Let's talk a lot
†† vol.4 ††



 終わったの?
 ……本当におしまい?
 これで帰れるの?

 …………何処へ?





「凄いな…」

 スコールは思わず感嘆の溜息を零す。
 見渡す限りの…地平線まで続く花畑。
 それは、この世のものとは思えない程に、美しく神秘的な風景だった。

(夢じゃなかったんだな…)

 今、目前に広がっているのは、夢魔に狩られる直前に見た景色。

 あの時…
 記憶を奪われ、時間の狭間に落ちて迷子になった自分を見つけ出してくれたのは、リノア。

「どうして俺の居場所が分かったんだ?」
「そんなこと分かんないよ。私はただ、スコールに逢いたいって…そう願ってただけ」

 スコールの付けた足跡を辿りながら、リノアは正直に答える。

 何故かなんて分からない。
 逢いたいと願ったら、逢えた。
 ……それだけ。

 でも、それだけで充分だ。

「そうか……」

 リノアに緻密な計算があった訳でも無く、明確な根拠があって行動した訳でも無い事は、初めから分かっていた。
 彼女を動かしているのは、何時だって痛いほどに純粋で、真っ直ぐな想いだけ。

 通信装置(パソコン)1台を消炭にした後、スコールは孤児院の庭に向かった。
 付いて来いと言われなかったものの、付いて来るなとも言われなかったので、リノアはしっかりと彼の後を追った。
 
 この先、離れ離れになってしまうかも知れない。
 そう考えると、多少疎ましく思われても構わないから、今は一分でも一秒でも長く彼と一緒に居たかった。

(やっぱり……離れ離れになっちゃうのかなぁ)

 無言のままゆっくりと歩くスコールの大きな背中を見ていたら、きゅんっと胸が痛んだ。

(………あ)

 気が付いた時は、前を無言で歩く彼の上着を掴んでいた。

 怖かった。
 今までで一番……胸が痛かった。

 だから…
 まるで、小さな子供が迷子になるのを恐れるように…
 彼から離れないように…
 ………触れて居たかった。確かめたかった。

「どうかしたか?」

 彼女の指が自分に縋ったのを感じ、スコールは立ち止まると、首だけで振り向く。

 何時も通りの感情の読み取り難い、凍ったブルーの瞳に自分の顔が映り込むのを見、リノアは慌てて手を放すと、湧き出した途方も無い不安を無理に抑え、微笑む。

「何でもないよ」
「そうか……」

 途切れた会話は、それきりだった。
 お互い視線を合わす事無く、沈黙し、立ち竦む。

 話したい事、訊きたい事は沢山あるのに…
 沢山有り過ぎるから、言葉には変わらない。

 長い、長い沈黙の後、口を開いたのは、やはりリノアの方だった。

「これから……スコールはどうするの?」
「バラムガーデンに戻る」
「そう、だよね……」

 スコールの答えは、訊かなくても分かっていた。
 彼の帰る場所はそこしか無い。
 そこには彼を必要としている人達が居て、彼を待っている人も居て、彼に備わっている力を生かす事が出来る。
 彼がそれを望んでいるのなら、自分がとやかく言うことなんて出来はしない。

「お前は……」
「私も一緒に行ったら……だめ、かなぁ?」

 スコールの言葉をワザと遮って、リノアは縋りつく様な瞳で彼を見つめる。

「え?」
「私もバラムガーデンに入る。それで、スコールと同じSeeDになる。……だめ?」

 ずっと、ずっと考えていた。
 どうしたら、これからも彼の傍に居られるか、を。

 自分と彼を結ぶ絆は未だ余りにも儚くて…、儚過ぎて、このまま此処で彼と別れたら、もう二度と逢えない様な…、自分のコトなんて忘れられてしまうような気がして…、どうしようもなく怖かった。

 彼と一緒に居る為には……自分が彼の居場所に飛び込むしかない。
 けれど、スコールと一緒に居たいから、ガーデンに編入するなんて言ったら、彼に軽蔑されてしまいそうな気もして、今まで言えなかった。

