プロポーズには花束を




 玄関の扉を開くと、見慣れた筈の景色が一変していた。
 004は思わず、息を呑み、硬直する。

 玄関いっぱいの……足の踏み場も無いほどに積み上げられた、たくさんの花束。
 その強烈な芳香と艶やかな色に包まれて、花よりも美しいフランソワーズが、困惑した表情で佇んでいた。

 フランソワーズは004の姿に気付くと、苦笑してみせる。

「お帰り、なさい」
「どうしたんだ? この花……。花屋でも始めるつもりか?」

 004はすっと眉を顰める。
 既に彼にはこれが誰の仕業で、何を目的にしたものか察しがついていたのだが、敢えて、核心から外れた問いを投げる。

 フランソワーズは益々困り果てた顔となり、004が家に入れるようにと、抱えられるだけの花束を拾い上げた。
 それでも、僅かな空間しか確保出来ない。
 004はやれやれと呟くと、花束の除去作業に手を貸した。
 持てるだけの花束を持ち、残りは足でそっと横にどけ、何とか人1人が通れるスペースを確保する。

「また、彼奴(あいつ)か……」

 両手いっぱいの花束をリビングへと運びながら、004は前を歩くフランソワーズに問う。
 フランソワーズは無言のまま小さく頷いた。

 事は、1ヶ月前に遡る。
 メンバー達は、BG(ブラック・ゴースト)がタルディーア王国の地下に眠る莫大な資源を狙っていることを事前にキャッチし、急遽タルディーア王国に向かうと、王族に事情を説明し、協力してBGの魔の手を追い払った。
 ミッション自体はそれほど困難だった訳ではなく、トラブルも無く、短期間で終了した。

 ―――が、問題は残った。
 タルディーア王国第2王子・サイールが、フランソワーズに一目惚れしたのだ。
 彼はその権力と財力で、フランソワーズを自分のものにしようとした。
 勿論、ジョーという恋人がいるフランソワーズは、彼の申し出を受け入れる事は無く、けれども彼を傷付けないようにと、やんわりと断った。
 しかし、フランソワーズの拒絶にサイールは諦めるどころか、益々強烈な求愛を降り注いだ。
 ……手段を選ばずに。

 危うく拉致監禁されそうになった彼女を、偶然に通りがかった004が助けたのだった。
 事を荒立てたくないというフランソワーズの希望で、004は誰にも口外することは無く、ミッション終了時まで密かに彼女をサイールから護衛した。

「まさか、この日本にまでやって来るとな、な…」
「私だって驚いたわ」

 サイール達に自分達の居場所(研究所)は明かさなかった。
 だから……それで終わる筈だった。
 もう二度と会うことは無く、時間の流れに紛れ、彼の記憶から自分は薄らいでいく筈だった。

 だが……昨日。
 サイールの使いの者が、高価な宝石と花束を携えて研究所に現れた。
 受け取って貰えるまでは帰れないと言い張る侍従に、フランソワーズは困り果て、宝石は受け取らず、花束だけを受け取り、帰って貰った。

 幸か不幸か……その時、ジョーは留守で、研究所には004しか残っていなかった。

「だからあの時、受け取るなと言ったんだ」
「だって…」

 フランソワーズは口篭る。

 サイールに命じられていた侍従が気の毒に思えた。
 自分が受け取らなかったら、命令に反した彼はサイールに罰を受けるだろう。それは可哀想だった。
 それに……早く帰って欲しかった。
 彼等の存在を、ジョーには知られたくなかった。

「あの男(侍従)に同情したのか?」
「だって可哀想じゃない。彼に罪は無いのに……それに、宝石は枯れないけれど……花は生きているのよ。一番綺麗な時を愛でて貰う為に切られているのに、捨てられたら可哀想だわ」
「そんな甘いことを言っているから、奴に付け込まれるんだ」
「分かってるわ…」

