Let's talk a lot
†† vol.3 ††



(夢も…見なかったな……)

 こんなにぐっすりと眠ったのは、何日…いや、何ヶ月ぶりだろう。

 夢を見ることも無く、只々泥のように長い時間眠り続けていたような気がする。
 此処が自分の目指していた場所では無い事は、おぼろげながら感じていた。けれど、此処の・・・怖ろしいほどの静寂さが、この澱んだ空間が何故か居心地が良くて、離れたくなかった。

(……いっそ、このまま…)

 身体がこの闇に溶けてしまえば良い、と思う。
 もう何も考えずに済む様に…
 孤独さえ感じる事も無く…
 身体も心も闇に溶けて、無に還ってしまえば良い。

 胎児の様に膝を抱え、更なる深い眠りに落ちようとした時だった。

 ――……スコール――

 鏡のような湖面に、一滴の声が響き、ざわざわと波紋が広がっていく。

(俺を、呼ぶな)

 スコールは自分に触れようとするその声に背を向け、耳を塞ぐ。
 けれど、その声は止むことが無く、次第に大きく鮮明に届き、彼の身体を包み込むと、遠慮なく強引に上へ上へと導く。

 ――スコール、起きて――

(どうして、俺を呼ぶんだ?)

 目を閉ざしていても、辺りが白んで来ているのを感じる。
 頬に感じるのは、柔らかで暖かな日の光。

 ――起きて。スコール! スコールってばっっ――

 頭の中に大音響で木霊するのは……涙交じりの女性の声。
 それは…酷く懐かしい声だった。

(誰だ? 何故、泣いている?)





「………え?」

 リノアは我が耳を疑った。

 スコールの青い瞳は、しっかりと自分を捕らえている。
 彼の瞳には、自分の泣き顔が確かに映り込んでいる。
 それなのに…

 ――アンタ……誰だ?――

 リノアはスコールの言葉の意図するものを察し、さぁと青褪めると、がくがくと身体を震わせる。

 G.F.を長い時間ジャンクションしていると、記憶に障害が出る。
 どんどん過去を喰われて行く。
 それは巨大な力を得る代わりの、必要不可欠な代償。
 それは…リノアにも分かっていた。

 だけど…
 こんな最近の…自分との記憶まで奪われてしまうなんて…。

「ス、スコール……私が…分からない、の?」
「分からない?」

 自分に投げ掛けられたその言葉でさえ、スコールには疑問だった。

 何が分かっていないと言うのだろうか?
 何を分かっていなくてはならなかったのだろうか。

(………もしかして…)

 何かを考えようとして、スコールは自分の心(中)が空であることに気付く。
 答えを導き出す為の材料となる『記憶』が、全て無くなってしまっている。

(どうして?)

 記憶喪失?
 何故?
 
 しかし、幾ら考えても、自分がこんな事態に陥ってる原因さえ、思い出せない。
 此処が何処なのかも、自分が誰なのかも…。

 自分の事が…
 自分の事なのに……何も分からない。

 スコールは、毛布の下から片手を引き抜くと、掌で顔を覆い隠す。

「悪いが、暫く一人にしてくれないか」
「え? あ……うん」

 スコールの拒絶の言葉に、リノアは一瞬あからさまに落胆し、それから、一部始終を無言で見守っているエルオーネと視線を合わせ、彼女が頷くのを見てから、彼の要求通りにすることを決意する。

「隣の部屋に居るから、何かあったら呼んでね。私、直ぐ来るから…」

 震え続ける身体を無理に抑え込み、涙で濡れた頬をごしごしと拭うと、リノアは目一杯の明るい声と笑顔で彼に告げ、「よいしょっ」と立ち上がる。
 そして、エルオーネが部屋を後にした音に背中を押されて、一歩下がり、彼に背を向けようとする。

(あ……)

 その時になって、リノアはやっと気付く。
 顔を覆っているスコールの指が微かに震えている事に…。

(スコール、震えてる……。怖いんだ、ね)

 何とかしてあげたい。
 一刻も早く彼を助けてあげたい。
 自分に出来ることだったら…、ううん、出来ないことでも彼の為なら、何としてでもしてあげたい。
 そう思うのに、現実には何も出来ない自分がもどかしくて悔しかった。
 リノアは、ぎゅっと固く…爪が掌に食い込む程に強く拳を握る。

「ホントに……一人で大丈夫?」

(ひとり?)

