Secret Angel

†† vol.1 ††





 
――200X年11月某日――

 凍えた大気が、柔らかな陽射しにゆっくりと融けていく。
 それでも、凛とした清浄さを失わないのは、此処が都会から離れた…緑溢れる場所だから、だろう。
 そんな、清々しい大気を切り裂くように震わす、爆音(エキゾストノート)。
 いつもの聞き慣れた音とは違う…、けれども同様に胸が熱くなるその大きな音(サウンド)を、ジョーは懐かしそうに目を細めて全身で感じる。

「相変わらず、イイ音、だよな」

 背後から手加減無く肩を叩かれ、ジョーは僅かに眉を顰めながら……けれども、完璧なポーカーフェイスを貫きつつ、ちらっと横に並ぶその人物へ視線を投げる。
 目で確める前から、それが誰なのかは分かり切っていた。
 この限られた人間しか入ることの出来ない場で、こんな手荒い洗礼をするのは1人だけだ。

「……ジェット」
「よぉ、おはようさん」

 レーシングスーツの上にチームジャンパーを着込んだジェットは、ジョーの迷惑げな視線に怯むことも気にする事も無く、にっと余裕の笑みを浮かべた。

「お前も前に乗っていたんだよな? GT(あれ)」
「ああ。少し、ね…」
「あのエンジン音は、やっぱ、たまんねぇぜ」

 ジェットは子供のように瞳を輝かせ、「ぞくぞくするぜ」と呟く。
 彼と同じように感じていたジョーは、ふ、と表情を幾分和らげると、普段は…本戦では決して走ることの無いオーバルコースを気持ち良さそうに疾走している数台のGTマシンを眺める。

「珍しいな、お前がこの手のイベントに参加するなんてよ」

 こうなってしまった全ての事情を把握している上、自分がこういう場が得意でないことも充分解っていながら、そう楽しげに告げる彼に、ジョーは返す言葉が無いまま小さく溜息を零した。

 今日、此処――ツインリンクMOTEGIで開催されるのは、レースでは無い。『HONDA Special Thanks Day』と名付けられた、Fan感謝イベントだった。
 HONDAに所属する四輪、二輪の選手や監督などが一同に集まり、デモ(パレード)走行やミニレース、トークショーやサイン会などを行う。他にも新旧様々なマシンの展示やグッズの販売、ドライビング講習会や記念撮影会、新車(市販車)の展示試乗会があったり、地域の名産品の販売や熱気球体験、果ては子供番組のヒーローショーや、ペットの躾講習会があったりと――所謂、お祭、だ。

 ジェットと違い、こういう賑やかで華やか、且つ大勢の人前に立たなければならないイベントが、ジョーは頗る苦手だった。
 だから、サイボーグに改造される前も、改造されF1の世界に復帰を果たした後も、可能な限りは辞退してきた。
 今回ももちろん辞退し、自分の性格を理解してくれているチームも、誰か1人参加すれば(ジョーのチームメイトが参加するのだから)良いだろう、と一度は承諾してくれた。
 だが、参加する筈だったそのチームメイトが、母国での国王主催の晩餐会に招かれ、イベントにどうしても参加出来なくなってしまい…―――結果、今回はジョーが参加しなければならなくなってしまったのだ。

「ま、俺達にとっては、これも大事な仕事、だぜ」
「分かってるよ」
「だったら、振り向いて、手のひとつでも振ってやりゃ〜イイじゃん」

 ジェットはそう簡単げに提案すると、ちらっと首だけで後ろを振り向く。
 途端に、未だオープニングセレモニーの前――かなり早い時間にも関わらずピット裏に詰め掛け、固唾を呑んでコチラを注視している大勢の人(半数が女性)から、歓声(半分は黄色い)が上がった。
 そのどよめきに、ジェットは営業用スマイルを浮かべ、慣れた仕草でひらひらと手を振り応える。
 一方のジョーは、振り向く事無く、自分のマシンに繋がれている計器を睨むように見つめているだけだった。

