永遠(とわ)に…
†† vol.3 ††



「眠ったのか?」
「ああ」

 支えていた枷を吐き出し、泣き疲れ、意識を失ったフランソワーズをジョーの隣に用意したベッドに寝かせた後、004は皆の集まっている部屋へと戻った。

「睡眠薬を使ったから、これでぐっすりと眠れるじゃろう」

 004の背後から現れたギルモア博士が、安堵の溜息をつく。
 薬を使うことは躊躇われたが、これ以上あんな状態の彼女を放っておく訳には行かない。
 精神的に危うい状態であるなら尚更、身体は少しでもゆとりある状態に保っておかなければならない。
 投与した睡眠薬と栄養剤の点滴で、幾らかは元気になるだろう。

「あれからもう2週間アル。幾らサイボーグでも、あのままでは彼女、倒れてしまうアル。薬は仕方ないアルよ」
「片時も離れずに看病していたからな」

 008はこの2週間の彼女の様子を思い返して、沈痛な表情になる。
 ジョーにぴったりと寄り添い、献身的な看護を続けるフランソワーズは、痛々しいほどに健気だった。
 同時に、あれほどに彼女に想われているジョーを、羨ましく思う。

「健気だねぇ……ホント、泣けてくるぜ」

 007が芝居がかった仕草で、よよよ、と泣き真似をする。

「彼女は怖がっている。だから、眠れない」
「仕方ないさ。003は視ちまったんだから、な」

 005の言葉に、004が苦笑してみせる。

 あの時……004の胸を借り嗚咽をあげていた彼女が突然顔を上げ、血を吐くような……哀しい断末魔をあげた。
 彼女が何を聴き、そして何を視てしまったのか、誰もが直ぐ分かった。

 最愛の人が黄泉へと狩り落とされようとする、その時を―――。

 余りにも過酷な容赦の無い現実に、彼女の心は崩壊し、その辛さから逃れる為に意図せず意識を切り離そうとした。
 ぐらりと崩れ落ちるフランソワーズを、004を支えたその瞬間だった。
 自分達の目の前に、現れた幻影。
 透き通ったその姿が、みるみるしっかりと現実味を帯びた色と存在を誇示する。
 と、同時にそれらが海へと落ちた。
 001が転送させたジョーと002だった。

 彼女は遠ざかる意識の片隅でそれがジョーとジェットであることを捉えると、半狂乱になって海へと沈んだジョーの身体を抱き締め続けた。
 声が枯れるほどに彼の名前を呼びながら…

「ホント、キツ過ぎたぜ。あん時は、よ」

 2週間前の出来事を鮮明に脳裏に描き出した007がげんなりと呟き、006がうんうんと同意する。

「あんな想いは二度とごめんアルね」

 009だけが「犠牲」として送り込まれた事。
 002が009を助けに行き、共に死を決意した事。
 フランソワーズの哀し過ぎる叫びと涙。
 そして……ビーナ達の…大勢の死。

 どれ1つとして、二度と味わいたくはない。

『僕ダッテ、アンナ事、二度トゴメンダヨ』
「おおっ 001、目が覚めたか」

 突然響いたテレパシーに、メンバー全員の視線が、ソファの上に置かれている揺り籠へと集まる。

『002ト009ハ、未ダ、意識ガ戻ッテイナインダネ』
「そうなんじゃ。生体組織へのダメージが大き過ぎてのう。意識さえ戻ってくれれば、安心なのじゃが…」
『博士、心配ハ要ラナイヨ。002モ009モ、意識ガ少シズツ浮上シテイル。直ニ目覚メルヨ』
「そいつは本当か!?」

 007が博士に抱き上げられた001に詰め寄る。

『本当、ダヨ。002ノ方ガ意識れべるガ高イ。僅カナ刺激デ目覚メル筈』
「何じゃとっ こうしてはおれん。004、スマンが001の面倒を頼む」

 博士は004に001を手渡すと、小走りで部屋を出て行く。
 博士の後に007、006、008、そして005の順で続いた。

 部屋に残された004は、彼等の嬉しそうな背中を見送ると、腕の中の001を見つめる。

「お前に聞いておきたい事がある」
『何ダイ、004』

 004が自分に何を問おうとしているの見抜き、001はしれっと答える。

「お前さんが眠る前に言った「ごめん」は、何に対しての謝罪だったんだ? 009を魔人像へ送り込んだ事じゃ無いだろう」
『勿論違ウヨ。アノ時ハアレガ最善策ダッタ。009以外デハ、アノ魔人像ハ破壊出来ナカッタ』
「009が魔人像を破壊して、落ちて来ることも計算済み、か?」
『確証ハ無カッタケドネ』