 ズキン…

 リノアの言葉が、スコールの胸に深く突き刺さり、抉った。
 懸命に支え続けていたものが、その一言で呆気なく崩壊し、隠し続けていた本音が…、本当の自分(気持ち)が堰を切ったように溢れ出す。

 ――僕ヲ、置イテ行カナイデ――

 気付いた時には、立ち去ろうとしていた彼女の腕を掴んでいた。

「悪い……此処に居てくれ」

 自分が滑稽な程に矛盾していると自覚していた。
 「一人にしてくれ」と言ったばかりなのに、一人になるのが怖いなんて…、誰かに傍に居て欲しいなんて、オカシイ。

(誰かに? ……違う)

 傍に居て欲しかったのは、彼女。
 彼女を何処にも行かせたくなかった。

 彼の予想外の行動と言葉に、リノアは驚き戸惑いながら、自分の手首を痛いほどに握る彼の大きな手を見つめ、それからおずおずと視線を合わせる。

「私…ココに居て良いの?」
「……ああ」
「ホントに?」
「何度も同じ事を訊くな」
「ごめん」

 叱られてしゅんとしつつも、リノアはそのスコールらしい言葉が嬉しかった。
 記憶が無くなっても、彼が彼である事をしっかりと感じられる言葉遣い、態度、仕草……そして、声。
 自分の好きなスコールは、今、目の前に居る。

 スコールは伐が悪そうに彼女の手を離すと、ゆっくりと上半身を起す。

「起きて大丈夫? 何処か痛くない?」

 彼の肩を支え、起き上がるのを手伝いながら、リノアは心配そうに彼の顔色を伺う。

「痛みは平気だが……身体が鈍っている気がする」
「それは仕方ないよ。スコール、3日も眠り続けて居たんだから」
「3日? スコール?」
「スコール、は、貴方の名前。3日、は、アルティミシアと戦ってから、3日ってこと。あ、アルティミシアって言うのは魔女の名前だよ。はい、寄りかかって」

 リノアは敢えて簡単気に明るく説明しながら、枕を重ねて彼が寄りかかれるようにする。

「俺は……魔女と戦ったのか?」

 リノアに導かれるままクッション代わりの枕に背を預けて、スコールは口元を片手で覆って深く考え込む。
 頭の中に、ぼんやりと不気味で重厚な建物が浮かぶ。

(何だ? ……城?)

「ねぇ、スコール。はぐはぐして良いかな?」
「は?」

 リノアの突飛でストレートな言葉に、失くしてしまった記憶へと繋がるかも知れない糸は何処かへ零れ落ちてしまう。

 突然何を言い出すんだ?と、スコールは訝しげに彼女を見つめる。
 リノアは彼のその視線の意味を深読みし、泣きそうな表情に変わる。

「やっぱり、嫌? 魔女の私には触られたくない?」
「アンタ、魔女なのか?」
「あ……うん」

 全ての記憶を失っているスコールが、自分が魔女である事を覚えている筈が無いことに、リノアは彼の問いで気付く。
 一瞬、余計な事を言ったかな、と後悔するが、言ってしまったものは仕方が無いし、彼に嘘を付くのも絶対に嫌だった。

「……何で、俺に触れたいんだ?」
「だって…スコール、ずっと震えているから」
「震えて?」

 スコールは自分の手を見つめてみる。
 確かに、震えは止まらない。
 どんなに誤魔化しても、強がっても、自分の内側が空になってしまった恐怖は隠し切れない。

「だから…ぎゅ〜〜ってしたら、少しは怖いの減るかなぁと思って…でも、私、魔女だから……やっぱり嫌だよね。怖かったら怖いって言って良いし、触れて欲しく無いなら、触れて欲しくないって言って良いよ。覚悟、出来てるし」
「っ!」

 引き裂かれるような痛々しいリノアの言葉に、スコールはカッと熱くなり、彼女の腕を掴むと、ぐいっと自分へと引き寄せ、その細い躯を強く抱き締めた。

 何故、そんな事を自分がしたのかは分からない。
 只、そうせずにはいられなかった。
 
 彼女を強く抱き締めたい、
 たったそれだけの、刹那的な激情。

 哀しくて……愛しい。
 切なくて……けれど、心は満たされていく。

(?! ……前にも…こうしたことがあった?)

