向日葵畑で捕まえて




「良いかっ 『能力』は一切使うんじゃねーぞっっ」

 002が凄みを効かせた声で念を押し、半眼で一同を見回した。
 既に幾度と無く同じ台詞を聞かせれているメンバー達は、やれやれと溜息を零す。

「フランソワーズ、眼も耳も使うなよ」
「使わないわよ」

 フランソワーズは「失礼ね」と、唇を尖らせる。

「008は問題ないとして、004は……こんなトコでミサイルだのマシンガンはぶっ放さねーだろーし…、005は背がでっけーからそれだけで反則みてーだけど、それは仕方ねーし……」

 ぶつぶつと独り語ちる002からは、異様なオーラが湧き上がっている。
 例えるなら……ゲートにスタンバイ済みの競馬馬(サラブレッド)のようだった。
 異様な興奮と高揚感。

「006、地中に潜るのはナシだぜ」
「分かってるアルよ」
「007も変身は禁止だからなっっ」
「我輩はジェントルマンだ。そんな姑息な手段は使わぬ。002こそ、空飛ぶのは止めて頂こう」
「使わねーよっっ 大体、空飛んだら能力を使った事がバレバレじゃねーかっっ」

 反撃に転じた007に、002がくわっと噛み付く。

「しかも迷路に来た意味も無くなるだろっ」
「そういうことだ、な…」

 真夏の昼下がり―――
 メンバー達は巨大な向日葵畑のその入り口に集結していた。

 事の起こりは、昨日の夕方に放送されたニュース番組だった。
 向日葵を壁に使った夏限定の巨大迷路が、今年も盛況だとニュースの地域の話題として紹介されたのだ。
 ゴールに到着するのに平均で40分。中には1時間半以上かかる者も居るという。
 その放送を観た002が「あんなもの簡単だ」と断言し、007が「迷路は知能的なゲームだから002には無理」だと茶化したのが、全ての根源だった。
 その後、誰が最短でクリア出来るか、誰がビリになるか、とメンバー全員を巻き込んでの大論争となり、実際にやってみれば勝敗ははっきりするという結論に達した。

 赤ん坊(001)と老人(ギルモア博士)は流石に炎天下に連れ出す訳にはいかずに、研究所に残してきたものの、他の8人は1人も欠ける事無く、この馬鹿馬鹿しくも真剣な勝負に望む事になった。

「009も加速装置は駄目だぞっ」
「こんな時に加速装置なんて使わないよ」

 ジョーは「やだなぁ」と苦笑する。

「じゃっ 順番はくじで決めた通り、008、005、007、俺、006、004、009で、ラストがフランソワーズだっ 間隔は5分おきっ 良いなっ」

 すっかり仕切り役となっている002が、008の肩を押しスタートさせると、時計のタイマーを押した。





「それじゃ、先に行くね」

 004がスタートしてから5分経過したのを確認して、ジョーがフランソワーズに告げる。

「ええ。気を付けてね」
「1人で大丈夫かい? 何かあったら無線で……あ、無線も使ったら駄目かな」

 真剣に考え込むジョーに、フランソワーズはくすくすと微笑む。

「そんなに心配しないで。ほら、時間なんだから行かないと。負けたらドルフィン号の洗浄、よ」
「う…ん。じゃ行くね」

 やるからには「罰ゲーム」が無ければ面白くない。そう言い出したのも勿論002だ。
 何を罰ゲームにするかは、案外簡単に決まった。
 この炎天下、一番過酷な肉体労働。それは……ドルフィン号の洗浄作業。

 ジョーとしても、出来る事ならばそれは免れたい。

 ジョーは心配そうに……そして名残惜しそうにフランソワーズを見つめてから、ゆっくりと迷路の入り口に向かった。
 フランソワーズはジョーの姿が背の高い向日葵の群生(壁)に掻き消されるまで、手を振りながら見送ると、腕時計で時間を確認する。

