Secret Angel

†† vol.2 ††





「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ピットの奥…誰の目にも晒されない場所で、ジョーは長くて深くて重い溜息を吐く。

 オープニングセレモニー、写真撮影、トークショー、サイン会、そしてその合間合間のお偉いさんとの接待を何とか(最低限に)こなし、後はジェットとのミニレースと、フィナーレ(パレード走行)を残すだけだった。
 やっと終わりが見えた安堵感から、少しだけ肩の力を抜く。

(……疲れた)

 レースの時よりも、疲労感が強い。
 もちろん体力的には普段のレースの時の方が辛い。けれど、車が好きなジョーにとっては、そんな身体に感じる疲労感は、何処か心地良くて充実感を味わえるものだった。
 だが、今日苛まれているのは―――精神的疲労。

(それでも……ジェットや芹夏達が居てくれたから…)

 こうして卒なくスケジュールを消化することが出来たのは、彼等のお陰だ。
 特に芹夏は最も厄介な存在(豊平会長と梨絵)を自分から遠ざけてくれた。いや、今も遠ざけてくれている。

(まぁ、アレは……ちょっと可哀想だったかな)

 ジョーは、オープニングセレモニー前の芹夏の暴挙(梨絵を乗せての250キロ越え&スピンターン)を思い出し、不憫そうに眉を顰める。
 普通の…いや温室育ちの女のコが、あの加速度に耐えられる筈がない。案の定、車がピットに戻って来た時、梨絵は腰が抜けた状態だった。
 が、そんな芹夏を梨絵は気に入ったらしく(ジェット曰く、「今までちやほやされてた奴ほど、『キケン』を匂わす奴に嵌る」らしい)、「お姉さまv」と呼んであちこちと付いて回っているようだった。

(後は、ミニレースとパレード走行だから……絡まれるコトはないだろうけど)

 車(マシン)に乗ってしまえば、煩い連中は寄って来ない。
 そのまま……イベントが終わったら直ぐに裏から脱出すれば、無事任務完了(ミッション・コンプリート)だ。

(ただ車(マシン)を走らせるだけじゃ、ダメなのかな…)

 人前に立つのも喋るのも苦手だから、こういうイベントは倦厭してはいるが、自分を純粋に……ドライバーとして応援してくれている人達と触れ合うのは、嬉しい。
 こんな自分を一生懸命に応援し、支援してくれているのだから、本当にありがたいと思う。
 けれど、車なんて二の次の……まるでアイドルの追っかけのような熱烈なFan(女)のコ達には、正直どう対応して良いか分からなかった。

 限られた(抽選で選ばれた)人のみのサイン会。(何でも、当選券がオークションで高値で取引されていたらしい(ジェット談))
 どう見てもモータースポーツのイベントに来たという格好では無い(気合いの入ったお洒落をした)女のコがたくさん居て、何度も「Fanなんですv」と握手を求められた。流石に断れず(他のドライバー達が快く応じているので)手を出すと、大概の女のコが両手でぎゅ〜っと握って、なかなか離そうとしない。
 中には感極まって泣き出してしまうコも居て……焦るばかりだった。

(フランソワーズに見られてなきゃイイけど…)

 此処(ピット)からはちょっと離れているし、見え難い場所なので、恐らくは……『眼』を使わない限りは視えてはいないだろう。

(そう言えば……フランソワーズは?)

 自分がピットに戻った時、彼女の姿が無かったような気がし、ジョーは慌ててヘルメットとグローブを持ち、ピット内を見渡せる場所に移動する。
 やはり、フランソワーズの姿が無い。

(あ、そういや……)

 前の夜、彼女が「折角だから、ミニレースは良く見える場所で…観客席で観たいわ」と言っていたのを思い出す。

(もしかしたら……スタンド、かな?)

