Chocolate color

― Story by Yuuri ―





「………………。」

 扉を開けた途端に襲われた強烈な匂いに、ジョーは思わず立ち止まり、眉を潜める。

 都内に聳え立つ、とある高層オフィスビル。
 世界的に有名な建築デザイナーが設計したそのビルは、上層階が高級ホテルとなっているが、ホテルとオフィスは入口やエレベータなども完全に分けられている上、オフィスフロアには最新のセキュリティが施されていて、一般の人が立ち入れないのはもちろん、各階ごとに本人認証システムがあり、出入りを厳しく幾重にもチェックされている。
 その安全性が評判となり、機密性を重視する外資系企業に人気が高く、オープン時には入居が抽選となったほどだった。
 そこに、ジョーが所属するチーム『HAYATE』の事務所がある。

 ジョーがここを訪れるのは、珍しいことではない。
 実際に暮らしている場所(研究所)は、『009』というもうひとつの顔を持つ以上、秘密にしなければならない。滞在場所を知らせずとも、携帯電話やメールなどの通信手段があるため、仕事の連絡には支障はない。だが、荷物だけはどうしようもなく……、ジョー宛の荷物はすべて事務所に届くようにしてもらっていた。
 だから、マネージャーから連絡があり次第、事務所に足を運び、届いた荷物を引き取って帰る。それが、常、だった。

 今日も、マネージャーからの連絡を受け、取材帰りに立ち寄ったのだが…―――

 事務所の奥、ジョーのマネージメント担当部署(部屋)は、いつもとは違い、咽返るような甘い香りが充満していた。

(…………チョコレート?)

 あまりに強烈過ぎて、一瞬何の匂いなのかわからなかったが、すぐに、それがチョコレートの匂いだと悟る。

「ご苦労様です。取材、終わったんですか?」

 F1に復帰して以降、ずっとマネージャーをしてくれている青年が、すぐさま幾つかの大きな封筒を手に持って、ジョーへと歩み寄ってくる。
 ジョーより少しだけ歳下のその青年、桜井竜司は、監督の知り合いの息子であり、筋金入りのジョーの大Fanで、自ら監督に「ジョーの手伝いをしたい!」と直訴したらしい。
 やや小柄で童顔なため、実年齢より幼く、カッコイイというよりも可愛いという印象の彼は、真面目過ぎるところもあるが、機転も効き、人当たりも良く……ジョーも彼を信頼するようになっていた。
 彼の他に、笹島というベテランのマネージャーが居るのだが、彼の姿は部屋にはない。仕事で何処かに出かけているのだろう。だが、彼とこの場で打ち合わせなければならない急ぎの用事はないため、敢えて彼の行く先には触れず、ジョーは「ああ」と竜司の質問に答えると、渋い表情のまま彼に問う。

「どうしたんだ?」
「え?」
「……この匂い…」

 質問に主語がなかったため、きょとんとする竜司に、ジョーはぶっきらぼうに不足した言葉を繋ぐ。
 その言葉で、やっとジョーが言わんとしていることを…、いつもよりも厳しい表情を浮かべているワケを理解した竜司が、首を竦め苦く笑む。

「今日はバレンタインですから」
「…………。」

 言われて、ジョーは今日が2月14日――バレンタイン・デーであることに気づく。
 そして、同時に、このところずっと抱えていた謎が解けた気がした。

(そう、か…、だから…)

 数日前、フランソワーズは思い詰めた様子で、ジョーに14日の予定を…、厳密には、13日か14日に出掛ける予定がないかを訊き、14日にモータースポーツ誌の取材が入っている事を伝えると、寂しそうな、それでいてほっとしたような表情を、ほんの一瞬だけだが浮かべたのだ。
 滅多に我侭を言わず、どんなに寂しくても顔には出さない彼女の、その小さな…、けれども明らかな"異変"にジョーが気づかぬはずがなく、「どうしたの?」と問い質したのだが、彼女は「何でもない」と首を横に振るばかりで、理由を話してはくれなかった。
 それだけじゃない。今朝も、研究所を出るときに、フランソワーズは何度も何度も帰りの時間を確認していた。

(僕を、驚かせようとしてくれている、のかな…?)