 004の容赦のない言葉に、フランソワーズは俯く。

 分かっている。
 あの時、自分が花束を受け取ってしまったから、今日再び、花束だけを……花屋1軒を丸々買い取ってしまったかのような膨大な花束を携えて、侍従は再びやって来た。
 自分が花束なら受け取ることをサイールが知ったから…。

「で、奴は何て言ってきたんだ?」

 004はリビングのテーブルに花束を置き、それからフランソワーズの持つ花束を受け取り、自分の置いた花束の上に重ねた。
 重なり切れなかった花束が、くしゃ、と床に落ちる。

「今夜、来て欲しいって……食事に…」

 フランソワーズはゆっくりとした動作で、床に落ちた花束を拾い上げる。
 禍々しいほどの真紅の薔薇。

「私……行って来ようと思ってる」

 フランソワーズは己の決意を、004に伝える。
 004はすっと険しい表情になる。

「危険だ」
「大丈夫よ。私だってサイボーグだし……普通の女の子よりは腕力だってあるわ」
「向こうは大勢、だ。以前、敵わなかっただろう」

 004が事実を突き付ける。
 王国で、フランソワーズは拉致されそうになった。
 サイール1人なら充分に彼女でもかわせるが、彼には腕力に自信のあるボディガードがいつも大勢付いている。
 多勢に無勢、だ。

「でも…こんなこと、終わりにしなきゃ。元はと言えば、私がきちんと断わらなかったのが悪いんですもの」
「お前は断わった、だろう。奴がそれを受け入れなかっただけだ」
「ちゃんと話せば分かってくれるわ。悪い人じゃないもの」
「悪い奴じゃ無い? キタナイ手を使ってお前を手に入れようとした奴が、か?」

 004は冷酷に、言い放つ。

「でも、このままだと、彼が不幸になるだけだわ。だって、私には…」

 未来を誓い合った男性(ひと)がいる。
 愛する唯一の人が……ジョーが居る。

 彼以外の男性に心奪われる事は、無い。

 フランソワーズは真っ直ぐに強い瞳で、004を見据える。
 重大な決意を告げる時、しっかりと相手の目を見て話すのは、フランソワーズの癖、だ。

「だから、会ってきちんと話してくるわ。私には好きな人が居るって…」
 




「うわっ これ、何?」

 フランソワーズが研究所を後にしてから1時間が経過した頃、001を抱いたジョーがギルモア博士と共に帰ってきた。
 ジョーは花だらけのリビングに驚愕し、ぱちぱちと瞬きをする。

 フランソワーズの指示で、006の店や近くの病院、老人施設、幼稚園などに粗方の花束は引き取って貰ったのだが、それでも言い逃れの出来ない量の花が未だリビングに残っていた。

「フランソワーズが貰ったもの、だ」
「フランソワーズが?」

 004の答えに、ジョーは途端にむっとした表情に変わる。

(コイツは……面白くないと本当に顔に出るな…)

 ジョーの露骨な態度を見て、004は薄く笑む。

 ジョーは辺りをきょろきょろと見回し、フランソワーズの姿を探す。
 いつもなら、自分が帰ったら真っ先に出迎えてくれる彼女の姿が、何処にも無い。

「アルベルト、フランソワーズは?」
「この花束をくれた奴の所へ行った。食事に、だ」
「え?」

 フランソワーズが「ジョーには言わないで」と制しなかったことを良い事に、004はあっさりと暴露する。
 フランソワーズも、最早隠し通せない事は分かっていた筈だ。
 だからこそ、ケリをつけに行った。

「1ヶ月前のミッションで会った、サイールっていう王子、だ」

 覚えているだろう? と問う004に、ジョーは首を縦に振る。

「彼が、日本に? 何しに?」
「フランソワーズへプロポーズをしに、だ」
「!?」

 ジョーは赤茶色の瞳を大きく見開く。

「サイール王子というのは、確かタルディーア王国の王位継承権2番目の、結構な男前の青年じゃったのう〜」

 ギルモア博士が顎をしゃくりながら、独り語ちる。

「あの王子様、偉く彼女が気に入ったらしい」
「ほぅ…では、あの娘(こ)にプロポーズする為だけに、わざわざ日本にやって来たのか? 」
「そのようですぜ」
「若いとは良いもんじゃのう〜」

