Refleter
†† vol.5 ††





  ――数日後――

「ジョー、怪我は大丈夫?」
「平気だよ。君こそ、大丈夫かい?」
「私は元々掠り傷、だもの。大体……きゃっっ」
「フランソワーズっ!」

 よろ、と態勢を崩すフランソワーズを、ジョーはすかさず抱き止める。

 彼女が転びそうになった原因は、足元が磯、だから。
 ごつごつとした岩が複雑に重なり合っている上、所々海水に濡れていて滑りやすいのだ。
 でも、それだけが原因じゃない。
 もうひとつの要因は――両足に巻かれた包帯。
 BGとの戦闘で負った怪我は、未だ完全には癒えていなかった。

「あ/// ありがとう」
「どう致しまして」

 恥ずかしそうに頬を染めるフランソワーズに、ジョーは自然と優しい笑顔になる。

「歩ける? 挫いたりしてないかい?」
「大丈夫よ」
「それじゃ、行こうか」

 ジョーは今度は彼女の手をしっかり握り締めると、なるべく足場の良い場所を選んで、ゆっくりと進んで行く。

 2人の頭上には――きらきらと輝く満天の星。
 そして、未だ頼りなげな……水平線を昇ったばかりのHalf moon。

「足の怪我が完全に良くなっていないのに、こんなトコロ……やっぱり無茶だったかな?」
「私は本当に大丈夫、よ。無茶なのはジョーの方だわ。博士からまだ外出許可、出ていないのに……」

 見つかったらお小言は確実ね、と、フランソワーズは小悪魔めいた笑みを浮かべる。

 あの戦闘でかなりの無理をしたジョーには、ギルモア博士から『絶対安静』の命令が下っていた。
 この数日間でかなり回復したものの、負った怪我の痕は今でも痛々しく残っている。
 でも、彼の身体に巻かれている包帯は、フランソワーズとは違い全て洋服の下に隠されてしまっていて、目に付くのは右頬に貼られたガーゼぐらいだった。

「覚悟はシテるよ。でも……今夜の空はすごく綺麗で…。部屋から眺めているだけじゃ勿体ない気がして、さ」

 ジョーは申し訳なさそうに首を竦めてから、自分が彼女を拉致して、こっそりと部屋から脱走した理由を告げると、一番高い磯(岩)に腰を下ろす。

 研究所の直ぐ下にある海岸。
 こうして何度も、彼女と星や月、海を眺めに来ている場所で、この一番高い岩が2人の指定席だった。

「ホント……綺麗ね」

 彼に寄り添うように座ると、フランソワーズはうっとりと呟く。

 澄んだ闇色の空に瞬く星々は、今にも降って来そうだった。
 星の光を邪魔しない優しい月が、海面で乱反射し、ゆらゆらと揺れる。

 寄せては返す……延々と繰り返される、波の音。

「星って不思議だよね。今、僕達が見ているこの光は、過去の輝きで……、本当は、この瞬間には…もう消えてしまっているかもしれないのに…」
「何だか……思い出に似てる、わね」
「思い出?」
「星は、今私達が此処で『見ている』から、『星』として存在を示せている。過去の光であっても、もう既に存在しない星であっても、今私達は確かにその光を見ていて、そこに『星』があることを感じられる。だから……」

 今はもう存在しないものであっても、誰かの記憶の中に残っている限り、それは小さく淡く輝き続ける。
 懐かしさと仄かな痛みを伴って…――。

「そうだね。だから、いろんなトコロで、死んだら星になるって思われているのかな…」
「兄さんも言っていたわ。「死んだ者達は星になって、愛する人をずっとずっと見守っているんだよ」って…。だから、私、小さい頃は本気で信じていたのよ。流石に、ちょっと大きくなると……星が人々の魂じゃ無いって分かったけど。……でも、それからも…そう考えると、寂しさや悲しみが少し和らいだわ。不思議、ね」
「フランソワーズ…」
「ジョーは信じてる? 死んだら星になるってコト」
「え? あ、うん………ええと………信じて、る…かな」
「嘘。信じていないでしょ」