 彼女の可愛らしい企てに思いを馳せ、ジョーは嬉しさを隠し、微かに目を細める。

「少し前に届いたんですけど、今年は去年よりスゴイ量で…、この部屋に入り切らないから、隣の会議室にも運んでもらったんですよ」

 竜司はそう言って、部屋の壁際にずらりとうず高く積まれたダンボールの箱を視線で指す。
 ジョーは彼の視線を追って膨大な量の"匂いの元"を見遣ると、肩で息を吐き、視線を逸らす。と、竜司の机の横にも3箱ほどダンボールが置かれ、机の上に包装が解かれたチョコレートらしきものが何箱も重ねられていることに気づいた。

「手間をかけて、すまない」
「いえっ これも僕の仕事ですから」

 Fanからの贈り物は、すべて事務所で中身を開封し、安全を確認することになっている。何故なら、すべてが好意的なプレゼントとは限らないから、だ。
 以前には、プレゼントの中に盗聴器が仕込んであったり、マンションの鍵や婚姻届が送られて来たり、大量の自分(女の子)の過激な写真やビデオが送られてきたこともあった。

「いつも通りで、良いんですよね? それとも、少し持って帰りますか?」
「いや…」

 竜司の問いに、ジョーは即座に首を横に振る。

 送られてくるプレゼントは、高級時計やアクセサリー、香水、洋服、ブランド品、手作りのお菓子やセーターやマフラー、花束など、様々で絶えることはない。が、バレンタインやクリスマス、そしてジョーの誕生日には、その数は驚異的に跳ね上がる。
 だが、ジョーは今までひとつとして持ち帰ったことはなかった。
 届けられたプレゼントは、それに添えられている手紙やカードだけは一通り目を通すようにしているものの、中身を確認し、食べ物で市販のもの、そして実用品などは、内密に近くの孤児院へ寄付し、お金に変えられるものは換金して、名前を伏せてさまざまな慈善団体へ寄付し、その他のものは事務所に欲しい人が居ればあけてしまい…、いなければ、一定期間保管した後に処分してしまっていた。

 Fanの人たちの気持ちは嬉しいし、申し訳ないとも思うのだが――誰かの想いのこもったものを"自分の日常"に…、フランソワーズとの生活の中に持ち込むことはしたくなかった。

「わかりました。それにしても、今年は手作りチョコも多くて…、僕も暫くはチョコ嫌いになりそうです」

 ジョーがそんなに甘いものを食べないことを知っている竜司は、くらくらと目眩がするほどの匂いの原因を冗談めかした口調で告げると、ジョーに渡すべき荷物(封筒)を差し出す。
 ジョーは苦い笑みを返し、ただ「ありがとう」と告げると、差し出された封筒を受け取った。

「今日お渡しするのはそれだけです。バレンタインのカードは、後で纏めてお渡ししますので」
「わかった」
「コーヒーでも淹れますか? もう暫くしたら、笹島さんも帰って来られると思いますし」
「いや、用事があるから、今日は帰るよ」
「そうですか。それじゃ、お気をつけて」
「ああ」

 余計な詮索をせず、笑顔で送り出してくれる竜司に片手を上げて答えると、ジョーはくるりと踵を返し、足早に事務所を立ち去る。

 "用事"とは、フランソワーズの元へ一刻も早く帰ること。
 だが、例えフランソワーズが遠征中で、研究所で待っていなかったとしても、今日はあの部屋には居たくなかった。

(あんな中に居たら……、酔いそうだ…)

 思わず想像しかけて、ぞっとし、眉間に深い皺を刻んだまま、一気に事務所を抜ける。
 そして、エレベーターホールまで辿り着くと、周囲に人影がないことを確認してから、ジャケットのポケットを探り、携帯電話を取り出して、メール画面を開き、宛先欄にフランソワーズのアドレスを選び、次にタイトルへ『今から帰る』と入力しようとする。
 ――が、その途中で、ふと手が止まった。

