Secret Angel

†† vol.3 ††





(ジョー……?)

 大歓声の中、甲高いエンジン音が劈く。
 やや、遅れて……もう1台。

 ピットの奥にある小部屋(更衣室)の中で、フランソワーズは祈るように胸の前で両手を組み、ジョーとジェットとの真剣勝負の行方と彼等の無事をただひたすらに按じていた。

 本当のレースではなく、たった5周の、しかも2台だけのミニレースだから、いつもよりも危険度は低いと分かっている。
 けれど、それでも……心配だった。

 エンジン音が遠ざかると、場内放送が再び聞こえ始める。

――1位でチェッカーを受けたのは、今年のワールドチャンピオン、ジョー選手です! しかも、またコースレコードを更新ですっ!――
――スゴイレースでしたねぇ〜。ジョー選手、シーズン中と全くと同じ……いや、それ以上の本気の走りでしたね――
――いやぁ〜ホント、鬼気迫るような、迫力ある走りでした。皆さん(お客さん)もこれには大満足でしょう!――
――何よりのFanサービスですね――
――おおっと……
  ジョー選手、ウイニングランだというのに、かなり早いっ!――
――これは……ほぼ全開じゃないですか?――
――もしかして、チェッカーを受けたのに気付いてないんでしょうか?(笑)――
――いや、彼に限ってそれは無いでしょう。恐らく、彼なりのFanサービスなんじゃないですか?――
――なるほど。あ、そうですね。ダウンヒルストレートを超えて、90度コーナーを立ち上がったところで、スピードがゆるめられました。対照的にジェット選手はゆっくりと走行して、観客の声援に応えてますね。こちらも嬉しいFanサービスです――
――彼はサービス精神旺盛ですからね――
――それにしても、本当に迫力のあるレースでしたねぇ〜――

(やっぱり……ちゃんと観たかった、な)

 2人の凄い走りを観ることが叶わなかったことを、フランソワーズは残念に思う。

 此処からではコースは全く見えない。
 だからと言って、この格好でふらつくのは恥ずかし過ぎる。
 着替える時間(余裕)も無く……彼等のレースを観る為には『眼』を使うしかない。けれど、それは……出来なかった。

 さっき、『体内無線』は使ったけれど、それはジョーとの関係が周囲にバレないようにする為、だったから……。
 彼を守るため、やむを得ない、から――
 でも、今此処で『眼』を使うのは、それとは違う。

(ジャンバーを着て、ピットの中で……モニターで観れば…。でも……)

 ジョーはピットの『奥』で待つようにと命じた。

 此処で自分を待つように、と…―――。

 約束は守らなきゃならない。
 況して――それが、大切な男性(ひと)と交わした約束なら、尚更、だ。

 先程よりも控え目な…それでも周りの音を掻き消してしまうマシン音がみるみる近づいて来、ピット前で停止する。

(ジョー…)

 そのマシンを操縦しているのは、彼(ジョー)、だ。
 外(ピット周辺)が一段と騒がしくなる。
 たくさんの人達が彼の名を呼んでいるのが、この小さな部屋の中まではっきりと聞こえてきた。
 叫ぶように必死で彼の名を呼ぶ女のコの声も……

(ジョーって……人気者、なのよね)

 それは、前から分かっていたこと。
 何度か(密かに)グランプリに応援に行ったこともあるし、様々なメディアで取り上げられているのを見て来たから、彼が世界規模の有名人で、人気者であることは理解しているつもりだった。
 けれど、今日改めて――実感させられた。

 彼に会う為に、たくさんの人達が朝早くから押しかけ、
 サインを貰おうと…
 写真を撮ろう…
 彼に気付いてもらおうと…
 本当に、必死、だ。

(何だか……違う人みたい…)

 今日(イベント時)の彼は、自分の傍に居る時の彼とは、全然違う。
 無口でクールで…、そして悔しいぐらいに格好良くて。

 出来ることなら……、自分が彼に選ばれた存在である事を、自慢したい。
 けれど、それは許されないこと。
 この神聖な場所では、彼に声をかけることも、近づくことも、触れることも出来ない。
 彼も自分を正面から見ようとはしない。

 仕方の無いことだとは分かっている。
 自分達の関係を秘密にするために、彼も我慢をして、懸命に頑張ってくれているのだと、充分に分かっているのに……

 彼が遠い存在に思えて、淋しくなる。

(私なんかが……、彼を独占しちゃいけないのかも…)

 ほぉ〜と苦い溜息を零したその時、ばんっと勢い良くドアが開き、レーシングスーツにヘルメット姿の男…ジョーが姿を現す。

「っっっ!?」

 てっきり、彼は暫くしてから……チームの人達と話したり、マスコミのインタビューなどを受けてから此処へやって来るものだと思っていたフランソワーズは、びくっと大きく身体を震わすと、弾かれたように入口へと向き直る。