 彼女を抱き締めた感触に、確かに覚えがあった。

 黒い艶やかな髪から、ふんわり漂うのは甘い花の香。
 折れてしまいそうなほどに細く、それでいて柔らかい躯。
 直接触れる(服に覆われていない)肌は、すべすべと艶やかで温かい。

「ス、スコール??」
「黙ってろ」

 顔を上げようとするリノアを、圧倒的な腕力で胸に沈め、スコールは益々強い力で彼女を抱き締める。

 それは、本能で悟った迷宮からの出口。
 自分を封印している忌々しいものが、崩れかかっている。
 もう少し…、僅かな切欠で、大切なものが蘇りそうだった。
 
「スコール? どうかしたの? …ちょっと痛いよ」

 リノアはその身を完全に彼に委ねつつ、問う。

 本当は彼の力が強過ぎて、とても痛かった。
 背骨がキシキシと悲鳴をあげている。
 けれど、いきなりでも、どんなに痛くても、「嫌だ」とか「離して」とか、そんな拒絶の言葉は欠片も浮かんで来なかった。
 寧ろ、泣きたいほどに嬉しい。

「我慢しろ……思い出せそうなんだ」
「ほ、ほんと?」
「ああ」

 スコールは少しだけ腕の力を緩めると、彼女の髪へと顔を沈め、瞳を閉じる。

(落ち着け。落ち着いて、ちゃんと考えろ)

 この温もりは大切なもの。
 掛け替えの無い……この命を賭けても助けようと…護ろうとしていたもの。

 そんな彼女に、自分はこんなにも哀しい想いをさせている。
 こんなのは駄目だ。
 悠長に記憶を喰われている場合じゃ無い。
 自分が自分の礎を失っていたら、脆い崖の上に辛うじて立っている彼女は、あっと言う間に転落し……居なくなってしまう。
 永遠に、この温もりを感じられなくなってしまう。
 
(思い出せ。俺は誰だ? 彼女は? 何が俺の記憶を喰った? 喰らう? ……そうかっ G.F.だ)

 頭の中で、ぱあぁんっと何かが弾けた。
 真っ白だった頭の中に、一度に大量の情報(記憶)が次々と湧き上がってくる。
 
 孤児院に預けられたこと。
 SeeD試験に合格したこと。
 魔女イデアが、まま先生だったこと。
 「おねえちゃん」が居なくなってしまったこと。
 魔女を倒そうとしたこと。
 仲間に出会えたこと。
 サイファーと戦ったこと。
 「おねえちゃん」がエルオーネだったこと。
 ラグナのこと。
 時間圧縮のこと。

 そして―――約束の場所のこと。

 時間の流れに関係なく無秩序(ランダム)に蘇る記憶。
 その一番最後に、艶やかな黒髪、大きな漆黒の瞳の少女が鮮明に脳裏に描き出される。

(彼女は……)

「リノア」
「えっ?」

 リノアははっと顔を上げる。
 目覚めてから、彼が自分の名前を呼んだのは始めてだった。

「思い出した、の?」
「ああ」
「本当に? 本当に思い出した? 私が分かる?」
「リノア」

 未だ不安が拭えずにいるリノアを、真っ直ぐに見つめ、スコールはしっかりと彼女の名前を呼ぶ。
 すると、忽ち漆黒の瞳が潤み、大粒の涙がぽろりと零れ落ちた。

 ずっと…
 ずっと、この声で名前を呼んで欲しいと願っていた。
 この瞳で見つめられたいと思っていた。

「も…もう一回、呼んで」
「リノア」
「もう一回」
「リノア」

 涙が後から後から溢れる。
 目前に居るスコールの顔まで、涙で歪んで見えなくなる。

「スコールぅっっ」

 リノアはスコール胸に顔を埋めると、彼のシャツを握り、ふえぇぇぇん、と子供のように泣き出す。
 もう…涙も、彼への想いも止められなかった。

 そんなリノアをスコールは無言で抱き止め、さらさらの黒髪をあやすように優しく撫で続けた。





「えっ はんちょー、目覚ましたん? 何時ぅ?」
『貴方達が出発して直ぐ、よ』
「うっわ〜〜、めっちゃっ残念。もう少しゆっくりしてたら、寝起きのはんちょーの写真をバッチリ撮れたのにっ』

 バラムガーデンのSeeD専用の会議室で、セルフィは愛用のノートパソコンの画面に向かって至極残念そうに叫ぶ。
 画面には苦笑いを浮かべたエルオーネが鮮明に映っていた。

「セルフィ、寝起きのスコールの写真なんて撮って、どーするの?」
「そんなん、ガーデンで売るに決まってるやないのっっ 寝起きのはんちょーの写真、プレミア付いてごっつー高く売れるんだからねっ」
「売れるって……売ったことあるのかい?」
「前に一度ね。直ぐにはんちょーに見つかって、メモリーカード真っ二つにされてしもーたけど…」

