Angel's Smile
― 「想い」番外編1 ―



「やっぱり……マズイだろ」

 フランソワーズの後を追い、ホテルの部屋に一歩足を踏み入れたところで、004は立ち止まった。
 幸か不幸か、ぱたん、と背後で扉が閉まる。
 この扉はオートロックだ。これで外から何者かが侵入してくる事は無い。正真正名2人きりというわけだ。
 しかも……男と女、が。

「どうして?」

 フランソワーズは持っていたボストンバッグをソファーに降ろすと、004へと振り向き、不思議そうに尋ねる。

「どうしてって……003」
「あ、003って呼んじゃ駄目。ちゃんと名前で呼んで」

 フランソワーズは両手を腰に当てると、ぷうっと頬を膨らませ、もうっ、と口を尖らせる。

 拗ねた顔も可愛い。

 ふとそんなことを考えている自分に気付き、004は益々この状況の危険さを認識する。

「アルベルトったら、油断すると直ぐに003って呼ぶんだから…」
「わ、悪い…フランソワーズ」

 彼女はこんな穏やかな日常の中で『003』」と呼ばれると、露骨に不快感を示す。
 戦闘時の時は致し方ないものの、それ以外は出来る限り名前で呼んで、と、004も何度も注意されていた。

 それは……彼女が現在(今)003で存在(あ)らなくても良いのだと、感じていたい為。

 004は慌てて番号ではなく、真実の名前で言い直す。

「宜しい。それで……どうしてマズイの?」

 途端にフランソワーズは元通りの笑顔になる。

 やはり、笑顔の方が良いな。

 004はそう思う。
 彼女には笑顔で居てもらいたい。
 その微笑みが自分以外の手で齎されているとしても……、それで彼女が微笑(わら)っていられるのなら、自分はそれで良い。
 本当に、心の底からそう思っている。
 だから……この状況は速やかに回避させるべきなのだ。

「君と一緒の部屋ってことがだよ」
「だって……仕方がないじゃない」
「仕方がないって……」

 仕方ないで片付けられる問題ではない。

 フランソワーズがガラス細工を作りたいと言い出したのは、2週間ほど前のことだった。
 以前、何かの折に、ドイツでガラス細工職人をしている友人が居るとフランソワーズに話した事があった。彼女はそれを覚えていたのだろう。
 彼女が何の為に突然こんなことを言い出したのか、その理由は聞いてはいない。
 いや、聞くまでも無かった。彼女がこれほどまでに必死になるのは……009(ジョー)の為としか考えられない。
 普段、フランソワーズは自分にあまり我侭を言ったりしない。その彼女から「どうしてもガラス細工を作りたいの。お願い」と懇願されてしまっては、その願いを叶えてあげない訳にはいかなかった。

 彼女と一緒に過ごせる時間があるというのも、004には魅惑的だった。
 一緒に食事をしたり、工房への行き帰りに他愛も無い話をしながら故郷の街を歩くのも悪くない。

 だが……
 事態は004の予期せぬ方向へと転がり落ちた。

 ホテル側の手違いで、予約していた部屋が『シングル2つ』から何故か『ツイン1つ』になってしまっていたのだ。
 しかも、この街では明日から祭りが行われることになっており、観光客で部屋は満室。他に空き部屋は無いという。

「俺は他の宿を探す」
「だって…もう夜も遅いし……お祭りがあるから、何処もいっぱいだって、フロントの人が言ってたじゃない」

 確かに、フランソワーズの言う通りだった。
 フランソワーズと一緒の部屋に泊まるわけにはいかないと、004は近くのホテルが空いていないかフロントで探して貰ったのだ。
 結果は……惨敗。

「だったら外で寝るさ。なーに、この季節ならどうってことはない」
「駄目よ! そんなこと」

 部屋を出て行こうとする004を、フランソワーズが厳しい…泣き出しそうな口調で引き止める。

「どうして出て行くの? 別にいいじゃない。ベッドはこうして2つあるんだし」
「そういう問題じゃないだろう」

 仲間とはいえ、男と女なのだ。
 一緒の部屋に泊まるなんて、そう簡単に許されるはずが無い。

 益して…
 彼女には、好きな男性(ジョー)が居るのだ。

「アルベルトは、私と泊まるのは嫌なの? 私が嫌い?」

 懸命に尋ねるフランソワーズの宝石のような碧い瞳が、微かに潤んでいる。

 嫌な筈がない!
 嫌いだったら…これほど苦労することは無いのだ。
 その逆だから…
 好きだから……一緒にはいられない。

 自分の想いを……湧き出した衝動を抑制する自信が無いから……!

「いや…だからそういう事じゃない」
「そういう事じゃないのなら……どういう事なの? 何が問題なの?」
「それは……」

 004は思わず口篭もる。

 フランソワーズは真っ直ぐに004を見つめたまま、004の次の言葉を待っている。
 その目はとても澄んでいて、罪悪感も危機感も欠片も感じられない。

 自分を信頼し…信じ切っている瞳だった。

 彼女が、本当に何が悪いのか……自分と同じ部屋に泊まるのが何故イケナイのかを理解していないのだと知り、004はくらくらと眩暈を覚える。

「俺と……同じ部屋で寝るなんて、嫌、だろう?」

 念の為にと、004が尋ねる。

「どうして? 全然嫌じゃないわよ」

 案の定、の答えがフランソワーズから返ってくる。

「俺は…男、なんだぜ?」
「そんなこと分かってるわよ?」

 フランソワーズは不思議そうに首を傾げる。
 どうやらストレートに自分の危険性を伝えなければ、彼女には分からないらしい。

「俺が……その…君を襲ったり、するかも知れないぜ」

 フランソワーズは004の思い掛けない言葉に、目を大きく見開き、息を呑んだ。
 やっと理解できたのか、と、004は内心ほっとする。

 これで良い。
 君をこの手で傷付けるくらいなら…
 嫌われた方が…軽蔑された方がマシだ。

 が……フランソワーズは破顔すると、くすくすくすと笑い始めた。

「やあねぇ、突然何を言い出すのかと思ったら……。アルベルトったら私をからかっているのね」
「いや……フランソワーズ……」

 そうじゃない! からかってなんかいない。
 自分は至って真面目で真剣だ。
 俺と一緒に居ると危険なんだ!

 フランソワーズはそんな004の心の中の叫びには全く気付かず、004に歩み寄ると、人差し指を立て、その指を004の鋼鉄の胸に……心臓の上に突き立てる。

「アルベルトがそんなことする筈ないじゃない♪」

 それは……天使の微笑み。

 全ての穢れを浄化する、至上の微笑みだった。

 004は思わず立ち尽くし、その微笑みに見入った。

 敵わない…。
 ・……彼女には。

 仕方が無い。
 今日は眠らずに天使の護衛を任されるとしよう。
 彼女から一番離れた椅子に座って、彼女に背を向けて・・・。
 そして明日になったら、何としても他の部屋に移ろう。

 今夜(これ)は……天使の気紛れだ。
 彼奴(あいつ)には……ジョーには申し訳無いが、まぁ、一度ぐらいはこんな夜があっても良い。

「もぅ〜〜変な事言わないでよ。さぁてっと、明日は早いし、シャワーを浴びて寝ましょ」
「…………。」

 あっけらかんと言い放った、邪気も深い意味も無いフランソワーズの言葉に、004は思わず片手で顔を覆った。
 天使の微笑みが、004には小悪魔の微笑に変わって見えた。


―Fin―
 


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祐浬 2002/5/12