永遠(とわ)に…
†† vol.6 ††



 長い時間、ただ抱き締め合っていた。
 ……言葉も無く。

 抱き合うと言っても、ジョーが殆ど身動きが取れない為に、横たわる彼の胸にフランソワーが顔を埋め、その彼女の肩に彼が手を乗せているだけの、抱擁。
 けれども……それだけで充分だった。

 お互いの存在を確かめるように…
 自分達が再び触れ合える事を感じる為に、2人は長い時間そうしていた。

「ジェットは?」

 ジョーが心配げに尋ねる。

「大丈夫。無事よ」
「そうか…良かった。……あれから、どれくらい?」

 あれから…
 自分が魔人像と戦ってから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。

「今日で18日になるわ」
「18日……」

 そんなに、だろうか。
 それとも……それしか、だろうか。

 両方の想いが、ジョーの中に平等にあった。

 そんなに長い時間、彼女に心配をかけて泣かせてしまった。

 あの壮絶で惨過ぎる戦いから経過した時間は、まだそれだけ。

 色々な出来事が走馬灯のように脳裏に次々と浮かぶ。
 幾つもの「死」がそこにあった。
 何を失ったのか分からないほど、多くのものを失った。

 けれど……掛け替えの無い大切な存在(もの)は、この手の中に在る。

「……ごめんよ、フランソワーズ」
「どうして、謝るの?」

 フランソワーズはジョーに寄り添ったままで、少しだけ顔を上げ、彼を見つめる。

「だって……泣いた、だろ?」
「……そうね。たくさん、泣いた、わ」

 フランソワーズは自嘲する。

 泣いた。
 泣き続けた。
 気が変になるほどに……。

「……ごめん」
「それに、たくさん心配したわ」
「うん……ごめん」
「もう……こんな思いをするのは嫌、よ」
「………。」

 ジョーは返答に困る。

 自分だって彼女を泣かせるような事はしたくはない。
 出来る事なら、片時も離れずに彼女と在りたい。
 ずっと抱き締めていたい。

 けれど……
 戦いは終わっていない。
 BGは滅んではいない。
 自分は未だ戦わなければならない。
 大切な人を守るために……。

 その為には、今回のように単身で命を懸けた戦いを強いられる事もきっとあるだろう。

「また…私を置いて行くつもり、ね」

 ジョーが何を思っているのか見抜いたフランソワーズが、寂しげに呟く。

「僕は……君を守りたいんだ」

 守りたい。
 己の全てで……。

「君の全ては僕が必ず守るから……だから…」

 君は生きて―――。

 フランソワーズはきゅっとジョーのパジャマの上着を握り締めると、小さく首を横に振った。

 分かっていた。
 もし……もしも今回と同じような事態に陥ったら、彼はまた自分を残して行ってしまうだろう。
 001が教えてくれたように、彼は自分を連れて行くことを望まない。
 けれど……自分にも譲れない想いがある。

「ジョー、私…守って貰う、より、一緒に生きる、の方が良いわ」
「え?」
「貴方に庇って貰って…貴方の後ろを歩いて行くんじゃなくて、ね。私は貴方の横を……同じ歩幅で歩いていきたいの」

 共に笑ったり泣いたり苦しんだりしながら……支え合って…手を繋いで、同じ景色を見ながら、同じ想いを抱きながら、同じ記憶を刻んでいきたい。

「私だって…貴方を守りたい。貴方を……守りたかった」

 魔人像の中のジョーを助ける為に、命懸けで宇宙へと飛び立った002。
 あの時、彼がとても羨ましかった。
 彼の為に何も出来ない自分が悔しかった。

「フランソワーズ…」
「私の生きる場所は……私の未来は貴方の側にしか無いわ。貴方が居なければ、私は私ですらなくなってしまうの…だから、私もこれだけは譲れない、わ」

 彼が戦うと言うのなら……
 戦う必要があるのなら、共に戦いたい。
 そして自分の手で、未来を掴みたい。

「お願い……私を1人にしないで…」
「フランソワーズ!」

 フランソワーズの声が震えていた。
 その一言が、彼女の想いの全てを物語っていた。

 ジョーは強く彼女の身体を抱き締める。

(僕は…)

 もっと強くならなければ、とジョーは思う。
 どんなに手強い敵が現れても、彼女を守れるように…
 彼女を安全な場所に「隠す」のでは無く、自分の横に彼女が居ても、傷ひとつ負わせることの無いように……。

 もっと―――もっと強く!

