Refleter
†† vol.1 ††














 ―― 何故…? ――



 涙と共に零れ落ちた、哀しき嘆き(声)。

 答えを返してくれる者など居ないと、分かっていた。
 全ては―――無駄、だと…。

 誰も答えられない。

 答えられる筈が無い。
 初めから、『答え』など存在しないのだから……。

 けれど……
 どんなにそう理解していても、問わずにはいられなかった。


 何故、私達が…
 彼、が……こんな目に遭うの…?


 頬を伝う涙は、降り続く細い雨の雫と紛れて、静かに…身動ぎもせずに横たわる彼を濡らす。
 そして、彼の身体から染み出す真紅の染みと混ざり合い、深き緑の大地へと還っていく。

 雨の音しか聞こえない、静寂の支配する森。
 ほんの少し前まで爆音が鳴り轟いてたのが信じられないほどに……静かだった。

 フランソワーズはそっと彼の癖のある柔らかな髪に触れ、撫でる。
 指先に伝わってくる彼の体温と息遣いに、ほっと胸を撫で下ろしながらも、フランソワーズの表情は凍ったままだった。

 彼の怪我は今直ぐ命を脅かすものでは無い。
 けれど、一刻も早くドルフィン号に運び、博士に適切な処置を施して貰わなければならないのも確かだった。

 だが………今は動けない。
 体内無線で助けを求めることも出来ない。

 敵のセンサー(罠)が無数に仕掛けられているこの森を、手負いの彼を庇いながら移動するなんて無理だ。
 無線も、使えば自分達の居場所を彼等に報せてしまう。

 今はこの場に留まり、仲間が自分達を探し出してくれるのを待つしかなかった。

「ごめんな…さい」

 また、彼を巻き込んでしまった。
 危険な目に遭わせてしまった。

 自分が彼等に捕らわれなければ、彼はこんな無茶をすることも無く、こんな怪我を負うことも無かっただろう。
 
 ―――こんなことばかり、だ。

「……どうして…」

 自分達は戦わなければならないのだろうか……
 何の為に…?
 いつまで…?

 ……サイボーグ、だから?

 戦う者として創られたから……
 だから、仕方がないと……?
 …………戦って、傷付くことが『宿命(さだめ)』だというの?

(でも……望んだわけじゃない…)

 自ら望んでこんな身体になったのでない。
 無理矢理…己の意思など尽く蔑ろにされて……改造された。

(それなのに……)

 この身体(サイボーグ)である限り…
 『殺戮兵器』という柵を拭えない以上、『戦い』は否応無く続く…

 そして……
 自分達が『普通の人間(生身の身体)』に戻れる事は……ない。

(それ、なら……)

 終わりの無い漆黒の螺旋が、永遠に続くなら…
 薄汚い欲望の生贄である穢れた身体が、もう二度と浄化される事がないのなら……
 身体も心も……ずっと、血を流し軋み続けなければならないのなら……

「……………もう……終わりに…したい…」

 この理不尽な宿命(さだめ)を…
 ―――全て、を。





「………いい、よ」
「っ!?」

 微かに…けれども確かに届いたその声に、フランソワーズは、はっとし、膝の上の彼を見つめる。

 深い傷を負い、闇に意識を奪われてしまっている筈の彼の……ジョーの瞼が震え、ゆっくりと……力なく開かれる。
 瞼の下から現れた赤茶色の瞳は、虚ろで弱々しい。けれども、この生々しい血染めの景色とは不釣り合いなほど……途方も無く優しかった。

「撃ちなよ…」
「え?」

 一瞬、彼が何を言っているのか、フランソワーズには分からなかった。
 だが、直ぐに気付く。

 ―――自分の『声』を、彼は聴いていた。

「……君が………そう…望むなら…構わない、よ」

 ジョーは途切れ途切れに言葉を繋ぐと、未だ手の中に在る銃(スーパーガン)を、少しだけ浮かす。

「ジョー……」
「君にこんなことを…させるなんて……ずるい、ね……ごめん。でも……もう、自分じゃ……撃てない、んだ…」

 途方に暮れたような、彼の哀しい笑み。

 攫われたフランソワーズを助け出す為、仲間達との合流を待たず、単身で敵の本拠地に乗り込んだ。
 それがどんなに危険極まりない事であるか、良く分かっていた。
 けれど………待ってはいられなかった。