 一番手の008がスタートしてから、既に30分が経過している。
 頭の切れる008の事だから、もうゴールに辿り着いているかも知れないと、フランソワーズは思う。

 片手で額の汗を拭う。

 木陰に居るものの、最高気温に到達する時刻。暑く無い筈がない。
 暑さの為か、この時間にこの地に訪れる人影は少なかった。殆ど貸しきり状態、だ。
 最も、それを見越して来客数の多い午前中と夕方を避け、この時間に決戦を行う事に決めたのだが……。
 サイボーグである自分達は、普通(生身)の人間より暑さにも強い。それは決して暑さを感じないということではないが、取り敢えずこの炎天下に1、2時間居ても倒れるような事は無い。

(……本当に大きな向日葵畑、ね)

 フランソワーズはもう一度辺りを見回す。
 視界の大半が向日葵で遮られている。

 照りつける灼熱の太陽は、向日葵の花弁を金色に輝かせる。
 遠く木霊する、セミ時雨。
 大自然に囲まれた、静かで長閑な空間。

(向日葵、来年は研究所のお庭にも蒔いてみようかしら・・・・)

 フランソワーズは密かにそう計画し、ふふ、と微笑む。

 『能力を一切使わない』という約束(ルール)が、フランソワーズにはとても嬉しかった。
 こんな風に無邪気に「遊べる」のは、今が平和だという証拠だ。

(こんな時間が、ずっと続けば良いのに……)

 サイボーグとしての能力を使う事無く…。
 ただの女として、時間を過ごしたい。

 それがフランソワーズの切なる望みだった。

(そろそろ時間ね)

 時間を確認する。
 ジョーが発ってから、もう直5分になろうとしていた。

 フランソワーズは空色のリボンの付いた白い帽子被り直すと、迷路の入り口を潜った。

 自分の身長を遥かに超える向日葵達は、本当に壁だった。
 向こう側が微かに透けて見えるところもあるが、大体は太い茎と大きな葉に遮られてしまっている。

 最初の分かれ道に差し掛かった時、フランソワーズはそこに1つの影が佇んでいることに気付いた。

「……ジョー?」

 それは、ジョーだった。
 フランソワーズは弾かれたように彼の元へ駆け寄る。
 ジョーもフランソワーズの姿に気付くと、照れ臭そうに笑って、彼女を待った。

「どうしたの?」
「うん…やっぱり一緒に、と思って。能力は使っちゃ行けないって言われているけど、誰かと一緒に歩いたら駄目とは言われて無いし、ね」

 ジョーは悪戯っぽく笑み、彼女を計画的に待っていた事を白状する。

「そうだけど……。ジェット、きっと怒るわよ。真面目にやれって」
「真面目だよ。君を1人にしておく方が、心配で集中できないよ」
「心配? どうして? 迷路(ここ)に居るのは私達だけじゃない」

(だから心配なんだよ)

 不思議そうにぱちぱちと瞬きするフランソワーズに、ジョーは心の中でそう呟く。

「僕と一緒に歩くのは嫌かい?」
「まぁ、ジョーったら…。嫌な筈ないでしょ」

 フランソワーズは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 1人で歩くより、2人の方が楽しいに決まっている。
 それが好きな人(ジョー)だったら……尚更、だ。

「で…どっちに進む?」
「あら、私のナビは使っちゃいけないのよ」

 どちらの道へ進むか訊ねるジョーに、フランソワーズが困惑して答える。

 透視能力は使用禁止だ。
 だから、今の自分には、この迷路がどうなっているのか皆目見当がつかない。

「君の勘を信じる、よ」
「どうなったって知らないから」
「迷っても良いよ。それだけ長い時間2人でいられるってコトだし、ね」
「でも、負けるのは嫌よ、私」
「平気。僕と一緒に歩いている以上、君がビリになることは無いよ」

 スタートしたのはジョーの方が5分先、だ。
 一緒にゴールしても、ジョーにはその5分が自動的に加算される。

「本当に、負けても良いの?」

 訝しげに自分を見上げるフランソワーズに、ジョーは真剣な表情を作り腕組みして考え込む。

「うーん……負けるのはやっぱり嫌、かな…」
「もうっ それなら急ぎましょっっ」

 フランソワーズはジョーの腕を掴むと、彼を引き摺るようにして右側の通路へと歩き出した。





「あれ〜〜〜〜、ここさっき通った気が…」

 002はぴたりと立ち止まると、三叉路のそれぞれの行く末を睨む。
 景色には確かに見覚えがあるのだが、前回ここを通ったときにどっちからどっちへ自分が向かったのか思い出せない。