 そんな愛想の欠片も無いジョーの様子に、ジェットは、やれやれと苦く笑むと、それ以上からかうのを一先ずやめる。
 本格的にいじけられてしまっては、後が厄介だ。

「俺はどんな形であれ、お前と走れるのは嬉しいぜ」
「それは……僕だって…」

 もちろん、ジョーにとってもジェットと共に走れるのは嬉しいことだ。
 普段はF1とインディという違うレースに出場(エントリー)しているので、同じコースを同じ瞬間(とき)に走る事は無い。
 だが、今日はお祭――そのメインイベントとして、特別に以前F1ドライバーとして活躍していたジェットとジョーとの、F1マシンでのミニレースが企画されていた。(ジェットにはチームのサードカーが準備された)

「んじゃ、5周ぽっきりのミニレースだが、手加減なし、と行こうぜ」
「望むところだ」
「えらく自信ありじゃね〜か」
「F1(くるま)で負けるつもりは無いよ」
「なら、賭けようぜ」
「賭け?」
「お前が勝ったら、飯でも何でも奢ってやるよ。だが、もし俺が勝ったら……、そ〜だなぁ……お前の一番大事なものを貰う」
「一番大事なものって……まさか…」

 一番大事なものと言われて思い浮かぶのは―――フランソワーズだけだった。

 彼女を誰かに譲るなんて……考えられない。
 考えたくも無い。

「ば〜〜〜か。ヘルメット、だよ」

 さぁ、と表情を変えるジョーに……彼が何を考え、何に怯えているのか、簡単に分かってしまったジェットは、直ぐにその誤解を解き、苦笑する。

 ジョーとフランソワーズが、互いにどれだけ想い合い、惹かれ合っているのか、否応無く、嫌って言うほど見せ付けられているのだ。
 今更横槍を入れる気なんて、更々無い。

(アイツが幸せなら……それで……。って、そーいや、アイツは?)

 しみじみと感慨に耽るのを早々に放棄し、ジェットはあまり大きな動作にならないように注意して周囲を見回す。
 そして、そこに居るであろうと予想していた人物の姿が見当たらないと、眉間に深い皺を刻んだ。

「おいっ アイツは?」
「アイツ?」

 きょとんと尋ね返すジョーに、ジェットはもう一度、辺りにマスコミの姿が無い事を確認してから、声を顰めて尋ねる。

フランソワーズ、だよ。一緒に来たんじゃないのか?」
「もちろん……一緒に来たよ」
「じゃ、どーしたんだよ? ホテルにでも置いて来たのか?」
「まさか」
「なら、一般客として入っているのか?」
「そんな事する筈ないだろ」
「じゃあ、……何処に隠した?」
「か、隠してなんていないよっ」

 ジョーは一見不機嫌そうに(←照れ臭いのを懸命にそう装っている)反論すると、すっとある方向へ、ピットの奥……観客からは見えない位置へと視線を送る。

「え…?」

 そこにはテーブルと椅子が並べられており、ジョーが所属しているチームのスタッフジャンパーを着た女のコ2人が、年配の男性の指示を受けながら、片方がパソコン操作し、もう片方が書類をチェックしていた。
 年配の男性と、1人の女性には見覚えがあった。

(アレは……確かジョーのトコの監督と、芹夏だろ。もう1人はスタッフ、か…?)

 男性は、『HAYATE HONDA』の中条監督。
 グレーがかった黒いストレートの長い髪を1つに束ねた、きりりとした感じの美人は、中条監督の一人娘であり、今年度F3のチャンピオンを獲得した、芹夏。
 モータースポーツ界では有名な2人だから、もちろんジェットも知っていたし、何度か話をしたこともあった。

 だが、もう1人の女性――ハニーブラウンの癖のある髪、それよりもやや濃い茶色の瞳の、可愛らしさと綺麗さを併せ持つような美女、には見覚えが無い。

(あんな可愛い娘(コ)、一度会ったら忘れる筈がねぇ…って、そうじゃねぇ、フランソワーズは…?)

