Let's talk a lot
†† vol.1 ††



 何処をどう歩いたかなんて覚えていない。
 彼を捜して彷徨い歩いた時間が、長かったのか短かったのかも……。

 最も、時間の流れが無秩序となってしまったあの瞬間では、本来の時間の概念は到底当て嵌まりはしない。
 遥かな時間の流れが、ほんの一瞬で…
 ほんの僅かな時間が、永遠とも呼べる程の果てしない時間だった。
 
 混沌とした白濁の空間。
 仲間達からも、彼からも引き離され、たった一人で流離っていたあの時が、怖くなかったと言ったら嘘になる。
 ……ううん、本当は怖くて不安で堪らなかった。

 だけど……立ち竦む事無く歩くことが出来た。
 ……真っ直ぐに、
 ひとつの約束を目指して。

 信じていたから……

 約束の場所に、必ず貴方は居る。
 あの場所で私を待っていてくれている。

 帰りたい
 自分の居た場所に。
 自分の生きていた時間に。

 還りたい。
 ……スコールのところ(元)に!





「おハロー、スコール」

 何時もと変わらない明るく元気な声と笑顔で、リノアはひょい、と彼を覗き込む。

 しかし、彼の……スコールの目蓋が開かれる事は無かった。
 スコールは柔らかなベッドに身動ぎもせずに静かに横たわり、深い眠りに囚われ続けている。

「今日もお寝坊さんだね」

 彼に変化がないことを確認したリノアは、ほうっと小さく息を吐き出すと、少しだけ困ったように…寂し気に微笑み、指先で彼の頬をつんと突く。
 それでも、彼は反応することすらない。

「スコールって……私よもりずーーーーっっと寝起き悪かったんだねぇ〜〜」

 情け容赦のない過酷な未来の魔女との戦いに勝利し、皆それぞれに、この時間のこの場所に還って来た。
 一番最初に此処(イデアの家)に辿り着いたのは、幼い頃の記憶が未だしっかりと残っていたアーヴァイン。そして、セルフィ、ゼル、キスティスと次々と続いた。

 最後に……
 アルティミシアの施した時間圧縮の魔法が解けて消える直前に、スコールとリノアが荒れ果てた荒野を埋め尽くす様に咲き乱れる花々と共に、蜃気楼の如く現れた。
 彼女の胸にしっかりと抱き締められていたスコールは、その時から既に意識がなかった。

「死んじゃったかと思ったんだから……」

 乾き切った大地に倒れている彼を見つけた時、リノアは心臓が止まるかと思った。
 投げ出されたままの手足はぴくりとも動かず、触れた彼の頬は氷のように冷たかった。
 その息遣いさえ感じられなかった。

 だけど…
 厚く立ち込めていた雲が晴れ渡ったあの瞬間に、スコールは奇跡のように薄く目蓋を開き、彼女と視線を合わせると、形の良い薄い唇を微かに動かした。

 でも、それはほんの一瞬の出来事。
 その直後、彼は再び夢魔に狩り堕とされてしまった。
 そして…あれから3日経つのに、昏々と眠り続けたままで……目覚めない。

(スコールの戦いは……未だ終わって無いんだね……)

 命を賭けた戦いから還って来た時、誰もが満身創痍だった。
 特に先頭に立っていたスコールのダメージが大きい事は、誰の目にも明らかだった。
 だが、彼が目覚めないのは外傷的な原因に寄るものでは無い。
 蝕まれているのは、心(記憶)
 それは……戦う上で必要不可欠だったジャンクションの大き過ぎる代償。

(もう一度、ちゃんと声にしてよ……)

 彼が目を開いた時の、声には変わらなかった言葉。
 その言葉が何であったのか、リノアには分かっていた。聴こえていた。

 ――「リノア」――

(スコールの声、聴きたいよ……)





「帰る、の?」
「ええ。一度バラムガーデンに戻るわ」

 キスティスは毅然とした態度で、フィッシャーマンズ・ホライズンに着岸しているバラムガーデンに向かう事を告げると、不安気な表情のリノアを見、少しだけ表情を和らげる。

「私達には、やらなくちゃならないことが……ううん、私達に出来る事が沢山あるの。私たちの怪我はもう殆ど良くなっているし、何時までも此処に留まっている訳にはいかないわ」

