営業時間 11:00 〜 23:00 
       (Last order 22:30)
 定休日  木曜日






 海沿いにある小さな街。
 繁華街と海岸とを結ぶ道から、さらに奥へと入った小道の先―――木立ちに隠されるようにして在る、喫茶店『 Le ciel 』

 情報紙(グルメガイド)でも、インターネットで検索しても見つからない、
 店へと誘導する看板も、表札すらない謎めいた(やる気のない?(笑))その喫茶店へ、
 今日は特別にあなたをご案内します。











                          Sanction ―制裁―


Story by Yuuri
(the original by Kai Hoshino)


※このStoryは星野海・原案で、2002年に執筆した
『報復』をアレンジしたものです♪






 カラン、カラン、カラン、カラ、カラン…

「………………。」

 澄んだオルゴールの音色だけが響いていた店内に、新たな客の訪れを告げる音―――扉に取り付けられたベルが鳴った。

 店でゆったりとした時間を楽しんでいた客たちは、訪問者が顔見知りかどうかを確かめるため、ちらりと入口へと視線を送る。
 何故なら、立地的にも外観的にもお世辞にもわかりやすいとは言えないこの店に、ふらりと訪れる者は皆無。つまり、客は『常連』か、その連れ、もしくはオーナーが招いた者のいずれかなのだ。

 案の定、店に入って来たのは、誰もが良く知る女性だった。
 奥のテーブル席(指定席)を陣取っていた3人の男性は、見慣れた彼女の姿を確認し、
一様にほっとした表情を浮かべたものの、すぐに彼女の様子がいつもと明らかに違うことを察し、眉を顰めた。

 いつもなら明るく声をかけてくれるはずなのに、今日は一言も言葉を発しないばかりか、誰とも視線を合わさず――入口に一番近いカウンターの椅子に鞄を置いたっきり、椅子に座るでもなく、奥の厨房を覗くでもなく、立ち竦んだままの彼女。
 着ている黒のファー付きのコートを脱ぐ素振りさえない。

 思いつめた横顔。

「お帰り。……って、どうしたの?」

 ベルの音を聞きつけ厨房から現れた女性は、『いらっしゃいませ』ではなく『お帰り』とその女性に……『紫音』に声をかけると、彼女のただならぬ様子(オーラ)に小さく驚き、心配そうに覗き込む。

「…………。」
「何か、あった?」
「……ね、一緒に来てくれない?」

 優しくも強く促された紫音は、顔を上げてカウンターの向こう側の女性を……『祐浬』を並々ならぬ強い決意を抱いた瞳で見据える。

 喫茶店『 Le ciel 』
 その小さな喫茶店を切り盛りしているのは、祐浬と紫音。
 彼女たちが2人で……2人だけで切り盛りしている。
 営業中に2人揃って外出するのが不可能であることは、紫音自身が一番良く知っているはずだった。

 その彼女がそんな我儘を言うのには……―――余程の事情がある。

「店番なら、してやるが。どうせ、客は知った顔ばかりだろうし」

 アイスブルーの瞳の男性が、読んでいた本を閉じ、申し出る。
 そのありがたい心遣いに、祐浬は『ありがとう』と笑顔と礼を返してから、改めて紫音に問いかける。

「それで、行くって……どこに?」
「駅」
「駅? 何しに?」
「犯人を捕まえるために、よ」

「犯人って、何かされたのかよ?」

 『犯人』という穏やかではない言葉に、常連客のうちの赤毛で立派な鼻の青年が思わず会話に割り込み、問う。

「怪我は……してないみたいだし、何か盗られたの?」
「ううん」
「それじゃ……?」
「痴漢、よ」

 紫音はわなわなと震える拳をぎゅっと握り、忌々しく吐き捨てる。

「痴漢? 電車の中でか?」
「ええ」

 悔しさに唇を噛む彼女を見て、誰もが怒りと同情を抱く。
 か弱い女性である彼女に対しての卑劣な手段は、許すことなどできない。

「らしくもねぇな。捕まえて、警察に突き出してやりゃ良かっただろ?」
「もちろんそうしようと思ったわよっ。だけど、気づいたのが駅に到着する直前で、逃げられちゃったのよ!」
「気づいたのが????? ……まさか、痴漢されてるのに気づかなかった、とか?」