 なんとも曖昧なジョーの言葉に、フランソワーズは怒ったような、拗ねたような表情となり、じ〜っと彼を見据える。

「あ、いやっ…、だから……その…………そう考えるのはイイことなんじゃないかって思うよ。それで、残された人が救われるのなら…」

 しどろもどろになりながらも、ジョーは自分の考えを正直に告げる。

「それじゃ、ジョーも信じてくれる?」
「えっっ」
「信じてくれないの?」
「……信じる、よ」

 うるうると瞳を潤ませるフランソワーズに、ジョーはあっさりと降伏する。
 彼女の涙には到底敵わない……。

「本当に?」
「うん。信じる」
「じゃ、信じている証拠、見せて」
「証拠って…?」
「私のパパとママンの星が何処なのか、ちゃんと見つけて、ね。外したら承知しないんだから♪」
「ええぇぇぇっっ」

 にっこりと微笑みながら、さらりと超難問を提示するフランソワーズに、ジョーは情けない声をあげる。

 一呼吸後――。
 フランソワーズは破願すると、くすくすくすと肩を震わせて笑い出す。

「フランソワーズ…///」
「ごめんなさい。冗談、よ」
「酷いや…」
「いつも私ばっかりからかわれているんだもの。たまには仕返ししなきゃね」

 子供みたいにむっとするジョーが、更におかしくて…可愛くて、フランソワーズは笑みを浮かべたまま、そっと身体を傾け…彼の怪我に響かないように気を遣いながら、寄り添う。

「フランソワーズ……」

 左腕に感じる彼女の温もりと柔らかさ、
 そして、ふんわりと鼻腔を擽る、甘いフローラルの…彼女のシャンプーの香りに、ジョーはどきっとし、微かに頬を赤くする。

「ねぇ、ジョー……」
「何?」

 急に彼女の声のトーンが哀しげに変わったことに気付き、ジョーは心配そうに彼女を見つめる。

「この星の中に、彼と彼女も居るのかしら?」
「……きっと、居るよ」

 彼女が言う『彼と彼女』が誰を指し示すのか、ジョーには直ぐに分かった。

 自分達の偽者として作られた『彼』と『彼女』。

 あの日…――。
 皆と無事合流を果たしたジョーとフランソワーズは、応急処置だけを受け、BGの地下基地へと戻った。
 基地を破壊する前に、囚われていた…未だ改造されていない人達を救い出し、奴等が行っていた悪事のデータを可能な限り集めた。

 どうやら、彼等の前に身代わりにされた人はいないようだった。
 そして、彼等の『代わり』となる予定だったらしい女性と青年は、軽い洗脳をされただけで済んだ。(ギルモア博士曰く、あれくらいの洗脳なら数日経てば元に戻る、らしい)
 奴等が企てていた恐ろしい計画も、ほぼ把握することが出来た。

 けれど…、
 結局、『彼』と『彼女』の…2人の本当の名前は分からなかった。

 名前だけじゃない。
 自分達の偽者となる前は、何処でどんな生活をしていたのか、何故BGの手に堕ちてしまったのか、そして、本当はどんな顔をしていたのか……
 何ひとつ、分からなかった。

 2人の遺体は、ギルモア博士の手によって仮の修復を施されてから、海の綺麗な誰も住んでいない小さな南の島に埋葬した。
 
 2人の手は、固く結ばれたまま…――。

「フランソワーズ……ひとつだけ、訊いてもいいかな?」
「え?」
「彼等には……彼女には、自分の本当の記憶が…、彼女自身の気持ちが残っていたのかい?」

 ジョーはずっと訊けないでいた…心の片隅に蟠っていた疑問を、思い切って言葉にする。

 彼等の話をすれば、フランソワーズが哀しむことは分かっていた。
 彼女にあの時の記憶を…惨過ぎる2人の姿を思い出させてしまうのは心苦しかったが、どうしても知りたかった。

