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Story by Yuuri & Illustration by Shion





 遠く……、微かに響くメロディー。

(……………音楽?)

 意識を絡め取る睡魔が僅かに緩む切欠となった、音。
 ぼんやりと霞む思考で、フランソワーズはその音が何なのかを探ろうとする。

(……この、曲……)

 聞き覚えのある美しいメロディー。
 それは、自分の携帯電話の目覚まし音(アラーム)。

(…………起き、なきゃ)

 そう思うものの、まだ強く夢魔に支配されたままの身体は反応が鈍く、瞼も開いてはくれない。
 それでも、音が鳴り続ける方向へと、シーツを撫でるように、ゆるゆると手を伸ばす。

 と、不意に手首を掴まれ、固くて冷たいものを握らされた。

「っ!?」

 慌てて無理矢理瞼を押し開く。
 霞がかった世界にまず映ったのは、自分の手首を掴む大きな手と、自分の携帯電話。

 自分を捕らえる逞しい腕を伝うように視線を上げると、そこには、悪戯げに微笑む彼の……、ジョーの姿があった。

「探し物は、コレかい?」
「え……?? あ…っ」

 自分の置かれている状況が把握できないまま、フランソワーズは手の中で鳴り続けているアラームを止める。

「おはよう。良く眠れたかい?」

 ジョーは捕らえている彼女の手を少し引くと、毛布に包まれた寝ぼけ姫の頬に唇を落とした。

「……。……っっっ!!////////」

 ワンテンポ遅れて、自分がキスされたこと、そして、彼が上半身裸……どころか、穿いているジーンズのボタンも留められていないことに気づき、フランソワーズはものの見事に真っ赤に染まる。

「シャワーを浴びてて、ね。電話だと思って慌てて出てきたんだ」

 彼女が狼狽している理由を察し、ジョーは簡単に説明すると、再び彼女へと……、赤く染まった耳へと唇を寄せる。

「そんなに驚かなくても、夕べ、たっぷり"見た"だろ?」
「〜〜〜〜〜〜っっ/////// た、たっぷりなんてっっ 見てな…っ///////」

 さらにリンゴのように赤くなりながら反論するフランソワーズに、ジョーは堪え切れず、くすくすと肩を震わせて笑う。

「……酷いわっ からかったのね!」
「なかなか起きないキミへの、目覚まし代わり、だよ」

 上目遣いに拗ねてみせるフランソワーズへ悪びれることなくそう答えたジョーは、持っていたタオルで濡れたままの髪を無造作に拭く。

「あ……ごめんなさい。もしかして、かなり前から鳴って…?」

 その言葉で、フランソワーズは彼の入浴時間を邪魔してしまったことを…、自分がセットしたアラーム音に気づき、髪も乾かさずにバスルームから出てきてくれたことを知り、申し訳なさそうに謝る。

「いや、それは僕の所為だから、キミが謝る必要はないけど…。それより、何でアラームなんかセットしてたんだい? もしかして、仕事?」

 ジョーは心配そうに彼女を見つめる。

 今日―――1月24日は、フランソワーズの誕生日。
 数日前に、当日と翌日は仕事もレッスンも休みだと彼女自身から聞いていたこともあって、昨夜は久し振りに手加減なく彼女を愛し、解放してあげたのは明け方だった。
 だから、てっきりお昼頃までは目覚めないだろうと思い、先にシャワーを浴びたのだが―――、今はまだ10時前、だ。

「ううん。今日と明日は仕事もレッスンもお休み、よ。ジョーの方こそ、どうしてこんなに早起きなの?」

 フランソワーズは不安げに彼を窺う。
 彼が研究所に帰ってきたのは、昨日の午後。今日はお休みだと言っていたが、明日の午後には仕事があると言っていた。
 つまり、ゆっくり朝寝坊できるのは、今日と明日しかない。
 なのに、いつもは起こしてもなかなか起きない彼が、こうして早く起き、身支度を整えようとしている。その理由(事情)として一番可能性の高いものが、急な仕事が入った、ため。