 紫音の言葉に違和感を覚えて、祐浬が怪訝そうに尋ねる。

「そうなのよ、全然気づかなくって……。だって…黙ってるから……」
「黙って???」

 はぁ、とため息を零す紫音に、祐浬を始め、店にいた常連客たち全員が『?????』と首を傾げる。

「すぐに言ってくれれば良いのに……水臭いのよねっ。恥ずかしいのはわかるけど」
「おい、痴漢に遭ったのはお前じゃねぇのか?」

 赤毛の青年が、ぐいっと紫音を覗き込む。
 無遠慮に間近に迫る青年に、紫音は驚いて一歩下がると、こくんと頷く。

「私のはずないでしょっ」
「じゃ……誰が痴漢に遭ったんだ?」

「もしかして……フランちゃん?」

 それが"誰"なのか、一番先に気づいたのは祐浬だった。

 今日、紫音が出かけた先は、料理(スイーツ)教室。
 そして、紫音とともにその料理教室へ通っているのは、この店で知り合い仲良くなったフランス人の女の子。

「おいっ、そうなのか!?」

 赤毛の青年がさらに紫音に詰め寄る。
 紫音はカウンターギリギリまで下がると、彼の剣幕に負け『そうよ』と頷いた。

「「「!!」」」

 途端に、店内がぴきーんっと殺気で充満する。

「ソレ、許せないわね」
「でしょうっ!? だからね、犯人捜しを手伝ってよ!」

「それで、フランソワーズは?」

 エプロンを外す祐浬と自分のハンドバッグに手をかける紫音に、栗色の髪の青年が切羽詰まった声で尋ねる。

「家まで送るって言ったんだけど……フランちゃん、『1人で大丈夫。いつも通りバスで帰るから』って言うのよっ。でももしかしたら、アイツ、フランちゃんのストーカーかもしれないでしょう? だから、危ないからタクシーで帰った方がイイよ、って言って……」
「!!」

 紫音が言い終わらないうちに、栗色の髪の青年は店を飛び出し、扉が閉まり切る前に見えなくなってしまった。

 カラン、カラン、カラン……

「フランちゃん、気丈に振る舞ってたけど……ショックだったと思う。可哀想に……」
「ま、フランソワーズのことはヤツに任せておけば大丈夫だろ。それより……」

 後に残った赤毛の青年が、ちらりと一緒の席に座っていた男性へと視線を送る。

「紫音、フランソワーズが乗ったタクシーを追った輩はいないんだな?」

 ゆっくりと立ち上がった男性が低く問う。
 アイスブルーの瞳が、いつにも増して冷たく凍っていた。

「それは、当然確認したわよ。タクシーを追ったヤツはいなかったし、運転手さんには念のため迂回してもらうようにも頼んでおいたわ。しばらくロータリーに残ってたけど、アイツの姿はなかったし……。どこに行ったんだろ? もしかしたら構内に潜んでたとか?? あのまま待ち伏せしとけば良かったかしら?」
「つまり……、犯人の顔は覚えているんだな?」
「忘れるもんですかっっ」
「上出来、だ」

 紫音の答えを聴き、2人は視線を合わせ頷く。

「行くぞ」
「え???」

 突如、赤毛の青年に腕を掴まれ扉へと引き摺られて、紫音は戸惑いの声を上げる。

「ぐずぐずすんなっ 早く来い」
「どこに行くの?」
「駅だっっ」
「もしかして……?」
「犯人捜しに決まってるだろ! 大人しく来いっ 暴れると落とすぞ」
「貴重な生き証人、落とさないでよっ」

 紫音は引き摺られるがまま外に連れ出されると……青年とともに空へと消える。

「勘定はここに置く」

 残ったアイスブルーの瞳の男性が、カウンターに自分と仲間たちの分のコーヒー代を置くと、ゆっくりとした足取りで店を後にしようとする。

「待って。私も行くわ」
「……。店はいいのか?」

 扉に手を掛けたところで呼び止められて、男性は顔だけで振り向き、眉を顰める。
 確かに、今のところ自分たち以外に客はいないが、この店のコーヒーと雰囲気に癒しを求めているのは自分たちばかりではない。彼らのために店は開けておくべきであることは間違いない。

 だが、祐浬はひどく簡単に「いいのよ」と答えると、愛用のコートを手に男性の元へと進む。

「こっちの方が大事だもの」
「お前さんの気持ちはありがたいが……」
「そんなに長い時間Closeにすることはない、そうでしょう? それに……、私を連れて行った方が後始末が楽、よ?」

 祐浬はにっこりと笑む。
 その言葉が『真実』であることを良く知っている男性は観念し、ふ、とニヒルな笑みを返す。

「それじゃ、行きましょう。戻ったら、美味しいコーヒーをサービスするわ」
「それは楽しみだな」





 ―――それから1時間後。
 すっかり陽の落ちた粉雪の舞う某公園の噴水に、身包み剥がされた輩が1人、気絶したまま浸かっていたのだった。







― Fin ―











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祐浬 2013/11/21