 リノアにもキスティスの言わんとしていることは、直ぐに理解する事が出来た。
 あの一連の戦いで、多くの街やガーデンが破壊されたり、指導者を失ったりして混乱している。
 彼等SeeDの力を必要としている人達が大勢居るのだ。

「何時?」
「これからラグナ達がラグナロクで此処を訪れる事になっているの。だから、ついでに送ってもらうわ」
「それじゃ……今日?」

 リノアの問いに、キスティスは「ええ」と頷いて見せる。

「こんな時だからこそ、俺で力になれる事はやりたいんだっ!」
「もちろん、はんちょーのコトは心配だよ。だけど、此処にはまま先生も居るし、何よりリノアが居るから安心だしね」

 拳を前に突き出し鼻息荒く決意を語るゼルを押し退けて、セルフィはリノアに近付くと、にこっと人懐っこい笑みを浮かべる。

「セルフィ……」
「今度はリノアが、はんちょーを起す番だからね」
「うん」

 頑張ってね、とウインクするセルフィに、リノアはこくんと頷く。

 自分が眠ったままになってしまった時、スコールが凄く心配してくれた事、自分を助ける為にエスタまで背負って歩いてくれた事、「リノアに触るな」と言ってくれた事、色んなことを皆から聞いた。
 恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。
 実際にこの眼で、そんなスコールを見たかったな、と思う。

(セルフィの言う通り、今度は私がスコールを助けなきゃ…)

「スコールが目が覚めたら、『ガーデンで待っている』って伝えといてよ」

 愛用の帽子を被り直し、当然のように自分の荷物とセルフィの荷物をひょいと肩に担ぎながら、アーヴァインが敢えて簡単に告げる。

「ガーデンって……。アーヴァインもバラムガーデンに行くの?」
「とーぜんでしょー」
「ガルバディアじゃなくて?」
「リノアちゃん、冷たいなーー。そんなに僕の恋路を邪魔したいの?」
「そ、そうじゃないケド……」

 捨てられた子犬のような瞳でアーヴァインに見据えられて、リノアは慌てて首を左右に振る。
 彼の恋路を邪魔するつもりなんて毛頭無い。寧ろ、彼とセルフィの恋がずっと続くことを願っている。
 けれど、彼の所属は未だガルバディアガーデンの筈。
 本拠地のガーデンを放っておいて、他のガーデンに行くことが許されるのだろうか?

 困惑しているリノアを見かねて、セルフィが小声で耳打ちする。

「彼、バラムガーデンへ転入するんだって」
「転入?」
「それで、SeeD試験、受けると言っているのよ」

 セルフィとリノアのひそひそ話をしっかり聞きつけて、キスティスは腰に手を当てて、迷惑そうにやれやれと呟く。だが、表情は穏やかなままで、その瞳は嬉しそうだった。

(そっか…SeeDになるんだ……いいな……)

 羨ましい、とリノアは思う。

 皆、今まで一緒に戦ってきた仲間であり、友達だ。
 だけど、それは……目的が同じだったから。
 これからは違う。
 ガーデンに所属すらしていない自分が、この先、彼等と共に行動する事は許されない。
 益して、自分は魔女だ。魔女を倒す為に創設されたガーデンに、魔女である自分が居る訳にはいかない。

(私だけ……歩く道が皆と違っちゃう)

 本当は、自分もアーヴァインのように自分の気持ち通りに……真っ直ぐに行動したい。
 自分の想いに正直でありたい。

 だけど……
 それで、多くの人達が迷惑したり、恐怖を抱いたりするのは嫌だ。
 一番良いのは、イデアのように人里離れた場所でひっそりと暮らすこと。
 人目を避けて静かに暮らすことは全然嫌じゃない。別に、大きな街で何不自由の無い生活を送りたいと思っている訳じゃない。

 どんな場所でも良い。
 ……彼の傍に居られるのなら。

(スコールはどうするのかな?)

 目覚めたら彼はどうするのだろう。
 何処へ行くのだろう。
 自分と一緒に居てくれるだろうか?
 それとも、自分を置いて、皆と一緒にガーデンに戻ってしまうのだろうか…

(一人は……嫌だな……)

 だったら……このまま、
 ずっと今が続けば良いのに……。

 リノアは楽しそうに会話を交わすキスティス達から視線を離し、スコールが眠る部屋の扉を寂しげに見つめた。


 

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祐浬 2003/7/9