Let's talk a lot
†† vol.2 ††



「行ってしまったわね」

 みるみる青い空に吸い込まれて行く赤い機影を何時までも見送り続けているリノアに、イデアは優しく声をかける。

「もう少しぐらい、ゆっくりして行けば良かったのに…」
「そうね」

 リノアの呟きに、イデアは同意し微苦笑する。

 ラグナロクから降り立ったラグナは、スコールの眠る部屋を少しだけ覗いただけで、話しかけることも無く、早々に「よし、じゃあ、帰るか」と何時もの飄々とした口調で帰途を告げた。

「ラグナおじさんは、どうして良いのか分からないだけよ」

 イデアの横に並んだエルオーネが、くすくすと笑う。
 一見冷たく感じる彼の行動だが、それが彼なりの愛情表現であり、照れ故であることは、彼の本質を知る者であれば直ぐに分かる。

 ラグナが今日此処を訪れたのは、エルオーネを送り届ける為だった。
 それは……スコールの為。
 彼女の持つ不思議な力で、彼を蝕んでいる鎖を断ち切る為。

 過去は変えられない。
 いや……変えてはならない。
 どんなに悪しき過去であっても、それが現在(今)の礎となっている限り、今を失う可能性があるのだから…。

 スコール達は『今』を守る為に命を賭けて戦った。
 彼等が懸命に守りぬいたこの時間と場所を、何人たりとも汚してはならない。
 汚させてはならない。
 エルオーネはそう強く思っていた。

 だから、これからエルオーネが行おうとしているのは、スコールが眠りに落ちた過去をその時間まで遡り『変える』のでは無く、彼が目覚める為の『切欠』を与えるだけ。
 今に一番近い過去のスコールにリノアを送り込み(ジャンクションさせ)、深く沈み静まり返ってしまっている彼の意識に僅かでも波紋を広げる事が出来れば、或いはそれが切欠となって目覚めるかも知れない。

 勿論、エルオーネは今日まで何もせずに手を拱いていた訳では無い。
 スコールが目覚めないという報せを受けてから、何度も彼の心へと接触を図ってみた。
 しかし、何度やっても上手く行かない。
 彼の心へは届かない。
 だから……最後の手段として、スコールの身体の傍らから力を行使することに決めた。ジャンクションする者、される者が自分に近ければ近いほど、効果と成功率は高いのは実証済みだった。

「目が覚めたスコールと会うのが、照れ臭い?」
「ええ。ホントはきっと頬擦りしたいほど可愛いんだと思うわ。だって、スコール、レインに似ているもの」
「レイン? スコールのお母さん?」

 リノアの問いに、エルオーネは「そうよ」と頷く。

 レインと暮らしたのは幼い頃だったが、エルオーネはその顔も声も今でも鮮明に記憶していた。
 エルオーネにとっても母親代わりだった、大好きな女性。

「そっか…スコールってお母さん似だったんだ」

 髪の色や目元はラグナに似ていると、リノアは密かに思っていたのだが、ラグナとレインの両方を良く知っているエルオーネがそう言うのなら、彼の容姿はどちらかというと母親の面差しを強く受け継いでいるのだろう。

「もしかして…スコールのお母さんも、あんな性格だったの?」
「うーーん、どうかな……。レインは明るくてさばさばしてて、凄くしっかりしてて、とっても優しかったわ。あ…そうね、自分に素直じゃ無いところは似てるかも」

 レインやラグナと共に在った幼い日々を思い出し、エルオーネは、ふふふ、と幸せそうに微笑む。

 ラグナのことが好きだったのに、彼を想う余り自分の気持ちを誤魔化そうとしていたレイン。
 結局は、ラグナの「思い込んだら一直線」な性格の前に誤魔化し切れなかったけれど…。
 そんなところは彼女と似ているのかも知れない。

 リノアとエルオーネの会話を、イデアは慈愛に満ちた母の笑みを浮かべて見守る。

(…彼が照れている原因は、きっとスコールだけじゃないわ)

 確かに、一番の要因は、愛する者と自分の分身であるスコールに対しての複雑な愛情故だろう。
 けれど、きっとそればかりではなく、リノアがジュリアに似過ぎていることも影響していると、イデアはそう推測していた。
 彼にとっては、スコールもリノアもその幸せを願わずにはいられない大切な存在。