 『彼女』は『フランソワーズ』として、
 『彼』は『ジョー』として……死んだのだろうか。

「どうして……そんなことを訊くの?」
「ごめん。君に辛い思いをさせたくはないって思ってる。でも……気になって…」
「気になる?」
「……うん」

 ジョーは遠い星々へ……その中に紛れているだろう『彼女』の魂を見つめる。

「あの時……、微かに彼女の最後の声が聴こえてきたあの瞬間まで、彼女が生きていたとしたら……彼女は僕達のことを見ていたんじゃないかと思って…」
「私達を…?」
「うん。『視えて』なかったとしても、僕達の声は『聴こえて』いて……だから、無線で何かを伝えようとしていたんじゃないかって…」
「彼女が貴方を『彼』だと錯覚した?」
「そうかも知れない。けれど……違う気がする」
「違う?」
「彼女は、僕と彼が別人だと知っていたんじゃないかな…」
「どうしてそう思うの?」
「彼女の最後の言葉、だよ」

 彼女が、自分と同じ顔の『彼』を本気で愛していたとしたら、自分を『彼』と錯覚した、とも考えられる。
 けれど、ジョーにはどうしてもそうは思えなかった。

 理由は―――彼女の最後の言葉。
 ――……レ…ヲ…、……テ……――

 小さな音で、且つ正式な無線回線じゃなかった為に、かなり聞き取り難かったけれど…

「あれは……」
「…彼を、助けて…」

 ジョーが声にする前に、フランソワーズが告げる。

 ジョーが驚いてフランソワーズを覗き込むと、彼女はゆっくりと視線を合わせ、寂しく笑んだ。

「君には……聴こえていたの?」
「いいえ、あの時は……貴方と同じでよく聞こえなかったわ」
「それじゃ…?」
「私だったら、そう言うと思ったから……。だから、聴こえなくても分かったの」

 彼女は『私』になるように、記憶を書き換えられた。
 だから……
 もしも自分が彼女だったらと考えると、彼女の途切れた最後の言葉の空白は直ぐに埋められた。

「なら、彼女は……君の記憶しかなかったのか…」
「いいえ。彼女は自分が偽者だと気付いていたわ」
「え?」
「多分、彼に銃口を向けた時、だと思う。あの時から、彼女は『自分』を少しずつ取り戻し始めていたわ」

 フランソワーズは正直に暴露すると、「今まで隠していて、ごめんなさい」と謝った。
 ジョーは小さく首を横に振ると、そっと彼女の肩を抱く。

「気付いていたのに……それでも彼女は『彼』のことを?」
「本当の彼女の気持ちに触れていたのは、ほんの僅かだったけど……、彼女は『彼』を…彼だけを愛していたわ。あの後、彼女がどのぐらい『自分』を取り戻したのかは、私にも分からない。でも、きっと、最後まで彼が好きだったと思うわ。だから私達へ届けられた言葉が、貴方への謝罪や愛の言葉じゃなくて、『彼を助けて』だったんじゃないかしら」

 彼女の記憶を、最初は夢だと思っていた。
 直ぐに融けてしまいそうなほどおぼろげで、途切れ途切れだった。
 けれど、戦いが終わってから、少しずつ少しずつ…霧が晴れて行くように、鮮明に描き出され、隙間が埋められていった。
 (どうやら、それが人為的に記憶を操作した時の症状らしい)

 刻み付けられた彼女の記憶。
 でも、自分が見た景色はとても短い断片にしか過ぎない。
 そこから彼女の全てを理解するなんて、無理だ。
 自分が分かるのは、あの時の彼女の気持ち、だけ。