 あの格好(変装)なら、『フランソワーズ』だとバレる事も無いだろうし、もてぎには前にも何度か来たことがあるから、迷子になるようなこともないだろう。
 心配なのは、彼女を1人にすること。

 もしも、この人混みに敵が紛れていたら…
 彼女に何かあったら…――

 少し迷ったものの、ジョーは緊急手段(体内無線)を使うことにする。

『フランソワーズ?』
『っっ!? ジョー? ど、どうしたの?』

 ジョーの呼びかけに、直ぐに驚いた様子で愛しい声が返って来る。

『大丈夫かい?』
『えっ? な、何が?』
『いや……その…ピットに君の姿が無かったから…』
『あ……ええ。大丈夫よ』
『今、何処?』
『え……ええと……ピットの直ぐ近く、よ』
『それなら……良いんだ』

「ジョー、そろそろ、だぞ!」
「分かった」

 レース開始を告げるメカニックの声。

『ジョー?』
『ごめん。それだけ、なんだ……』

 ――君が無事なのを確めたかっただけ…――

『もう、行かなきゃ…』
『ん……頑張ってね』
『ああ』

 ジョーは無線を切ると、瞼を閉じて大きく深呼吸し、気持ちを『レーサー』に切り替える。
 それから、素早く…慣れた手付きでヘルメットとグローブを身に付け、既に本コースに移動されているマシンへと向かう。

 グランドスタンドから一際大きな歓声が響き、大気を揺るがす。

(同じ、だ……)

 ミニレースとはいえども、この独特の緊張感と高揚感は変わらない。

 先にグリッドに着き、声援に手を振って応えているジェットと一度視線を合わせると、ジョーは狭いコックピットに潜り込んだ。
 スターティンググリッドは、ジョーが1番手(ポールホジション)。ジェットが2番手だった。
(通常ならスターティンググリッドは予選の結果で決まるのだが、今日は予選が無く、くじ引きで決められた)

 マシンの周りにはメカニックの他、サーキット専属のカメラマンとインタビュアー(巨大モニターと場内放送でリアルタイム放映している為)、そしてレースに華を添えるレースクイーンの女のコ。
 それは、いつもと変わらない風景――の筈だった。

(…………え?)

 ふと感じた、違和感。

 それが何なのか確めようと、ジョーは限られた視界の中を探る。

 マシンに異常は無い。
 メカニックもマスコミも…流石にグランプリの時より人数は少ないが、いつもと変わらない。

(気のせい、か……)

 いろいろあったから、神経が必要以上に過敏になっているのかも知れない、と自分を納得させた時、視界がほんの少しだけ暗くなる。
 レースクイーンの女のコが、自分へとパラソルを掲げ、日差しを遮ってくれたのだ。

 いつもながら、彼女達の仕事も大変だと思う。
 今は快晴の上、風も無くかなり暖かいけれど、それでも、超ミニのスカートに、セクシーに胸元が開いた臍出し衣装(足元は厚底のロングブーツvv)では寒いに決まっている。
 それなのに、寒い素振りも見せず、笑顔で…――

「っっっっっ!!!??」

 ちらっと彼女の顔を視界の端に捉えたその瞬間―――ジョーはものの見事に凍り付いた。

 ハニーブラウンの癖のある髪。
 そして、瞳は澄んだアクアマリン。
 透き通るような白い肌を惜しげもなく露出した、抜群のプロポーションの……

(フランソワーズっっっっ!!!!!//////)

 見間違える筈が無いと分かっていても、到底信じられず、ジョーは彼女を呆けたように注視する。

「……////////」

 ヘルメット越しの彼の視線に(バレたと)気付いたフランソワーズは、頬を紅く染めると、恥ずかしそうに目を逸らした。

『えっ??? ……どっ、どうして?』

 この状況では堂々と話す事は到底不可能なので、ジョーは無線を使い、混乱を抑えきれないまま、縺れながら問う。

『あの………頼まれて///』
『頼まれたって、誰にっ!?』
『芹夏さんと、芹夏さんのお友達に…』
『芹夏に?』
『ええ。レースクイーンのコが急病で…。初めは芹夏さんにお願いしていたんだけど、芹夏さんは梨絵さんのお相手をしなきゃいけなくて…、それで……』