「そんなに心配しなくても大丈夫。今日はずっとキミと一緒に居るって、"約束"しただろ?」

 彼女が何を危惧しているのか読み取ったジョーは、優しく告げる。

「ホントに、大丈夫なの?」
「もちろん」
「それじゃ、どうして?」
「それは……、ええと…、ただ目が醒めちゃっただけ、だよ」

 ――本当は、夕べの熱が燻り続けたままで、そのまま彼女の隣に居ると穏やかな眠りを途切れさせてしまうばかりか、この後の密かな計画より2人で融け合い続けることを選んでしまいそうな自分を戒めるための手段(クールダウン)だったのが、さすがにそうとは言えず、ジョーは曖昧な言葉で誤魔化すと、彼女の不審さ(追及)から逃れるように、「それより」と矢継ぎ早に繋ぐ。

「わざわざアラームをセットしてあるってことは、何かあるんだろ? イイの?」
「え? あ! 大変っ 今、何時? っっ?!/////」

 フランソワーズは慌てて現時刻を確認しようと、上半身を起こす。
 が、身体のあちこちに甘い余韻が残っていて力が入らず、上手く身体を起こせなかったばかりか、弾みで毛布が素肌を滑り落ち、下着すら身に着けていない身体が露わとなってしまって、大慌てで毛布を抱きしめるようにして自分を覆い隠した。

「10時少し前、だよ」

 昨夜も……、何度も愛し合い、自分にすべてを見られ、触れられているというのに、想いと躯を重ね合わせ始めたばかりの頃とまったく変わらない彼女の初々しい仕草を愛しく思いながら、ジョーは部屋に置かれている時計を確認し、報せる。

「ホント? 良かった…」
「10時から、何かあるのかい?」
「ええと、……あの、……観たい番組があって…」
「観たい番組?」
「ええ。どうしても観たいから……、だから、寝坊しないようにと思って…。起こしてくれてありがとう」

 フランソワーズは、自分が寝坊せずに済んだこと知り、ほっと安堵すると、今度は毛布が剥がれ落ちないように注意しながら、重い身体をゆっくりとシーツから離し、昨夜自分が纏っていた服を探す。
 が、それらは……彼の手によって床に次々と散らし落とされていった服たちは、いつの間にかベッドから離れたソファーに重ねられていて、手が届かない。

「あの…、ジョー……」

 服を取ってくれる?、と頼もうと思った瞬間、ふわり、とさらさらした大きな布に包まれる。
 それは、ジョーのシャツ。

「それ、着てるとイイよ」
「え?」
「TV観終わったらシャワー浴びるだろ? だから、それまでの間…」
「でも……、ジョーが風邪、ひいちゃうわ」

 いくらエアコンが効いていて部屋が温まっているといっても、シャワーの後、濡れた髪のまま上半身裸でいたら、風邪をひいてしまうだろう。

「なら、こうする、よ」
「っ?!///」

 ジョーはフランソワーズの背後に座ると、彼女を毛布から引き剥がすようにして、自分の脚の間に抱き寄せる。

「こうしていれば、あったかいだろ?」
「で、でも……っ///」
「ほら、ちゃんとシャツを着なよ。ま、僕としては、そのままでも全然構わないけどね」
「も、もうっ/// 待っ////」

 彼に自分を解放するつもりも、ちゃんと自分の服を着ることを許すつもりもないことを悟ると、フランソワーズは観念し、なるべく彼に素肌が見えないように気をつけながら、シャツの袖に手を通してボタンを留める。

 そんな彼女の可愛らしい色気に悩殺されつつ…、できることならこのまま昨夜の続きへと堕としたいという欲望を抑え込みながら、ジョーはTVのリモコンを手にし、電源を入れる。

「ところで、観たい番組って?」
「えと……、○チャンネル」
「○、ね」

 ジョーは言われるがまま、指定されたチャンネルボタンを押す。
 と、映像が切り替わった途端、自分の顔が……、恐らくはメカニックと話しているときだと思われる横顔が、画面いっぱいに映し出された。