 彼女は『彼』が『ジョー』で無いことにも気付いていた。
 自分達の恋が、無理矢理植え付けられた記憶によって成り立っていることも…。

 そして、彼を殺さなかったら自分が死ぬという事も、漠然とだけど…分かっていた。
 それでも殺せなかった。
 それほど『彼』が大切だった…。

「そう…。それなら、良いんだ。教えてくれて、ありがとう。少し……ほっとした」
「ジョー?」
「心配だったんだ。彼等を2人一緒にしたけれど、彼等は本当にそれを望んでいたのかなって……。もしかしたら、BGに囚われる前に、それぞれに好きな人が居たんじゃないかって思って…」

 BGに囚われる以前から、2人が恋人同士であった可能性もあるが……、
 おそらくは、2人は顔も知らない者同士だった筈だ。

 それぞれに、恋人が…、好きな人が居たかも知れない。
 この今も、彼等の帰りを信じて、待っている人がいるかも知れない。

 無理矢理植え付けられた恋より、本当の恋の方が大切、だろう。
 だとすれば……
 彼と彼女を一緒に埋葬した事が、正しかったとは言えなくなる。

 自分達がしたことは、ただのお節介で、
 自分の気持ちを満足させるだけの、エゴだったのではないだろうか…

 あれから、ずっと、そう考えてきた。

「私が見た景色は『彼女』のものだったから、『彼』が真実に気付いていたかどうか分からないわ。でも……好きじゃない女性(ひと)を命懸けで護れるかしら?」
「え?」
「ジョー、貴方なら……どうする?」
「僕だったら……」

 自分が『彼』だったとしたら……

 傷付きながらも、必死に彼女を護り、助けようとした、彼。
 最後まで……最後の瞬間まで、彼女を庇って…――。

 ……同じ、だ。
 自分がもし『彼』の立場だったら、同じ事をした。
 迷わず彼女を庇い…、この身を楯にした。

 ――……大切な女性(ひと)だから――

「ずっと貴方と一緒に居る私が本物のフランソワーズじゃなくて、偽者だったとしたら……、目の前に初めて逢う…けれども本物のフランソワーズが現れたら、貴方はどっちを選ぶの?」

 フランソワーズは怯えた瞳で、彼を見上げる。

 ジョーは真剣な瞳で彼女をじっと見返した後で、ふ、と表情をやわらげた。

「もちろん……君」

 今目の前に居る彼女が本物のフランソワーズではなかったとしても、自分と共に歩んできたのが彼女であるなら、自分は迷う事無く『彼女』を選ぶ。

「ジョー……」
「だって、君は君、だよ」
「私も……他の誰でも無い『貴方』を選ぶわ。きっと、彼等も同じよ。私はそう信じてる」
「フランソワーズ…」

 彼女の言葉が、想いが…真っ直ぐに心に響き、浸透する。
 それは魔法のように、抉られた心の傷口を塞ぎ、痛みを緩和していく…。

(君は……本当に不思議な人だよ)

 華奢で優しくて…儚い彼女を、己の全てを懸けて護ろうと思っている。
 けれど、気付くといつも自分が彼女に護られて、癒されている。

「あの、ね……今日やっと目覚めた寝ぼすけ王子さまが言っていたの」
「001が?」
「ええ。既に亡くなっている者達の心は殆ど読み取れないらしいの。だけど、彼と彼女は本当に愛し合っていたって。だから、故意に作られた記憶であっても、その2人の想いは偽りじゃなく、感じた幸せも真実だって…」
「そう……」
「だから、きっと……天国で2人一緒に居るわ。私達の偽者(ダミー)としてじゃなく、本当の…他の誰でもない『彼』と『彼女』として…」
「うん。そうだね」

 悲劇的な運命に翻弄され、無残に散ってしまった2つの命。

 命じられるままに『彼』を殺す筈だった、『彼女』
 『彼女』に殺される為に作られた、『彼』

 けれど、彼等は奴等に与えられた宿命に背き、最後まで自分の想いを貫いて…――。

「フランソワーズ、もうひとつ訊いてもイイかな?」
「え?」
「彼女は一度、全てを終わらせたいって本気で思っていたんだよね?」
「……ええ」
「それほどまでに挫けてしまったのに、どうして彼女は、あんな必死で彼を助けようと…生きようとしていたんだろうか?」

