永遠(とわ)に…
†† vol.2 ††



「アイツ1人に背負わせたのかっ!?」

 背負わせる? 何を?
 何を彼に背負わせたの?

『犠牲ハ少ナイ方ガ…』

 犠牲?
 犠牲って何?

 分かってる。
 彼は重過ぎる運命をたった1人で背負って、自分が人柱となる事を決意し、覚悟した。

「だったら私も行くわ! お願い、魔人像に私を送って!!」
『彼ハモウ成層圏ダ。僕ノ超能力モ届カナイ』
「イヤよっ こんなのイヤ! お願い、009を戻してっ!!」

 私から彼を取り上げないで。
 私には彼しか居ない。
 私の唯一の還る場所を奪わないで。

 彼の居ない未来なんて……欲しくない。

 彼が犠牲となるのなら……私も彼と一緒に逝かせて!

「お願い、001! お願いっっ」

 お願い―――誰か、私を殺して。





「いやあぁぁぁぁっっっ」

 血を吐くような自分の悲鳴に驚いて、フランソワーズは飛び起きる。

 はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせる。
 目前には、ジョーが自分の悲鳴に気付く事無く、穏やかな表情で瞼を閉じていた。
 彼の呼吸や脈に異常が無いことを計器で確認し、フランソワーズは、ほうっと胸に支えていた息を吐き出す。

(夢……また…)

 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 時計で時刻を確認する。
 眠っていたのは、ほんの2、3時間程度だろう。

 疲労困憊の身体が懸命に求める睡魔。その僅かなまどろみを、幾度と無く悪夢が遮る。
 繰り返される悪夢。
 それは、必ずあの海での場面から始まり、ジョーとジェットが燃え落ちるところまで来ると、己の悲鳴と共に覚醒し終わる。

 だが、あれは夢であって夢では無い。
 全ては現実に自分達に襲った過去(こと)。

 ぽたり、と、何かきらきらと輝くものが、自分の頬から落ちた。
 フランソワーズは慌てて指先で目頭を押さえ、自分の指に絡み付く雫の存在を確認し、自分が泣いている事を知る。
 自分が顔を埋めていた場所のシーツも涙に濡れていた。

(私……泣いているの?)

 自分が泣いていることも分からなかった。
 自分の精神が既に限界を超えたところにあると、フランソワーズは他人事のようにやけに冷静に分析する。

 狂っているのは間違い無い。
 あの日、自分の心は粉々砕け散ってしまったのだから…。

 そのひび割れた心を修復できるのは……彼、だけ。
 彼が還らなければ、自分は微笑むことすら出来ない。

「ジョー……貴方が居ないと、私は…私ですらなくなってしまう」





「少し休め」

 004が、ベッドの傍らに身動ぎもせずに座り続けているフランソワーズに背後から声をかける。
 自分がこの部屋に立ち入った事に気付きながら、彼女は振り向こうともしない。
 004の存在を無視するかのように、彼女は沈黙したままジョーの横顔を見つめ、彼の手を握り締めていた。

「俺が代わる。お前はちゃんと眠った方が良い」

 フランソワーズは無言のまま、首を横に振る。

「どうせ…眠れない、わ」

 眠れない。
 泣いて、泣いて、泣いて……泣き疲れて、彼の腕に縋りつくように眠りに落ちても、悪夢に直ぐに覚醒させられる。
 余りにも生々しい現実味を帯びたその夢に、身体は震え、涙は枯れる事無く溢れ続ける。

 彼に寄り添っていてもこんなにも辛くて怖いのだ。
 彼から離れてゆっくりと眠るなんて、絶対に不可能だろう。

「眠れないのなら、博士に薬を貰え。無理にでも身体を休めた方が良い」

  004の言葉に、フランソワーズは激しく首を横に振った。
 彼女の案の定の反応に、004は、ほう、と息を吐き出す。

 傍から見ても憔悴し、疲労の色が濃い彼女。
 無理も無い。あの日から、フランソワーズは満足に寝ていない上に、食事も殆ど口にせずにいるのだから。
 肉体的にも精神的にも彼女が限界であることは、誰の目から見ても明らかだった。
 誰かが、彼女を何とかしなければならなかった。
 ジョーの意識が回復するのが未だ先になりそうな今、彼以外の適任者は004をおいて他に居なかった。

