Reveil
―Memory―


†† Story by Yuuri & Illustration by Shion ††





 ゆっくりと……
 けれども、全ての抵抗を封じる圧倒的な力で……
 柔らかなベッドの海へと沈められ、貼り付けられる。

「……ジョー…」

 震える声。

 震えているのは声だけじゃない。
 躯も…、そして、心も――。

「どうして目を閉じているの? ……怖い?」

 少し不安そうな…訝しげな彼の言葉に、私は瞳を閉ざしたまま、微かに、こくん、と頷いてみせる。

 ……怖い。
 だって、今夜もきっと……私は私でなくなってしまう。
 身体を包む布達も、心を覆う鎧も、全て剥がされ、……狂わされてしまう。

 そんな私を……、
 ジョー、貴方は本当に……望んでくれるの?
 愛していてくれるの?

「それは……僕自身が怖いってコトかい? それとも、僕の顔なんて見たくない、とか?」
「そんなこと…」

 今度は首を横に振る。

 この世で一番大切な…大好きな、男性(ひと)。
 その姿を見たくない筈がない。

 出来ることなら……許されるなら……
 ずっと…永遠に、彼を見つめていたい……

 けれど…

 今、目を開けたら……私は……

「それなら……、目を開けてよ」
「でも……」
「フランソワーズ、目を開けて僕を見てよ」
「ぁ……」

 耳を擽る、低くて甘い……躯の中心を痺れされる、声。

 その圧倒的な声の魔力に抗える筈が無かった。
 キツく閉じていた瞼を、彼が望むがままに、そろそろと開いていく。

 どうしていつも……拒めないのだろう。
 今、目を開けて、この瞳に彼を映したら、もう…逃げられないって、分かっているのに……。

「夢に堕ちるには、まだ早過ぎるよ、フランソワーズ」



「ジョー………」





 鼓動が早くなる。
 呼吸(いき)さえ満足に出来なくて、胸が苦しくなる。

 私だけが知っている彼の表情(かお)に…、熱さに、囚われて……。



 ―――もう……何も、考えられ…な、い……







「フランソワーズっ」
「……っっ!!」

 激しく身体を揺さぶられ、極至近距離で名前を呼ばれて、フランソワーズは、びくっと大きく身体を震わせると、気だるさを無理に抑え込んで、恐る恐る瞼を開く。

 目の前にあったのは、愛しい男性の――ジョーの顔だった。
 けれど、その表情は、さっきまでの……余裕の笑みを浮かべ自分を翻弄していた『彼』とは全く異なっている。
 眉間に皺を刻み、一見怒っているかのような……心配げな表情。

「………あ」

 フランソワーズは、はぁはぁ、と苦しげに息を弾ませながら、涙で潤んだ瞳を何度か瞬かせ、必死に現状を把握しようと努力する。
 しかし、頭の中が、ぼうっと白く霞んでいて、思うように結論に結びつかない。

 辛うじて理解できたのは、
 さっきまでと同じように身体が熱くて、苦しいこと。
 此処が自分の部屋であること。
 そして……自分の直ぐ側にジョーが居るということ。

「大丈夫かい?」
「…え?」
「起こしてしまって、ごめん。でも、酷く魘されていたから…」
「………わ、私……、っ」

 「どうしてしまったの?」と尋ねようとした瞬間、喉と胸の鈍い痛みに声が掠れ、激しく咳き込む。

「フランソワーズっっ」

 ジョーは慌てて、フランソワーズを包み込んでいる布団と毛布を少し肌蹴させると、けほけほけほ、と、激しく咳き込む彼女の姿勢を横向きに変えてやり、片手で背中を摩る。

「フランソワーズ、手を下ろして」

 そして、唇を両手で覆い、何とか咳を鎮めようとしているフランソワーズに優しくも厳しくそう命じると、もう片方の手をベッド横に備え付けておいた30センチほどの装置へと伸ばし、スイッチを入れ、その装置と透明のチューブで繋がっている酸素マスクのようなものを彼女の口元へ運ぶ。

「落ち着いて、吸い込むんだ。大丈夫、直ぐ楽になるから…」

 フランソワーズは彼に指示されるがまま、口元に当てていた手を鈍く痛む喉元へと移動させると、装置からチューブ通って放出されている無味無臭の気体を、咳の合間に懸命に吸い込む。