 BGに撃たれた彼と彼女。
 彼は恐らく即死。
 彼女も致命傷を受け、瀕死の重傷だった。
 おそらくは想像を絶する痛みだった筈だ。痛み耐えかねて、早く楽になりたいとは思わなかったのだろうか?
 まして、彼女は一度は死のうとしていたし、手には未だ銃が握られていた。

 愛する人の死も分かっていた筈だ。
 だったら尚更……自ら命を断ってもおかしくない。

 なのに……あの冷たい雨に打たれ続けながら、彼女は何とか彼を救おうとしていた。
 生きようとしていた。

「それは……たぶん、彼が言ったから、だと思う」
「彼が?」
「どうしても彼を撃てなくて、銃を降ろした後、彼女は泣きながら何度も「ごめんなさい」って謝ったわ。その時に彼が言ったの」
「何て?」
「「君に殺されるのは怖くない。君と一緒に死ねるなら本望だよ。だけど……一緒に生きることを選んでくれて嬉しかった。ありがとう」って…。だから、彼女は最期まで2人で生きる未来を諦めなかったんだと思うわ」
「…………そう、か」

 あまりにも自分らしい台詞に、ジョーはちょっと複雑な気持ちになる。
 おそらく、同じ局面になったら、自分は同じことを言うだろう。

 彼女と一緒に死ねる――それは甘美な誘惑。
 だけど、それ以上に、彼女と共に生きたいと、強く願っている。

 彼女の笑顔を守りたい、と…――。

「いろいろ質問して…、辛いことを思い出させてしまって、ごめん」
「ううん。こうして私達が彼女達のことを話すことが…、彼女達の為にも一番良いのかもしれない」
「フランソワーズ…」
「私達は……私達だけは彼等のこと、忘れちゃいけないんだもの…」

 フランソワーズは真っ直ぐに、幾千もの星の中から、寄り添うように淡く輝く2つの星を見つめる。
 その瞳が、ゆらゆらと揺れているように見えるのは、星の瞬きの所為でも、海面に反射している月明かりの所為でもなく……涙の所為。

 ジョーは海風に遊ばれた彼女の柔らかな髪を、そっと撫でてから、彼女の視線の先を追う。

「忘れないよ。絶対に……」
「ジョー…」
「だけど……君には忘れて欲しい、かな…」
「え?」

 彼の思い掛けない言葉に、フランソワーズは驚いて振り向く。
 すると、ジョーはバツが悪そうに苦笑してみせた。

「君の中に刻まれてしまった彼女の想いは……忘れて欲しい」
「どうして?」
「それは……。ええと………………彼女が好きだったのは『彼』だろ……『僕』じゃない…」

 『彼女』が好きだったのは、『ジョー』ではなく、『彼』。
 その彼女の記憶を…想いをフランソワーズが同調(シンクロ)して持っているということは……、
 フランソワーズの中にも、『彼が好き』だという想いが刻まれてしまっているということ。

 それは、ちょっと……いや、かなり…面白くない。

 幾ら姿形が似ていて、同じ記憶を持っていたとしても……、
 『彼』は自分とは違う人間だから…――。

「……違うわ」

 ジョーの子供染みたヤキモチに…偽らざる本心の言葉の欠片に、フランソワーズは嬉しそうに微笑むと、彼の推測が間違っていることを告げる。

「違う?」
「ええ。それは……違うの。確かに、私は彼女の記憶を見てしまって…、彼女の想いを自分の気持ちとして感じたわ。だけど、ね。彼女の記憶や想いが、はっきりと蘇ってからは、それが自分のものじゃないってことも鮮明に分かるようになったの」

 フランソワーズは「説明するのが難しいんだけど…」と微苦笑してから、自分の心の中(うち)を、彼に伝える。

「『彼女』の記憶は『彼女』のものであって、『私』のものじゃないわ。でも……でも、ね。一番最初の時は……夢だと思っていたあの景色は……あの時の私達は……、他の誰でもない私達だったの」
「え?」
「つまり……私は『私自身』だったし、私の目の前に居たのは『彼』じゃなくて、ジョー…間違いなく貴方だったわ」