「ジョー…っ?」
「……。」

 ジョーは慌ててドアを閉めると、グローブを外してテーブルの上に無造作に置き、次にヘルメットを脱ぎ、同様にテーブルへと置く。
 そして、乱れた髪を手櫛で整えてから、やっとフランソワーズと視線を合わせ、ふ、と優しい笑みを浮かべた。

「ただいま」
「……おかえり、なさい///」

 彼の何気ない仕草や笑顔にどきっとし、フランソワーズは頬を染める。

「ごめんよ。君をこんなトコロに閉じ込めて……。でも、そんな格好の君を……その…///」
「え? ……あっ//////」

 彼の視線が自分の身体を這うのを感じ、フランソワーズは自分が未だレースクイーンの格好であることを思い出すと、ばっと両手で胸元を隠し、かあぁぁぁっっと顔を真っ赤にして、一歩後ろに下がった。

「洋服……別の、更衣室に置いてきちゃって…だから、…着替えられなくて……」
「取って来てあげようか?」
「っ!? いいわっっ そんなコト、貴方にさせられないものっ」

 思いも寄らない彼の申し出に、フランソワーズは大慌てで首を横に振る。

「でも、そんな格好でいたら、風邪ひくよ。早く、着替えた方が……」
「…………やっぱり、…似合ってない?」

 彼が早く自分に着替えるように言うのは、この姿が似合ってないからだと思い、フランソワーズは、床に……彼の足元に視線落としながら、小声で尋ねる。

 確かに、露出が多くて恥ずかしい衣装だけれど、デザインも色も可愛くて、フランソワーズは密かにお気に入りだった。
 こんな姿を彼に見られるのは恥ずかしいけれど、やっぱり……折角着たんだから、褒めてもらいたい。

「そっ そんなコトないよっ ええと……ス、スゴク…………似合ってる///」
「……ホント?」
「うん」

 途端に瞳をきらきらと輝かせ、上目遣いに自分を見上げるフランソワーズに、ジョーが悩殺されない筈がない。

(そんな瞳で見られたら……)

 その細い身体を、ぎゅっと力いっぱい抱き締めたくなる。
 チェリー色の濡れた唇を、己の唇で塞いで……
 寒さの所為でますます白くなっている肌へも唇を這わせ、幾つもの紅い華を咲かせながら、桜色に染め上げて……
 そして、ひとつに甘く熱く溶け合って…―――

「え、えと…、風邪、ひくから…」

 理性が崩れそうになるの必死で堪えつつ、ジョーは自分のロッカーを開くと革のジャケットを取り出し、彼女を包み込む。

「ジョー……、ありがとう」
「いや…」

 ジョーは微かに朱に染まった頬を隠す為に、ふい、と彼女から視線を逸らす。

 出来ることなら、このまま彼女を連れ去りたい。
 だが、自分には未だ『仕事』が残っている。

「もう暫く、此処に居てくれるかな? 後はパレード走行だけだから、それが終わったら……直ぐに…、一緒に此処から脱出しよう」
「一緒に?」

 ジョーの提案を、フランソワーズは不思議そうに尋ね返す。

 本戦時と違い、ピット裏までたくさんのFanが詰め掛けているこの状態で、一緒に車に乗って帰る訳には行かない。
 だから、イベントが終わったら、別々にホテルに戻る計画だった。

「うん。そのジャケット、加速装置対応だから」
「えっ?」

 彼の口から告げられた『加速装置』という単語に、フランソワーズは露骨に反応し、不安げに表情を曇らせる。

「加速装置を……使うの?」
「ごめん。でも……非常事態だから」

 彼女が、普段の生活の時にサイボーグとしての能力を使いたくない、使って欲しく無いと願っていると知りつつ、ジョーはその決断を翻す気が無いことを伝える。

「非常事態?」
「うん。君をマスコミの連中が捜しているんだ」
「私を? もしかして……私だって判って?」
「いや、そうじゃなくて…。正確には、さっき僕の傍に居た『レースクイーン』を捜しているんだよ。取材させて欲しいってね」
「取材? どうして?」

 自分が『フランソワーズ=アルヌール』だと気付かれてはいないのに、何故マスコミが自分を捜し、取材をしたいのか、イマイチ理解できず、フランソワーズは小首を傾げる。

「それは、君が……ええと……
綺麗、だからだろ…///」
「……え?///」
「とっ ともかくっ ピットの周りに凄い数のマスコミが居て、君が出てくるのを待っているんだ。のこのこ出て行ったら、格好の標的になっちゃうよ」
「じゃあ……着替えるわ。前みたいに、チームのジャンバーを着て、帽子をかぶれば…」
「たぶん、誤魔化せないと思うよ。君が此処に……HAYATEのピットに入ったのは目撃されてるから、グレート並の変装じゃないと、流石に……欺けないんじゃないかな」

