嵐の夜に…




「き、きゃあああぁぁぁぁっっ!」

 フランソワーズは悲鳴を上げると、両手で両耳をしっかり塞ぎ、その場にしゃがみ込んだ。

 外は……雷雨。
 これでもかというほどの大音響で、地響きを伴って響き渡る雷鳴。

 そんな中、1人涼しげな顔で分厚い本を読み耽っていた001(イワン)だったが、流石にフランソワーズの悲鳴には驚き顔を上げた。

「相変わらず……雷、嫌いなんだ」

 小さくしゃがみ込み半泣き状態のフランソワーズを見、001は苦笑すると、ぱたんと本を閉じた。
 その微笑みも、本の内容も、10歳の子供には不似合いのものだった。

「嫌いよ! 雷なんて……大嫌いっ きゃああああああぁっっ」

 フランソワーズの声が聞えたのか、再び雷鳴が轟く。

 フランソワーズが雷嫌いになった原因を、001は知っていた。

 以前……自分が未だ赤ん坊だった頃、自分達の追っ手としてBGから送り込まれた雷使いの刺客。
 彼女の目の前で、ジョーはそいつ(雷)にやられ、重症を負った。

 元々、彼女は人並みはずれた聴覚を持っている為、大きな音は苦手だが、フランソワーズがここまで雷を毛嫌いするようになったのは、あれからだった。

(……仕方ない、な……)

 フランソワーズをこのままにはしておけないと、001はリビングをすっぽり結界(バリア)で覆った。
 こうしておけば、雷鳴はここには届かない。

「フランソワーズ、もう大丈夫だよ」
「え?」
「音を遮断した。だから、もう聞えない」

 001の言葉に、フランソワーズは恐る恐る両耳を塞いでいた手を外してみる。
 雷鳴も雨の音も聞えない。
 サイボーグとしての耳の能力を使っても、部屋の外の音は本当に微かに聞えてくる程度だった。

「ありがとう、イワン」
「別に……大したコトじゃないよ」

 フランソワーズは濡れた瞳のまま、ほっとしたように微笑む。
 001は彼女のその笑顔から、慌てて視線を外した。

 いつの頃からだっただろう……。
 彼女が「特別」に変わったのは……。

 彼女と出会った時、自分は自分自身の事も満足に出来ない無力な赤ん坊だった。
 その自分の世話を文句ひとつ言わずにしてくれていた彼女は、「母親」により近い存在だった。
 勿論、今も「母親」に近い感情を抱いていることも事実だ。
 だが……

「イワン、また超能力(力)が強くなったみたいね。私の耳でも殆ど聞えないわ」

 何度か彼にこうして雷から守ってもらったことのあるフランソワーズは、以前の時と比較して、彼の超能力が更に増大していることに気付き、嬉しそうに目を細める。

「やっぱり……貴方は確かに成長しているのね」

 時間が止まってしまっている自分とは違って……。

 フランソワーズの心は……意図せず001には簡単に読み取れてしまった。

「……この通り、未だ子供さ」

 思わず拗ねた口調になってしまった。

 彼女の手を煩わせる事無く、大概の事は自分で出来るようになった。
 しかし……自分の身体はやっと10歳に到達したに過ぎない。
 「一人前の男」と彼女に認められるには、更に長い時間が必要だろう。

「貴方の成長が私達の救いでもあるのよ。だから……急がなくてもいいから…ゆっくり大きくなってね」

 フランソワーズの慈愛に満ちた笑み。
 それは……母親の笑み、だ。

 001の心が、ちくり、と痛んだ。

(早く……早く大人になりたい)

 超能力ではなく、自分の腕で彼女を守れるような男になりたい。
 それは……
 フランソワーズが母親ではなく、1人の女性として好きだから。

「フランソワーズ…僕は」

 001は言いかけた言葉を、無理矢理呑み込んだ。
 フランソワーズの瞳が自分を通り抜け、遠くの……誰かを探している事に気付いたから。

 ……ジョー、早く帰ってきて。

 ただ1人の男性を切望する彼女の心。

 自分の結界の内側に居る彼女には「眼」も効かない。
 だから、彼女がどんなにジョーの姿を捜したとしても、外に居る彼を見つけられる筈は無いのだ。けれども、フランソワーズは捜すことを止めようとしない。
 彼女の心は、真っ直ぐにジョーの元へ向かっている。

「え? 何? イワン、何か言った?」
「いいや、別に何も言っていないよ」

 001は首を横に振り、苦笑する。

 結局……自分では、彼女を本当に安心させてあげられることは出来ない。
 雷鳴を遮断し、彼女を偽りの平和な空間に閉じ込めておくことは出来ても、彼女が本当に望んでいる「幸福」を自分は与えられない。

 彼女が唯一欲しているものは……彼(ジョー)だけだ。

 001は超能力でジョーの現在位置を確認する。
 ジョーの運転する車は研究所の直ぐ近くまで来ていた。
 レーサーの腕じゃなかったら事故っていても不思議じゃないスピードで、研究所に向かって来ている。
 彼もフランソワーズの雷嫌いを熟知している。
 だから、だ。

(どうやら僕の役目はもう終わりらしい……)

 001は読みかけていた本を持つと、すくっと立ち上がる。

「イワン?」
「ごめん、フランソワーズ。ちょっと疲れちゃった。部屋で休むよ」

 不思議そうに自分を見上げるフランソワーズにそう言うと、001は彼女を守っていた結界を解き放った。
 後は……ジョーが彼女を守ってくれるだろうし、フランソワーズもそれを望んでいる。

「あ……ええ。ありがとう、イワン。おやすみなさい」
「おやすみ」

 001が部屋を出るのと同時に容赦なく響き渡る、雷鳴。

「きゃあぁぁっっ!」

 フランソワーズの悲鳴を背中に聞きながら、001はもう一度ジョーの姿を捕らえる。
 彼はもう研究所の前だ。

 取り敢えず、慌てて彼女の元へ帰ってきた彼には、合格点をあげるとしよう。
 ……一先ず、だが。

(君がフランソワーズを守れないのなら、僕が奪っちゃうからね……)

 001はふ、と笑むと、心の中でそうジョーに宣戦布告した。


― Fin ―
 


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祐浬 2002/5/29