「っっっ??!!」

『お待たせしました。今大人気のF1レーサー、島村ジョー選手の密着取材の様子は、CM後にたっぷり放送します』
『今まで謎に包まれていた私生活(プライベート)も初公開!』
『私、由佳りんが、イケメンレーサーのジョー選手の、素顔と本音に迫りました♪』

「…………。」

 男性司会者の横に立つ、如何にもアイドル、という出で立ちの2人の女の子が、きゃぴきゃぴとした黄色い声で捲し立てる。
 その片方に微かな見覚えがあり、ジョーは露骨に顔を顰めた。

 確かに、1週間ほど前、ニューマシンのテストの後、サーキットの駐車場で彼女から取材を受けた覚えがある。

『世界最速の男がどんなことを語ってくれたのか、気になりますねぇ』
『もうっ むちゃくちゃカッコ良かったですぅ〜』
『羨ましい〜っ! 私も取材に行きたかったぁ〜っ!』
『お宝映像満載ですので、録画をお忘れなく♪』

 昨年の鈴鹿での優勝シーンが映し出された後、CMに移るTV。

「観たい番組って……、……これ?」

 眉間に深い皺を刻んだまま、ジョーは尋ねる。
 てっきりバレエ関連の番組だとばかり思っていたジョーには、完全な不意打ちだった。

「え、……ええ。あ、もちろん録画予約もしてあるんだけど、ジョーがこういう番組に出るのってめずらしいでしょ? だから、……どうしても観たくて…、だめ?」

 いつもよりも低い、明らかに戸惑いと不機嫌さを含んだ彼の声にびくびくしながらも、フランソワーズは懸命に言葉を繋き、窺う。

「だめ、じゃないけど……。大したことは話してないし、私生活なんて公開した覚えもないけど……」

 無論、自ら進んで受けた仕事じゃない。
 チームの親会社であるH○NDAが、新しく売り出したスポーツタイプの車を宣伝するための、どうしても断れないものだった。

 取材内容は、ニューマシンのテストの様子の撮影と、愛車を紹介した(←これが売り出したスポーツカー)だけだ。
 マシンテスト中は彼女たちとはまったく会話をしていないし、マシンの機密を守るためピット内は関係者以外立ち入り禁止だった。
 どう考えても、密着取材と呼べるものではない……はず。

「でも、ジョーのレース以外の…、お仕事の裏側が見れるんでしょう?」
「たぶん……、そう、だろうね」

 彼らが何を撮り、話したことをどんな風に使うのか皆目見当がつかず、ジョーは苦く笑む。

「なら、楽しみだわ♪」

 が、困惑するばかりのジョーとは対照的に、フランソワーズは両手を合わせ、きらきらした瞳で番組が始まるのを待つ。

(そんなに楽しみにされたら……)

 幼い子供のように無邪気にTVを見つめる彼女を前に、さすがにTVを消すワケにもいかず、ジョーは密かに溜息を吐くと、彼女の身体を支えながらTV画面へと視線を向ける。

 すると、番組はすぐに始まり、マシンテストを行ったサーキットが映し出され、異様にテンションの高い女の子の声が響いた。

『やってきましたぁ〜! ここは栃木県にあるツインリンクMOTEGIサーキットです! 今日ここで、私の憧れの男性(ひと)! F1レーサー・島村ジョー選手が、マシンテストを行っているということなんです!! お会いするのは初めてなので、ちょ〜緊張してますぅ〜! でもでも、頑張って密着取材して、できたら恋人に……、それが無理ならせめてお友達になりたいと思ってますっ! 今日はマジですっっ スタイリストさんにむちゃくちゃ可愛くしてくださいって、本気でお願いしちゃいましたもんっ』

 女の子はカメラ目線で捲し立てるように話すと、着ている服を見せるためにくるりとターンする。

『ジョー選手がどんな女の子が好みなのかわからないから、可愛くて清楚な感じにしてみたんですが、どうかなぁ〜? やっぱりオトナの女性の方が好きなのかなぁ〜? その辺もぜびぜひ訊いてみたいと思います! では、密着取材開始〜♪』