 BGの装置により、見せられた『彼女』の記憶。
 でも、最初は……ジョーに助け出されて、目覚めた直後は、その記憶が偽りのものであるなんて思わなかった。
 記憶の中の彼女は『自分』であって、彼は紛れも無く『ジョー』だった。

「だから……『彼女』の『彼』への想いが、私のものとして残っているわけじゃないの。……信じて」
「………分かった。信じるよ」

 縋るような瞳で見つめられて、ジョーは躊躇う事無く、首を縦に振る。

 彼女の言葉を疑うつもりなんて、最初からない。
 逆に、彼女の中でそんなふうに気持ちの整理がついていることを…、彼女が受けた傷が少しでも癒えてきていることを、心底良かったと思う。

「ありがとう。ジョー…」
「いや、……ベツに、お礼を言われるコトじゃないよ」
「そんなことないわ。信じてくれるって、とても大切なことよ」
「そう…かな?」
「そうよ。ねぇ、ジョー。貴方からの質問はこれでおしまい?」
「え? あ……うん」
「それじゃあ、今度は私から質問しても良い?」
「何?」

 ひょい、と、極至近距離から碧い瞳に見上げられて、ジョーは咄嗟に少しだけ後ろに逃げる。

「ジョー、森の中で何かを言いかけたでしょう? アレ、何て言おうとしたの?」
「森の中で…? そ、そうだっけ?」
「言いかけたわよっ 彼女の声が届く直前に! 「君が居なかったら、僕は…」って」
「あ……」
「思い出した?」
「い、いやっ ……忘れた」
「嘘っっ」
「本当に忘れたんだって……;;;」
「その顔は、嘘を吐いている顔、だわ! ちゃんと白状しなさいっ」
「白状って言われても……。そんな大したコトじゃないし…」
「大したことじゃないってコトは、覚えているんじゃないっっ」
「あ゛」
「ジョーったらヒドイわっ 教えてくれたって良いじゃない」
「えと……じゃ、後で教えるよ」
「後っていつ?」
「ん〜〜〜っと……じゃ、星が流れたら、話す」

 何とか良い逃れ方はないかと思案し、ジョーはふと思いついたことを、恐る恐る提示してみる。
 流れ星なんて、そう滅多には見られない筈、だ。

 すると、拗ね切っていた彼女の表情が、きょとん、とした表情に変わった。

「星が、流れたら?」
「う、うん」
「星が流れたら、絶対に教えてね。約束、よ」
「分かった。約束する」

 こく、とジョーが頷くと、フランソワーズは、くすっと悪戯げに笑った。

「ジョー、私達が何のために此処へ来ているのか、すっかり忘れているでしょう?」
「え?」
「今夜は流星群が見られる、のよ」
「あ…;;;」

 彼女に言われて、ジョーはやっと本来の…一番の目的を思い出す。
 何十年かに一度の大流星群が今夜見られると、テレビのニュース番組で聞いて……。
 だから、外出禁止令を破り、彼女を誘って部屋を抜け出した。

 自分のこんな無茶を彼女が許してくれたのも、流星群のおかげで……。

「約束はちゃ〜んと守ってね♪」

 そう念を押してから、フランソワーズは空を見上げ、煌く星達を楽しそうに見つめる。
 
「……分かってるよ」

 覚悟せざるを得なくなったジョーも、今にも滑り落ちそうな星々を見つめた。


 星が流れ始めるまで、もう少し時間がかかることを…彼女と共にこうしていられる時間が少しでも長く続くことを願いながら…
 そして……星が流れるのを待ち焦がれながら。











君が居なかったら…………僕は……
             とうの昔に、生きることを諦めてた。

今も……君が傍に居てくれるから……
                     僕は、生きていられる。





- Fin -





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2006/10/17