「あーーーーっっ イライラするぜっっ」

 くしゃくしゃと髪を掻き回し、思わず宙を仰ぐ。
 向日葵の隙間から覗く、青い空。綿菓子みたいなもくもくとした入道雲。

(せめて…もうちょっと高いところから見られれば、簡単なのによっ)

 立ち止まっていても仕方が無い、と、002は勘だけで道を選んで再び走り始める。
 暫く走ったところで、前からいつもと変わらないゆったりとした歩みの005と行き会った。

「よおっ チェックポイント幾つ回った?」
「3つ、だ」
「げげっっ マジかよ」

 002は眉を顰める。

 この迷路は3ヶ所のチェックポイントを巡り、そこに設置してあるスタンプを押し、それからゴールに向かうというルールになっている。

 005のチケットには、既にA、B、C、全てのスタンプが押してある。
 片や002はAのみ、だ。

(ヤバイ、な……何とかしねーと…)

「005、ちょっと肩貸せっっ」

 002はそう言うと、005の返答も待たずに、ぴょんと人間離れした跳躍をし、巨体の肩にすとんと見事に着地する。
 こんな芸当が出来るのは、サイボーグか中国雑技団ぐらいのものだろう。

 これもサイボーグとしての「能力」のひとつのような気もするのだが、まぁこのくらいは見逃してやっても良かろう、と、005は黙認する。

 視界を遮っていた向日葵の上に出る事に成功した002は、早速眼下に広がる通路を確認し始めた。

「えーーっと……ここがこうなってて…こっちがそっちに繋がってて……あっっ」
「どうした?」

 002の小さな異変に気付き、005が訝しげに訊ねる。

「い、いや…何でもねーよ」

(ジョーの奴っっ フランソワーズを待ってやがったな!)

 002の目に映ったのは、手を繋いで楽しそうに歩くジョーとフランソワーズの姿だった。

(ま、良いさ。お前等がいちゃついている間に、俺はさっさとゴールしてやるっっ)

 半分やけになりながらそう決心すると、002は005の肩から飛び降りる。
 フランソワーズに見つかったら厄介だ。
 「それは反則でしょっっ」と責め立てられるに決まっている。

「サンキュ、助かったぜ」
「早くゴールした方が良い。もう直ぐ、雨が降る」
「雨ぇ〜〜??」

 005の言葉に、002は素っ頓狂な声を上げる。
 空は青く澄んでいる。雨が降りそうな気配は002には感じられない。

「間違いない。雨の匂いがする」
「雨の、匂い???」

 005を真似して、くんくん、と、大気の匂いを嗅いでみるが、向日葵の花の香りと、葉の緑と土の匂いしかしない。
 そもそも「雨の匂い」がどんな匂いなのかが、002には謎だ。

「ま、005がそー言うのなら、間違い無いか…」

 005のそういう直感はかなりの高確率で当たる。
 002はやれやれと溜息を付いた。
 多少の雨に打たれたぐらいでどうにかなる連中では無いが、濡れなくて済むのならそれに越した事は無い。