 博士は、ほっほっほっ…と妖しい笑い声を立てる。

 博士と004の会話をじっと聞いていたジョーの瞳に、すっと尋常ではない光が宿る。

「……場所、何処?」

 凍りつくような、低い声。
 凄まじい…殺気というオーラを解き放っているジョーに、ギルモア博士は、ぴきっとその表情を強張らせる。

「沙羅野座(さらのざ)にあるグルヌイユという店、だ」
「001(イワン)を頼む」

 ジョーは店の名前を聞くと、抱っこしていた001を004に押し付け、脱兎の如く研究所を後にした。

『ヤレヤレ。004モ博士モ、彼ヲカラカイ過ギ、ダヨ』

 004の腕の中で、001は赤ん坊らしからぬ溜息を零す。

「起きていたのか…」
『ふらんそわーずハ、さいーるニ断ワリニ行ッタンダロウ? ソレナノニ…アンナ言イ方ヲシタラ、じょーガ怒ルノモ当然ダヨ』
「良いんだよ、あれで」

 004はにっと不適な笑みを浮かべる。

 これで良いのだ。
 ジョーはフランソワーズを取り戻したいと思っているし、フランソワーズは…

『じょーニ迎エニ来テ欲シイト思ッテル、カラ、カ……』

 004の思考を完璧に読んで、001は「なるほどね」と呟き、004に負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべた。

『全ク、世話ガ焼ケルヨ、ネ』
「お前に言われるようじゃ、世も末、だな」

 2人は顔を見合わせると、笑った。





「ごめんなさいっ さようなら」

 フランソワーズは自分の気持ちを伝え終わると、その場から逃げ出そうとした。
 が、サイールのボディーガードの男に腕を掴まれて、脱出は失敗に終わる。

 フランソワーズは、きっ、とサイールを見上げる。

「放して。もう貴方と話すことはないわ」
「君に無くても私にはある。大体、そんな言葉で私が納得するとでも思っているのかい?」

 サイールは薄く嘲笑(わら)う。
 まるで、獲物を見つけた獣のような目だった。

「私は今まで欲しいものは何でも手に入れてきた。これからも、そうするつもりだ」
「私は貴方を愛せないわ」
「大丈夫。今は愛せなくても、直に愛せるようになる。私以外の男性から切り離されれば、君は私しか愛せなくなる」
「馬鹿な事言わないで!」

 待ち合わせをした店の前で、こんな押し問答が、もうずっと続いていた。
 フランソワーズがどんなに説得しても、サイールの気持ちは変わらない。分かってはくれない。
 話はいつまでも平行線のままだった。

「人の気持ちはそう簡単には変わらないわ。私は貴方を愛していないし、これから先も愛することはないわ」
「ならば、愛してくれなくとも良い。それでも、私は君が欲しい。美しい君を私の側に飾っておきたい」
「私は物じゃないわ!」

 サイールの病的な言葉に、フランソワーズはぞくっと背筋が凍る。

 話せば分かるかと思ったのだが、どうやら自分は甘かったらしい。
 強情を張らずに004に付いて来て貰えば良かったと、フランソワーズは密かに後悔し始めていた。

「君が拒もうが、抵抗しようが、私は君を我が王国へ連れて帰る。そして妻とする。これはもう決まったことなのだ」
「勝手に決めないで!」

「フランソワーズ!!」

 フランソワーズの叫び声に気付いたジョー、咄嗟に加速装置のスイッチを噛み、彼女に触れる直前で装置を解除して、彼女をボディーガードの男から引き剥がす。

「ジョー??」

 突然現れたジョーに驚き、フランソワーズは大きな瞳を益々大きく見開く。だが、直ぐに、ほっと安堵した。

(来てくれた…)