「いね〜じゃねぇか…」
「居るよ」
「何処に居んだよ?」
「そこに居るじゃないか」
「あ゛〜〜〜〜?」

 ジェットはジョーが視線で指し示した方向をもう一度見る。だけど、そこに居るのはその3人だけで、フランソワーズの姿は無い。

 と、作業をしていたその女性がコチラの異変に気付き、顔を上げる。
 そして、自分が見られている事に気付くと、首を竦めるようにして……恥ずかしそうに微笑んだ。

「え? あ゛? っっ!? 
…」
「ジェッっ」



 ――――――――――。



 思いっきり叫びかけた『禁句(名前)』は、幸運にもピット前を横切ったGTマシンに甲高いエンジン音によって、きれいさっぱり掻き消された。

「わ、悪ぃ…」

 ジョーの批難めいた視線と、ブラウンの髪の女性の凍り付くような冷たい殺気を孕んだ視線を受け、流石のジェットも危機感を抱くと素早く降伏する。

「気を付けて、よ…」
「分かった。でも……全然分からなかったぜ。アレが
フランソワーズだなんて、よ…」

 ジェットは乾いた笑いを浮かべつつ、もう一度、ちらりと女性を……変装したフランソワーズを眺める。
 大きく違うのは、髪の色と長さ、そして、瞳の色。だが、メイクもいつもとは違っていて、つらつらと食い入るように見ればフランソワーズだと分かるが、すれ違ったぐらいでは気付かない、だろう。

「いや、マジで驚いたぜ」

 「オンナは怖ぇなぁ」としみじみと独り語ちるジェットに、ジョーも小さく苦笑して見せる。

 彼女の一番のチャームポイント……印象に残るトコロは、ブロンドに近い亜麻色の艶やかな髪と、澄んだ海の色の瞳だから、その2つを変えると随分イメージが違って見えるだろうとは思っていたが、こんなに劇的に変わるとは思わなかった。
 これなら、「隙あらば」と手薬煉引いているマスコミ連中にも、彼女が『フランソワーズ=アルヌール』だとバレることは無く、自分の目の届くところに彼女を置いておける。
 だが、フランソワーズだとは分からなくても…、幾らスタッフに変装しているとは言え、こんなに大勢の人の前ではゆっくり話しをすることも出来なければ、迂闊に近づくことも出来ない。

「アレなら確かにバレやしね〜だろうが……、本戦(グランプリ)ならともかく、この手のイベントに連れて来るのはキケンじゃねぇのか?」
「リスクは承知してるよ」

 ジェットの物騒な言葉に、ジョーは厳しい表情で答える。

 確かに、通常のレース開催時と違って、ファン感謝イベントは一般客との距離が近いし、マスコミの制限も緩く、フランソワーズとの関係を秘密にしているジョーにとっては、彼女を連れて来るのは危険だと言える。
 しかし、今回はどうしても彼女を残しては来れなかった。
 早々にイベントの不参加を決めていたジョーと、たまたま休暇が噛み合ったフランソワーズは、昨日、今日、明日と2泊3日の旅行の計画を立てていたのだ。
 イベントへの強制参加命令が下った時、フランソワーズは「仕方ないわよ」と微笑んで許してくれたが、彼女がどれだけ2人きりの旅行を楽しみに思い、なかなか逢えない寂しさを埋める為の心の支えにしていたかを良く分かっていたジョーは、彼女を1人研究所に残して来るなんてどうしても出来なかった。

 だから――彼女をイベントに誘った。

 当初の予定とは大きく違ってしまうし、仕事である以上かなりの時間が割かれ、制約を受けることにはなるが、これで最低限の約束は……2泊3日の旅行は実現させることが出来るから。

「でも、僕が彼女に近づかなければ……彼女に視線が集まることもないだろうし…」
「ば〜〜〜〜かっ そうじゃねぇよ」

 真剣に言葉を繋ぐジョーに、ジェットは「分かってねぇな」と首を竦めて見せる。

「こういうお祭の時の方が、ロコツ、なんだぜ」
「露骨?」
「ああ。でけぇ金が動くスポーツだからな。キレイ事だけじゃ済まねぇのは、お前も分かっているだろ?」
「……ああ」
「向こうにとっても、こういうイベントは格好の場所……って、早速来たぜ」

 ピットの前に、ゲストを送迎する為の特別な車(高級車)が止まるのを見、ジェットはにっと不敵な笑みを浮かべつつ、小声で『警報』を告げる。

 ジョーはちらっとその車を視界の端に捉え――スーツ姿の初老の男性と、ブランド物(胸元が大きく開いたワンピースに、毛皮のコート)で着飾った若い女性が車から降りて来るのを確認すると、小さく……気付かれないように溜息を吐き、冷めた表情となる。

