Mermaid's Dream
― Blue Tears ―



                             











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「フランソワーズ……貴方、今…なんて…?」
「…………私、人間になりたいの」
「バカなことをっ! あんな下等な生き物になりたいだなんて…っ」
「下等なんかじゃないわっ!!」
「貴方、まさか……」
「ごめんなさい、姉さん。私……どうしても…あの男性(ひと)に逢いたい…」
「あの男性(ひと)って……それじゃ、やっぱり…貴方、あの嵐の夜に貴方が助けた……セントレンティア国のジョー王子のことを…」
「……………彼が……好きなの
「だめよっ!! そんなコトは許されない! 私達人魚と人間は…絶対に結ばれる事はないわ」
「だから、私……この薬を飲んで、彼と同じ人間になる」
「それはっ…!? フランソワーズ、それがどういうことなのか……自分が何をしようとしているのか、本当に分かっているの? その薬を飲んだら、脚が生える代わりにその美しい声を失うのよ?」
「声くらい失くしてもイイ……。あの人の傍に居られるのなら……それだけで、イイの…」
「でも…っ 彼がもし…貴方以外の女性と結ばれてしまったら、貴方は……海の泡に…」
「それでも……それでも構わない」
「フランソワーズ……」
「お願い、私を行かせて…―――」


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「君は……なんて美しいんだろう…」
「…………。」
「君の傍に居ると……スゴク心が安らぐんだ」
「…………。」
「僕は……あの嵐で記憶を失くしてしまったけど……。でも、君のその碧い瞳は知っている、気がする……。何故だか……とても…懐かしく感じるんだ」
「…………。」
「もしかして、僕は君と以前(まえ)に出逢っているのだろうか? 失くした僕の記憶の中に、君は居るのかい?」
「…………。」
「君の声が聞けないのは残念だよ。君と話が出来れば、何かを思い出すかも知れないのに……」

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「そうか……、あの嵐の夜に僕を助けてくれたのは、君だったんだね、キャサリン」
「……ええ。私がジョーさまをお助けしました」
「やっぱり、君だったんだ。……僕が捜していたのは、君だったんだね」
「ジョーさまが私を?」
「ああ。ずっと捜していたんだ。あの時の女性にもう一度逢いたいって、ずっとそう思っていた」
「何故ですの? 何故、私なんかを…?」
「あの瞬間(とき)から、僕は……君を…愛してしまったんだ。だから……キャサリン、どうか僕と結婚して欲しい」

「は、はい」

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「フランソワーズ、彼をっ ……ジョーを殺すのよ!」

「この短剣で彼の胸を貫きなさい! そうすれば、貴方は海の泡となることもなく、人魚に戻れるわ!!」

「ジョーを……殺しなさい!」


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「ジョーさま、本当に私で宜しいのですか?」
「もちろんだよ、キャサリン」
「でも……ジョーさまは、本当は…あの娘(こ)のことがお好きなのでしょう?」
「彼女は友達だよ。いや……仲間、かな」
「仲間、ですか?」
「ああ。心に傷を持つ者同士だから、一緒にいると心が安らぐ。でも、それだけだよ。僕が心から愛しているのは……」















「………………………………あのさ」

 暫しの沈黙の後、ジョーは露骨にイヤそうな顔で、目の前に居る薄紫色の髪の美しい女性を見据える。
 ジョーに見つめられた……正しくは『睨まれた』その女性は、両手を胸の前でぎゅっと握り締めて、うるうると瞳を潤ませた。

「ジョーさま、途切れたお言葉の先を……早くお聞かせ下さい」
「………………その『ジョーさま』っていうの、やめてよ。大体何で『ジョー』と『フランソワーズ』なんだよ?」
「あら、その方がリアリティが出る、でしょう?」

 半分拗ねたジト目でジョーに凄まれているにも関わらず、女性は、にこっと満面の笑みを浮かべ、自信満々に答える。

「だって、コレ……原稿のチェックだろ? リアリティなんて必要ないと思うけど…」
「まぁっ 酷いっっ! 迷える仔羊である私に、ジョーさまったらそんなコトを仰るなんてっ」