(予定より早く帰ったら、驚くだろうな…)

 フランソワーズには、帰りは7時か8時頃になると言ったのだが、取材が早く済んだこともあり、このまま…何処にも寄らず、渋滞していなければ、5時前には研究所に戻れるだろう。

 連絡しないで帰ったら、驚き、慌てふためく彼女の顔が見れるかもしれない。

 ジョーは、くす、と悪戯げな笑みを零すと、書きかけのメールを消し、携帯電話をポケットへと戻す。
 その手で、エレベーターの『▽』ボタンを押そうとした、そのときだった。

「あ、あの…っ」

 背後から、何処か切羽詰まった女性の声が響き、ジョーは不審さを隠さず、振り向く。
 ここには自分以外は居ないのだから、呼び止められたのは当然自分だった。

 そこに居たのは、まだあどけなさの残る、ショートカットの可愛らしい女性。
 見覚えはないが、胸にチームの名札を付けているから、ここで働いている女性なのだろう。

「……何か? 仕事のこと?」

 真っ赤に染まった頬と、胸に抱きしめられている小さな箱を見、もしや、と嫌な予感を抱いたものの、仕事仲間であるためあまり邪険にもできず、注意深く、ワザと低い声音で問う。
 すると、案の定、彼女は首を横に振り、視線を合わさぬまま、胸に抱きしめていた箱を、ばっと差し出した。

「これっ 受け取ってください!」
「…………。」

 彼女のあまりの迫力に、一瞬息を呑み、自分に向けられた…緑色の包装紙に包まれ、銀のリボンに彩られている、如何にも高級そうな贈り物を見つめる。
 だが、その箱に手を伸ばすことなく、ジョーは小さくため息を吐くと、迷わずに言葉を押し出した。

「ごめん」
「え? あっ ち、違うんですっ その、これは……お世話になっている、から、そのお礼のつもりで…」
「…だとしても、直接は受け取れない」

 顔も知らないのだ。世話したことなどないだろう、と冷ややかに思いつつ、ジョーは淡々と告げる。

 F1は速さを競う"スポーツ"であるが、多額の費用がかかるため、それを支える多くの人たちがいなければ成り立たない。
 だから、芸能人のように扱われ、騒がれるのも仕方ないと思うし、Fanは大切にしなければとも思うが、フランソワーズ以外からは、直接プレゼントは貰わない。
 それは、ジョーが自分で決め、守り続けているルールだった。

 フランソワーズなら、そんなことで怒ったりしないだろうし、仕方ないと納得してくれるだろう。
 だけど……、きっと、平気なわけじゃない。
 彼女を哀しませるようなことは、したくなかった。

「Fanのコからのプレゼントは、直接受け取らないようにしているんだ。だから、悪いけど、それは桜井くんに預けてくれないかな?」
「あ、……わかりました」
「…気持ちだけは受け取っておくよ」

 明らかに落ち込み、今にも泣き出しそうな彼女へ、それまでと変わらない言葉だけのお礼(フォロー)をする。
 だが、そんな仕草に…、微かに目を細めた端正な顔立ちと、低く甘いヴォイスに魅了され、彼女はみるみる顔を赤らめた。

「あっ、いえっ 引き止めてしまって、スミマセンでした! レース、頑張ってください! ずっと応援していますっ」
「……ありがとう」
「失礼しますっ」

 女性はきらきらとした瞳で一気に告げると、ぺこりと頭を下げ、ぱたぱたと事務所へ戻っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、ジョーは、ほぉ〜〜〜と重くて苦いため息を吐いた。





「ただい、ま…」

 音を立てないようドアを開け、独り言のように帰途を告げてから、ジョーは愛しげに目を細めて部屋の主を…愛しい女性の姿を捜す。
 しかし、部屋には誰の姿もなく、シンと静まり返っていた。

(……居ない? そんなはずは…、……あ)