 ――人間は教えなくても争いをする――

 色濃く蘇る魔人像の中に在った3つの脳の言葉。
 彼等は、人間の本質は「悪」だと言った。
 人間が存在する限り悪(BG)は無くならない、戦闘(たたかい)は終わらない、と…。

 自分はこれからも戦うだろう。
 確かに戦い自体は紛れも無い「悪」だ。
 けれども…彼女を、仲間を……愛する者達を守りたいと思う気持ちは、決して悪じゃない。

 人間は戦うことを止められない。
 でも…
 誰かを愛することも、止められない。

 彼女が自分を想う気持ちは…
 自分が彼女を想う気持ちは…ずっと変わらない「信じられるもの」だ。

「何処へも行かないで……ずっと側に居て…」

 お願い、とフランソワーズは小刻みに震えながら懇願する。

 二度と私を放さないで。
 置いて逝かないで…。

「何処へも行かない。君の側に居るよ、ずっと…」

 自分のシャツを握り締め続けるフランソワーズの手に、ジョーはそっと手を重ね、ぎゅっと握り締める。

 何処へも行かない。
 二度と君の手を離したりしない。
 君の言う通り、これからは手を繋いで同じ歩幅で歩いていこう。
 立ち止まったり、後ろを振り返ったり…時には、来た道を戻ったりしながら……

「約束、よ。忘れないで…」

 忘れないで。
 貴方の隣に私が居ることを……。

「忘れない、よ」

 忘れない。
 君が僕を支えてくれていること。
 僕を守ってくれていること……。

 2人は視線を絡め合うと、優しく微笑んだ。
 それは、全てを浄化させる、至上の微笑みだった。



「ごめんなさい、ジョー。目が覚めたばかりなのに…こんなにお話させてしまって。疲れたでしょ?」

 フランソワーズはジョーから離れると、乱れてしまった毛布をきちんと直す。

「うん。少し、ね」

 ジョーは正直に返答し、苦笑する。

「ゆっくり休んで。何処か痛むところは無い? 痛みが強いようなら、博士に鎮痛剤を投与して貰うわ」
「ううん、大丈夫。でも…」
「でも? 何?」

 フランソワーズは途切れてしまった彼の言葉の先を促す。
 ジョーはフランソワーズを仰ぎ見ると、悪戯っぽく笑み、濁した言葉の続きを告げる。

「水、飲みたいな」
「え?」

 ジョーがさっきのような口移しで水を飲ませて欲しいと…キスをねだっていることに気付き、フランソワーズは頬を薔薇色に染めた。

「もうっ ジョーったら甘えん坊さんね」






「ジョー、私ね、決めたことがあるの」

 フランソワーズは摘んできたヒソップの花をサイドテーブルに飾りながら……枕を縦にしてクッション代わりにし、それに寄りかかり雑誌を捲っているジョーへ告げる。
 ジョーが目覚めてから10日。未だ足取りは未だおぼつかないものの、彼の身体は随分と回復してきていた。

「決めた、こと?」

 雑誌からフランソワーズへと視線を移し、ジョーは訝しげに尋ねる。

「ええ。私ね、ギルモア博士にね、弟子入りしたの」
「え?」

 予期せぬフランソワーズの言葉に、ジョーは目を見張る。
 予想通りジョーが驚いている事を確認し、フランソワーズは満足げに彼を見返した。

「貴方や皆の身体のこと。本気で勉強することにしたの。直ぐには無理だけど…いずれは、私1人でも皆のメンテや治療が出来るようになるつもり」
「それって……」

 それは……サイボーグの研究をするということ、だ。
 己がサイボーグである事に嫌悪し、サイボーグそのものに否定的だった彼女が、そのサイボーグの勉強をするという事を、ジョーは直ぐには信じられなかった。