 たたた、と元気に走り去っていく女の子の後姿。

「可愛らしい子ね。一緒に居て楽しかったんじゃない?」

 フランソワーズは、ちらり、と背後の彼を見やる。

 彼女の服装は、ジョーの好みから大きくは外れていない。可愛らしい顔立ちで、元気で明るく屈託のない彼女は、きっと男性からの好感度は高いに違いない。

「やめてよ。……そもそも、そんなに長い時間一緒に居たワケじゃないよ」

 ジョーはげんなりと、正直に答える。

「でも、嫌な気はしなかったでしょう?」
「騒がしかったことしか、覚えてない」

 ある意味強烈なインパクトだったから、彼女のことは覚えている。
 けれど、自己紹介はされた気はするが、彼女が所属するグループも、彼女の名前すら覚えていない。

「まぁ……」

 心底嫌そうなジョーに、フランソワーズはくすくすと微笑う。

 番組は、ジョーの今までの活躍を紹介した後、再びレポーターの女の子を映し出した。

『この先にジョー選手がいるそうなんです。もぉ〜〜、私、テンション上がりまくりで、マジやばいですっっ! でも、マシンテスト中は話しかけちゃだめだし、ピットに入ってもいけないとキツク言われていますので、遠くから大人しく見守りたいと思います。あ、あっっ!! あれ、ジョー選手じゃないですか?! ジョー選手ですよねっっ!! きゃ〜〜〜〜〜〜〜っっっ ナマジョー選手ですっっっ!! あ、すみません!』

 大人しく、と言った次の瞬間に、ピット奥から姿を現したジョーを見つけて大騒ぎする女の子を、一緒にいるスタッフが慌てて制止させる様子が映る。

 ジョーはそんな彼女たちを一瞥もせず、監督やメカニックと真剣な表情で話していた。

『すご〜〜〜〜〜いっっ ホンモノだぁ〜っ どーしよ、むちゃくちゃカッコイイんですけど〜っっ こっち見てくれないかなぁ〜?』

 必死にジョーの気を引こうとする女の子。けれど、ジョーは気づくことなく打ち合わせを終えると、ヘルメットを被り、グローブを嵌めてマシンに乗り込む。

『あ、どうやら、間もなく走るようです! わ〜〜〜、すごい音ですぅ!』

 その後、コースを走るジョーを映し出しながら、女の子が『すごい迫力!』、『早いっっ!』、『カッコイイ!!』、と叫ぶシーンが続く。
 やがて、1回目のテスト走行を終えたマシンがピットに戻って来、ジョーは狭いコックピットから抜け出すと、グローブとヘルメットを脱ぎ、メカニックと話しながら、乱れた髪を片手で無造作にかき上げた。

『うわっっ カッコイイ〜〜〜〜〜///』



 


「……ホントにカッコイイ」

 目がハートになっている女の子の熱い呟きに同意するように、フランソワーズも、ほぉ…と感嘆の溜息を零す。
 彼が走る姿を見るのは初めてじゃない。彼が参戦しているレースは欠かさずTVで観ているし、何度かサーキットに連れて行ってもらったこともある。
 そのたびに…、レーサーとして集中しているときの彼の姿を目の当たりにするたびに、本当にステキでカッコイイと思う。

 だから、そんな彼の姿が映っているだろうこの番組を、どうしても……早く観たかった。

「そう言ってくれるのは、スゴク嬉しいんだけど……、本人がココに居ること、忘れてるだろ?」
「え? あ……////////」

 すっかりTVに夢中になってしまっていたフランソワーズは、照れくさそうな彼の声で我に返り、自分が思っていることを声にしてしまったことに気づくと、かあぁぁぁっっと頬を染める。