 男の方は、シーズン中、サーキットで何度か会ったことがあった。
 チームのスポンサー……有名企業の会長、だ。

「イキナリ大物の登場ってね。うまくやれよ」

 老人の斜め後ろを着いて来る、サーキットには不釣合いのセクシーな女性の姿を密かに愛でつつ、ジェットは同情半分からかい半分の言葉を投げ、自分の持ち場(ピット)へとそそくさと戻って行く。
 ジョーは片手を上げて彼を見送ると、近づいて来る2人を出迎えるでもなく、まるで気付いていないかのように傍を通ったメカニックを呼び止め、セッティングの打ち合わせを始めた。

「やぁ、ジョーくん。元気そうじゃないか」

 しかし、ジョーの思惑(自分を素通りして、監督達と話をしてくれれば…)通りには行かず、ピットの奥に進んできた老人は、マシン音が遠ざかるのを待って、打ち合わせを遮るように容赦なく声をかけてきた。
 流石に無視する訳には行かず、ジョーはメカニックに「すまない」と謝ってから、老人へと振り向き、差し出された手に応える。

「お久しぶりです」
「オフになったら、直ぐに私の屋敷に遊びに来るようにと言っておったのに、なかなか来てくれんから、こっちから遊びに来たぞ」

 ジョーの手を強く握り、豪快に笑う老人。

(そんな約束…した覚えない、けど……)

 内心そう思いつつ、ジョーは「すみません。忙しくて…」と詫びる。

「まぁ、チャンピオンじゃからな、仕方あるまい。後で必ず遊びに来なさい。我が家で盛大に優勝祝いをしてやろう」
「いえ……お気持ちだけで充分ですので…」
「遠慮はいらん。派手なパーティが嫌なら、身内だけでも構わん」
「いえ……」
「時間が取れたら、いつでも連絡してきなさい。そうそう、今日は、前に話した君のファンの孫娘を連れて来たんじゃ」

 老人は横に立っている20歳ぐらいの女性の背中をちょっと押し、ジョーへと近づける。

「梨絵、じゃ」
「こんにちは。初めまして。お逢い出来て嬉しいですv」

 押されるがまま、梨絵はすすす…と計画的に、ジョーへと歩み寄る。
 あわよくば、腕を組もうと狙っていたのだが、ジョーに一歩下がられてしまったのと、ギャラリーから大きな非難の声が上がった為、この場は断念せざるを得なかった。

「本当はもっと早くにお逢いしたかったのに、お爺様がサーキットは煩いし危ないからと仰って、連れて来て下さらなかったの」
「そう、ですか……」
「私、レースは全然分からないし、正直興味はないんです。でもジョーさんは別です。だって、ジョーさん、とってもカッコイイんですものv 今日お逢いしてますます好きになりましたわ。テレビや雑誌で拝見するより、実物の方が断然素敵です」
「そんなことは……」

 獲って喰われそうな勢いの梨絵に、ジョーはどうしたものか、と思案する。
 大事なスポンサーの孫娘である以上、あまり邪険には出来ないが、頗る……苦手なタイプ、だ。

「わざわざこんな田舎まで脚を運んだんじゃ。今夜は当然、付き合って貰えるんだろうな」
「申し訳ありません。先約がありまして…」

 老人の強引な誘いを、ジョーは即座に丁重に断る。
 すると、梨絵は唇を尖らせ「そんなぁ…、何とかなりませんの?」と、ジョーではなく老人へと告げる。

「断れんのかね?」
「大事な用事ですので…」

 再度、ジョーはきっぱり(←あくまでジョー的には;;;)と断る。
 『仕事』であるのならそれなりの対応を考えるが、この誘いは『仕事』ではない。ならぱ、どんなに権力を翳されようが、金を積まれようが、フランソワーズとの大切な時間を削るつもりはジョーにはない。

「まぁ、仕方あるまい。その代わり、イベントの合間にでも梨絵をエスコートしてやってくれ」
「え?」
「こういう場所に来るのも、この業界のイベントにも梨絵は初めて、なんじゃ。いろいろ案内してやって欲しい」
「しかし……」

 老人の有無を言わさずの命令口調に、ジョーは眉を顰める。
 フランソワーズの目の前で……しかも彼女とロクに口も利けないこの状況で、他のオンナをエスコートするなんて、そんなことは絶対に出来ない。
 大体、こんな大勢のマスコミの前で1人の女性と長い時間一緒に居たら、間違いなく『恋人ですか?』と訊かれて、『違う』と否定しても、『恋人出現!?』なんてデタラメな記事を書かれるに決まっている。