「そうだよ。深呼吸するように、深く吸って……」

 まるで幼い子供に言い聞かせるような、ゆったりとした抑揚のある声。
 背中を優しく撫でる大きな掌の感触。

 何が自分に起こっているのか分からない。
 何故、自分がベッドに横たわっているのかも…
 どうして胸と喉が痛み、咳が止まらないのかも…

 けれど、フランソワーズは取り乱す事無く、自分を保っていられた。

 それは……側にジョーが居るから…、
 彼を心から信用しているから、
 だから―――何も怖くなかった。

「もう…大丈夫、みたい……、ありが…とう」

 何度か深呼吸を繰り返すと、発作的な咳が嘘のように治まり、喉の痛みと違和感が薄れ、少しずつ呼吸が楽になる。
 フランソワーズは、ほぉ〜、と肩で大きく息を吐くと、ジョーにもう装置の必要が無いことを報せる。

「良かった……」

 未だ幾分虚ろげではあるが、しっかりと自分へと視線を巡らせるフランソワーズに、ジョーは、ほっと胸を撫で下ろすと、マスクを装置の上へと戻し、スイッチを切る。

 ジョーのその手慣れた行動から、フランソワーズは、自分が既に何度か今と同じように彼に看病されていたことを悟る。

「…ねぇ、ジョー……私、どうしたの?」
「覚えてないのかい?」

 心配げに自分を見つめるジョーに、フランソワーズは申し訳なさそうに、小さく頷いて見せる。

「全然? 何も覚えていない?」
「ごめんなさい。何だか……少し…混乱していて……」
「いや、君が謝る必要は無いよ。君の記憶が混乱しているのは、有毒ガスの所為なんだ」
「有毒ガス?」
「ああ。……自分が倒れた時のことも思い出せないかい?」
「…倒れた、時の…こと?」

 フランソワーズは右手を額に当て、酷く混濁している頭の中から、彼の言う記憶を導き出そうとする。
 けれど……何故か、答えが見つからない。

 記憶が全て消えてしまった訳では無い。
 自分のことも、ジョーのことも、仲間達のことも覚えているし、自分がサイボーグに改造されたことも、きちんと理解できている。
 けれど、多くの記憶達が曖昧で、現実にあったことなのか、夢の中で見た幻影なのか、判別するのが難しかった。

「そんなに思い詰めないで。直に…身体の中の毒が消えれば、記憶の混乱も元に戻るから…」

 ジョーは右の掌をフランソワーズの頬へするりと滑り込ませると、切なげに目を細める。

 いつもより高い体温。
 蒼白い肌。
 それは、彼女の体内に忌々しい毒が留まり、彼女を蝕んでいる証拠だった。

 彼女をこんな目に遭わせてしまった自分が不甲斐なくて…、苦しんでいる彼女を救ってあげられないことがもどかしくて悔しくて…、ジョーは、ぎゅっと拳を強く握る。
 けれど、その反面……彼女が昨日の事件を何も覚えていないことに、密かに胸を撫で下ろした。

(忘れているのなら……そのままの方が良い…)

「ジョー……?///」
「君の体内の毒は2、3日で完全に消えるし、後遺症も残らないって博士が言ってた。だから、そんなに心配することないよ」
「でも……やっぱり…何も分からないままなんて……。お願い。せめて……私が倒れてしまった原因だけでも…、何故有毒ガスを吸ってしまったのかだけでも、教えて」

 頬から直接伝わる彼の温もりと、彼の微妙な表情にどきどきしながらも、フランソワーズは必死に懇願する。

「だけど……」
「混乱しているだけだから……、きっと…話してくれたら、少しずつ思い出せると思うの」
「フランソワーズ……」

 熱のために潤んだ碧い瞳が、真っ直ぐにジョーを捕らえる。
 その強い視線は、彼女の意思が固いことの証。
 こうと決めた時の彼女の頑固さは、ジョーが一番…身にしみて分かっていた。それに、曖昧な記憶のまま放置されれば、確かに不安は募るばかりだろう。

「身体は大丈夫? 話していても平気かい?」
「平気よ。今は喉も痛まないし……ほんの少し、身体がだるいだけ」
「少しでも具合が悪くなったら、直ぐに言って。約束できる?」
「分かった、わ。約束する」
「……ココ、座っても良いかな」

 ジョーはフランソワーズから手を遠ざけると、彼女の横たわるベッドの端を指差す。
 フランソワーズは、こくん、と頷くと、少しだけ壁側に身体を移動させて、彼が座れる場所を広くする。
 その場所にジョーは静かに座ると、身体を捻り、彼女の顔が見える態勢をとる。