 ジョーは、とある可能性に気づくと、足音を忍ばせ、死角となっているソファーに近づき、覗き込む。
 すると、案の定、そこに彼女の……ソファーに横たわり、眠るフランソワーズの姿があった。

 予定より早く帰還したジョーを出迎えてくれたのは、イワンとギルモア博士だけだった。
 姿の見えないフランソワーズのことを尋ねると、博士はいつも以上ににこにこと目尻を下げながら、「昼間、頑張り過ぎたから、部屋で眠ってしまっているんじゃろうて」と教えてくれた。

 研究所内に仄かに残る、甘くて香ばしい香り。
 その香りは、彼女の部屋に入ると、少しだけ強くなった。
 『彼女が頑張っていたもの』の明らかな証拠(痕跡)に、ジョーは自然と優しい表情になる。

(さっきは、あんなに嫌だったのに……)

 事務所では、強烈なチョコレート臭にうんざりし、気分が悪くなりかけたというのに、今はこの甘い香りが心地良く、そして美味しそうに感じる。そんな単純明快な自分自身が不思議で、可笑しかった。

 ジョーは彼女の傍らへと回り込むと、息を殺して様子を窺う。
 フランソワーズは、上半身だけをソファーの柔らかさに委ね、床へと流れている脚には愛用のスリッパを履いたまま、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
 ソファーに散らばり広がる亜麻色の髪。微かに開いた唇。規則正しく上下する肩。少し乱れたスカートから覗くすらりとした脚。

(こんなトコロで寝たら、風邪ひくのに…)

 彼女の顔にかかっている髪を指先でそっと直しながら、ジョーはやれやれと微苦笑する。
 と、顔の横に添えられている緩く握った手の傍に、綺麗にラッピングされた箱があることに気づく。
 そして、それと同じ色の包装紙とリボン、そしてハサミやテープなどが、テーブルの上にそのまま残されていた。

 片づけもせず眠ってしまうなんて、キレイ好きでしっかり者の彼女には頗る珍しいことだが…――

(昨夜、ちょっと無理させ過ぎたかな…)

 彼女が睡魔に負けてしまった原因に心当たりのあるジョーは、くすり、と笑みを深めた。

 彼女にバレンタインの企てがあるなんて夢にも思っていなかったから、昨夜も心と躯の求めるがまま、彼女のぬくもりに溺れ、何度も融け合い、自分の標を彼女の白い肌に刻み、注いだ。
 満足に歩けない状態へ追いやられた上、ほとんど寝ていないのだ。そんな体調でのお菓子作りは、かなり大変だったに違いない。
 それでも頑張ってキッチンに立ち、この部屋でラッピングをし――完成にほっとした途端、睡魔に抗えなくなってしまったのだろう。

 無防備過ぎる、無邪気で、何処か幸せそうな彼女の寝顔を見、ジョーは"彼女を驚かせる"作戦を断念することにする。

 驚き、あたふたする彼女も可愛くて見たかったが、こうして、寝顔を眺めているのも悪くない。

(に、しても……、流石にこのままは、マズイな)

 エアコンが効いていて部屋は暖かいとはいえ、何も掛けずに寝ていたら風邪をひいてしまうだろう。
 取り敢えずベッドに運ぼうと、ジョーは彼女の眠りを妨げないように、そうっと彼女とソファーの隙間に手を差し込む。

「っ!」

 すっかり力の抜け落ちた彼女の柔らかな身体を抱き上げたその瞬間、ふわっ、と甘い…、チョコレートの香りが強く漂う。

(……え?)