 人目の薄い……注目されていない状況下でなら彼女の変装はかなり有効だが、今、彼らは『彼女』を標的(ターゲット)としているのだ。
 しかも、ピットを出入りできるスタッフ&メカニックに女性は極めて少ないから、洋服を替えたくらいでは、バレる可能性が極めて高いだろう。

 バレて、極至近距離から写真を撮られたりしたら、今この場では分からなくても、後日、確実にバレリーナの『フランソワーズ』だと発覚してしまう。

「そんな……」
「この状況じゃ、下手な小細工は返って危険だよ。だから……加速装置で脱出しよう」
「ごめんなさい。私が……余計な事をしたから…」

 自分が軽率な行動をしたから、こんなことに……彼に迷惑をかけることになってしまったんだと、フランソワーズは自分を責め、薄っすらと涙を浮かべながら、謝る。

「君が悪いんじゃないよ。こんなことになるかも知れないと分かっていたのに、君を強引に連れてきた僕が悪いんだ。ごめんよ」
「ジョー……」

 フランソワーズは首を横に振る。

 彼が悪いんじゃない。
 彼は自分との時間を確保しようとしてくれただけ。

「そろそろ行くよ。あまり長い時間、此処に居ると怪しまれるし…」
「ええ」
「パレードランを終えたら、直ぐに戻るから…。だから、僕が戻るまでは、何があっても此処から出ちゃだめだよ」
「何があっても?」
「そう、何があっても」

 ジョーはするり、と彼女の細いウエストに手を回し、自分へと強引に引き寄せると、大きく開いた胸元…レースクイーンの衣装の間際、柔らかな胸の膨らみへと唇を押し当て、強く吸う。

「っっ!? ……っっっ///////」

 突然の彼の暴挙に、フランソワーズは拒むことはもちろん、声をあげることすら出来ず、ただ身体を硬直させる。

 ちゅっ、という、小さな音。
 ちり、と肌が焼け付くような、小さな痛み。

 雪のような白い肌に、鮮やかな紅い華が刻まれたのを確認すると、ジョーはあっさりと彼女を解放する。

「それじゃあ、行って来るよ」
「ジョー? どう…して?///////」

 くるりと踵を返し、ヘルメットとグローブを持ってドアに手をかけるジョーに、フランソワーズは真っ赤になりながら、彼の突然の行為の理由(わけ)を問う。

 と、ジョーは首だけで振り向き、彼女だけに見せる余裕の…悪戯っ子のような笑みを浮かべ…―――

「気付いてなかったのかい?」
「え?」
「それが、2つ目、だよ」
「えっ ……ええっっ///」

 フランソワーズは慌てて自分の胸を両手で隠しつつ、衣装と肌の境……今、彼に刻まれた痕跡を覗き込む。

 未だ彼の体温が残るその場所に……真紅の華の横に、薄っすらと咲くもう1つの華。

「っっっ!?/////////」
「昨夜付けたんだけど、やっぱり気付いてなかったんだね」
「だっ だって……」

 もう直ぐ出番だと、着替えを急かされて……
 コースに出る直前までは、用意されていたコートを着ていたし……
 何より……

 痕を付けられていたコト自体、全然気付かなかった。

「自分が付けた痕を、皆に見られていると思うと……かなり、スリリングだったよ」
「ばっ ばかっっ! でもっ これは……薄い、から……///」
「そうだね。きっと、誰にも気付かれてない、だろうね。でも、ソレには気付くと思うよ」
「!//////」
「これで、絶対に外には出られない、ね」
「〜〜〜〜〜っっっ//////」





 イベント終了後―――。
 マスコミやFanの人達が、ピットの周囲、果てはサーキット場のすべての出入り口を張り込んだのにも関わらず、F1パイロット島村ジョーと、忽然と現れた絶世の美女(レースクイーン)は、誰にも目撃されること無く姿を消したのだった。

 後日、ほんの僅かな時間、もてぎサーキットに降臨した(現れた)レースクイーン(変装したフランソワーズ)を数紙の雑誌が掲載した(その内の1冊が彼女を『Secret Angel』と命名した)が、どれも引き(全身)の写真だった為、彼女の素性は分からず終いだった。




 そして…―――
 レースクイーンの衣装のまま、ジョーくんに拉致(笑)されたフランちゃんが、その後どうなったのかは……
                              ―――
Secret ……?




― Fin ―





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祐浬 2007/12/30