証拠




「フランソワーズ」
「………。」

 001にミルクを飲ませ終わり、立て抱きして、背中を優しくとんとんと叩いていると、背後から声をかけられた。
 聞こえてきたのは自分の良く知っている声。

 フランソワーズは弾かれたように振り返り、リビングに現れた人物の姿を捕らえると、怪訝そうに眉を顰めた。

 そこに立っていたのは、ジョー。

「あ、イワンのミルクの時間だったんだね」
「ええ」

 ジョーの問いに、フランソワーズが頷いた時、001が「けふっ」と可愛らしいゲップをついた。
 フランソワーズは001をゆりかごへと寝かせると、優しい瞳で彼を見つめ、そっとタオルケットをかけてあげる。
 それから、自分へと歩み寄ってきたジョーを見上げた。

「どうかしたの?」
「どうって……君の顔を見に来たんだよ」

 当然と言わんばかりにジョーは答え、にこっと笑う。
 フランソワーズはその笑顔を見て、ほうっと溜息を零し、すっと目を細める。

「そんなこと聞いて無いわ。どうして、ジョーの姿をしているのかって聞いているのよ」
「え?」
「何のつもり? 007」

 ぴしゃりと言い放つフランソワーズの冷めた言葉に、ジョーの姿に変身していた007、それ以上の足掻きを早々に放棄し、本来の姿へと戻った。
 彼女を本気で怒らせたら、とんでもなく恐ろしい事を007は既に熟知していた。

「へへ〜ん、俺の勝ち〜」

 007が変身を解除するのを待って、002が扉の影から得意げな笑みを浮かべ現れる。

「勝ち?」
「おいっ、こら、002」

 002の不用意な言葉を聞き半眼になったフランソワーズに、007が慌てふためき、002の口を塞ぐ。
 だが時既に遅し、だった。

「酷いわっ 2人とも! 私を賭けの材料にしたのねっっ」
「そう怒るなって。軽い冗談、だろ」

 烈火の如く怒り出したフランソワーズの肩を、緊張感も危機感も欠片も感じていない002がぽんぽんと叩く。

「怒るわよ! 当然でしょっ」
「良いじゃねーかっ このおっさんのヘタクソな変装は直ぐに見破ったんだから」
「ヘタクソとは聞き捨てならぬなっ」

 くわっと007が、002に詰め寄る。

「ヘタクソじゃねーかっ だからフランソワーズに一目でバレたんだろっっ」
「我輩の変装は完璧だ!」
「完璧だったら、何で呆気なくバレてんだよっ」
「そ、それは…」

 007は口篭ると、縋るような目でフランソワーズを見つめる。

「姫っ 何故に我輩の変装を見破られたのですか? もしや、そなたに備わっている奇跡の能力をお使いになられたのですか?」
「ち、違うわよっっ」

 芝居がかった007の問いを、フランソワーズはきっぱりと否定する。
 透視能力なんか使ってはいない。

「ならば、何故? 今後の参考に致したく、その秘訣、是非とも教えて下され〜」
「秘訣なんて……」
「俺も興味あるな。フランソワーズ、何で本物じゃねーと見破ったんだ? 勿体ぶってねーで教えろよ」
「そんなこと言われても…」

 002にまで急かされて、フランソワーズは困惑する。
 
 確かに007の変装は完璧だった。
 姿も声もジョーそのものだった。
 けれども……

「……目が違った、わ」
「目?」

 007が小首を傾げる。
 007としては完璧に模写した筈で…勿論、目の形や色もジョーと寸分違わない筈だった。

「上手く言えないけど…。目の温度が違うの」

 遠くを見つめ、うっとりと呟くフランソワーズ。
 彼女の脳裏にジョーの姿が浮かんでいるのは、その幸せ一杯な表情から一目瞭然だった。

 これでもかと言うほどの「惚気」に当てられて、002と007は降服し、脱力する以外にない。

「そりゃ、どーーーも……」
「ごちそーさん」
「え?」

 が、当の本人は自分の言葉が「惚気」であることに全く気付かず、きょとんと2人を見返す。

「これじゃ…賭けは俺の完璧勝利、だな。おっさん、今夜の酒代はおっさん持ちだかんなっ」

 002は、はた、と、当初の目的と計画を思い出し、自分の勝利を確信する。

「なーに、勝負は終わってみなけりゃ分からないってね」

 ふふん、と、007が余裕の笑みを浮かべる。

「そーか? 俺はやるだけ無駄だと思うぜ」
「いいや、今度は抜からぬ。我輩の天才的な芝居を舐めてもらっちゃ困るよ」
「天才? 大根、だろ」
「何をっっ うぬぬぬぬっ しっかり見ておれっ」
「ああ、しっかり見せて貰うぜ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 軽口を叩き合いながらリビングを後にしよう(逃げようと)する2人を、フランソワーズは慌てて引き止める。
 002が首だけで振り向く。