「あんまり可愛いこと言われちゃうと、抑えが利かなくなる、よ?」
「だ、だめっっ まだ途中だものっ///」

 す、とシャツの隙間から入り込もうとする彼の手を、フランソワーズは慌てて捕らえ、遠ざける。

「それって……、終わったらイイってこと?」
「ち、違っっ////」
「僕としては、もう観たくないんだけど…」
「だ〜めっ 最後まで観るの」
「……はいはい」

 真っ赤になりながら抗議するフランソワーズに、ジョーはあっさりと降伏し、彼女を翻弄するのを(一時的に)中断する。

 そうしている間に、番組は駐車場でのインタビュー(愛車紹介)シーンに移っていた。

『マシンテストが終わりまして、スタッフさんにここで待つように言われたんですけど……、こんな何もない駐車場に、ホントにジョー選手が来てくれるのかなぁ〜? って、あれ?? もしかして、あの車?? あの車に乗っているんですかっっ!?』

 周囲をきょろきょろと見回していた女の子が、響いたエンジン音の方向を指差す。
 駐車場の入り口から入ってきたのは、黒のスポーツカー。

『わっっ 乗ってる!! ホンモノだっ どうしよう〜っっ』

 車は、ぴょんぴょんと飛び跳ねる女の子のすぐ横に停止すると、ドアが開き、私服姿のジョーが現れた。

『わわわっ、初めまして。相沢由佳です。よろしくお願いしますっっ』
『島村ジョーです。初めまして』

 頬を上気させ嬉しそうにインタビューする女の子とは対照的に、ジョーの表情は硬く、明らかに警戒しているのがわかる。

『私っ ジョー選手の大ファンなんです!! 今日はお会いできてむちゃくちゃ光栄です!』
『ありがとう』
『きゃ〜〜〜〜〜〜っ どうしよ、どうしよ……、カッコ良すぎて、マトモに見られないかもっっ』

 女の子は小さくそう言いながらカメラマンに助けを求めるように歩み寄り、ひとつ深呼吸すると、ばっとジョーへと振り返る。

『あのっっ ものすごく唐突ですけど!! 私と結婚してくださいっ!』
『……………………申し訳ないけど』
『ですよねぇ〜、冗談ですぅっ 驚かせてスミマセン。えと……、先程までのレーシングスーツ姿もカッコ良かったけど、私服姿もカッコイイですね!』
『そう…かな?』

 女の子はぺこりと頭を下げると、屈託なくにこにこと微笑みながら、会話を続けていく。
 そんな女の子の姿を見て、フランソワーズはちくりと胸が痛んだ。

 今の告白は、きっと本気、だ。

 TVだから…、そして玉砕するのもわかっていたから、面白可笑しく告げたのだろう。
 いや、もしかしたら、強烈なインパクトで彼の記憶に残ろうとしたのかもしれない。
 更なる関係へと発展させたくて…――

『もしかして、私服TV初公開ですかっ?!』
『いや、そんなことはないと思うよ』
『ものすごくオシャレですけど、いつもこんな感じなんですか?』
『そう、だね…』
『わ〜〜〜〜〜っ♪ 顏も良くて、背も高くて、F1レーサーで、しかもファッションセンスも抜群!だなんて、非の打ちどころがないじゃないですかっ♪ もぉ〜〜卑怯ですよっ?! これで惚れるなっていう方が無理ですってっっ///』
『……?』

 再びジョーに背を向け、カメラを覗き込むようにしてこっそりと本音を暴露する女の子。
 もちろん、彼女の言葉はジョーにはまったく聞こえず、ジョーはますます不審そうな表情となる。

『スミマセンっ インタビューを続けさせていただきますね♪ えと、今日はジョー選手の愛車を紹介してくださるんですよね? スゴクカッコイイ車ですよね! 車はTV初公開ですか?』
『うん。つい3日前に手に入れたものだから』