「しゃーねーなぁ。無線を使うか……」
「能力は使用禁止じゃなかったか?」
「緊急事態だろーがっっ」

 渋々な素振りだが、ちゃんとメンバー達を心配している002を見、005は彼に気付かれぬように微笑んだ。





「これで2つめ、ね」

 自分とジョーのチケットに、ぽんぽんとスタンプを押して、フランソワーズはにっこりと嬉しそうに微笑む。
 つられてジョーも微笑んだ。

「順調、だね」

 本当に順調だった。
 2つのチェックポイントを巡るのに約20分。この分だと、この迷路の平均タイム(40分)くらいでゴールすることが出来るだろう。

「残り1つね。行きましょう」
「うん」

 2人は自然な仕草で再び手を繋ぐと、肩を並べて歩き始める。

 向日葵達が風に揺られ、大きく波打つ。
 涼を運んで来た風に、フランソワーズは心地良さそうに目を細めた。

 幾度と無く行く手を遮られたり、迷ったりしてはいるものの、それはそれで楽しかった。
 1人だったら、きっとこんなに楽しい時間にはならなかっただろう。

「ジョー、ありがとう。待っていてくれて。本当は少しだけ心細かったの」

 ちらり、と、ジョーを見上げる。
 ジョーは彼女と視線を受け止めると優しく微笑み、小さく首を横に振った。

「僕達ってくじ運、良いのかも知れないね」

 迷路に入る順番が偶然にも自分の次がフランソワーズだったことに、ジョーは感謝した。
 もしバラバラだったら、こんな時間は過ごせなかった。

 フランソワーズは「そうね」と恥ずかしそうに頷くと、辺りに人影が無い事を確認し、繋いでいない方の手をジョーの腕に絡め、身体を寄せる。

 彼女のボリュームのある胸の感触を腕に感じ、ジョーは頬を染める。
 身体がかあっと暑く感じるのは、照りつける真夏の日差しの影響だけではない事は明確だった。

「向日葵って、ホント太陽の化身みたいね」

 フランソワーズは向日葵の大輪を愛でながら、うっとりと呟く。
 これほど太陽を感じさせる花は他には無い。

「向日葵って古代インカ帝国で太陽神の象徴として神殿に彫刻されているのよ。そして、巫女達は向日葵を形どった装身具を身に付けていたんですって」
「へぇ…向日葵って随分昔からある花なんだね」

 可憐とか豪華という感じは無いけれど、誰からも愛され、見ていると「元気」になる花。
 思わず童心に返ってしまいそうなる、不思議な魅力を持つ花。

「ねぇ、ジョー。向日葵の花言葉、知ってる?」
「え? 知らない、よ」
「向日葵の花言葉って、私の気持ちそのままなのよ」
「何?」

 そんなふうに言われたら、訊きたくなるのが人間の性、だ。

 真剣な瞳で自分を見つめるジョーに、フランソワーズは、ふふふ、と小悪魔のような微笑を浮かべる。

「内緒」
「え?」
「内緒、よ。教えない」
「そこまで言って内緒にするなんて、ズルイよ。教えて」
「嫌よ、恥ずかしいもの」
「それならっ」

 ジョーは素早く彼女に捕らわれている腕を引き抜き、彼女の腰に手を回して引き寄せ――もう片方の手を顎にかけ、くいっと上を向かせると、強引に唇を重ね合わせる。

「っ/// もうっ いきなり何するのよ」

 突然の不意打ちのキスに、フランソワーズは頬を桜色に染めながら、両手で彼の胸を押して逃れようとする。
 勿論、ジョーはそれを許さなかった。

「誰か来たらどうするの? 放して」
「じゃ、向日葵の花言葉、白状してよ」

 悪戯っ子のように笑むジョーに、フランソワーズはマリンブルーの大きな瞳を、益々大きく見開く。

「教えてくれるまで、放さないよ」
「もうっっ 酷い人ね」

 ジョーの腕力に自分が敵う筈が無い。フランソワーズは観念し、ほう、と小さく溜息を零すと、ジョーから視線を外し、真っ赤になりながら蚊の鳴くような声で告げた。

「……私は貴方だけを見つめる、よ」






 3つめのチェックポイントに辿り着いたところでフランソワーズは、ふとある事に気付き、怪訝そうに辺りを見回し、耳を澄ます。
 勿論「能力」は使わず、普通の人間として、だ。

「どうしたの?」

 彼女の明らかな異変に、ジョーが眉を顰める。

「変、だわ…」
「変? 何が?」
「……私達、どうして誰にも会わないのかしら?」

 迷路に入って以来、他のメンバー達に一度も会っていない。
 声も聞こえない。

「そう言えば……妙、だね」

 言われて初めて違和感に気付いたジョーも注意深く辺りを見回してみる。
 姿は勿論、人の気配さえ感じられない。

 同じ道を何度か通らなければならない設定が施されているのも関わらず、他のメンバーと一度も会わないというのは不可解だった。

「皆、もうゴールしているのかな?」
「早く出発したピュンマやジェロニモはもうゴールしているでしょうけど…、私達とそう変わらずにスタートしたアルベルトや大人とも会わないなんておかしいわ」
「そうだね……どうしたんだろう」