「昨日の……ミッションの事は、覚えてる?」
「ミッション?」
「BGの科学兵器研究基地を爆破するミッションだよ」
「あ、それは覚えているわ」

 やっと、すんなりと導き出せた記憶の断片に、フランソワーズは一瞬表情を和らげたものの、次の瞬間に沸き立った漆黒の影に、ぞくっと背筋が凍り付いた。

 ―――BGの基地を叩く。
 そう、確かに自分はそのミッションに、仲間と共に加わっていた。

 BGを操っていた根源を倒し、その動きは急速に鈍ってはいるものの、奴等は完全には滅んでいない。BGの基地は世界中に散らばっていて、残党達が私利私欲のために悪事を続け……その悪の芽は、恐ろしいほどの勢いで増殖する。
 悪事を可能とする場所と道具…武器や研究資料が残っている限り、悪魔に魅入られた奴等は何度でも蠢き出す。
 だから…その基地をひとつずつ見つけ出し、潰す。
 それが、ジョー達の今のところの最重要任務(ミッション)だった。

 今回、見つけ出したのは……
 広大な砂漠の地下に隠された、科学兵器研究基地。
 毒ガスや麻薬などを研究開発、そして製造し、闇ルートで流していた。

 大量の劇薬が基地内に保管されていて、かなり難易度の高い危険なミッションとなる為、9人全員が招集され、イワンを中心に緻密な作戦が練られた。
 作戦内容はこうだ。―――イワンとギルモア博士を除く8人を4グループに分け、それぞれが極秘裏に基地内に潜入。各ポイントに時限式の爆薬を仕掛け、その時刻(タイムリミット)までに敵に気付かれること無く退避する。

 ジョーが爆弾を仕掛ける場所は、最も危険な基地の最深部。彼の加速装置を使えば、時間内に退避できるという、イワンの判断だった。
 そして、複雑に入り組んだ最深部を的確にナビゲート出来るフランソワーズが、ジョーのパートナーと決められた。

 ミッションは頗る順調だった。
 敵に気付かれる事無く全ての爆弾を仕掛け終え、仲間達は次々と基地からの脱出し―――

(私とジョーも……予定通りに爆弾を仕掛けて……それで、確か…)

 次々と情け容赦なく蘇ってくる生々しい記憶に、フランソワーズは、カタカタと小さく震え出す。

 イワンに指示された場所に、爆弾を仕掛け終えて……
 ジョーに抱えられて加速装置で移動して……
 自分達が侵入した…006が掘った地下道へと逃れる、その直前――。

 自分達に向けられた、無数の蒼白い閃光。

「……思い出したのかい?」

 沈黙したまま震えるフランソワーズを、ジョーは静かに見守る。

「ええ。全部じゃないけれど……。……私達、…脱出直前に、敵に見つかってしまって……」
「……敵の…センサーに触れてしまったんだ」

(……僕のミスだ!)

 ジョーは、きゅっと悔しさに唇を噛む。
 加速装置を作動させている間は、フランソワーズは満足に能力を行使出来ない。
 だから、加速を解く時には、もっと気を付けなければならなかったのだ。

 それなのに―――。

 壁の低い位置に取り付けられた小さな可動式のセンサー(トラップ)に、加速装置を解除した瞬間、フランソワーズが触れてしまったのだ。
 その直後の攻撃(集中砲火)は辛うじて回避し、自分達を執拗に狙う仕掛け(キラーマシン)は全て破壊した。
 そのまま…新たな追手が辿り着く前に、逃げられる筈だった。

 だが……

「あの時の戦闘の影響で、近くにあった有毒ガスのタンクのひとつに亀裂が入ったんだ。フランソワーズ、君はその気体を吸い込んで倒れてしまったんだよ」
「え? それじゃ、ジョー、貴方も?」

 ジョーの説明を聞き、フランソワーズはさぁっと蒼褪める。

 自分が倒れてしまった原因が有毒ガスなら、同じ場所に居たジョーも自分と同じ毒に侵された筈。

「ううん。僕は平気だった。多少…息苦しくはなったけど、ね」

 その有毒ガスは無色透明で、匂いも無い。
 だから、ジョーもフランソワーズも全く気付かなかった。

 フランソワーズが突然倒れ、初めてジョーは異変に気付いた。
 息苦しさを感じたのは、その後、だった。

 それが……自分達の改造の度合いの差、だ。
 フランソワーズが数十秒で意識を失ってしまう毒でも、改造度の高いジョーには耐えられる。

 哀しい現実ではあるが…、ジョーはこの差に感謝していた。
 あの場で自分まで倒れてしまったら、フランソワーズは確実に命を落としていたに違いない。
 有毒ガスに耐えられる身体だったからこそ、毒のたちこめる基地内を加速装置で一気に抜け、意識の無い彼女をドルフィン号へ…ギルモア博士の元へ運び、直ぐに適切な処置をしてもらう事が出来た。