 カメラがジョーの愛車を…、昨年の活躍のご褒美&宣伝としてもらった黒いスポーツカーを映し、テロップでメーカー名や車種などを紹介する。

『3日!? わ〜〜〜〜っっ それじゃ、ぴかぴかの新車ですね! ドライブとか行かれたんですか?』
『手に入れた日に、都内を少し走ったぐらいかな』
『1人で、ですか?』
『うん』
『じゃ、助手席に誰も乗せていないんですね?』
『え? ……ああ、まだ誰も乗せてはいないけど…』
『ホントですか? なら、私が一番乗りしても良いですか?』

 女の子は縋るような目でジョーを見上げ、おねだりする。

 その様子をフランソワーズは、複雑な気持ちで見つめた。
 彼が新しい車を手に入れたことは聞いていたし、昨日、ジョーはその車で研究所に帰って来たのだから、当然、目にもしている。
 けれど、まだ乗せてはもらってない。

 彼にとって車は特別、だ。
 彼の愛車は他にも2台あって、時間があると本当に楽しそうに手入れをしている。
 あの黒いスポーツカーも、『これから自分好みにカスタマイズする』と嬉しそうに話していた。

 そんな彼の特別なもの(車)に、自分ではない女性が先に乗る。
 それは、些細なこと。
 しかも、TV上の演出の一部であり、車の宣伝も兼ねて、だ。
 仕方がないとわかっているのに、心の奥底がもやもやし、寂しくなる。

『申し訳ないけど、キミを助手席には乗せられない』
『え?』

「え…っ?」

 フランソワーズの驚きの声が、TVの中の女の子の声とシンクロする。

 フランソワーズ同様、断られると思っていなかった女の子は驚き、言葉を失ったまま、ジョーを見つめる。
 ジョーはその視線を正面から受け止めると、低く、けれどもはっきりと告げる。

『この車の助手席には……大切な女性(ひと)以外は乗せないって決めているんだ』
『それって……恋人ってコトですよね? もしかして、恋人居るんですかっ!?』
『あ、いや……、居ない、よ。そうじゃなくて……そういう女性(ひと)が現れるまで女の子は乗せない、という意味で…』

 少しだけ早口に言葉を繋ぐジョー。

 彼が嘘を吐くときのわかりやすい癖に、フランソワーズは、くすくすと笑む。
 途端に、背後の彼から拗ね切った声が耳を掠めた。

「笑うなんて、ヒドイや」
「だって…」

『つまり、未来の彼女のための予約席ってワケですか?』
『う、うん』
『わ〜〜〜〜〜っ ステキっ!! でも、競争率高そう〜〜っ!』
『そんなことは…』
『いやいやいやっ 宝くじで1億円が当たるより難しいですって! でも、可能性はゼロじゃないんですよね? ……私、本気で頑張っちゃおうかなぁ〜』
『え?』

 彼女の言葉の最後の方は聞き取れず、ジョーは訝しげに眉を顰める。
 すると、女の子は「いえいえ、何でもないですっ」と、にっこりと笑う。

 と、そのタイミングで、『時間です』というカンペが堂々とTVに映り込む。

『ああっ、もっと聞きたいことがあったのに、残念ながらお時間になってしまったようです。最後に、この番組を食い入るように見てるに違いない大勢の女性Fanの皆さんへ、メッセージをいただけますか?』
『……頑張りますので、応援をよろしくお願いします』
『うわわっ カメラ目線でのメッセージですよっっ♪ なんて貴重なっっ!! もぉ〜、今のでたくさんの女性が萌え倒れたに違いありませんっっ!』
『そんな大袈裟な……』
『そんなコトないですっっ 私も今ので、ますますますますっ ジョー選手の虜になっちゃいましたもの!///♪ ジョー選手、私、これからも全力で応援させていただきますねっっ!!』
『あ、ありがとう』
『今日は貴重な時間をありがとうございました!』
『こちらこそ』