「ねぇ、リノア。貴方はこれからどうするの?」
「え?」

 イデアの唐突な問いに、リノアは弾かれたように振り向き、大きな瞳を益々大きく見開く。

「彼等は歩き始めたわ、前に…。貴方はどうするの?」
「どうするって…訊かれても……」

 リノアは視線を足元に落とし口篭る。

 これから……
 自分はどうするのだろう。
 どうするのが一番良いのだろう。

「未だ分からない。でも…私、魔女だもん。あれこれ選べる程、選択肢なんて…ないよ…」
「リノアは悪い魔女になんてならないわよ」

 拗ねた寂し気なリノアを、エルオーネは勇気付けようとする。
 だが、リノアはその言葉を聞いて、益々哀しそうに笑った。

「私だって悪い魔女になんてなりたくない。けど……絶対ならないなんて、言えないよ」

 アルティミシアのような悪い魔女にはなりたくない。
 そう願っていても・・・、あの時のように、また自分の意思とは関係なく、身体を操られ、悪い事をさせられてしまうかも知れない。
 もしかしたら、自分の内側(なか)に在る闇の感情に引き摺られ、狂気に駆られてしまうかも知れない。

「アルティミシアやアデルだって、最初は悪い魔女じゃなかったかも知れない……」

 自分以外の全てを支配し、消し去ろうとしていた彼女達。
 リノアはそのどちらの魔女達とも、ジャンクションしていた。その時の事は殆ど覚えてはいないけれど、少しだけ心の奥底にこびり付いている。
 漆黒の負の感情の奥底に在ったのは、深い哀しみ。
 彼女達も自分の柵から逃れようと、もがき苦しんでいた。

「そうね……。私達だって所詮は人間だもの。欲望や憎しみを抱くことか無いなんて言えないわね」

 リノアが何を思い、何を考えているのが悟ったイデアは彼女に同意すると、目を細め、優しい口調で言葉を繋ぐ。

「貴方がそうならない為にも、眠っている騎士(彼)には、早く目覚めて貰わないといけないわね」
「そうね。お姫様を護る騎士(ナイト)が、何時までも寝ているなんてオカシイわよね」
「え? …あ……」

 イデアとエルオーネのその言葉の真意に気付き、リノアはぽっと顔を赤く染める。

(スコールが…騎士……)

 やっぱり、そうなのだろうか?
 彼が、魔女である自分の心を護る存在なのだろうか。

 これから先も、彼は自分の…自分だけの騎士で居てくれるのだろうか?

 赤く染まった頬を隠す為に深く俯き、爪先で地面をちょんちょんと蹴飛ばしているリノアの肩に、イデアはそっと手を乗せる。

「リノア、貴方は貴方の思うがままに生きて良いのよ」
「え?」

 信じられないイデアの言葉に、リノアは驚きを隠せなかった。
 言葉を失っているリノアを真っ直ぐに見つめ、イデアは柔らかく微笑む。

「古くから続くしきたりや、決まりに囚われる事無く、貴方が生きたいように生きなさい」
「私が…生きたいように?」

 同じ魔女である彼女の言葉だからこそ、直に胸に響き、浸透する。

「ええ。誰かに決めて貰うのではなく、自分で決めて…自分の思い通りに、ね。そうしないと、必ず後悔するわ」






(綺麗、だよねぇ…)

 眠り続けているスコールの顔を、じいーーーっと見つめて、リノアはスコールに聞かれたら間違いなく怒られる台詞を心の中で呟き、ほお〜と艶っぽい溜息を零す。

 男の人に「綺麗」という形容詞は喜ばしくはないのかも知れないが、改めて極至近距離で眺める彼の顔は、綺麗という形容詞が一番ぴったりだと思う。
 すっと通った鼻筋、小さな鼻腔、男らしい顎のライン、唇も形良く、睫毛も長い。
 眉間の傷は痕になってしまったけど、その傷でさえ、彼の格好良さを飾るアイテムになってしまっている。

「リノアは彼の何処を好きになったの?」
「えっっ」

 エルオーネはリノアとは反対側のベッドサイドに立つと、思い付いたように尋ねる。
 リノアはばっと顔を上げると、かあぁぁっと頬を染め、何と答えて良いか分からずに「ええっと…」と口篭った。

「別に隠す必要は無いでしょう? 悪いことじゃないし、もう、皆知っているわ」
「皆って……」

 自分が彼を好きなことは、そんなに有名なことなのだろうか。
 確かに、自分は策略とか駆け引きとかは苦手で、好きなら好きと真っ直ぐに向かってしまう性格だけど、ちゃんと会うのは今日が始めてのエルオーネにも知られているなんて、と、恥ずかしく思う。

「スコールのこと、好きなんでしょう?」
「……うん」

 何処にも逃げ場が無くて、リノアは観念してこくんと頷く。
 例え、誤魔化す為であっても「No」とは言いたくなかった。

 リノアの気持ちを確認し、エルオーネは嬉しそうに微笑む。

「ごめんね。こんな詮索して。でも、リノアが目覚めてちゃんとお話出来るようになったら、訊いてみたいと思っていたの」
「どうして?」
「だって、ね。貴方と出逢った頃の彼、極力他人と関わらないように、自分に近寄らない様にしていたでしょう? ルックスも戦闘能力も良いけど、言葉も態度も無愛想だったし、女の子にも、容赦なく冷たかったでしょ?」
「……た、確かに…」