「君が吸い込んだガスもそれほど多くは無かったから、中和剤の点滴だけで、手術はしていない。さっきみたいに咳が止まらなくなるのも、意識が混濁するのも、熱も……毒の影響だから、身体から毒が消えれば自然と良くなるだろうって……」
「そう……。あ、皆は? 皆、無事に戻って来れたの?」
「大丈夫、皆無事だよ」
「良かった……。皆にも、貴方にも、怪我は無いのね?」
「え? ………うん」

 安堵の微笑みを浮かべるフランソワーズに、ジョーは何かを言いかけて止め、曖昧な言葉と笑みで彼女の言葉を肯定する。

 その小さな彼の異変(迷い)を、フランソワーズが見逃す筈が無かった。

「ジョー……どう…」
「君が目覚めたこと、皆に報せて来るよ」
「え? ジョー、待っ…」

 自分の言葉をワザと遮り、立ち上がろうとするジョーの左手を、フランソワーズは咄嗟に掴み、彼を引き止める。

「……っっ!!」

 その瞬間、ジョーの顔が僅かに苦痛に歪み、バランスを崩してよろめいた彼の身体がベッドへと戻る。

「!! ジョ、ジョー!?」

 フランソワーズは、ばっと慌てて彼の手を放し、息を呑む。

 そんなに強く掴んだ訳じゃない。
 自分には到底適わない腕力を備えている彼が、自分が軽く引いたぐらいでバランスを崩すなんて、普段なら……有り得ない。

 考えられる結論は、ひとつだけだった。

「も、もしかして……怪我、しているの?」
「………。」

 フランソワーズの問いに、ジョーは答える事無く、視線を逸らしたまま沈黙する。

 沈黙は――即ち、肯定。

「怪我しているのね!」

 フランソワーズは自分が体調が悪いのも忘れて、起き上がり、立ち竦んだままの彼に縋り、真実を確かめようとする。

「っっ!! 起きちゃだめだっっ」

 彼女の無茶な行動にジョーは慌てふためき、起きかかった彼女の肩を両手で掴み、強引にベッドへと貼り付けた。
 その行動が、再び痛みを増幅させ、ジョーは、くっと息をつめると、悲鳴を上げる元凶を…左肩を咄嗟に右手で押さえる。

「ジョーっっ!!?」

 その彼の苦痛の表情が、フランソワーズの混乱する記憶の中の、ひとつ(一欠片)と、ぴたりと重なった。

 それは…途切れていた記憶の続きの場面(シーン)。
 閃光が煌いた直後の……残像。

(―――っっ!!)

 センサーに触れてしまったのはフランソワーズ。だから、真っ先に標的にされたのは、彼女だった。
 不意をつかれた最初の攻撃は、防ぎようが無かった。
 フランソワーズが閃光に打ち抜かれる直前、ジョーは彼女を庇い、彼女が受けるはずの銃弾(レーザー弾)を、代わりにその身体に受けた。

「大丈夫、心配要らない。掠り傷だから」
「嘘っ」

 余裕の笑みを浮かべ、冗談めいたジョーの言葉を、フランソワーズは泣き出しそうになりながら、きっぱりと否定する。

 彼の言葉は嘘、だ。
 一筋の細い光が、彼の身体を貫いたのを、フランソワーズはその眼で…極至近距離で『視て』しまっていた。
 掠り傷程度で済む筈が無い。

「嘘よ……。貴方はその怪我は……掠り傷なんかじゃない。もっと…ヒドイ怪我の筈、だわ……」
「……フランソワーズ?」
「私……思い出したの。その肩の怪我は……、あの時、ジョーが私を庇って負ったものだわ……、そうでしょう?」
「………。」
「もう……隠さないで…」