 その香りが、傍にある箱からではなく、彼女自身から零れているような気がして、ジョーは吸い寄せられるように彼女の髪へと顔を近づける。
 いつもは…、今朝までは優しいフローラルの香りだった髪が、今はとろけるようなチョコレートの香りに変わっていた。

(……っ///  ちょっ、と……これは、反則…)

 予想外の…、男の本能を擽る魅惑的なその香りに、くらっと眩暈を覚える。
 思わず、このまま食べてしまいたくなる。

(チョコレートの匂いが、こんなに……)

 美味しそうだと思ったことはない。
 こんなに欲しいと焦がれたこともない。

 囚われ、惹かれるがまま、彼女の艶やかな唇にゆっくりと唇を寄せていく。
 融け合うまで、あと1センチ、というとき…―――

「…………ジョー、すき…」
「っっ!?」

 思わぬ不意打ちに…、彼女の唇から吐息とともに零れた告白に、ジョーは、ばっと顔を遠ざけ、彼女の様子を窺う。
 すると、大きな振動に驚いたように彼女の指がぴくっと跳ね、閉ざされていた瞼が小さく震えた。

「……ん…? ジョー?」
「―――っ あ、……ごめん」

 長い睫毛の隙間から澄んだ碧い瞳が現れ、その瞳がしっかりと自分を捉えているのを…、彼女を完全に起こしてしまったことに気づくと、ジョーはバツが悪そうに首を竦める。

「風邪、ひいちゃうから……、ベッドに寝かせるつもりだったんだ」

 彼女の告白が寝言だったことに、ほっとすると同時に、残念で…、でも、それでも嬉しくて…
 そんな自分の感情を持て余しながら、ジョーは弁解の言葉を繋ぐ。

「え? あ…/// ありがとう」

 フランソワーズは、自分が彼の腕の中に居ることを認識すると、かあぁぁっと頬を染めた。

「少しだけ寝るつもり、だったの…。ごめんなさい。お出迎えもしないで…」
「そんなこと、別に良いよ」

 ジョーは首を横に振り、彼女をソファーに降ろすと、その身体を支えるようにして隣に座る。

「今、何時なの?」

 フランソワーズはそのまま彼に凭れかかりながら、細い指で何度か瞼を擦り、壁掛け時計に視線を巡らせる。

「まだ5時だよ」
「5時?」
「うん。仕事が早く終わったんだ。キミを驚かせたくて連絡しなかったんだけど、まさか……、僕の方が驚かされるなんてね」

 ジョーは、彼女に何の連絡もせず早くに帰宅したことを呆気なく暴露し、苦笑する。

「驚かす? ジョーを? 誰が?」
「キミが」
「私……??」

 何のことなのかわからず小首を傾げるフランソワーズの、その可愛らしい仕草に、ジョーは小さく笑むと、答えは告げずに、それが何であるのか気づきながら、ワザと彼女の向こう側にある箱を指差して訊く。

「それ、何?」
「えっ? っ!」

 彼に指し示された先を辿り、クッションに埋もれかかった見覚えのある箱を見つけると、フランソワーズは慌ててそれを拾い上げ、彼の視線から隠すように、ぎゅっと胸に抱く。

「どうして隠すの? 僕に見られちゃ困るものかい?」

 更に意地悪に問うと、フランソワーズはふるふると首を横に振り、頬の朱を深める。

「それじゃ……、何?」
「これは……、……バレンタイン、だから…」
「僕に?」

 その問いに、今度は彼女は首を縦に振る。

「もしかしなくても、手作り、だよね?」
「っ!? どうして知って…っ」

 驚き、慌てふためくフランソワーズを抱き寄せ、くすくすと微笑いながら、ジョーは彼女の亜麻色の髪の一房を指に絡めるように掬い、甘い香りを留めるそこへ顔を埋める。

「キミから…、チョコレートの匂いが、する」



「え…?」
「買ったものなら、こんなに…、髪に匂いがついたりしない、よね?」
「…………///」

 髪に触れるジョーの吐息と、自分を背後から包み込むぬくもりに、フランソワーズはますます頬を赤く染める。
 そして、もう何処にも逃げ場がないことを悟ると、おすおずと彼のために用意した特別なプレゼントを差し出す。