「あ? 何だ?」
「何だ、じゃないわよっ まだ誰かを騙すつもりなの?」
「そんなの、とーぜん、だろ。次は、あの単純馬鹿が標的(ターゲット)だ」

 002が楽しくて仕方が無いというように、にんまりと笑う。

「単純馬鹿??」
「ジョー、だよ」
「え?」

 フランソワーズは目を丸くする。

「もしかして……私に変身するの?」
「ご名答。それで、009が我輩の色気に負けて迫ってきたら、この勝負は大逆転!」
「結果が知りたきゃ、一緒に来るか?」

 軽い冗談のつもりで言ったのに、フランソワーズは真剣な表情で少しだけ考え込むと、2人の元へ歩み寄った。

「行く、わ」





 獲物であるジョーは、車庫(ガレージ)で愛車のメンテ中だった。
 フランソワーズに変身した007が、ゆっくりとジョーに歩み寄る。

「ジョー」
「え? あ…フランソワーズ、どうしたの?」

 ジョーはフランソワーズの姿に気付くと、穏やかに笑む。

『どーやら、気付いてねーみたいだな』

 車庫の屋根に付いている明かり取りの窓からジョーと007を覗き見している002が、自分と同様に真剣な瞳でジョー達を睨んでいるフランソワーズに体内無線で声をかける。
 (当然、屋根へはジェットの能力を使って登った)
 彼女が落下しないように、002はしっかり(ちゃっかりvv)と彼女の腰に手を回していた。
 何気に密着度が高い。
 防護(戦闘)服の時なら何度か密着したことはあったが、私服でこれほど彼女を抱き締めた事は無く、002は内心どきどきし、沸々と湧き上がってくる男の本能を懸命に押さえ込んでいた。

(こりゃ、早々に決着つけてもらわねーと、俺がヤバイ、な…)

 002は注意深く窓から下を覗く。
 自分達が覗かれている事に全く気付かないジョーは、007とにこやかに会話していた。

『なぁ……こんな所から覗かなくても、お前なら…』

 フランソワーズなら、こんなところから覗かなくてもその「眼」と「耳」を使えば、容易くジョーの様子を垣間見ることが出来る。

『眼と耳を使え、なんて言ったら、ひっぱたくわよ』

 フランソワーズが冷たい瞳で、一瞥する。

 滅多に見る事の無い、冷ややな怒りを露にしたフランソワーズに、002はごくっと生唾を呑み込む。

(いっ? 怒ってる?? 彼奴のせーか…)

 フランソワーズの機嫌が悪い原因が、ジョーが一目で偽者(007)だと見抜けなかった事だと、直ぐに分かった。

(こりゃ、触らぬ神に祟り無しってヤツだな…)

 002は余計な口を挟むのを止め、ジョーと007の会話に聞き耳を立てた。





「イワンは? 眠ったの?」
「ううん。でもお腹がいっぱいになったら、満足したみたい」
「???  ……フランソワーズ?」

 ジョーは小首を傾げ、じっとフランソワーズを見つめる。

 いつもと変わらないフランソワーズの筈だった。
 けれど、ジョーの心の中で何かが引っかかった。
 本能的に悟った、小さな違和感。

「え? 何?」

 ジョーの澄んだ純粋な瞳に捕らわれて、007は内心焦りまくっていたものの、完璧にフランソワーズを模写して答える。

 ジョーは益々心配そうに、彼女を見つめた。

「もしかして…何処か調子が悪い?」
「そんなことないわ。元気よ」
「でも……いつもと違う、よ。体調が悪いのなら、博士に診て貰った方が…」
「本当に何とも無いわ」
「嘘は駄目だよ」

 ジョーが彼女の手を掴む。
 そのまま手を引いて、研究所へ向かうつもりだった。
 が、彼女に触れた途端、違和感は確信に変わった。

(違う…)

 ジョーは反対側の手を、すっとフランソワーズの首筋へ伸ばし、ワンピースの襟を微かにずらして見る。

「やっぱり…」
「ジョー?」
「007、だね」

 ジョーはほっと安堵の溜息を零すと、そう断言した。
 007の逃げを許さぬ、強い瞳で。





「!!」

 ジョーが自分の姿をした007の襟元に手をかけるのを見て……、彼が何をしようとしているのかを見抜いて、フランソワーズは、かあぁぁっと頬を朱に染める。

『やーーっと気付いたみてーだな…。あ?』

 自分の完全勝利を見届け、満足し、上機嫌となった002は、自分の腕の中のフランソワーズが真っ赤になって俯いている事に気付く。

『どうした?』
『なっ 何でもないわ』
『??』

 窓の下では、元の姿に戻った007が、へらへらと笑いながらジョーに謝罪していた。
 ジョーは不思議そうな表情をしているだけで、007を怒ったりはしていない。

 002はジョーの行動を思い返してみる。

 ジョーが偽者だと確信した切欠。
 それは―――フランソワーズの首筋に何かを見、確認したから、だ。

(もしかして…)

 002は、ひょいっとフランソワーズの襟元をつまみ上げ、遠慮なくジョーが見たその位置を覗き見る。
 そこにあったのは……赤紫色の痕跡。

『やっぱり…』

 ばっちーーーーんっっっ!!!

 問答無用で、フランソワーズの右手が002の頬に炸裂する。
 フランソワーズは益々顔を赤く染め、両手で襟元を押さえた。

『いってぇなっっ 何すんだよっっ』
『それはこっちの台詞よっ 何するのよっっ!』
『それ、真新しいな。昨夜のだろ?』
『!!』

 ぼこっっ

 002の失言に、フランソワーズはグーパンチをお見舞いする。

『いきなり殴んじゃねーよっ 落ちたらどーすんだっっ』
『殴られるようなことを言うジェットが悪いんでしょ!!』
『無線で叫ぶなっっ 頭にわんわん響くだろっ 大体、こんなトコに証拠(目印)つけられたら、賭けになんねぇ…』
『ジェットのばかぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!』

 フランソワーズは最大音量で、手加減なく、無線回路がショートするほどに絶叫(制裁)した。


― Fin ―
 


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present for のこのこさま

祐浬 2002/7/24