夏・本番




「ジョー?」

 カーテンの向こう側から、自分の名を呼ぶ可愛らしい声が響く。
 僕は照れながら自分がカーテンの前に居る事を報せた。

「ここに居るよ」

 声で確かめずとも、彼女の眼なら自分が何処に居るのか易々と見る事が出来るのに、彼女はそれをしない。
 戦いの時以外は、彼女は極力その能力を使わないようにしている。
 僕だって、日常生活では加速装置は使わない。極力、普通の男で有りたいと思っている。
 彼女が僕と同じ…ううん、僕以上にそれを望んでいる事を知っているから、僕は「眼を使えば」とは言えないし、言わない。
 出来る限り、「003」では無く、「フランソワーズ」として接してあげたいし、その時間が長く続く事を願っている。

 でも……今の、この時間は、正直早く終わって欲しい。

 クリーム色のカーテンがふわりと揺れ、僅かに隙間が開く。

 僕はその隙間の前に立ち、カーテンの向こう側の彼女が、他の連中の目に晒されないように、自分の身体を盾にする。

 ここはデパートの水着売り場。
 フランソワーズが居るのは、その試着室だ。

 当然、このフロアに居るのは大半が女性だけど、自分と同じような身の上の男もちらほら居るし、男の店員も居る。
 彼女の露出度の高い姿を、他の男に見られるのは面白くない。
 けれど……自分は見たいと思っているのだから、矛盾していること甚だしい。

「どうかしら?」

 う、うわっっっ

 試着室の中で、フランソワーズは恥ずかしそうに微笑む。
 彼女が身に付けていたのは、瞳と同じ色の、目の覚めるようなマリンブルーのビキニの水着だった。
 透き通るような白い、滑らかなで柔らかそうな肌。水着から溢れる豊かな胸。可愛らしいお臍。すらりと伸びた美しい足。
 奥の鏡には、形の良いお尻が写っている。

 これは…凄いかも知れない。
 かも、じゃなくて……凄い。

 こんな綺麗なものを、僕は今まで見た事が無い。

「似合わない?」

 思わず見惚れて意識がトリップしてしまった僕を、フランソワーズが不安げに見つめた。

「そんなこと無いよ。凄く似合ってる」
「ホント?」
「うん」
「嬉しい、わ」

 彼女は、ぱぁっ顔を輝かせ、ぴょんと小さくジャンプする。
 その眩しい笑顔と、反動で揺れるたわわな胸に、僕は顔が熱くなるのを感じた。

 ヤバイ、な…絶対、顔が赤くなってる。
 でも、前髪が長いから、少しは隠せる、かな…

「それじゃ、これに決めようかしら…」
「え?」

 フランソワーズの言葉に僕はぎょっとする。

 決める?
 このビキニに??

 それは……駄目、だ!

 こんな姿でビーチに出たら、否応無く野郎どもの視線が彼女に釘付けになってしまう。
 他の男に……、仲間にだって、彼女のこんな姿は見せたくない。

 何とかしなくっちゃ…。

「えっと……それも似合ってるケド、僕はさっき着た水着の方が、好きだな」
「ワンピースの方?」
「うん」
「それじゃ、ワンピースにするわ」

 フランソワーズは僕の本音には気付かず、いともあっさりとビキニの前に試着したパステル色使いの花柄のワンピースを買うことに決断する。

 ほっと一安心。
 でも、少しだけ残念かも…。ビキニも本当に良く似合っているから。
 絶対に誰も入れないビーチだったら……彼女と2人きりだったら、コレ、着て欲しいかも…。

 僕って本当に、我侭というか……傲慢、だな。

「急いで着替えるから、ここで待っていてよ。何処かに行ったりしないでね」
「う、うん」

 う…見抜かれてる。

 しっかりと先手を打たれてしまった。
 本当は……この水着売り場から1秒でも早く逃げだしたかったんだけど、そう言われてしまったら逃げられない。
 仕方ない。諦めよう。あと少しだし…。

 再び閉ざされたカーテンの向こう側から、微かに布の擦れる音がする。

 水着(ビキニ)脱いでいるのかな…
 と、いうことは……今、彼女は……裸(ヌード)??

 ヤバイ。こんなこと考えてるとっっ

 僕は慌てて、脳裏に浮かんだ彼女の白い裸体を揉み消し、沸騰しそうな感情を冷却させる為にうろ覚えの数式を唱えた。





「ジョーっっ」
「うわっ」

 背後から呼ばれて反射的に振り向くと、フランソワーズは両手で海水を僕へと容赦なく浴びせてきた。
 咄嗟に右腕を翳して、水滴から顔を守る。
 最も、もう髪まで濡れているから、構わないんだけど。

 ぎらぎらと照りつける灼熱の太陽の光に、水面も彼女の白い肌も、眩しく輝いていた。
 彼女は先日買ったワンピースの水着姿。

 清楚で可愛いフランソワーズにはぴったりの水着。
 大胆で妖艶なビキニも良く似合っていたけど…。
 あれ? 2つの水着は両極端なのに、どっちも彼女にぴったりだし、彼女らしいって思うのは変かな??

 あ、そうか……彼女はどっちも持っているんだな。
 可憐で可愛いフランソワーズ。
 綺麗で色っぽいフランソワーズ。

「もうっ 先に行っちゃうなんてズルイわ」

 フランソワーズは唇を尖らせる。
 そんな拗ねた表情(顔)も、凄くチャーミングだ。

「ごめん」

 だって、君の水着姿を直視して平気でいられるほどの自制心は、僕には無いから。

「ジョーが先に行っちゃったから、私、ナンパされそうになっちゃったじゃない」
「え?」

 今日は平日だから、ビーチはそれほど混んではいないが、学生はもう夏休みだから、ガールハントをしている暇人(野郎)達の姿は目立つ。
 それを目的に来ている女の子達も居るみたいだ。

 けど、僕のフランソワーズはそんな女の子じゃない。

 むかっ 何処のどいつだよっ
 僕のフランソワーズをナンパするなんて良い度胸してるじゃん。

 あ…僕が彼女をほったらかしにしたのが悪いんだよな。反省。

「ごめん、フランソワーズ」

 これからきちんとガードするよ。
 邪な考えの輩が君に近寄らないように。

 って……一番、邪な考えを持っているのは、僕だけど。

「もう置いて行ったりしないで、ね」
「うん」

 縋りつくような碧い瞳で見つめられて、僕の心臓は早鐘を打つ。
 この瞳に、僕は本当に弱い。
 見つめられると……自制心が吹き飛びそうになる。

 抱き締めたいけど…。
 抱き締めたら……驚くかな?
 怒られることは無いと思うけど……、でももしかしたら、怒るかな?
 人もたくさん居るし……やっぱりマズイよな。

 ああ…こんなコトばかり考えてちゃ駄目だ。
 
 僕は雑念を振り払うと、彼女に手を差し伸べる。

「一緒に泳ごう」
「ええ」

 フランソワーズに嬉しそうににっこりと微笑むと、僕の手の上に自分の手を置いた。
 僕はその細くて白い手を、ぎゅっと握り締めた。


― Fin ―
 


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祐浬 2002/7/25