The secret of Valentine
〜 Joe's view 〜





「フランソワーズ……どうしたんだい? その大きな荷物」
 バレエのレッスンに行っていたフランソワーズが、大きな紙袋を2つも抱えて研究所に帰って来たので……ボクは『おかえり』も言い忘れて、思わず彼女へそう声をかけていた。
「あ、ああ……これ?」
 言いながら、彼女が荷物を持ったままキッチンへと消えてゆく。
 リビングのソファーで1人、コーヒーとともにのんびりした時間を持て余していたボクは、飲みかけのカップを手にして彼女の後を追った。
「実はね、お友達から聞いてきたんだけど……」
 そんなボクの気配に気付いたのか……彼女は後ろを振り返ることなく、袋の中身を次々とテーブルに並べながら先を続ける。
「今日は、日本では『バレンタインデー』って呼ばれる日で、女性が男性にチョコレートをプレゼントする日なんですって?」
「えっ!?」
 あまりに突然の彼女からの『バレンタイン』という言葉に、ボクはビックリしてコーヒーカップを床に落としそうになってしまった。
 ついさっきまで、ただ漠然と『今日はバレンタインなんだ……』とか、『もしフランソワーズがバレンタインデーを知ってたら、ボクにも……その……チョコレートを贈ってくれるんだろうか……?』とか、そんな風に考えていたのを見透かされたのかと思って。
「……? 違うの?」
 何の返答もないボクを不審に思ってか、フランソワーズがふと手を止めてボクの方を見遣る。
 一瞬、止まる時間。
 小首を傾げて、きょとんとしながらボクを見つめる彼女の蒼い瞳にそのまま吸い込まれそうになりながらも、
「あ、ああ……いや、うん……そうだよ」
 ボクはやっとのことでそう答えた。
 ――正確には、女性が『好きな』男性に……なんだけど……。
 フランソワーズ……その辺を詳しくは聞いてこなかったのかな。
「もう、ジョーったら、全然教えてくれないんだもの」
 酷いわ、と少しだけ拗ねたように振る舞ったフランソワーズは、小さくクスッと微笑うと、またテーブルの方に向き直って作業を進め始める。
 そりゃあ……言えないって。
 女性が男性へ2月14日にチョコレートをプレゼントすることの『本当の意味』を知ってるボクからキミに、そんなこと。
「だからね、今日は私からみんなに特製のチョコレートケーキとデザートをプレゼントしようと思って……器具と材料をたっくさん買い込んできちゃった、ってわけなの。ホラ、何しろ9人分も作らなくちゃいけないから……」
「ああ……そ、そうなんだ……」
 そうか……みんなに――ね。
「フランソワーズの特製ケーキか……楽しみだな」
「ふふっ。あ、ジョー、これ……みんなにはまだナイショにしておいてね。きっとみんなも日本のバレンタインの風習なんて知らないと思うから……ビックリさせようと思ってるの」
 ジョーには……特別よ。
 そう言って楽しそうにウインクする彼女を見たボクは――何だかそれだけで、さっきまで感じていた『ほんの少しだけ残念な気持ち』がどこかへ吹き飛んでしまったような気がした。
 ――確かに、『みんなと一緒』っていうのは、キミの中に隠された本当の想いが……その……気になっているボクにしてみれば、何となく……正直複雑、なんだけど。
 どうやらキミは……バレンタインデーの『本当の意味』を知らないみたいだし。
 キミから今日、この2月14日という日にチョコレートを貰える。
 ただそれだけで――ボクはもう充分だった。





 その日の夕方――。
 研究所のキッチンを見事占領したフランソワーズは、コーヒーやら軽食やらを取りに来ようとしたジェットはもちろん、いつものように食事の仕度をしようとした張々湖にも『今日の夕食は1人で作るから』と宣言し、中へは誰も入れようとしなかった。
 キッチンの扉の前で、フランソワーズからコーヒーメーカー一式とリビングにいる人数分(ジェット、ハインリヒ、張々湖、そしてボク)のカップ、それにクッキーの詰め合わせを手渡され、何を取り合う間もなく『回れ右』を余儀なくされたジェットが、それらの載ったトレイをリビングのテーブルに運びながら明らかに怪訝そうな顔でこっち(リビング)へ戻って来る。
「今日はいったいどうしたんだ、フランソワーズは……? ジョー。お前、何か知ってるか?」
「え? い、いや……」
 彼女との約束を守るため、ボクが取るべきは曖昧な態度。
「ふぅん……。しかし、ああやってキッチンに立て篭もるからには、腕によりをかけた何かを作る……にしても、別に今日は誰かの誕生日、とかでもないしなぁ……」
「何かイイことでもあったアルかね?」
「……例えば?」
「う〜〜〜ん、そうアルな……例えば、今日のレッスンで……」