 潤んだフランソワーズの瞳から、ぽろっと涙が零れ落ちる。

 自分に心配をかけまいとする彼の想いが嬉しくて…
 そして、そんな重大な事実を直ぐに思い出せず、彼に苦痛を与えてしまった自分が、情けなくて悔しかった。

「………全部、思い出しちゃったんだね……。忘れているのなら、それで構わなかったのに……」

 ジョーは、彼女が昨日の記憶を正確に取り戻してしまったことを知り、ほお〜っと長く息を吐き出すと、自嘲気味に独り語ちる。

 本心だった。
 彼女が忘れているのなら、その方が良いと本気で思っていた。
 何故なら……真実の記憶が蘇れば…自分を庇って怪我を負ったと知ったら、優しすぎる彼女は自分を責めて、苦しむと分かり切っていたから。
 未だ毒に侵されていて、何よりも休養が必要な彼女に、余計な心配はさせたくは無かった。

 それに…
 今日というこの特別な日を、これ以上哀しい思い出に染めたく無い。

「ジョー……。怪我の具合は? ちゃんと治療は受けたの?」
「もちろん、博士にきちんと手当てして貰ったよ」
「手術、したの?」
「……ああ。でも、急所は外れていたし、1週間ぐらい大人しくしてれば良いだけだよ」
「1週間って……。手術を受けたのなら、未だ安静にしていないと駄目だわ。私は大丈夫だから、ジョーもお部屋で休んで」

 フランソワーズは心配げに、ジョーを見上げる。

 ジョーは己の容態を軽く言っているが、そんなに楽観視出来る状態では無いことを、フランソワーズは経験上…身をもって知っていた。
 今まで数え切れないほど戦い、傷ついてきた。
 特にジョーは自分達のリーダーとして、必然的に危険な立場へと追い込まれる事が多く、何度も生死の境を彷徨って来た。
 だから……分かってしまう。

 彼は無理をしている。
 手術を受けたのが昨日なら、少なくとも今日いっぱいは、ギルモア博士から『絶対安静』指令が出ている筈だ。
 その指示を彼は拒んだのだろう。
 恐らくは、博士に強引に頼んで……無理矢理に、自分を看病する許可を得た。

「いくらフランソワーズの頼みでも、それは聞けない、な」
「どうして?」
「………約束、したから…」
「約束? 誰と?」
「君、と」

 ジョーは未だ痛みの残る左肩から無理に…けれどもそうとは感じさせない滑らかな、自然な動作で手を放すと、その手で彼女の乱れた髪を直し、そして零れた涙を拭ってやり……、くす、と微笑む。

「わ、私と?///」

 フランソワーズは、頬を赤く染めながら、どぎまぎとジョーを見返す。

「それも…覚えてないかい?」
「え? 私……何て?」
「今日は……1月24日は、ずっと君の傍にいるって、約束しただろ?」
「あ……///」

 フランソワーズはやっと、ジョーの言う『約束』を思い出す。
 そして…今日が、自分の誕生日であることも。

(そうだわ、私……ジョーにプレゼントは何が良いか?、って訊かれて……)

 5日前。
 BGの基地が発見される前日―――。
 ジョーはフランソワーズに、「誕生日プレゼントは何が良い?」と尋ねたのだ。フランソワーズは「クリスマスに贅沢させて貰ったから、もう何も要らないわ」と答えたのだが、彼はそれでは納得せず……
 それで、悩んだ末、フランソワーズは「普通のデートがしたい」とリクエストして……

(それなのに、ジョーったら……)

 いつの間にか、24日は1日中ジョーがフランソワーズをエスコートする、という約束に、すり替えられてしまった…のだった。

「流石に…『普通のデート』は無理だけど……。だから、せめて……一緒に居るっていう約束だけは……絶対に守りたいんだ」

 ジョーはフランソワーズから視線を逸らすと、照れながら言葉を繋ぐ。

 ミッションが無かったら―――。
 いや、ミッションがあったとしても、無事に帰って来ていたら……、今日は忙しい1日になる筈だった。
 『普通のデートがしたい』というフランソワーズの願いを叶えるため、前から彼女が観たいと言っていた映画へ行き、その後、ショッピングをし、お気に入りのレストランでディナーを摂り、そのまま、2人だけの甘い思い出が刻まれたあのホテルに泊まる……予定だった。

 ――ずっと一緒にいて、1日中、君を楽しませてあげる、よ――

 そう、約束したのに……
 彼女の願いを叶えてあげられなかった。

「ジョー……」

 ジョーが何故こんな無茶をしてまで自分の傍に居てくれるのか、その訳を知り……彼の優しさと自分だけに向けられた想いを感じ、フランソワーズは、新たな涙で、うるうると瞳を潤ませる。
 嬉しくて……胸が熱い。