 あっさりと白状する001に、004は眉を顰める。
 彼が自分が考えていた以上に強かな策士であることを、004は思い知る。

「もしかして……002が009を助けに行くことも、か?」

 004の問いに、001は赤ん坊とは思えぬ不敵な笑みを浮かべる。

『加速装置ヲ使ウ002ト009ノ皮膚ナラ、大気圏突入時ノ摩擦熱ニモ耐エラレルト思ッタンダ』

 001の末恐ろしさに、004は宙を仰ぐ。
 全ては、001の思惑通りに事が運んだということだ。
 009が魔人像を崩壊させることも、002が009を助け出し、2人で地球へと落ちて来る事も……
 彼がそれを黙っていたのは、100%の確証がなかったから。
 一歩間違えば009も002も失っていた、危険過ぎる賭け。
 けれども、彼は信じていたのだろう。009と002を……。

「……それじゃ、何に対しての謝罪だったんだ?」

 更なる004の問いに、001は初めて申し訳なさそうに俯く。

『ふらんそわーずヲ、アンナニ泣カセテシマッタカラ、ネ…』





「………異様な、組み合わせだな」

 ベッドに横になったまま、002はベッドの傍らに立つ人物達を半眼でつらつらと眺める。

「そうか?」

 004は腕の中の001と視線を合わせると、涼しい顔で002を見据えた。

『思ッタヨリ元気ソウダネ』
「おうよっ」

 001の言葉に002は親指を立てて、にっと笑ってみせる。
 本当は僅かに腕を上げるだけでも、苦痛を伴うのだが、002はそれを微塵も顔には出さなかった。

「無理するな。瀕死の重傷だったんだぞ」
「無理なんてしてねーよ。ったく、お前等も彼奴等も心配し過ぎだぜ」

 彼等の前に訪れていた他の仲間達も口々に「無理はするな」と002を抑制した。心配そうに……けれども嬉しそうな彼等の顔を、感極まって涙ぐむギルモア博士の顔を002は直視出来なかった。
 ……照れ臭くて。

「2週間も意識が戻らなかったんだ。当たり前だろう」
「2週間か……そんなに経っちまったんだな」

 002は天井を見据える。その先にある大空を……そして宇宙を。
 2週間前に自分達の居た場所を。

 ジョーと共に見た宇宙の花火(魔人像の爆発)。
 落ちていくその先にあった、蒼く美しい地球(星)。

 一生忘れられない景色。

「001、お前が俺達を助けてくれたんだってな、サンキュ」

 ちらりと001に視線を送る。

『礼ニハ及バナイサ』
「けっ 相変わらず可愛くねーなっ 人がたまに真面目に感謝してる時ぐらい、素直に受け取れ」
『ソウダネ。ソレジャ、謹ンデ受ケ取ッテオクヨ』

 やっぱり可愛くない001の言葉に002は苦く笑い、既に彼の恐ろしさを充分に知っている004は内心複雑な想いを抱きつつ、完璧なポーカーフェイスを貫く。

「ジョーの奴、未だ意識が戻らないんだってな……」
「ああ。だが危険な状態からは脱したようだ」
『アト2、3日デ彼モ目覚メルト思ウヨ』
「そうか……良かった」

 002は、ほっと小さく安堵の溜息を零し、それから表情を曇らせ尋ねる。

「アイツ……未だ泣いてんのか?」
「ああ。今は薬で眠っているが、な」
「そう、か…」

 彼女の涙を止められるのは、ジョーだけだ。
 自分達が彼女にしてやれることは「紛らわす」事だけ。「癒す」事は出来ない。

「ったく、何処までも手がかかる野郎だぜ」

 002はそう吐き捨てると、体内無線でジョーへと呼びかける。
 届かないことを知りつつ…。

『さっさと起きろ。アイツをこれ以上泣かすんじゃねぇ』





「ん……」

 柔らかく香るミントの匂いに誘われて、フランソワーズはゆっくりと瞼を押し開いた。
 あれからずっと眠りを悪夢によって蝕まれ続けていたフランソワーズにとって、それは久しぶりの爽やかな目覚めだった。
 そろそろと上半身を起こし、辺りを確認する。
 隣のベッドには何も変わらないジョーの姿があった。