 ジョーが首を捻る。
 偶然会わなかっただけ、という可能性も無きにしもあらずだが、その可能性は極めて低い。

「とにかく急ごうか…天気も悪くなってきたし」
「あんなに良いお天気だったのに…」

 ジョーの言葉に頷いて、フランソワーズは空を仰ぐ。
 さっきまでの青空は、厚くて黒い雲に覆われてしまっていて、今にも泣き出しそうだった。
 しかも、ゴロゴロと嫌な音まで響いている。

 不安げに雷雲を睨むフランソワーズの手を、ジョーはきゅっと握り締めると、再び歩き出した。





「ジョー、ここさっき通った、わ」

 走り通しで少しだけ息が上がってしまったフランソワーズは、立ち止まり肩で呼吸(息)をしながら、ジョーに告げる。

 見覚えのある景色だった。
 どうやら自分達はぐるりと1周し、元の場所へ戻って来てしまったらしい。

「あ、ホントだ」
「迷ったみたいね、私達」

 3つめのチェックポイントを通過して間もなくに降り出した雨は、激しくなる一方だった。

 着ている洋服が濡れて身体に貼り付き、下着が微かに透けて見え始めた事に気付いたフランソワーズは、ぱっと両腕で胸元を覆い隠す。 
 それに気付いたジョーは慌てて自分のシャツを脱いで、彼女の肩にかけた。

「ありがとう。でも…」
「僕は平気だから」

 申し訳なさそうな彼女に、ジョーは「気にしないで」と告げる。

 自分は男だから上半身裸でも気にする事は無いし、頑丈に出来ているから雨に濡れても平気だが、フランソワーズは違う。
 洋服や髪が濡れてしまうのは気になるだろうし、何より長時間雨に打たれていたら、幾ら夏とはいえ風邪をひいてしまうだろう。

 ジョーは決意すると、ふわりとフランソワーズを抱き上げた。

「ジョ、ジョー??」

 軽々と、いとも簡単に彼の腕の中に納まってしまい、フランソワーズは驚きと恥ずかしさの入り混じった顔でジョーを見上げる。

「棄権、しよう。僕なら向日葵を飛び越えられるから…」

 加速装置は、彼女が私服なので使えない。
 最も加速装置を使わなくても、このくらいの壁なら脚力だけで易々と飛び越えられる。

 ジョーの決断を聞いて、フランソワーズは激しく首を横に振った。

「だ、駄目よ。折角ここまで辿り着いたのに」
「このままだと風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫よ。もう少し頑張ってみましょう」
「でも……」
「お願い、ジョー。ここで……今は、「能力」は使わないで」

 縋るような瞳で懇願するフランソワーズに、ジョーの決意は忽ち揺らいでしまう。
 戸惑うジョーに、フランソワーズは更に哀願した。

「ジョー、お願いよ。今は…ただの男と女でいさせて」

 サイボーグとしての能力を一切使ってはいけない。
 それが、このゲームのルールだった。
 それは……ただの男と女に還(かえ)るということ。

 偽りであっても…
 一時の淡い幻であっても、自分達が普通の人間として存在できるこの時間を、フランソワーズは大切にしたかった。
 壊したくはなかった。

 そんな彼女の真実(想い)に気付き、ジョーは、ふ、と、苦笑する。

 雨に濡れた彼女の頬。
 そこを伝うのは、雨の雫では無く、涙。

「分かったよ、フランソワーズ。「能力」は使わない。でも…このままで良いよね?」

 ジョーは彼女に、自分の腕から開放する気が無いことを伝える。
 この腕力もサイボーグとしての恩恵の1つと言えない事は無いのだが、今は彼女を腕から放したくは無かった。

