Refleter
†† vol.2 ††





 ズガアァァァ〜〜〜〜〜ン!!

 一瞬の閃光。
 低く轟く爆音。

 立ち昇る黒煙と火柱に少しも怯む事無く、1つの影がその中へ身を躍らせ、一陣の風となって駆け抜けて行く。

 爆風に吹き飛ばされた機械や人間…、
 そして運良く爆発から逃れられた筈の人間が、揃って残骸と化し、無秩序に床へと転がり、積もる。

 何もない筈の空間から…僅かな大気の揺らめきの隙間から放たれた一筋の白光が、部屋の中央の怪しげな装置……機械が犇めき合う巨大な円錐形の水槽のようなものの上部を撃ち抜く――。
 直後――満たされていた液体と共に、水槽全体が粉々に散った。

「フランソワーズっ」

 ジョーは加速装置を解き、やっと取り戻した大切なぬくもりを、部屋の隅…大きな機械の影に身を顰めてから、確認する。

 絹のような美しい亜麻色の髪も、滑らかな白い肌も、全てがぐっしょりと濡れ、ぽたぽたと雫を滴らせていた。

 得体の知れない液体に沈められた彼女……
 けれど、温もりはそのまま残されており、呼吸も乱れてはいない。
 小さな…擦り傷程度の怪我はあるが、大きな怪我もしていない。

 刃物(メス)の痕跡も……ない。

 ―――間に合った…―――

 ギリギリのところで自分が間に合ったことを知り、ジョーはほぉ〜っと安堵の溜息を吐く。

 ……が、
 彼女が限りなく裸に近い姿である事を認識すると、きゅっと悔しげに唇を噛み、慌てて自分のシャツを脱ぎ、彼女を包み込んだ。

(ごめん……)

 自分がもっとしっかりしていれば…
 彼女の側から離れたりしなければ…
 ……彼女がこんな目に遭うことはなかった筈。

 奴等(BG)が、何の目的で彼女を攫ったのかは分からない。
 この装置が何なのか……この装置で彼女に何をしようとしていたのかも、この状況だけで読み解くことは不可能だった。
 でも、奴等の企みが、自分達に有益なもので無い事は確かだ。

(奴等は……彼女が003であると知っていた)

 ここに辿り着く直前、ジョーは彼女を攫った張本人(男)達と戦った。
 その中の1人が言ったのだ。

 ―――俺達にとっては最高の土産だよ、003は…―――

 しかし、彼等から多くの情報を聞き出す…悠長な時間は、無かった。

 彼等の背後……分厚いガラスの向こう側で、
 まるでジョーに見せ付けるかのように、研究者らしき数名の男たちが、意識のない彼女を透明な手術台に拘束すると、身に纏っていた服を裂き、様々なコードやチューブを取り付け、奥の部屋へと運んで行ったのだ。

 彼女を救い出す為には、自分より後に創られたサイボーグ達を倒さなければならなかった。

 自分と同じ宿命を背負った…『人間』である彼等。
 けれど、ジョーは全く躊躇わず、鬼神と呼べるほど冷酷にトドメを刺した。

 何かを考える余裕など無かった。
 ただ、彼女を助けたかった。
 ―――護りたかった。

 彼女が連れ込まれた部屋に飛び込んだ時、フランソワーズは装置(水槽)に沈められた直後だった。
 直ちに装置の本体をレーザーガンで撃ち抜き、水槽を破壊した。
 だから、装置のスイッチは入れられていない筈……

 けれど、不安は拭えない。

 ――もしかして、もう既に何かされていたら…――

「フランソワーズ」

 ジョーは腕の中の彼女の身体を軽く揺すり、覚醒を促す。

 彼女の本当の無事を、早く確かめたかった。

 それに、此処は未だ敵の本拠地(中)。
 一刻も早く此処から脱出しなければならない。
 その為にも彼女を早く目覚めさせなければならなかった。

 彼女を取り戻せたとは言え、今、自分達が置かれている状況は、かなり厳しい。
 此処に、頼れる仲間は居ない。
 サイボーグ達との戦闘でかなり体力も消耗してしまったし、致命傷では無いものの怪我も負っている。
 意識のない彼女を抱きかかえて長時間逃げるのは、困難だろう。

 しかも、先刻の爆発で、自分が通ってきた通路は完全に瓦礫で埋まってしまった。

 その身体に何もされていないとしても、精神的ダメージが大きいだろう彼女を、直ぐに戦場に立たせるのことは躊躇われたが、彼女を護り抜く為にも、彼女の力(能力)はどうしても必要だった。

「フランソワーズっ 目を覚ますんだ」
「……ん」

 ゆるゆると開かれてゆく瞼。
 その下から現れる、深い海の色の瞳。

「フランソワーズ、僕だよ。分かるね?」
「……ジョー?」

 ジョーが注意深く問うと、フランソワーズはしっかりと彼と視線を合わせ、その名を呼ぶ。

「何処か痛いところはないかい?」
「大丈夫、みたい……。ジョー、私……どうしたの?」
「君は……BGに攫われたんだ。覚えてない?」
「え? ……あ」

 フランソワーズは未だぼんやりする頭で、必死に記憶を辿る。

 ジョーのドイツGPと、フランソワーズのドイツ公演が、偶然にも極近い日程だったので、2人は同じホテルを予約し(カモフラージュの為、部屋は別々に取った)、密かに一緒の時間を過ごしていた。