 そしてボクは、彼らと何気ない会話を交わしつつも……ジェットが運んできてくれたせっかくのクッキーには、結局ひとつも手をつけようとしなかった。
 次々にクッキーを口に入れてゆくジェットたちを、何の理由もなしに止めることもできず――ただ、チラッと見遣るだけで。
 ……みんな……すまない。





 いつもよりも豪華な夕食のひとときが過ぎ。
 リビングに満足感たっぷりの雰囲気が漂う中、フランソワーズが『ちょっと待ってて』、と、さらに大きなチョコレートケーキとデザートをキッチンから運んで来ると……。
「すげぇ……! こりゃうまそうだな!!」
 ジェットを初め、誰もがそれらの美しい出来栄えに歓声を上げた。
「へぇ……バレンタインデー、か……。日本にはおもしろい……っていうか、ずいぶんいい習慣があるんだな〜!! あ〜〜〜もう、こんなことなら、さっきあんなにクッキーを食べるんじゃなかったぜ!! なぁ、ハインリヒ?」
「お前と一緒にするな。俺は夕食前だったから、そんなに食ってない」
「ちぇっ。ま、いいや。フランソワーズの手料理なら、いくらでも入るぜ!」
「まあ! ジェットったら……」
 食後の紅茶をみんなに配りながら、フランソワーズが少し照れたように微笑む。
「うん、さすがフランソワーズ、おいしいアルよ〜〜〜!! 一流コックのワイが言うんだから、間違いないアル!!」
「『自称』一流コックだろ? お前さんの場合は。でも確かに……こりゃあ美味い!!」
「ワシにまで作ってくれるとは……嬉しいのぉ」
 張々湖にブリテン、博士、それに全員が、彼女からのバレンタインのプレゼントを本当に喜んでいるようだった。
「ジョーは……どう?」
 つと……あまりに自然に隣へ腰掛けたフランソワーズが、少し不安げな表情をしてボクに尋ねる。
 彼女の真剣で、そして愛らしい仕草を前に、自分の表情(かお)に微笑みが零れるのがわかる。
 ――そんなに心配そうな顔、必要ないのに。
「もちろん、すごくおいしいよ! まさか、フランソワーズからバレンタインにチョコレートを貰えるなんて思ってもいなかったから……余計に嬉しくて」
「ホント? よかった……!」
 思わず口をついた――少し照れくさい本音。
 けれど、その言葉を聞いた途端、ぱっと華やぐフランソワーズの顔。
 そんな彼女を見ているだけで、ボクの心は簡単に喜びと安らぎを覚える――それが自分でもよくわかる一瞬だった。





 その日はそのまま、普段なら早めに休んでしまう博士やジェロニモも一緒に、久し振りにみんなで遅くまで楽しい時間を過ごしていた。
 ジェットやブリテンがお酒を持ち出してきたりして、何時の間にか始まったパーティーは大きな盛り上がりを見せ――そして、夜も更けた頃……。

「それじゃあ……おやすみなさい、ジョー……」
「ああ。おやすみ、フランソワーズ」
 ささやかなパーティーが終わり、廊下で彼女と挨拶を交わしたあと、自分の部屋に入ってライトをつけたボクは、ふと机の上に綺麗にラッピングされた2つの小さな荷物が置いてあるのに気がついた。
 ――ひとつは少し薄めの四角い箱の形をしていて、もうひとつは――左上にリボンがついた紙袋。
「……?」
 最初に紙袋の方を手にして、破らないようにゆっくりと包装紙を開けてみると――。
「こ、これは……!!」
 中には、暖かそうな真っ白の手編みのマフラーと……カードが1枚。


『白がよく似合う貴方へ――St.Valentine』


 カードにはたった一言、これだけが書かれていた。
(これは……フランソワーズ……? い、いったい、いつの間に……!!)
 そういえば最近――フランソワーズは自分の部屋に篭りがちみたいだったけど……もしかして……これを?

『ジョーには……特別よ』

 ――今初めて、ボクはあのときフランソワーズが言っていた言葉の『本当の意味』を悟った。
 彼女はおそらく――知っていたのだ。
 日本のバレンタインデーとは、どういう日なのかということを。
 と、いうことは……もうひとつの箱の中身は、もちろん……。


(……もしこの箱の中身が、ボクが予想しているものだとしたら――それはボクが、ほんの少し自惚れても……良い、ってこと、かい?)
 どこまでも一枚上手な天使が、この日のために張り巡らせた『何もかも』を理解した途端、ボクは何だか身体の奥から熱い感情が込み上げてくるのを抑えることができなかった。
 たった今、ほんの数分前に別れたばかりの彼女に今すぐ逢いたくて……たまらなくて。
(フランソワーズ、まだ起きてるかな……? 1ヶ月も御礼を先延ばしになんて……できないよ)
 ボクは首にそっとマフラーを巻きつけると、足早に自分の部屋を後にした。
 その白いマフラーを通して、彼女のぬくもりを深く深く感じながら……。



― Fin ―
 


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