(そうだわ……私…)

 004に誘われてビーナ達に花を贈りに行った。
 そして、彼にジョーへの思いをぶつけ、縋り、その胸を借りて泣いた。
 その後、ぷっつりと記憶が途切れていた。

(私、倒れてしまったのね)

 海岸で倒れてしまった自分を、004がここへ運んでくれたのだろう。

 サイドテーブルに置かれている小さなガラスのコップには、ヒソップの花が1房無造作に生けられていた。

 フランソワーズはベッドから降りると、ジョーを覗き込む。

「ジョー……」

 指先でそっと乱れた彼の前髪を直す。
 微かに触れた彼の肌の温もりと感触に、フランソワーズは目を細める。

 温もりも感触も、以前と何も変わらない。

 フランソワーズは指を柔らかく、確かめるように彼の顔に這わせる。

 額、眉、閉ざされた瞼、睫毛、頬、鼻、そして…微かに開かれた唇。

 どきん、と胸が鳴った。

 この唇に自分は何度キスされたのだろう。
 何度、名前を呼ばれたのだろう。

「ジョー……早く目覚めて。もう一度私の名前を呼んで……そして…」

 ―――キス、して。

『彼モ、モウ直グ目覚メルヨ』
「!?」

 突然、頭の中に直接響く声。
 フランソワーズは弾かれたように顔を上げ、慌ててジョーから手を遠ざける。
 それと同時に001がジョーの身体の上、50センチのところに忽然と姿を現す。

「イワン!」
『オハヨウ。ふらんそわーず。良ク眠レタミタイダネ』
「ええ。それより、イワン、さっきの言葉……ホントなの?」

 フランソワーズは恐る恐る001に尋ねる。

『本当ダヨ。じょーノ意識れべるハ確実ニ浮上シテキテイル。モウ心配ハ要ラナイヨ』
「良かった……」

 001の力強い言葉に安心し、気の抜けたフランソワーズはへなへなとその場に座り込んだ。
 001はゆっくりと移動し、彼女と視線の高さを合わせる。

『ふらんそわーず、僕ノ事、怒ッテイル?』
「怒る? どうして?」
『009ヲ、魔人像ニ飛バシタカラ…』

 001の言葉に、フランソワーズは苦笑する。

「そうね。ちょっと怒っているわ。けれど……貴方がしたことは間違っていないわ。私が貴方でも、きっと同じようにしたと思う」
『ふらんそわーず』

 フランソワーズは揺り籠の中から001を抱き上げ、胸に抱く。

「……一番辛かったのは、貴方だわ。イワン」

 ジョー1人を魔人像に送り込む決断をした001。
 そうすることで、自分や仲間達から責められることを知りながら、敢えて冷酷にそれに徹した。
 そうする以外に地球(世界)を救う術は無かったから―――。

 001はあの時ジョーのことを「犠牲」と言った。
 けれど…それは、彼を見捨てた訳じゃない。
 その証拠に、彼はジョーとジェットを救ってくれた。懸命に……自分の持てる力の全てを酷使して…。

「でもね、イワン。もしも……もしも、またこんな事があったら、その時は私も彼と一緒に送ってね」

 フランソワーズは人差し指で、001のぷくぷくの柔らかい頬を、ちょんちょんと突付く。

『彼ハ…じょーハ、ソレヲ望マナイヨ』

 ――君に懸けたいんだ――

 そうジョーに告げた時、彼は迷う事無く頷いた。
 そして、フランソワーズの手を強く握り返し、微笑みながら、彼は心の中でこう告げていた。

 ――君は…生きて――

「分かってる。あの人がそれを望まないことぐらい。けれど……私はついて行くって決めているの」

 フランソワーズはにっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

「だって……私の未来は彼の側にしか無いんですもの」


 

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祐浬 2002/10/4