「このまま、走るの?」
「うん」

 おずおずと尋ねるフランソワーズに、ジョーはきっぱりと頷く。

「でも、私、……重いでしょ?」
「うーん、前に抱き上げた時よりも、少し、重いかな」
「えっっ??」
「ごめん、冗談だよ」
「もうっっ」

 フランソワーズは頬を膨らませると、彼の胸に拳を落とした。
 ジョーは愉快そうに笑う。

「さ、急ぐよ。しっかりつかまってて」
「ジョーのばかっ 嫌いよ」

 フランソワーズは拗ねた表情のまま、言葉とは裏腹に細くて白い腕をジョーの首に絡め、縋りつく。

「僕は君が好きだよ」

 ジョーはさらりとそう言うと、彼女をしっかりと抱え駆け出した。






「お前等っっ 一体中で何してやがったっっ」

 開口一番、002がジョーとフランソワーズを怒鳴りつける。

「え?」
「何って……??」

 2人は揃って、きょとんと002を見返した。

 向日葵畑の横にある簡易管理棟(プレハブ小屋)
 そこに最後に辿り着いたのが、すっかり雨に濡れてしまったジョーとフランソワーズだった。
 しかも、ジョーがフランソワーズを抱え、上半身裸で。
 その上―――

「お前等、無線切ってやがったなっっ」
「無線? 切ってたけど…」
「私も、よ。だって「能力」を使っちゃいけないって、ジェットが言ったんじゃない」

 005から差し出された(車に積んであった)タオルで髪を拭きながら、フランソワーズは当然と言わんばかりに答える。

「そりゃそーだけどっっ 005が雨が降って来るって言うから、折角、俺が教えてやろうとしたのによっ」

 人の親切を無駄にしやがって、と002が吐き捨てる。

「あっ だから皆とすれ違わなかったのか…」

 ジョーは無邪気な笑顔で、ポンと手を叩く。

 002が無線で雨が降る事を連絡したのは、恐らく自分達が迷路に入って直ぐであり、連絡を受けたメンバー達は速やかに避難したのだろう。

「もしかして……皆、無線を使ったの?」

 事態を正確に把握出来たフランソワーズが、メンバーを見回す。
 微笑んではいるものの、彼女の紺碧の瞳が凍り付いていることを、ジョーは見逃さなかった。

(ヤバイ…)

「フランソワーズ、緊急事態だったんだし……し、仕方無いよ」
「仕方無くなんてないわ!」

 ジョー相手にぴしゃりと言い放ったフランソワーズに、メンバー達はやっと自分達が危機的状況に陥っている事を悟る。

「僕は無線で連絡を受けたのは、ゴールしてからだったし…」
「俺は無線は使ってない」
「あっ 卑怯だぞ、008、005っっ」
「雨だから仕方ないアルよ」
「そうそう他に手段は無かったんだし…」

「無線なんて使わなくても、大声で叫んだらきっと聞こえたわ? 違う??」

 必死に言い逃れやら弁明をするメンバー達を、フランソワーズはジト目で冷ややかに見つめる。

「そ、それはそうだが…」
「無線の届かなかった姫と009は気の毒だと、我輩は心底思って…」

「そんなことで怒っている訳じゃないわっ」

「何で怒んだよ。良いじゃねーか、無線ぐらい。けちけちすんなよ。大したコトじゃねー…」
「わっ ジェット!!」

 トドメの002の不用意発言に、ジョーは、がばっと彼の口を塞ぐ。

 案の定、フランソワーズの瞳が更に冷たく、氷点下まで下がってしまった。
 こうなってしまったら……誰も彼女を止められない。

「ふぅ〜ん……そう…大したコトじゃないの……」

 独り言のように淡々と呟き、殺気に満ちたオーラを放出しながら、にっこりと微笑むフランソワーズに、一同はぴきっと凍りつく。

「罰ゲーム、誰がするべきか、勿論分かっているわよね?」

 彼女の逃げを許さない鋭い視線を受けた該当者達が、無言のまま、こくこくと頷いた。


― Fin ―
 


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祐浬 2002/8/11