 フランソワーズは慌てて事のあらましを説明する。

『だからって……』

 大体の事態を悟ったジョーだったが、「はい、そうですか」と納得出来る筈がなかった。
 もちろん、芹夏が嬉々として彼女にこんな役目を頼んだワケじゃ無い事も、フランソワーズが困っている人を放っておけないのも、喜んでこんな姿をしているワケじゃないことも分かっている。

 けれど……

 幾ら変装しているとは言え(コンタクトレンズは外しているので、ウィッグだけ)、こんな姿で人前に立つなんて……
 そんなセクシー極まりない格好を、大勢の人の目に晒すなんて……
 況して、レースクイーンなんて、写真を撮られて当たり前で…―――

(…………冗談じゃないっ!)

『ジョー? ……怒ってるの?』

 自分から目を逸らし、ぎゅっと強くステアリングを握るジョーに、フランソワーズは恐る恐る尋ねる。

 此処(サーキット)は彼にとっては、大切な……神聖な場所。
 そこに自分が足を踏み入れることは、やっぱり嫌だったのだろうか、と不安になる。

『怒ってない、よ』
『でも……』
『フランソワーズ、もう直ぐコースから出るように指示されるから、そうしたら……そのままピットに戻るんだ。いいね』
『え? だけど、こんな姿で戻ったら…』
『大丈夫だよ。ピットの奥なら限られた人達しか出入りしないから…』

 本当は誰の目も届かない所に隠してしまいたいけれど…

『奥?』

 それじゃジョーとジェットのレースが観れなくなっちゃう…、と言おうと思ったものの、彼から異様な……殺気立ったオーラが滲み出ているのに気付き、口を噤む。

『直ぐに僕も行く、から…分かったね』
『……分かったわ』

 彼のいつもとは違う…まるで、戦闘時のような反論を許さない強い言葉に、フランソワーズは戸惑いつつも、こく、と小さく頷く。

 そして、2人の間に僅かに流れる無言の時間――。

『……ジョー?』

 その身を切られるような沈黙に耐えられず、フランソワーズはおずおずと彼の名を呼ぶ。

『何?』
『……ごめん、なさい』
『? どうして君が謝るんだい?』
『だって……ジョー、怒ってる』
『怒ってなんかいないよ』
『本当に?』
『本当に』

 不安げな彼女の言葉と視線に(やっと;;;)気付いたジョーは、ほぉ〜と息を吐き出すと、ちらり、と彼女を見上げ……改めてその清楚なお色気の漂う可愛らしい姿を目に映し、微かに(ヘルメットで見えはしないが)頬を赤くする。

『……寒い、だろ?』
『え? あ……少し、ね』

 いつもと変わらない、自分を気遣ってくれる優しい言葉にほっとし、フランソワーズにやっと笑顔が戻る。

『もう少し、だから……』

 彼女のその言葉が嘘なのは一目瞭然だった。
 早く退去指示を出してくれ、と祈った時、祈り(呪い?(笑))が通じたのか、コースに残っているメカニックやレースクイーンへ、コース外へ出るようにと指示が下る。

『頑張ってね。でも、無茶しちゃだめよ』
『ああ。直ぐ戻るよ』

 2人は一瞬視線を合わせ……
 フランソワーズは少しだけ早足でピットへと戻って行き、
 ジョーはステアリングを握り直すと、フォーメーションラップスタートの合図を待つ。

(とにかく、一刻も早く…)

 ―――彼女の元に戻る!―――

 自分が今出来る事は……すべきことはそれだけだ、とジョーは己に言い聞かせ、固く決意すると、合図と共にアクセルペダルを踏み込んだ。





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祐浬 2007/12/28