「このままではお前の身体が持たないだろう」
「私は、大丈夫。……心配してくれてありがとう。でも、彼から離れたくないの」

 フランソワーズはジョーを見つめたまま、答える。
 こんなふうに自分を気遣ってくれるのは嬉しかった。
 けれど……どうしても、ここから…彼の側から離れたくなかった。

 彼から離れる事が怖かった。

 彼女は1日の大半をこの部屋で過ごしていた。
 時折、隣室のジェットの様子を見舞ったり、治療のことでギルモア博士の元を訪ねることはあっても、直ぐ足早に彼の元へと戻る。

 フランソワーズの頑なな決意を改めて思い知り、004は眉を顰める。
 彼女の気持ちは痛いほどに分かっていた。
 あの穏やかな波間に漂っている時に……自分の胸を借りて嗚咽をあげる彼女の肩を抱いた時に、彼女の想いが痛いほどに伝わってきた。

 彼女にとって彼は、掛け替えのない唯一の存在。
 その全てを懸けて愛し、焦がれ、求める男性(もの)。

 彼女の痛みと恐怖は、004の中に未だ燻っている想いと共鳴した。

「身体が大丈夫なら……ちょっと付き合ってくれないか?」
「え?」

 突然の004の誘いに、フランソワーズは顔を上げ、困惑の表情で004へと振り向く。
 初めて自分とちゃんと視線を合わせた彼女の瞳が「こんな時に何を言うの」と戸惑っているのを見、004は薄く苦笑してみせる。

 彼女の戸惑いと不信感は当然だ。
 未だ予断を許さないジョーを残して自分と外出するという事は、彼女には考えられない事だろう。
 だが、004はこんな時だからこそ、彼女をこの空間から連れ出したかった。
 
「花を…選んで欲しい」
「お花を、選ぶ?」

 004の意図することが分からず、フランソワーズは小首を傾げる。

「ああ……アイツに…彼女達に何もしてやれなかったからな。せめて花ぐらい贈ってやろうと思ってな」
「あ…」

 004が誰の事を言っているのか、フランソワーズには直ぐに分かった。
 ボグートに撃たれ、その命を散らせてしまったビーナやヘレン達のこと。

 彼女達のこと…今まで「犠牲」となってしまった者達のことを、忘れていた訳ではない。
 ただ、それ以上に彼のことが心配で不安で、正直彼女達のことを思いやっている余裕が無かった。
 そして……ビーナを失ってしまった004のことも…。

「何処へ…行くの?」

 フランソワーズは問う。
 彼女達の亡骸が眠るのは、ここからは遠い海の底だ。
 ドルフィン号を失ってしまった自分達には、その場所へ行く手段が無い。

「海岸だ。海は繋がっているから、な。アイツの元へ届くだろう」
「そうね…」

 004の言う通り、海には何の隔たりも無い。
 彼の想いはきっと彼女達に……ビーナへと届くだろう。

「ジョー、…ごめんなさい。私、少しだけ出てくるわ……直ぐに戻るから」

 フランソワーズは眠ったままのジョーにそっと声をかけると、ゆっくりと立ち上がり、004の前へと歩み寄る。

「少しだけ待っていて。博士にジョーのことをお願いしてくるわ」
「付き合ってくれるのか?」
「ええ。ジョーもきっとそうしろって言うわ」

 ジョーが目覚めていたら、きっと行くように勧めるだろう。
 元気であったら彼も同行することを申し出た筈。

「すまんな」

 沈痛な表情で謝罪する004に、フランソワーズは小さく首を左右に振った。
 
「謝らないで。誘ってくれて嬉しいわ」





「このお花はね、ヒソップというのよ」

 庭に出たフランソワーズは花壇に咲くピンク色の小花を、花バサミで1本ずつ丁寧に摘んでいく。
 屋敷に近い場所にあった花壇は火災の影響で駄目になってしまったが、離れた場所にあるこの花壇だけは無事だった。
 コスモス、リンドウ、ネリネなど秋の花が競うように咲き誇っているその花壇から、フランソワーズは控えめながら清楚で可愛らしいヒソップの花を選んだ