(もしかして……)

 それが狙い、か…――

 ジョーはやっと2人の強かな策略に気付く。
 スクープされてしまえば、ジョーが如何に沈黙を貫こうとも、梨絵が「彼の事が大好きなんです」と告げて(発表して)しまえば、付き合っているコトになってしまうだろう。
 そうなれば、マスコミはますます…競って自分達を追い回し、有る事無い事を報道し、騒ぎ立てるのだ。
 そして、梨絵は時(話題)の人となり……老人の企業価値(ブランド力)も上がる。

「豊平会長ってば、そんな無茶を言ってはダメですわ。ジョーは今日のイベントの主役。お嬢ちゃんをエスコートしている時間なんてあるわけないじゃないですか」

 いつもとは違う、甘ったるい声音で、芹夏がするり、と老人の腕を組む。
 ジョーの窮地を察し……と、言うよりも、見かねて、助けに来たのだ。

「芹夏じゃないか。君も来ておったのか」

 途端に、険しくなりかけていた老人の表情が、だらしなく緩む。

「随分なご挨拶ですのね。私はずっと此処に居ましたのよ」
「それは、すまんかったのぅ」
「お嬢ちゃんの案内は私が引き受けますわ。それで宜しいでしょう?」
「だが、梨絵はジョーくんと…」
「あら、私じゃご不満ですの? 私も一応は、チャンピオン、なんですけど?」
「まさか、不満な筈がないじゃないか」
「じゃあ、決まりですわね。お嬢ちゃん、絶叫マシンはお好きかしら?」

 芹夏は、にこっと微笑みながら、梨絵を覗き込む。

「え? ええと……ディ○ニーランドのコースターは好きですわ」
「なら、大丈夫ね。私がコースをご案内して差し上げますわ」
「貴女が運転して下さるの?」
「ええ。オープニングセレモニーまで、もうあまり時間がありませんわ。行きましょう。会長は父と暖かい所でゆっくりしていらして」

 芹夏は老人から離れると、梨絵の手を引いて歩き出す。
 取り残された老人の元へも、中条監督がすかさず声をかけ、少しだけ会話を交わすと、ピット前に止めてあった車に2人揃って乗り込み、去って行った。

「…………ジョー?」

 芹夏の鮮やかな手腕と絶妙な2人の連係プレーに、ただただ……呆然と成り行きを見ていることしか出来なかったジョーは、直ぐ傍で自分の名を呼ばれ、はっと我に返る。
 それは―――聞き慣れた声、だった。

「っっ!?」

 横に……少し距離をおいて立っていたのは、変装したフランソワーズだった。
 チームジャンパーを着、バインダーを胸に抱き締めるように持っているその姿は、スタッフにしか見えず、マスコミもギャラリー(観客)も全く反応することは無かった為、ジョーはほっと安堵する。

「芹夏さんに助けて貰っちゃったわね」
「え? あ……うん」

 フランソワーズに言われて、ジョーは自分が芹夏に助けられたことを改めて実感する。
 あの時、あのタイミングで彼女が割って入って来てくれなかったら、今頃自分はどうなっていただろうか……。

 ―――考えたくも無い…。

「私も、庇って貰っちゃったの」
「え? 君も?」
「芹夏さんが、『会長はオンナ好きだから、隠れた方がイイ』って…」
「………。」

 そういやそうだったな、と思う。
 嘘かホントかどうかは分からないが、若い愛人が何人も居るらしい。
 若い頃は権力と金を使って、自分好みの女のコを力尽くで…だった、という噂も聞いたことがある。

 そんな輩にフランソワーズが見つかっていたら……と考えると、ぞっとした。

「芹夏さん、大丈夫かしら?」
「芹夏は大丈夫だと思うよ。ダメなのは、たぶんあの娘(こ)だよ」

 心配そうに芹夏達が消えて行った方向を見据えるフランソワーズに、ジョーはそう答える。

「え? どういうこと?」
「……芹夏の運転(ドライビング)に耐えられないんじゃないかな」
「あ……」

 2人はちらっと視線を見合わせると、フランソワーズは気の毒そうに、ジョーは複雑な表情で、響いた爆音(エキゾストノート)に首を竦めた。





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祐浬 2007/12/26