 アーヴァインの問いに、はっきりきっぱり罪悪感の欠片も無く答えるセルフィに、キスティスは指先を痛むこめかみに押し当て「はいはい」と軽くあしらってから、パソコンの中のエルオーネと話すべき本来の用件に戻す。

「それで、スコールは? 何か後遺症とか無い?」
『一時、記憶に障害が出ていたけど、もう大丈夫みたい』
「記憶に障害って? スコールの奴、オカシクなっちまったのかっ?」

 横からパソコンを覗き込んでいたゼルが、さぁ〜〜と青褪める。

「馬鹿ね、話を良く聞きなさい。『一時』って言う事は今は普通に戻っているという事よ」
「おおっ そうか…良かったぜ」
『ホント良かったわ。私も一時はどうなることかと思ったから…』

 素直にほっとし喜んでいるゼルを見て、エルオーネも改めて良かったと思う。

「そんなに酷かったの?」
『ええ。自分の名前も思い出せなかったぐらいだから…』
「それじゃあ、リノアのことも?」
『最初は分からなかったみたい。でも…』
「でも?」
『結局はリノアが思い出す切欠になったみたい』
「どういうこと?」
『リノアを抱き締めたら、その感触に覚えがあったんですって』
「それって……」
『つまり……』
『サンダガ!』

 バチッ

 ツーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 電子機器(パソコン)らしからぬ凄まじい音(雷鳴)が響き、画面が暗転する。

 沈黙する画面の前で、4名が暫しフリーズする。

「……………い、いいいいい、今のって…スコール?」

 画面を指差し、酸欠の金魚の様に口をぱくぱくしながら、導き出された答えをゼルは必死に告げる。
 雷鳴が轟く直前に、雷の上級呪文を唱えた声は、紛れも無くスコール本人のもの。
 誰もが、この瞬間に自分達が孤児院では無く、バラムガーデンに居る現実を密かに感謝した。
 孤児院に残っていたら・・・雷の矛先はパソコンではなく、我が身だったかも知れない。

「エルオーネ、無事かな?」
「彼がエルオーネに直接手を出すとは考えられないから、その点は大丈夫だと思うわ」

 キスティスが冷静に分析する。
 スコールにとってエルオーネは血が繋がって無くても、実の姉、だ。
 その彼女に彼が制裁を加えることは、天地がひっくり返っても無いだろう。だからこそ、彼の怒りの標的がパソコンとなったのだ。

「だけど…折角設置してあげた通信装置(パソコン)を、こうもあっさり壊すなんて…」
「それだけ、はんちょーが元気って証拠やって」
「さっすがセルフィ〜♪ 良い事言うね〜」

 能天気な言葉でキスティスを慰めるセルフィに、アーヴァインがぱちぱちと拍手喝采を贈る。

「まぁ、ね。……あの様子なら、きっと近日中には此処へ戻って来るだろうし…。その前に、私達は出来ることから片付けちゃいましょう」
「はぁ〜い。だけど、その前に訊きたい事がひとつあるんやけど」

 キスティスの指示に、セルフィは幼稚園児の並みの元気良すぎる返事を返し、それから深刻な表情で尋ねる。

「何?」
「『リノアを抱き締めた感触に覚えがあった』って、どーゆーこと??」

 セルフィの純朴な問いに、キスティスとアーヴァインはぴきっと凍り付く。
 パソコンは壊れた様だが、万が一、未だこちらの音声を向こうが受信し続けていたら…。
 不吉な予感を抱き、この場を早々に立ち去るべく頷き合う二人の横で、何の危機感も感じていないゼルが、ぽんっと手を叩く。

「あっ、それ俺も疑問だったんだよな。宇宙から帰って来てからは、ずーっと僕達と一緒だったし、そーするとやっぱり宇宙で、やっ」
「ホーミングレーザーっ」
「キャニスターショット!!」

 ずがあぁぁぁぁんっ
 ばごーーーーーん!!

「うわぁぁぁっっっ」

 キスティスとアーヴァインの中級程度の必殺技が、容赦なくゼルにクリティカルヒットする。

「???? 何、なに?? 何やの?」
「何でもないのよ、さぁ、行きましょう」
「そ、行こ行こ」

 頭上に「?」マークが沢山浮かんでいるセルフィの背を、両側からキスティスとアーヴァインが押し、黒焦げとなっているゼルを残して部屋を出た。


 

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祐浬 2003/7/9