「…その……、あんまり上手にできなかったんだけど…、貰ってくれる?」
「もちろん」

 彼女が恥ずかしがった理由を知り、ますます喜びを募らせながら、ジョーは彼女の手の中の箱を受け取る。

 彼女からのプレゼントを受け取らないなんて、有り得ない。
 彼女からの贈り物なら、どんなものでも…、どんなにささやかな物でも、とても嬉しいし、大切なものになる。ましてや、それが彼女の手作りなら…、この世にたったひとつしか存在しないものなら、更に嬉しかった。

「開けてイイ? あ、でも、こんなにキレイに包んでくれたのを、すぐに解いちゃうのはもったいないかな? 少し飾っておいてからにしようか?」
「……ジョーったら…」

 真剣な表情で悩むジョーに、思わずくすくすと微笑んでから、フランソワーズは「開けてみて」とジョーを促す。

 笑われたジョーは微かに頬を染めつつ、名残惜しげに彼女を解放すると、丁寧にリボンを解き、包み紙を崩していく。
 箱の中には、少しだけ不揃いの、可愛らしい一口大の丸いチョコレートがたくさん並んでいた。

「可愛い、ね」
「あ、でも…、そんなに甘くないと思うから…」

 嬉しそうに目を細めて、じ〜っとチョコレートを見つめるジョーに、フランソワーズは恥ずかしさに耐えながら、懸命に説明する。
 ベースに使ったチョコレートは、ビターで甘くないものだった。だから、甘いものがそんなに得意じゃないジョーでも大丈夫なはず、なのだが……。味見をしても、博士に試食してもらって「美味しい」と言ってもらえても、不安は消えなかった。

 語尾を濁し、俯いてしまったフランソワーズをちらりと見遣ると、ジョーは、箱の中からチョコレートを一粒摘み、口の中へ放り込む。
 チョコレートの味と香りがふわっと広がるが、彼女が言う通り、甘さは控えめで、ジョーにはちょうど良かった。

「美味しいよ」
「ホント?」
「うん。これなら、幾つでも食べられるかも」

 ジョーはそう言うと、もうひとつ、口へと運ぶ。

「そんな…、無理しなくても…… ……っ!?」

 間を空けず、次のチョコレートを口にするジョーに、フランソワーズは慌てて顔を上げる。
 その瞬間――
 ジョーは大きな掌で彼女の柔らかな両頬を包むと、そのまま唇で唇を塞いだ。

「……っ」

 強引且つ不意打ちのキスに驚き、びくっと震え、逃れようとするフランソワーズを、それより早く片手を髪の中へと差し込んで、動きを封じる。
 そして、何度か啄ばむようなキスを繰り返した後、舌で彼女の唇を割り、彼女の中へと潜り込むと、融けかかったチョコレートを彼女へ移し、更に、そのひとつの甘さを2人で融かす。
 重なる2つの体温によって、小さなチョコレートは忽ち…まるで雪のように融け、その雫がフランソワーズの喉へと流れていく。

 チョコレート味の、キス。

「どう?」

 彼女の躯から力が抜け落ち、呼吸さえ満足にできないほどに追い込んでから、ジョーは僅かに唇を離す。

「……………どうっ、て…?」

 頬に手を添えられたままで俯くことも許されず、フランソワーズは、不足した酸素を補うように肩で息を吐きながら、虚ろな瞳で悪戯っぽい笑みを湛えた彼を見返すことしかできなかった。

「美味しい、だろ?」
「……あ///、……ええ」
「2人で一緒に食べると、一段と…美味しいよ、ね?」

 甘く羞恥に潤んだ碧い瞳を覗き込むようにして、ジョーは更に問う。

「え/// ……えと……//////」

 フランソワーズは耳まで真っ赤に染まりながら、少し躊躇った後で、魅惑的な赤茶色の瞳に魅せられるがままに、こく、と微かに頷く。
 すると、ジョーは、くすり、と満足げに笑み、「じゃあ…」と囁くと、彼女の耳元へ唇を寄せ、まだチョコレート色が残る吐息で途切れた言葉の先を繋いだ。

「次は、キミが食べさせて」



†† チョコレートより、甘いキスを…―― ††
― Fin ―









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祐浬 2011/2/17