 そこでVTRは途切れ、スタジオの映像に切り替わる。

『なかなか貴重な映像でしたね。由佳ちゃん、ジョー選手と実際にお会いして、どうでしたか?』
『もぉ〜〜〜〜っ 映像で見るより、遥かにカッコ良かったです!』

 男性司会者の問いに対して、女の子は興奮気味に答える。

『あれだけのイケメンな上、クールなのに恋人は大切にするタイプだなんて、どれだけイイ男なんだよ!って、感じですよね』
『そうなんですよ! しっかり自分の考えがあって、それをちゃんと実行しているんですよ。ホント素敵ですっ』
『由佳ちゃん、本気で助手席狙うんじゃないの?』
『もちろん、本気ですっっ!』

 ガッツポーズをしながらきっぱりと断言する女の子に、他の女の子たちが『私も狙う〜』、『私も〜』、『負けないんだからっ』、と次々と声を上げると、お笑い芸人から『お前らなんかに引っ掛かるほど、ジョー選手はあほやないっ』、と言うツッコミが入り、スタジオが笑いに包まれ……。最後は男性司会者の『番組は今後も全力でジョー選手を応援させていただきます』という言葉で締められ、次のコーナーへと移ってゆく。

「わざわざ目覚ましをセットしてまで、観るようなものじゃなかった気がするけど…」

 映像を見て、取材当日のことをやっとすべて思い出し、尚且つ当日は知らなかった(&聞き取れなかった)事実を知ったジョーは、苦い後悔を抱きながら、まだTVに視線を固定したままのフランソワーズを窺う。

「そんなことないわ。いろんなジョーが見れて楽しかったし、嬉しかったもの。それに……ジョーが人気者だってことも、改めて良くわかったわ」

 フランソワーズは嬉しそうに、それでいて寂しそうに微笑む。

 彼が世界的な有名人であり、特に女性から絶大な人気を誇っていることは、前から知っていた。
 そして、中には芸能人に抱くような憧れではなく、本気で彼を愛し、愛されたいと願っている人たちが居ることも、知っていた。

「彼らが好きなのは、F1レーサーとしての僕だよ」

 ジョーはTVの電源を落としながら、感情のない冷めた声音でそう言い捨てる。

 モータースポーツには、人気も大事だ。
 莫大な資金が必要なレースは、実力がある者がどんなに集まったとしても、人気がなければ、レースそのものの開催が危うくなる。
 だから、ある程度のFanサービスは必要で、こういった仕事も請けなければならないとわかってはいる。
 綺麗ごとばかりでは成り立たない。自分も数少ないチャンスをものにするために、外見と肩書に群がる輩たちを利用してきた。
 けれど、彼らと関われば関わるほど、彼らが見ている"島村ジョー"が、自分とは遠いものであることを実感させられ、虚しくなるだけだった。

「でも、F1レーサーの貴方も、貴方には変わりない、わ。みんな、貴方が大好きなのよ」

 彼の心の闇に気づき、その闇が少しでも薄れることを願いながら、フランソワーズは、リモコンをベッドの上に放置した彼の手にそっと触れ、重ねる。
 次の瞬間、肩口に彼の重みと吐息を感じ、ぴく、と身体が跳ねる。

「キミは?」

 少し癖のついた亜麻色の髪に顏を埋めたまま…、仄かに香る彼女の甘い香りに包まれながら、ジョーは小さく掠れた声で問う。

「え?」
「僕は、みんなに好かれるより、キミに……、キミだけに……愛される方が良い」

 耳元で……、直接耳へ流し込まれるように囁かれる彼の甘い声に、フランソワーズは自分の体温が一気に上昇するのを感じ、縋るように彼の手を握る。

「……そんなの、わかってるクセに///」
「じゃ、わからないことにするから、言って?」
「もうっ ジョーったらっ//////」

 堂々ととんでもない我儘を言ってのけるジョーに、フランソワーズは顔を真っ赤にし、唇を尖らせる。

 でも、……嬉しかった。

 こうして彼が甘えてくれることが……、
 僅かでも弱音を零してくれることが……、
 本当の彼を晒してくれることが、とても嬉しくて、愛しかった。

「言ってよ、フランソワーズ」
「………………好き、よ

 逃げを許してくれない彼に観念し、フランソワーズは蚊の鳴くような声で告げる。

 TVに映っていたようなクールな……F1レーサーとしての彼も、時折垣間見ることのできる無邪気で甘えん坊な彼も、戦場で血に塗れながらも大切なものを護るために立ち上がろうとする彼も……、
 どんな彼も……、好き、だ。