 と、言いつつ……
 美女はみるみる間に姿を変え、『仔羊』となると、めえぇぇぇ〜、と鳴いてみせた。

「グレート……」

 はぁ…と大袈裟に溜息を吐き、がっくりと肩を落とすジョーを見、隣に座っていたフランソワーズは堪え切れずくすくすと笑った。

「ジョー、これはグレートの大事な『お仕事』なのよ。ちゃ〜んとお手伝いしてあげなきゃ♪」
「でも、さ……フランソワーズ。コレには『エドワード』と『アンジェリア』って書いてあるんだから、別に『ジョー』と『フランソワーズ』に変えなくても……」

 ジョーはフランソワーズの手の中の紙の束……グレートの書きかけの台本を指差し、不満気に反論する。

 グレート(007)へ依頼のあった新しい仕事。
 それは『人魚姫』をモチーフにした脚本(戯曲)を書くこと、だった。

 だが、ラストシーンのトコロで行き詰まった彼は、丁度差し入れ(お茶)を持って来てくれたフランソワーズに助け(アドバイス)を求め―――「それなら一度、演じて(読んで)みましょうよ」というフランソワーズの提案に従い、ジョーは王子役、フランソワーズは人魚姫役、そしてグレートは備わっている能力を如何なく発揮し、その他の役全てを演じることになったのだ。

「い〜やっ! バレエで『演じる』ことには慣れているコチラのMademoiselleと違って、ジョー、お前さんは素人だからな。素人にちゃ〜んとしっかり演じて貰うには、役名を身近な名前に…つまりは『ジョー』と『フランソワーズ』に変えるのが最善策なのだよ〜」

 仔羊からやっと本来の姿に戻ったグレートが、演技がかった大袈裟な動作でびしっと断言する。

「だから、別にしっかり演じなくったって……」
「あら、ジョー。こういうのは真剣にやらないとダメなのよ。そうじゃないと……登場人物の気持ちが分からないでしょ?」
「僕なんかが登場人物の気持ちを分かっても仕方ないよ…」
「そんなことないわ。気持ちが分かれば、こんな台詞は言わないとか、ここはこんな気持ちだとか、グレートにアドバイス出来るでしょう?」
「そうそう♪ 是非とも我輩に、きらりと煌く新しい閃きを与えたもう〜〜」
「ジョー、もう少しだから、最後まで協力してあげましょうよ。ね?」

 「ね」のタイミングで可愛らしく首を傾げ、じぃぃ〜〜っと縋るような視線で彼を見つめるフランソワーズ。
 何とか…隙あらば逃げよう!、と模索していたジョーだったが、その一撃必殺の彼女の仕草に完敗し、大人しく逃亡を諦めた。

「分かった。最後まで手伝う。だけど、さ……名前は元のままにしようよ」
「あら、でも……ココまで来て、今更名前を変えるのもオカシイと思うわ」
「我輩も同意見だ。おぬしだって、相手が『フランソワーズ』の方が感情を込めやすいだろう〜?」
「…………だから、困っているんじゃないか…」

 ジョーは、ぼそっと小声で愚痴る。

 フランソワーズを振って、他の女性に求婚するなんて……例え台詞であっても言いたくない。

「え? 何?」

 彼から零れ落ちた言葉が小さ過ぎて聞き取れなかったフランソワーズは、不思議そうに彼を覗き込む。
 いきなり目の前に彼女の顔が迫り、ジョーは大慌てで身体を後ろに仰け反らせ……ソファー深くへ寄りかかると、ふいっと顔を背け、長めの前髪でほんのり色付いた頬を隠す。

「あ、いや……なんでもないよ」
「?? それじゃ、続き、行きましょ?」
「え?」
「ほら、ジョー、ココ……『僕が心から愛しているのは…』からよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ///」





 ―――後日。

 グレートの書き上げた台本『Mermaid's Dream ― Blue Tears ―』は…
 ……王子と人魚姫が結ばれるハッピーエンドな結末(物語)、となった。




― Fin ―






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2006/8/5 祐浬