「……ずっと、私の傍に居てくれたの?」
「残念ながら、ずっと、じゃないんだ。流石に肩の治療を受けている時は、一緒ってワケにはいかなくて、さ。でも…、その時は、君も隣のメディカルルームで中和剤の点滴中だったし…。それに、未だ日付は変わってなかったし、ね」
「もしかして……手術が終わって直ぐに?」
「…うん。局部麻酔にしてもらったから、手術が終わって、動けるようになったら直ぐ君のところに戻った。ギリギリセーフだったよ」

 ジョーは自分が無謀極まりないことをしでかしたとあっさりと白状し、首を竦めて見せる。

 案の定、フランソワーズは彼の告白を聞き、大きな碧い瞳をますます大きく見開き、暫し絶句する。

「それから……君の容態が落ち着くのを待って、この部屋に運んで…」
「えっ!? 貴方が私を此処に運んでくれたの!?」
「そうしたかったんだけど……博士にこっぴどく叱られて断念したよ。君を運んでくれたのは、005(ジェロニモ)。でも、君を防護服からパジャマに着替えさせる特権だけは、誰にも譲らなかったけどね」
「〜〜〜っっっ!!?////」

 涼しげな笑みを浮かべながら、とんでもない事をさらりと言ってのけるジョーに、フランソワーズはものの見事に真っ赤に染まり、布団の下で自分の身体を抱き締めるようにして、改めて己を確かめる。

 確かに……自分は防護服ではなく、パジャマ姿。
 下着はそのまま残っているものの……、彼に防護服を脱がされ、限りなく裸に近い姿を見られてしまったのは間違いない。

 予想通りの彼女の狼狽ぶりが可愛くて、ジョーは、くすくすと肩を震わせて笑う。

「何もシテないよ。着替えさせただけ」
「っ//// ジョーのばかっっ どうして、そんな……っ、無茶ばかりして…!!」

 フランソワーズは恥ずかしさと、悔しさと、そして切なさが、ごちゃ混ぜになり、自分の気持ちをどう向けて良いのか分からず、感情の赴くままに言葉に替える。

 他の誰かに着替えさせられるよりは、恥ずかしいけれど、ジョーの方が良い。
 けれど…自分を着替えさせることだって、怪我をしているジョーには大変だっただろう。

「無茶でも……良いんだ。そうしなかったら……後悔するから」

 ジョーは、ぽつり、と呟く。

 彼女と結んだ約束。
 今守れるのは、そのうちのたったひとつ。そのひとつの約束を守れなかったら、自分は後々まで後悔する。
 例え、怪我という言い訳があったとしても、きっと「無理してでも、彼女との約束を果たすべきだった」と悔いるに決まっている。

「お誕生日なら……来年だってあるのに…」
「来年は来年。今年の誕生日は今日だけだよ」

 今日という日の代わりはない。
 同じ時間(とき)は二度と巡っては来ない。
 だから……大切にしたい。

 サイボーグである自分達には、『老い』は無いけれど…、
 普通の人間達よりも、遥かに長い時を生きることになるかもしれなくても……
 それでも、今日という日は、ただ一度きり、だ。

「ジョー……」
「僕がそうしたいんだ。だから…このまま、君の傍に居させて、よ」

 君が生まれたこの大切な日を……
 せめて、共に過ごさせて欲しい。

「………ジョー…」

 淋しげな…何処か不安そうな……、まるで、捨てられた仔犬のようなジョーの瞳。
 そんな瞳で見つめられたら、『No』なんて言えない。

 フランソワーズは暫く躊躇った後、己の身体を更にベッドの端へ…壁際へと移動させると、おずおずと布団の中から手を伸ばし、ジョーのシャツの袖を、ゆるく…怪我に響かないように掴む。

「……そ、それなら……此処で……休んで…」
「え?」

 予想だにしていなかったフランソワーズの言葉に、ジョーは唖然と…鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「だ、だって……ジョー、怪我しているのに……。それに、寝てないんでしょう? だから……一緒に寝……/// あ、あの…、そういう意味じゃなくて……ええと…///」

 フランソワーズは耳まで朱に染めながら、消え入りそうな声で必死に…あたふたと説明する。

 一緒に居たいと言ってくれる彼の言葉は、とても嬉しかった。
 それに、自分だって……本当は彼と一緒に居たい。
 けれど、怪我をしている彼に、これ以上無理はさせたくなかった。ちゃんと身体を休めて欲しかった。
 だから……こうするのが…自分のベッドで一緒に休むのが、一番の方法だと思った。
 ベッドは2人で寝ても大丈夫な広さがあるし(現に幾度と無く、このベッドで2人で過ごしている///)、自分の体内に在る毒も、人にうつるものでは無い。ゆっくり休んでいれば自然と良くなるものだから、博士に咎められる事も無いだろう。