「その言葉の意味、分かっているのか?」
「分かってるよ。魔女である私が、魔女を倒す為のSeeDになるなんてオカシイことぐらい分かってる」

 リノアはきゅっと唇を噛む。
 矛盾しているのは100も承知だ。
 でも……他に自分が彼の傍に居られる方法なんて思い浮かばない。

「そんな事じゃない」

 スコールは険しい表情で、ほうっと溜息を吐く。

 リノアが言う通り、魔女であるリノアが、魔女を討伐する目的で設立されたガーデンに入るの事には矛盾がある。
 だが、不可能な訳では無い。
 現にリノアは魔女アルティミシアと戦った。
 SeeDの役割は、悪しき魔女を倒すことであって、何の罪を犯していない魔女を殺戮するのが目的では無い。
 そんなことは、絶対に自分が許さない。
 SeeDが只の魔女狩り集団と成り下がるのであれば、自分は迷わずにリノアを護る為に全力で彼等と戦う事を選ぶ。

(誰にも触れさせない)

 そう誓ったのだから・・・。

「じゃあ、どんなこと?」
「SeeDは傭兵なんだ」
「そんなこと分かってるよ」
「分かって無い」

 『SeeD』という言葉に惑わされそうになるが、所詮は己の手を血に染める仕事だ。
 しかも相手はモンスターだけとは限らない、時には人間も、魔女も、だ。
 一瞬の油断が生死を分ける、何が起こるか分からない過酷で残忍な戦場に、彼女をこれ以上立たせたくは無かった。
 もう彼女は充分過ぎる程に戦い、傷付いた。
 一生拭えない重い枷を打ち付けられた彼女に、更なる苦しみは与えたくない。
 もう傷付けたくない。

「もしかして…迷惑? やっぱり、私、魔女記念館に行った方が良い?」
「俺にまた魔女記念館を破壊させるつもりか?」
「え?」
「前にも言っただろ。迷惑なんて思ってない。俺が心配しているのは…ガーデンがお前にとって居心地の良い場所にはならないということだけだ」

 キスティス達はリノアに良くしてくれるだろう。
 恐らく、大多数の人が明るい性格のリノアを受け入れてくれる筈だ。
 けれど、魔女を嫌悪し、迷信的に恐れる者も居るだろう。

「後3年、待て…る筈ないか……」
「待てない」

 リノアはきっぱりと断言する。
 スコールがガーデンを卒業するまで、約3年。
 それは、ほんの僅かな時間彼と離れているだけで、心が痛くて、苦しくて、涙が止まらなくなる自分にとっては、気の遠くなる時間。

「無理だよ、3年なんて…。1分だって嫌なのに…他の事なら、何だって我慢するから……だから…。…もう……離れてるのはイヤだ、よ…」

 一緒に居たい。
 出来る限り近くに居たい。

 望むのは、たったそれだけ。

 身を裂く様なリノアの切ない言葉(本音)に、スコールは微かに眉を顰める。
 分かっていた。
 リノアが3年も待っていられないことも…。
 彼女にとって何よりも怖いものが、『自分に触れられなくなる』ことだという事も…。

 触れ合うことが好きで…
 温もりが無ければ、生きてはいけない。

(どうすれば良い…)

 どうするのが彼女のためになるのか…。
 どうすれば彼女が幸せになれるのか…。

 自分の傍に居て、彼女が幸せで在れるのだろうか。

 浮かび上がった幾つかの選択肢。
 常識や決まりで選ぶのなら、この先自分達に交わる道(未来)は無い。
 けれど……

 もう偽れない。隠せない。
 この想いは止められない。
 彼女と離れている事なんて出来ない。

「本当にそれで良いのか? 俺と一緒で…」
「うん。それが良い。私が欲しいのは、スコールだけだもん」

 ――貴方が生きたいように生きなさい――

 イデアの言葉が脳裏に蘇る。

(私は…スコールと生きたい)

 例え、重罪であっても、何に背いても、誰かを裏切っても、傷付けても…

 リノアは再度、彼に尋ねる。

「私、バラムガーデンに行って良い?」
「…ひとつだけ約束して欲しい」
「約束?」
「ああ」
「何? それが守れるのなら、バラムガーデンに入って良いの?  スコールの傍に居ても良いの? それなら、私どんなコトでも守るよ」