 例え彼がF1レーサーでなくとも、"009"ではなくても、この想いは変わらない。

 彼だけを……

「……愛しているわ」
「僕も、だよ」

 欲しかった言葉をやっと聞けたジョーは満足そうに微笑むと、俯く彼女の顎に指をかけ、そっと自分へと導き、その柔らかな唇を奪う。

「誕生日おめでとう、フランソワーズ」

 もう何度目になるのかわからない祝福の言葉を、ジョーは吐息のかかる距離を保ったまま、そっと囁く。
 彼女が生まれてきてくれたことに…、そして、自分と出逢ってくれたことに…、 何度感謝しても足りなかった。

「あ、ありがとう///」

 最愛の人からのお祝いの言葉を、フランソワーズも素直に受け止め、嬉しそうに碧い瞳を潤ませる。

 彼の深い想いが伝わってくるからこそ…、彼が隣に居てくれるからこそ、残酷な運命を否応なく実感させられてしまう誕生日も、哀しくなかった。

「プレゼントは何がイイ?」
「プレゼントなら、もう貰ったわ。昨日の、大きな花束だけで充分よ」

 昨日、帰宅間際にジョーから入った電話――『新しい相棒(車)を見せたいから、外に出てきてほしい』という彼の言葉に従い、玄関先で待っていると、すぐに黒のスポーツカーが滑り込み…―――
 その車の助手席は、ピンクと白の花たちで占領されていたのだ。

「何か欲しいものはないのかい? 今日は誕生日なんだから、我儘になってイイんだよ? 僕にできることなら、叶えてあげるから」
「そんなこと……」

 いつも充分過ぎるほどに甘やかされているのだ。これ以上の望みなんて……、と首を横に振ろうとし、ふと、叶えたい我儘が自分の中にあることに気づく。

「何? 言ってみてよ」

 彼女が何かに気づいたことを悟り、ジョーは優しく促す。
 すると、フランソワーズは躊躇いつつも顔を上げ、彼へと……、自分を見つめる赤茶色の瞳を覗き込む。

「ねぇ、ジョー……、今日だけは、貴方を独り占めしてもイイ?」
「なんだ、そんなこと、か……」

 何を言うのかと身構えていたジョーは、彼女のささやかで可愛らしい"我儘"に、くすり、と微笑む。

「今日だけじゃなく、ずっと独り占めしてくれて構わないよ」
「ジョー……」
「キミが望んでくれるのなら、今すぐ、僕のすべてをキミにあげるけど?」

 ジョーは器用に彼女を膝の上に乗せて横向きにすると、ぐっと腰を自分に押し付けるように抱き寄せ、唇を寄せていく。

「一晩じゃ、足りなかったかい?」
「え? ……ぁ/// ち、ちがっ そういう意味じゃ…っ//////」

 遅れて彼の言葉の真意に気づいたフランソワーズは、かあぁぁっと頬を朱に染める。

「一緒に、イこうか?」
「待っっ//////」

 彼の誤解を解こうと必死に彼の胸を押し返そうとするが、しっかりと彼の腕に絡め取られてしまっていて、身動きできなかった。

 互いの距離が縮まり、僅かな隙間さえなくなっていく。

 思わず目を閉じ、このまま彼に甘く激しく堕とされることを覚悟した―――のだが、彼は、ちゅっ、と判を押すような軽い口づけだけで離れていく。

「……/////?」

 予想外の彼の行動に、フランソワーズは恐る恐る瞼を押し開く。

 目の前にあったのは、悪戯げに笑む彼。

「それじゃ、イこうか?」
「え???」
「出かけよう」
「……出かけるって、何処に?」
「ドライブ。僕の新しい相棒に、キミを紹介しないと、ね」





Fin






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祐浬 2013/3/9