「……もちろん……ジョーが…イヤじゃなかったら……だけど…」
「イヤな筈ナイだろ。でも…本当に良いのかい?」
「……ええ////// あ、でも……眠るだけ、よ…。ジョー、怪我しているし……無茶はしないで…」
「信用無いんだなぁ…。具合の悪い君を襲うほど、僕は野蛮じゃないよ」

 ジョーはやれやれと苦く笑うと、そのまま…きちんと服を身に着けたまま、彼女が空けてくれたスペースへ……彼女の温もりが色濃く残るベッドへと潜り込む。

「随分話ちゃったけど、身体、大丈夫かい?」
「ええ。ジョーは? 怪我、痛む? ごめんなさい。私が痛めている方の手を掴んでしまったから…」
「気にしないで。隠していた僕が悪いんだ。それに、ちょっと痛かっただけで……もう平気だから」
「本当に?」
「ああ」
「………傷、触ってもいい?」
「……ああ」

 ジョーが躊躇いながらも頷くのを待ってから、フランソワーズは自分とは反対側の彼の肩に……閃光が貫いたその場所に、そうっと掌を置く。

 シャツの上からでも、何重にも包帯がきつく巻かれ、固定されているのが分かった。
 安静にしている事を拒否し、自分の看病をしたいと言い張った彼に、ギルモア博士が少しでも彼の負担が減るようにと、施してくれたのだろう。

「私達……これからもこんなふうに……傷ついていくのかしら……」
「フランソワーズ……」
「戦っても戦ってもBGは無くならない。……そのうち……また、大きな戦いになって、貴方はその身を盾にして……大怪我を負って…」

 蘇ってきた幾つもの戦慄の記憶(断片)に、フランソワーズは華奢な身体を震わせながら、ぎゅっと彼のシャツを掴む。
 ―――彼が消えないように。

 戦う兵器(サイボーグ)として改造されてから、自分達は否応無く、戦いの中に放り込まれてきた。
 戦場は常に死と隣り合わせだ。
 殺さなければ―――殺される。

 仲間達も彼も、そして自分も……数え切れないほど、傷ついてきた。
 命にかかわるような大怪我を負ったことも、少なくは無い。

 そんな、血塗れの時間(とき)が、これからも続くのだろうか…
 失ってきた多くの命と同じように、彼も…自分を残して逝ってしまうのだろうか。

(そんなこと……絶対に、いや…)

 彼が逝くのであれば、自分も一緒に逝く。
 彼を失ったら……生きている意味なんて無い。

「僕は『戦う』と決めた。だから…これは、罰なんだと思う」
「罰?」
「うん。罰と言うよりも、戒め、かな……。どんなに綺麗事を言っても、戦いは『人殺し』だよ。だから……こんなふうに時々罰を科せられる。侵した罪を、身体で償うようになっているんだと思う」
「償い……」

 そうなのかも知れない、とフランソワーズは思う。

 自分もジョーと…仲間達と共に『戦う』ことを選んだ。
 そして、自らの手を血に染めた。

 悪に憑かれた者であっても、自分達と同じ『人間』であることに変わりない。
 彼等にも、親や兄弟、友達や恋人が…自分が殺した者を大切に思っていた者達が居るだろう。
 ……自分がしてきたことは、許されることでは無い。

 けれど、自分達は法で裁かれない。
 誰も罰を下さないから、神様がこうして、直接的な苦しみ(制裁)を与えるのだろうか…。

「私達がしていることは……間違っているのかしら?」
「正しいとは言えない。けれど、間違っているとも思わない。皆や君を護るためなら、僕はどんな罰を受けたって構わない」
「ジョー……。貴方が罰を受けるなら、私も一緒に受けるわ、だって、私だって…たくさん…殺してしまっているもの……。この身体で償えるのなら…どんな罰でも…」
「ダメだっ!!」

 自戒に満ちたフランソワーズの言葉に、ジョーは声を荒げて制すると、両手で…左肩が痛むのにも構わず、彼女の細い身体を強く抱き締める。

「っ!?」

 驚いたフランソワーズは、びくっと身体を大きく震わせたものの、そのまま…抵抗する事無く、彼の腕に囚われる。

「……ジョ、ジョー? こんなコトしたら…怪我が……」
「こんな怪我なんて何ともないよ。僕は……この身体が傷つくことは怖くないんだ。この身体に受ける傷なら、どんなに酷い傷でも……例え、片腕がもがれようとも…構わない。でも……君が傷つく姿は……見たくない」