 あんまりな言われ様だが、エルオーネの言っている事は何一つ間違ってはいない。

「リノアは彼のこと怖くなかったの?」
「怖いなんて…そんなふうに思ったこと無い。ただ……不器用なんだなって…」

 怖いなんて思わなかった。
 最初に彼と出逢った時も、その後も…。

「不器用?」
「うん。自分にも他人にも、凄く不器用なんだなって思った。そんなトコも、私は好きだし…。あっ…えっと……話はこれ位にして、始めよう、よ」

 リノアは自分が誘導尋問に引っかかり、物凄く恥ずかしい告白をしてしまった事に気付き、照れ笑いを浮かべると慌てて話題を変える。

「そうね。始めましょうか」

 会話を強制終了されたことを咎めることも、それ以上詮索もせず、エルオーネは、リノアの言葉に同意する。
 何故なら…訊きたかった回答(答え)は、もう充分過ぎる程に貰ったから。

「スコール、今から私、スコールの心の内側(なか)に入るんだよ。黙って入るの、何だかちょっと後ろめたいけど…、でも、スコールも無断で私の中に入ったんだし、良いよね?」

 再びスコールをじっと見つめて、リノアは返事が返って来ないことを知りつつ、そう彼に話しかける。

「リノア、準備は良い?」
「うん。……っ!! ちょ、ちょっと待ってっ」

 一度頷いたものの、リノアはある事実に気付き咄嗟にエルオーネを制すると、瞬きするのも忘れてスコールを凝視する。

「どうかしたの?」
「今、……動いた気がする」

 不思議そうに問うエルオーネに、リノアはそう短く説明する。

 動いた気がした。
 目蓋が、微かに震えた様に見えた。

 リノアの言葉に、エルオーネもベッドに横たわっているスコールを注意深く観察する。
 だが、エルオーネには何の変化も感じられなかった。

「リノア?」
「あっ ほら、また」

 ぴく…
 閉ざされている彼の目蓋が痙攣する。
 目蓋の裏で、瞳がゆらりと動く。

 今まで何の反応も示すことが無かった彼。
 僅かであっても、それは……明らかな変化だった。

「スコールっ、起きて。スコール! スコールってばっっ」

 リノアは彼の耳元で懸命に彼の名前を繰り返し呼ぶ。
 その声にスコールは確かに反応し、迷惑そうに顔を顰める。
 リノアは、ぱぁっと顔を輝かせた。

 彼が…スコールが戻って来ようとしている。
 彼の心が、自分の元にもう直ぐ還って来る。

「スコールっ 聴こえているんでしょ! 起きてっ、起きてよ! スコールっっ」
「……五月蝿い」

 スコールは不機嫌さを隠さずに低い声でそう呟くと、ゆるゆると目蓋を開く。
 目蓋の下から現れたのは、水晶のような仄かにブルーに輝く瞳。

「スコール……よ、良かったぁ〜〜」

 以前と変わらない彼の瞳を見、張り詰めていた糸が切れたリノアは、その場にヘタリ込む。
 溢れ落ちた涙が頬を伝い、白いシーツに小さな染みを次々と作った。

「もうっ、すっっごく心配したんだから。私だけじゃなくて、皆、とっても心配していたんだよ。このままずーーっと眠ったままになってしまったら、どうしようと思って」
「………。」
「あんまり起きないから、今、エルオーネにスコールの中にジャンクションして貰うトコだったんだよ」
「………。」
「??? ……スコール、どうしたの? 何処か痛い?」

 自分の言葉に関心を示さず、硬い表情のまま只天井を睨んでいるスコールのその異変にリノアはやっと気付き、心配気に問う。
 それでも、スコールは彼女を見ようともしない。

「…聴こえて、ない…の?」

 そんな筈は無い。
 彼は確かに自分の声に反応して目蓋を開いた。
 自分の声に「五月蝿い」と答えた。

「スコールっ 聴こえているよね? ね、こっち見て…私を見てよ」
「………。」

 リノアの懸命な涙声にスコールはぴくっと身体を震わせると、ゆっくりと首だけを動かし、彼女を瞳に映す。
 けれど…険しい表情は変わらない。
 眉を顰め、まるで敵を見据えるような冷酷な視線でリノアを射ると、スコールはきゅっと真一文字に結んでいた唇を開いた。

「アンタ……誰だ?」


 

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祐浬 2003/7/9