「なぁに? 私には無理だって言いたいの?」
「違う、よ。そうじゃなくて……」

 頬を膨らませるフランソワーズに、ジョーは慌てて答える。

 電子工学を学んでいたフランソワーズなら、きっとサイボーグ学を習得するのも容易いだろう。

「私達の身体のこと…ギルモア博士だけに頼ってはいけないのよ。今回みたいに一度に複数の人が怪我してしまった時には博士1人では大変だし、戦場に一緒に行ける私が治療出来るようになれば便利でしょ? それに…」

 フランソワーズは言葉を濁らせる。
 彼女が何を言わんとしているのか、ジョーにも直ぐに分かった。

 ギルモア博士は自分達と違って「生身」だ。時間(とき)が止まっている身体を持つ自分達と違って、確実に老いて行く。
 誰かがギルモア博士の「代わり」にならなければならない日が来ることは、ジョーにも分かっていた。

「うん。分かるけど……突然、どうしたの?」
「今回の事でね……気付いたの。ううん、気付いたのはずっと前なんだけど……今回の事で決心がついたわ」

 フランソワーズはベッドの傍らに置いてある椅子に座ると、真っ直ぐにジョーを見つめる。

「貴方の意識が戻らない時にね。私は皆に支えてもらっていたの。貴方が居なくなりそうで、怖くて…狂いそうだった私を皆が心配してくれたの」

 自分は皆に支えられてここに居る。
 彼の意識が戻ってから、フランソワーズはそう強く感じた。
 だから…決意した。

「貴方のことは勿論大切よ。でもね……皆や博士も、大切、だわ。失いたくない。だから……私は、私に出来ることを精一杯しようと思うの。泣きながら見ているだけじゃなくて……私も皆の為に何かしたいの」
「……フランソワーズ」

 ジョーは眩しそうにフランソワーズを見つめると、彼女の腕を掴み引き寄せる。
 フランソワーズは大人しく導かれるままに、彼の胸へと顔を埋める。

「だったら……僕も博士に弟子入りする、よ」
「ジョーも?」

 フランソワーズはジョーの腕の中から、きょとんと彼を見上げる。

「実は……そのことは僕も前から考えていたんだ。誰かが覚えなければならないって……それは1人じゃ駄目なんだ。自分で自分は治療出来ないだろ」

 軽い怪我なら自分で治療することは出来ても、命に関わるような重症の場合は自分では治療出来ない。

「それに……君の躯に他の奴が触れるなんて、嫌だ。だから…」
「まぁ、ジョーったら……」

 拗ねたジョーの言葉に、フランソワーズはくすくすと笑う。

「それじゃ、一緒に勉強しましょ」
「うん。……強くなったね、フランソワーズ」

 耳元でそっと甘く囁かれて、フランソワーズは胸がきゅんとなる。

「あら、私は以前から強いつもり、よ。少なくとも、貴方よりは、ね」
「あ、言ったな」

 フランソワーズの額を、ジョーは指先で軽く弾く。

「痛っ 酷いわ」
「酷いのは君の方だよ。そんなこと言うと、次、手加減しないよ」
「次?」

 不思議そうに首を傾げるフランソワーズに、ジョーはくす、と笑い、彼女の顎に手を掛けると素早く唇を塞ぐ。

 マシュマロみたいな柔らかな唇の感触を、充分に味わい、息苦しくなった彼女が唇を開くのを待って、舌を滑り込ませ、深くて甘いキスへと誘(いざな)う。

(ジョー……)

 躯の芯が痺れ溶けていく。

 フランソワーズはジョーの背中におずおずと手を回し、パジャマを、ぎゅっと握り締める。
 再び手にする事の出来た至福の瞬間(とき)が終わらないように…。

 2人の絆が永遠に続くように。


―Fin―
 

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祐浬 2002/10/4