 有毒ガスを吸い、糸の切れた人形のように、この腕の中で意識を失ったフランソワーズ。
 どんなに名前を呼んでも全く反応しなくなってしまった彼女の姿に、息が止まり、背筋が凍った。
 身を裂かれるほど、痛かった。

 閃光に貫かれた傷よりも、遥かに…比べ物にならないほどに、痛くて、苦しくて……怖かった。

「君が受けなければならない罰は、全部、僕が受ける……」

 可能であるのならば……彼女を狙う全ての銃口を、自分へと向けて欲しい。
 彼女が負う分の傷を、代わりにこの身体に刻んで欲しい。

 誰にも…
 何にも…彼女を傷つけさせない。

「そ、そんな……、そんなこと…だめよ。私だって……傷ついた貴方を見るのは…もう、イヤよ……。私が、いったい何度……っっん」

 涙ながらの抗議は、彼の唇によって封じられる。

「ごめん。もうこの話は終わりにしよう…」
「…ぁ、ジョー……でも、…んっ」

 ジョーは一方的に終止符を打ち、彼女の反論を更なる口付けで塞ぐ。

 我ながら卑怯だとは思うが、今この話を続けても、彼女が辛くなるだけだと分かっているから、もうこれ以上話させたくなかった。
 辛過ぎる記憶を、これ以上思い出させたくなかった。

 折角の彼女の誕生日なのだから……
 彼女に哀しい顔はさせたくない。
 哀しい涙は流させたくない。

 ―――今は、少しでも穏やかであたたかな時間で彼女を包み、傷ついた身体と心を癒してあげたかった。

「…ん……、っぁ…」

 啄ばむような優しい口付けをまどろんだ後、ジョーは顎の角度を少しずつ変えながら、次第に深くて濃厚な…恋人同士のキスへとフランソワーズを堕としていく。

(………夢の続き…みた、い…)

 ふわり、と色濃く漂う彼の香りと、自分の中に在る彼のぬくもりに刺激され、フランソワーズの脳裏に、ひとつの映像が蘇る。

 それは、目覚める直前に見ていた夢。

 彼の腕に狂わされ、高められ、その熱さに――溶かされた。
 何もかもが白く霞んで…彼以外は感じられなくなって――。
 熱くて、苦しくて……でも幸せだった。

(夢? 違う…あれは……)

 夢であって夢じゃない。
 あれは……真実の記憶。

 2人だけの――Secret Memory。




「フランソワーズ…」

 ショーは、自分のシャツを掴む彼女の指が、解けて、ゆるくなったのを……身体の力が抜け落ちたのを感じると、艶やかなピンク色の唇を解放する。
 そして、少しだけ顔を遠ざけると、彼女の名を呼び、閉ざされた瞼が開かれるのを待った。

 一呼吸後……ゆっくり、ゆっくりと、彼女の瞼が開き、その下から現れた濡れた紺碧の宝石に、ジョーの顔が映り込む。

「お誕生日おめでとう、フランソワーズ」

 それは、すっかり遅くなってしまった…けれども、何とか間に合った言葉。
 1年に一度しか言えない大切な言葉。

「あ、ありがとう……」

 フランソワーズは少しだけ弾んでしまった呼吸を整えながら、嬉しそうに…恥ずかしそうに、ジョーを見つめ返した。

「誕生日プレゼントは、君が元気になったら、改めて実行しようか?」
「そんな…いいわよ。こうして…ジョーが…居てくれるだけで……、もう充分だわ」
「だめ。折角の計画で、君への誕生日のプレゼントなんだから、ちゃんと実践する」
「じ、実践って……////」

 不吉な予感にフランソワーズは、ぽっと頬を上気させながら、上目遣いに彼を見上げる。
 そこにあったのは、夢で見たのと同じ、あの余裕ありげな…悪戯っぽい笑みを浮かべた、彼の顔だった。

「もちろん、約束した『1日中、君を楽しませてあげる』を実践するんだよ。今日、手加減した分も上乗せして、たっぷり、ね」
「〜〜〜〜〜〜っっ//////」



― Fin ―
 



†† Francoise's Birthday Special Story ††
Reveil ―Secret―
A secret story is in "Miroir" ...





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祐浬 2005/1/24