Apres

― Story by Yuuri ―





「行こうか…」

 す、と差し出された、大きな手。

 普段なら躊躇う事無くその手に己の手を重ね、彼に引かれて歩き出す。
 けれど、今は……素直に彼の手を取ることが出来なかった。

 そんな彼女の僅かな迷いをジョーが見過ごす筈も無く、少し屈むようにしてイブニングドレスに身を包んだフランソワーズを覗き込んだ。

「どう、したの?」
「ううん。何でも、ないわ…」
「緊張してる? それとも……怖い?」

 彼女の言葉が嘘なのは明白だった。
 ジョーはますます心配げな表情(かお)で彼女を見つめ、緊張していない筈が無いと知りつつ、小声で問う。

 フランソワーズは「ううん」と首を横に振ると、小さく微笑んだ。

「大丈夫、よ」
「…………。」

 いつもと変らない優しい笑顔。
 けれど、瞳の陰りまでは偽れずにいる彼女を、ジョーはぎゅっと抱き締めたい衝動に駆られる。

 出来ることなら、こんな場所に彼女を連れて来たくはなかった。

 此処は……某超高級ホテルのロビー。
 華やか且つお洒落にクリスマス装飾が施され、スローテンポのクリスマスソングが流されている。
 そして、何よりも目を引くのは―――ロビー中央、吹き抜けとなっているその場所に飾られた大きな…青い幻想的な光に包まれたクリスマスツリーだった。

 今宵はクリスマス・イヴ。
 本来なら……その雰囲気を充分に満喫出来、楽しめる場所、だ。

 けれど、2人が此処を訪れたのは、クリスマスを楽しむためでも、甘い時間を過ごす為でもなく―――ミッションだった。

 今日、このホテルで開催される大規模なクリスマス・パーティー。
 財界人、著名人、芸能人、そして大物政治家などそうそうたる面子が参加するこのパーティーを、テロリストが狙っているという情報を入手したのだ。
 情報がデマである可能性もあるが、やはり見過ごすことは出来ず、メンバー全員で極秘裏に警戒&警護することにした。
 ジョーとフランソワーズの任務は、パーティーに潜入し、中から警戒すること。

 ――ったく、イヴの夜にぶっそうなコト考えんじゃねぇよっ――

 ミッションの内容を伝えられた時、ジェットはそう吐き捨てた。
 その時、ジョーは何も言えず、苦笑することしか出来なかったが、心の中では彼と同じように思っていた。

 折角のイヴ…――
 皆と賑やかに…、そして、彼女と2人だけの穏やかな時間を過ごしたいに決まっている。

(いや、僕よりも彼女の方が……)

 誰よりも、戦いの無い平和な…平凡な時間を過ごしたいと願っている彼女の方が、自分よりも強くそう望んでいたに違いない。
 けれど、彼女は一言もそんなことは言わず…――

「ごめん、よ」
「どうして、ジョーが謝るの?」
「……折角のイヴなのに…」
「そんなのジョーの所為じゃないわ」

 自分を責めるジョーに、フランソワーズは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 彼の所為じゃない。
 これが、自分達に科せられた哀しき宿命(現実)であることも、分かっている。
 事件が未然に防げて、たくさんの人達の命を守れ、この特別な日に哀しい想いをさせずに済むのなら、それが一番だ。

 もちろん、何事も無く…普通の恋人同士としてこの夜を過ごせるのなら、その方が良いに決まっている。
 でも……

「私は……貴方と一緒だもの。それだけで充分」
「僕に、強がる必要なんてないよ」
「強がってなんかいないわ。本当に、そう…思ってる」
「フランソワーズ…」

 ジョーはすっと目を細め、複雑な表情となる。

 彼女の言葉は、嬉しい。
 けれど、胸が痛い。

「ごめんなさい。ちょっとだけ、羨ましかったの」

 彼に下手な言い訳が通じないと悟り、フランソワーズは正直に告白し、首を竦める。

「羨ましい?」
「ええ。だって…」

 きょとんとするジョーに、フランソワーズは視線である方向を指し示す。

「あ……」

 彼女の視線の先を辿ると、そこあったのは、仲良く手を繋いで、クリスマスツリーを見上げている幸せそうな恋人達の姿だった。

「彼女達の為にも、今はミッションに集中しなきゃ、よね」
「フランソワーズ…」
「大丈夫。私、ちゃんと出来るわ。他人の幸せを奪う権利なんて、誰にもない。そんなこと許せないもの」

 哀しい運命を受け入れ、自ら残酷な道を進んでいくことを決意する彼女が、神々しくも切なくて……そして、何もしてあげられない自分が悔しくて、ジョーは強く拳を握る。

「君は……僕が絶対に護る。皆も…もちろん、此処に居る人達も…」
「ジョー……」

 いつもとは違う、きちんとした服装(正装)のジョーを、フランソワーズは眩しげに見つめる。

 彼の言葉は嬉しかった。

 きっと、彼はその言葉通り、己の身体を楯にして自分を護ろうとするだろう。
 けれど……そんなのは、彼が傷付くなんて絶対に嫌だ。

「私も……貴方を護るわ」
「え?」
「貴方のように戦う事は無理だけど、私は私のやり方で…、私に与えられた能力(力)で、貴方や皆を護るの」

 実戦向きでは無い自分が出来るのは、早く正確に索敵し、その情報を彼等に伝えること……。

 平穏なこの時間を守るために…
 彼との時間が潰えぬようにするため―――戦う。

 だから……
 どんなに辛くても戦うから……

 もし、このミッションが無事に終わったら……
 ―――ほんの僅かな時間でも良いから…

「ねぇ、ジョー…」
「え?」
「ううん。何でもないの」

 2人きりでクリスマスをしない?、と言いかけて、フランソワーズは言葉を飲み込む。
 今……これから戦いとなるかも知れないこの状況で、そんな話をするなんて非常識、だ。

「そうだなぁ……折角『おめかし』してるんだし、……早く片付いたら、このまま……何処かに食事でも行こうか?」
「えっ?」
「パーティーは9時まで、だろ? 何も起こらなくても、9時には解放される筈だし、間に合うんじゃないかな?」
「でも……」
「もしも間に合わなかったら、飲み、でも良いし……って、今、こんな約束するのは、不謹慎、かな…」

 ジョーはそう言って、バツが悪そうに苦笑する。

「そんなこと、ない…」

 フランソワーズは首を左右に振り、潤んだ瞳で彼を見上げる。

 自分がおねだりしようと思っていた事を、逆に彼から言われてしまった。
 いや、彼は自分が何を望んでいるのか見透かして、自分が言えないでいたから……、言ってくれただけ。

「じゃ、決まり、だね」
「ありがとう、ジョー…」
「その言葉は未だ早いよ」

 ジョーは、ふ、と優しい笑顔を浮かべると、自然な仕草で彼女へと左手を差し伸べる。



「それじゃ、行こうか」
「ええ」

 フランソワーズは、こくん、と頷くと、彼の手に自分の手を重ね、そして、指と指を絡めあった。


 ―――決して離れぬように…。



― Fin ―






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2007/12/25 祐浬