の事は、彼女にも博士にも、勿論他のメンバー達にも内緒にしているので、今更ここで話す事は出来なかった。

「このボタンを押せば良いんですか?」
「そうじゃ、もう一度押せば解除される」
「それじゃ早速テストしますね」
「うわっっ フランソワーズ! 駄目っっ」

 ボタンを押そうとするフランソワーズ。
 ジョーはある事実(こと)に気付き、慌てて制止した。

「?? どうしたの?」

 ジョーの突然の大声に驚いたフランソワーズがきょとんと彼を見つめる。

「あの……加速装置を使うと、普通のものは摩擦に焼かれてしまったり、溶けてしまうんだ。君のその……服は…」

 そうフランソワーズは全くの普段着姿。
 そのまま加速装置を使うと……その服は瞬時に溶けて無くなる。

 ジョーの言葉の意味を理解したフランソワーズは、ぼぼっと顔を真っ赤に染める。

「もうっっ ジョーのえっち!」
「え?」
「知らないっ」

 自分が支離滅裂なことを言っている事を自覚しつつ、フランソワーズは逃げるように自分の部屋へ向かった。





「じゃ、始めるわよ」

 戦闘服に着替えてきたフランソワーズは、ちらっとジョーに視線を送る。
 その頬は、未だほんのりとピンク色に染まったままだ。

「うん。気をつけて……」

 流石にもう彼女を止めることが出来ないと悟ったジョー。
 だが、心配は大きくなるばかりだった。

 無事、この時間に戻ってきて欲しい。
 ジョーは密かにそう祈る。

 フランソワーズは博士とも視線を合わせると、加速装置を作動させた。

「!?」

 フランソワーズは、はっと息を呑む。
 自分の周りの景色が凍っていた。
 博士も、ジョーもぴたりと停止して、全く動かない。

「凄い……成功したんだわ」

 時間が自分に追いついて来れないのだと実感し、フランソワーズは感嘆の声を上げる。
 流石はギルモア博士が作った装置だ。

(ジョー……貴方は時々この世界に来ているのね)

 ジョーがこの時間を行き来しているのだと思うと…その時間を自分も見る事が叶ったのだと知り、フランソワーズは嬉しかった。

 フランソワーズはジョーの正面に立つと、彼の目の前で手を振ってみる。
 ジョーはそれに気付かず、以前自分が立っていた場所を心配そうに見つめたままだった。

「ふふ…、見えてないのね」

 じっとジョーを見つめる。
 長い前髪。赤茶色の瞳。いつも自分に口付けしてくれる唇。

(このままキスしても……気付かないのかしら)

 ふと浮かんだ……イケナイ考え。
 フランソワーズは慌ててそれを揉み消すと、ジョーから離れた。

「ごめんね、ジョー。もう暫く、そこで待っていてね」

 窓を押し開け、テラスに出てみる。
 波も、海を渡る海鳥も、木々の枝も、草花も、日の光さえも凍ってしまっていた。
 何の音も聞こえない。

「静か……まるで絵の中にいるみたい」

 動くものは自分だけ。
 それは風景画の中に迷い込んだようだった。

(不思議な時間……静か過ぎて怖いくらい…)

 最初は好奇心から楽しかったこの時間。だが、直ぐにフランソワーズは恐怖を抱くようになった。
 動くものも音も無い……、何よりジョーと視線が合わない、こんな不気味な時間から、早く帰りたくなった。

(テストとしては、もう充分よね……)

 装置のスイッチを押す。
 ……が、何の変化も起こらなかった。
 景色は変わらない。凍ったまま、溶ける事無く固まっている。

「え?」

 フランソワーズはもう一度スイッチを押してみる。
 しかし、時間は動かない。

 さぁっと血の気が引いていく。

「嘘……動かない……どうして?」

 何かに取りつかれたように立て続けてスイッチを押し続けるが、カチカチという音が僅かに響くだけで、時間が元の速度を取り戻すことは無かった。
 フランソワーズはへなへなとその場に力なく座り込む。

「そんな……帰れない」


 


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祐浬 2002/5/20