 ―――待っていられる時間(猶予)は無かった。

 彼女の元に辿り着いた時点で、既に満身創痍、だった。
 最後の気力を振り絞り、間一髪のところで彼女を無事に救い出したものの、此処まで逃げて来るのが精一杯で、最早……動けない。

 もう……自分では引き金を引くことすら出来なかった。

「どうせ、今の僕は……足手まとい、だ……。君1人なら、この森から脱出できるかも知れない……だから…」
「イヤよ」

 フランソワーズは彼の言葉を遮り、慌てて首を横に振る。

 自分が望んだのは、そんな事じゃない。
 彼を見殺しにして、自分だけが生き延びるなんて、絶対に嫌、だ。

「………足手まといなのは、私の方だわ。私の所為で……いつも、貴方が……こんなふうに傷付いて……」

 戦う兵器(もの)と改造されながら、自分はあまりに非力だ。
 そして、弱きところを狙うのは、戦いの哀しく残酷な摂理。

 恐らく……この先も……
 戦わなければならない限り、自分は敵の恰好の的となり、仲間達の弱点(ウィークポイント)となり続けるだろう。
 そうなれば………彼はまた傷付き、苦しむ。

「君は……足手まといなんかじゃない。皆も、僕も…そんなふうに思ったコトは…ないよ」
「でもっ」
「君には……何度も救われている。君が居なかったら……僕等は……僕は今此処には居ない」
「そんなことないわ! 私の能力(力)なんて……索敵能力なんて、機械(装置)で充分代用出来る。それにイワンだって居るわ……」
「君の代わりなんて、誰も……何にも、出来ない、よ……。僕達には……それぞれに役割がある。君には君の…僕には僕の、ね」
「役割…?」
「うん。君の役割は、僕達を導くこと。僕の役目は……先頭に立って、戦うこと。戦って…仲間や君を護ること」
「…ジョー…」

 ジョーの優しい…けれども強い信念を孕んだ声が…、いつもなら救いとなる筈の言葉が、逆にフランソワーズの心を抉った。

 そして―――思い知らされる。

(やっぱり………終わらない)

 彼は……優しい。
 哀しいくらい優しいから……どんなに傷付いても、護るべきものの為に戦い続けてしまう。
 この先もずっと……

 ずっと……――?

 時間から切り離され、普通の人達よりも遥かに長い時間生きることを余儀なくされてしまっている自分達の『ずっと』とは、どれほどの歳月だろうか?

「そうやって………私達は、いつまで…戦い続けなければならないの?」

 戦って戦って、戦って……
 やっとの思いで『安らぎ』を掴んでも、直ぐにまた戦わなくてはならなくなる。
 命懸けで手に入れたささやかな…ほんの一欠片の幸せは、いつもいつもいとも簡単に崩れ去る。

 自分達が望む未来なんて…
 ―――…永遠に来ない。

「もう……イヤ、なの……。戦い続ける未来なんていらない。貴方が苦しむのを、私……見ていられない。………もう…貴方を………戦わせたくない…」
「フランソワーズ……」
「だから……」
「………全てを……今、此処で……終わらせたい…?」

 ジョーは、先刻彼女から零れ落ちた言葉(囁き)を、その表情を崩す事無く、静かな口調で繰り返す。

 フランソワーズは小さく頷いて肯定すると、「ごめんなさい」と泣きながら謝った。

 折角…
 命懸けで救い出してくれたのに……
 それなのに、此処で全てを終わりにしたい、だなんて、身勝手過ぎる。

「こんなコト……卑怯だって分かっているわ。でも…」
「卑怯だなんて…思わないよ」

 ジョーは微かに首を横に振ると、フランソワーズを見上げ、視線が合うのを待つ。

 ジョーには最初から分かっていた。
 彼女の声を耳にした瞬間から、彼女の言葉の真意を――。

 延々と続くこの呪われた宿命から逃れるには、その方法しかない。

 ―――己の時間(とき)を止め、無に還る。

 重過ぎる十字架を無理矢理背負わされた自分達が、その重荷から解放される為に自らの命を抓んだとして、誰に咎められるだろうか。
 ――神にだって裁けはしない。

「イイよ、フランソワーズ……」
「ジョー……」
「一緒に………逝こう」





 静寂を切り裂く、一発の銃声。
 ―――次の瞬間、凄まじい爆音が轟き、木霊した。







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