「ヒソップ? 旧約聖書の詩編に出てくるあの花か?」
「ええ」

 004の問いに、フランソワーズは頷き、ヒソップの花束を彼へと差し出す。

「花言葉は『浄化』なの」

 彼女達の悲しみと……004の悲しみが少しでも浄化されることを願って、フランソワーズはこの花を彼女達に贈ることに決めた。

「浄化、か……」

 受け取った花束を004は優しい瞳で眺める。

 ミントのような爽やかな香り。
 1本の茎に寄り添うように小さな花弁をたくさん付けているヒソップの花が、ビーナ達姉妹の姿と重なる。
 いつでもお互いを思い合い、プワワーク人の……自分達の未来の為に勇気を振り絞り、協力して戦った彼女達。

 ――貴方とここを出られたら……――

 ビーナの最後の言葉。
 言葉に替わることの無かった……途切れた言葉のその先を、004は確かに聴いていた。

 『ずっと一緒に』

(俺も……そう思っていたよ、ビーナ)





 岬の先端に立ち、004は花束を片手で放り投げる。
 空中でバラバラになったヒソップの花が、風に煽られながらゆっくりと海面へと落ちていく。

(どうか……安らかに…)

 004の背後でフランソワーズは両手を胸の前で組み、目を閉じて彼女達に祈りを捧げた。

 ――天国は誰にも支配されていないアルよね?――

 あの時、そう言ったのは006。

 自由を掴む為に勇敢に戦った彼女達。
 何者にも支配されていない天国で、彼女達は仲良く笑いあっているのだろうか。

「彼女達のお墓、何処かに作ってあげないと…」
「墓なんてちっぽけな場所に囚われるより、この広い海を自由に漂うことをアイツ等は望むさ」

 生まれてからずっと、彼女達は常に狭い空間に捕らわれていた。
 やっと自由になった彼女達を、再び一つの場所に繋いでしまうような事はしたくはなかった。

「そうね…」

 004の優しさにフランソワーズは目を細める。
 彼が本当にビーナを愛していた事を感じさせる言葉だった。
 胸が痛い。

「アルベルト……私…」
「フランソワーズ。君は……ジョーのことが好きなのかい?」
「え?」

 フランソワーズの言葉を遮って、004が唐突に問う。
 予期せぬその問いに、フランソワーズは驚いて004を凝視し、それから恥ずかしそうに、ふっと目を逸らした。

「勿論よ。貴方だって彼のこと好きでしょう?」
「そういう意味じゃ無い…」
「………。」

 フランソワーズは口篭る。
 もう彼への想いを隠すつもりは無い。けれども、どう話して良いのか、言葉が見つからなかった。

「俺は……アイツに何も言ってやれなかった」

 004は自嘲気味に呟く。

 これからもずっと……共に生きたいとそう思っていた。
 けれど……結局は何1つ彼女には伝えられなかった。
 言葉にすることが出来なかった。

「お前はちゃんと言葉にしろ。隠す必要は無い」
「アルベルト…」

 004の言葉に後押しされて、フランソワーズは逸らした視線を再び彼へと戻す。
 そして、強い瞳で004を見つめた。

「私は……ジョーを愛しているわ。私が望むのは彼だけなの。他には何も要らない。彼の居ない未来なんて要らない…」
「……フランソワーズ」

 004はフランソワーズの元へ歩み寄ると、彼女の肩にそっと手を乗せる。

「大丈夫だ。009を信じろ。お前を残して逝くような奴じゃない」
「……アル…ベルト…」

 004の言葉がダイレクトに心に響いた。
 今まで懸命に堪えてきた何かが、ぷつりと切れ、堰を切ったように涙が溢れた。

 フランソワーズは004の胸に顔を埋めると、咽るように泣いた。
 ……あの日と同じように。

(……お前は……失わずに済んで良かった)


 

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祐浬 2002/10/4