「帰ろう、フランソワーズ」
「ええ」

 自分の腕を引き、立ち去ろうとするジョーに、フランソワーズは大人しく従う。
 もうサイールと話すことは無いし、一刻も早くここから離れたかった。
 何より、自分を迎えに来てくれたジョーに付いて行きたかった。

「待ちたまえ!」

 再び男がフランソワーズを捕らえようとする。しかし、ジョーがそれを許さなかった。
 呆気ないほど簡単に、厳つい男達を投げ飛ばす。
 それでも、ジョーは手加減していた。彼等が生身の人間である以上、本気では戦えない。

 決着は簡単に付いた。
 しかし、サイールは諦める事無く、フランソワーズに語りかける。

「フランソワーズ=アルヌール。私と共に来い。不自由な思いはさせない。好きなものなら何でも与えてやろう。私の元に居れば、もう戦う必要も無い。幸せに暮らせる」

 サイールの言葉に、フランソワーズは首を横に振った。

「何もいらないわ。私が欲しいものは、お金で買えるものじゃないの。それを手に入れる為なら、私は喜んで戦うわ」
「これほどまで言っているのに、分かっては貰えぬか…」
「ごめんなさい。私には貴方を理解できない…。そして、貴方も私を…、私の考えを、絶対に理解できないわ」

 フランソワーズはサイールを哀れみの目で見、それからジョーへと優しい視線を送ると、小さく頷く。
 2人は自然な仕草で指と指を絡ませると、彼等に背を向けて歩き始めた。





「研究所に戻ったら、お花、片付けなくちゃ、ね」

 フランソワーズは、真剣な表情でハンドルを握るジョーを、ちらり、と盗み見る。
 ジョーがずっと押し黙ったままで、フランソワーズは少しだけ居心地が悪かった。

(怒っているのかしら…)

 自分がサイールの元へ1人で行ったから……。

「ジョー……あの」
「フランソワーズは、花、好きだよね」

 謝ろうとした瞬間、ジョーが語りかけて来た。
 真っ直ぐに前を向いたまま…。

「ええ」

 花は好きだ。
 だから、フランソワーズは正直に頷く。

「……嬉しかった?」
「え?」

(もしかして……妬いてくれているの?)

 ジョーが拗ねているのだと、フランソワーズは直ぐに気付いた。

「少しだけ、嬉しかったわ」
「………。」

 彼女の返答に、ジョーは再び沈黙する。

「私、子供の頃から憧れていたの。両手で抱え切れないほどの花束を貰うこと……。でもね…私が欲しいのは、サイールから貰ったような花束じゃ無いわ」
「え?」

 彼女の言葉の意味が理解できず、ジョーは怪訝そうに眉を顰める。

「私の夢は、大好きな人から、大きな白いカスミソウの花束を貰うこと、なの」
「カスミソウ?」

 それは、どちらかと言うと他の花の引き立て役の、控え目で可愛い小さな小さな純白の花。

「だから……ジョー、貴方が……いつか…叶えて、くれる…?」
「!!」

 頬をピンク色に染め、恥ずかしそうにねだるフランソワーズを見、ジョーの心の奥底に漂っていたもやもや感が吹き飛んでしまった。

(いつか、だなんてっ)

「フランソワーズ、しっかり掴まってて」
「え?」
「良いから、早く!」

 ジョーの強い言葉に、フランソワーズは訳が分からないまま、ドアに付いている取っ手をぎゅっと握る。
 横目でそれを確認し、ジョーは対向車と後続車が無いことを見届けると、派手にアクセルターンを切った。

「きゃああぁぁっっ」

 いきなりスピードを殺さずに車をUターンさせ、今来た道を逆走するジョーに、フランソワーズは慌てふためく。

「ジョ、ジョー??? 何処へ行くの?」

 ジョーは戸惑うフランソワーズを見、優しく笑うと、行き先を告げた。

「勿論、君の夢を叶えに、だよ」



― Fin ―
 


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present for ぴのこさま

祐浬 2002/7/19