 スコールのその言葉が、自分がガーデンに入ることを許すものであると気付いたリノアは、ぱっと顔を輝かせると、彼が条件として提示した『約束』の中身を尋ねる。

「……これから魔女の力は一切使うな」

 彼女が受け継いでしまった、大いなる魔女の力。
 その力そのものが悪いものだとは思わない。
 使い方によっては彼女を自身を守る強大な鎧ともなるし、人々に役立つことも出来る。
 けれど……ひとつ間違えば、この世界を壊してしまう悪しき力となりうるもの。
 あれは良い、これは駄目と、力を使い分けさせる事は、感情豊かで真っ直ぐな性格のリノアには恐らくは困難だろう。ならば、その全てを禁じてしまうのが最善策。
 その方が、彼女も傷付かなくて済む。

(お前を守る鎧には、俺がなるから……)

 だから…彼女には出来る限り普通の女性として生きて貰いたい。

 リノアは真剣な表情(かお)のスコールをきょとんと見返し、それから直ぐにっこりと至上の笑みを浮かべる。

「うん。良いよ。約束する。魔女の力は絶対使わない」
「……。」

 拍子抜けするほどあっさりと承諾するリノアに、スコールは面食らい言葉を失う。

「なぁ〜んだぁ、そんなコトか。ガーデン内では話しかけるなとか言われたら、どうしようかと思った」
「……そんな簡単に決めて良いのか?」
「え? だって、魔女の力なんて要らないし……、スコールの方が大事だもん。比べる必要もないよ」

 リノアは軽やかな足取りでスコールの正面に回り込むと、後ろで手を組んで、「でしょう?」と小首を傾げる。

 その彼女らしい仕草と、何の迷いも無い澄んだ瞳を捕らえて、スコールは自分の敗北を感じる。

(結局……リノアはリノアだ)

 魔女であっても…
 そうじゃなくても…
 リノアはリノアであって、それ以上でもそれ以下でも無い。

 彼女は…自分が生涯で只一人だけ愛する女性(ひと)

 スコールは一度目を伏せ、溜息と共に肩の力を抜く。そして、目を開くと同時に再び歩き始めた。

「行くぞ」
「え? 何処に?」
「バラムガーデンに帰る」
「……スコール」

 普段と変わらない、淡々とした冷たい彼の言葉。
 けれど…ちらりと自分を投げられた彼の視線が優しかった。

 ――バラムガーデンに一緒に帰ろう――

 彼がそう言ってくれているのだと、ちゃんと伝わって来る。

「あ、スコール、待ってよ」

 どんどん先へと歩いていくスコールを、リノアは小走りで追い、彼から半歩下がって並んで歩き始めると、零れ落ちそうな涙を、彼に気付かれないように指先でそっと拭う。

 このまま…彼の後を付いて歩いて行ける事が…、彼と共に居られる未来が許されている事が、とても嬉しかった。

「ねぇ、ねぇ、スコール。ガーデンの勉強って難しい? 友達沢山出来ると良いなぁ。私、制服似合うかなぁ〜」
「そう簡単にはSeeDにはなれないぞ」

 あれこれとこの先の未来を楽しげに想像するリノアに、スコールは容赦の無い言葉を落とす。

「そんなコト分かっているよ〜。私、頑張るもん」

 リノアは「スコールの意地悪」と呟き、ぷう〜っと頬を膨らませる。

 SeeDになるのが容易いことでは無いことぐらい、リノアにも分かっていた。
 けれど…どんな苦労や困難もきっと乗り越えて行ける。

 彼と一緒に居るためだったら……。

「……終わらないよね?……」
「え?」

 リノアの小さな呟きを聞き逃す事無く、スコールが訝しげに彼女を見つめる。

「ううん。何でもない。早く、帰ろ♪」

 リノアは首を横に振ると、躊躇う事無く…、自然にスコールの手にするりと指を絡める。
 スコールは一瞬だけ驚き、戸惑った顔をしたものの、その手を振り払うことは無かった。






 繋がった手と手。
 伝わり合う確かな温もりと想い。

 これは……終わりじゃない。

 ひとつの物語は終わったけれど、これはエンディングじゃない。
 今から……これから、二人の物語が始まるのだから…。


 

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祐浬 2003/7/9