 それは、ちょっとスリリングな――楽しくて優しい…甘い時間。

 だが、幸せな時間は長くは続かず、事態は一変する。
 フランソワーズが偶然、そのホテルのロビーで取引を行っている不審な男達を見かけたのだ。
 彼等の持っているスーツケースが爆弾や危険なものではないかと危惧したフランソワーズは、透視能力を使い彼等を探った。

 フランソワーズの目に映ったのは……
 スーツケースぎっしりに詰め込まれたお金と、 
 片方の男の身体の内側の――機械(兵器)。

 そして……
「人間の何十倍も優れた、しかも不老不死の身体が手に入るんだ。このくらいの金、高くはないだろう?」
 という、悪魔の囁き。

 ジョーとフランソワーズは、直ぐにその男の尾行を開始した。

 が、その最中……ジョーが携帯電話で研究所に連絡を入れていた僅かな時間に、彼女は潜んでいた仲間(他)の男に襲われ――

「わ、私………」

 途切れる前の記憶を思い出し、自分の身体を包んでいるのが彼のシャツで、着ていた筈の自分の服が剥ぎ取られている事に気付いたフランソワーズは、さあっと蒼褪める。

「大丈夫。何もされてないよ」

 フランソワーズが何を危惧しているのかを見抜き、ジョーはしっかりと彼女を見つめ、優しく告げる。

 男達の行き先が、以前自分達が攫われたのと同様の『サイボーグ開発製造基地』であるかも知れないと思っていたのだ。
 彼女が自分の身体が更に改造されてしまったのでは?、と恐れるのは当然だろう。

 それに、彼女は『女の子』だから……自分が裸にさせられていたら…――。

「心配いらない。君は奴らに、何も……されていない」
「本当に?」
「ああ。君が攫われてからそんなに時間は経っていない…」

 攫われたフランソワーズがどんな酷い目に遭わされるか、容易く推測できた。
 だから……仲間の到着を待たず、手遅れになる前に、と単身で此処へ飛び込んだ。

「そんなに時間は経っていないって……もしかして、ジョー……貴方、1人だけで…此処に?」
「……待っていられる筈ないだろ」

 博士に状況を説明している間に、忽然と消えた彼女。
 けれど、彼女の腕時計(に組み込まれている位置特定装置)が、彼女の所在地を示し続けてくれた為、直ぐに彼女が連れ込まれた地下基地を発見することができた。

 迷っている時間は無かった。
 ジョーはそのまま、防護服を身に纏うことすらなく(取りに戻る事無く)、
 レーザーガンひとつだけで地下基地へ潜入し、戦った。

「でも、それじゃ……っ」

 フランソワーズは、彼が自分の為に危険を承知で……無謀ともいえる戦いをたった1人で続けて来たことを悟り、
 彼の身体に無数の傷が刻まれ、血が流れている事を知り、益々蒼白する。

「大した怪我じゃない」
「嘘っ これの何処が大した怪我じゃないの?」
「僕のことはいいんだ……。それより、君は? 立てるかい? ごめん……あまり悠長に話していられる状況じゃないんだ」

 ジョーの瞳がすっと厳しく凍り付いたのを、フランソワーズは見逃さなかった。

 それは――闘う者の…『009』の瞳。

「立てるわ。大丈夫」

 フランソワーズは瓦礫の降り積もる焦臭い辺りを見回し、自分達の置かれている厳し過ぎる状況を把握すると、彼の腕から身体を起こす。

「このシャツ……借りててイイ?」
「え? あ……もちろん。汚れてるけど、素材は防護服に近いもので出来ているから…御守り代わりにはなるかな…」
「ありがとう」

 フランソワーズは嬉しそうに目を細めると、ところどころ血に染まっている彼のシャツにきちんと袖を通し、ボタンを留めてから、立ち上がる。
 そして、近くに倒れている…既に物と化している屍の傍らに転がっている銃を、躊躇う事無く手にした。

 戦わなければならない。
 彼と生きる為に……

 …………彼を護る為に。

「フランソワーズ…」
「ナビするわ」

 彼女が拾い上げた冷たく鈍く輝く銃に視線を落とし、ジョーは罪悪感いっぱいに表情を曇らせる。

 彼の想いを痛いほどに感じ取ったフランソワーズは優しく微笑んで見せると、『003』として、彼と自分の背中を押す言葉(合図)を告げる。

「行きましょう」
「………ああ」

 凛々しくも、儚い…――
 そして、揺るぎない決意を秘めた彼女の真っ直ぐな瞳に、ジョーは様々な感情が入り混じった曖昧な微苦笑(表情)を浮かべる。

 彼女を戦わせたくない。
 彼女に銃など持たせたくはない。
 けれど……自分達は『共に戦う』と…、
 この運命から逃げずに、一緒に乗り越えていこうと決めた。

 ――どんな時も、傍に在ると…
      2人で1つの道を歩むと誓った――

 彼女の隣だけが、自分の生きる場所。
 彼女だけが、自分が生きる意味。

(君のことは……僕が絶対に護るから)

 ジョーは改めて強くそう決意すると、彼女の細い身体をしっかりと支え、加速装置のスイッチを噛んだ。







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