puzzle ~ deepended mystery 2 ~





 
 (5)


「行き先はわかってるのか?」
 ジェットが意気揚々と駆るネイビーブルーのRX-7――その助手席で。
 ハインリヒはポケットから取り出した煙草を1本、口に咥えながらシートへ身体を預け、問う。
「任せとけって! ジョーのヤツ、あのときの電話で、つい最近できたばっかりの有名なビルを待ち合わせ場所にしてたみたいだからな」
「有名なビル……?」
「ああ。何て言ったかな……そうそう、確か『パルム・ウィンディア』とか言う名前の……。ほら、水族館やらプラネタリウムやらのアミューズメント・パークに加え、一流デパート並みの店まで何でも揃ってる、っていう謳い文句で、この前70階建てだかのでっかいビルが海のそばにオープンしただろ?」
「パルム・ウィンディア……」
 どこか呟くようにそう繰り返すハインリヒに、ジェットがすかさず訝しげな反応を示す。
「何だよハインリヒ。知ってるのか?」
「いや……。ただ……」
「…ただ……何だよ」
「ん……? ……あそこは確か、上層階が超高級ホテルになってた――と思ってな」
「おっ、おいおい! つまんねぇ冗談はやめろよ!?」
「フッ。ま、いくら何でもそれはないだろうが」
 慌てて食って掛かるジェットを他所に、当のハインリヒ本人はうっすらと自嘲気味な笑みを浮かべ、煙混じりのため息を小さくひとつ吐(つ)いた。



 もちろん、あのジョーがフランソワーズ以外の女と実はそういう関係で、そういう場所に行くとは考えられない。
 それは、例え言葉に変えられることがなくても、『他の誰よりもフランソワーズを大切に想っている』と――そう事あるごとに感じさせるジョーの態度が齎すが故の、揺るぎないハインリヒの持論だった。
 ……肝心のフランソワーズや、もしかしたらジョー自身でさえも、その強く熱い想いと態度に本当に気がつくには、まだそれなりの時間が必要だということも……重々承知の上の結論。

 おそらくは、まず間違いなく何か別の事情と目的があって、ジョーは『パルム・ウィンディア』へ……。そして、あの工藤留美とかいう女と一緒に行動しているのだろうと、半ば見当がついている。

 ――だからこそ。
 黙っていればいいのに、ふと脳裡に思い出されたその余計な情報を、ついわざとジェットにぶつけたくなってしまった――のかもしれないと、ハインリヒは自嘲(わら)った。
 周囲にはあれほどまでにわかりやすくフランソワーズへの想いを滲ませておきながら、その彼女をこうしてこの上なく哀しませているジョーに……密かな苛立ちを込めて。



「しかし……仮にジョーがまだその『パルム・ウィンディア』にいるとしても、あのビル内で探し出すのは一苦労だな。それに、ひょっとしたらもうどこか別の場所へ移動してる可能性も……」
「とは言え、今の俺たちには手掛かりはそれしかねぇんだ。とにかくまずは駐車場でジョーのストレンジャーを探してみようぜ。あの真っ赤な目立つ車を、俺たちが見逃すはずはねぇからな」
「……それもそうだ」
「――……に、してもよ」
 微笑混じりの表情(かお)をしたジェットが、ちらり、と横目で助手席を見遣る。
「ハインリヒともあろうお方が率先して『こーゆーコト』に首突っ込むなんて、いったいどういう風の吹き回しだ? いつものお前なら、ほぼ間違いなく『我関せず』、だろ?」
「――いいから黙って、前向いて運転士しろ」
「へいへい」
 どいつもこいつも、意地っ張りで不器用で、素直じゃないんだよなぁ――。
 周囲から見れば、自分自身も間違いなく『意地っ張りで不器用で、素直じゃない人種』であることは完全に棚に上げつつ、ジェットはそんなことを思いながらアクセルを踏む右脚に力を込めた。









「ジェット、止めろ!」
「!? なっ、何だよ急に……」
「いたぞ。ジョーだ」
「あぁ!?」
 ハインリヒたち2人を乗せた車が走る、広い公道の斜め右側。前方の反対車線――。
 そこには、確かに見慣れたジョーの愛車・ストレンジャーの姿があった。
 つい先刻車から降りたばかりらしいジョーの脚は、ガードレールを飛び越え、その先のとある店へと向かっている。
「ありゃ人気ブランドの宝石店じゃねぇか……。何だってジョーのヤツ、こんなところに……?」
「……どうやら2人の待ち合わせ場所は、『パルム・ウィンディア』じゃなくてここだったようだぜ、ジェット」
「あん? 何でお前にそんなことがわか……あ!」
 ジェットが一度ハインリヒに向けていた視線を再びジョーに戻すと、ちょうど彼の元へ1人の女性が小さく駆け寄ってきたところだった。
 すらりとした容貌。
 肩越しに揺れる、明るい茶色のふんわりとした長い髪……。
「あの女が工藤留美――か?」
「たぶん、な」
 ハインリヒに言われ、ジェットが思わずヒュウと口笛を吹く。
 それほどにその女性は、遠目からでもとても清楚でおしとやかそうで……。それでいて、かなりの美人であることがよくわかった。

 軽い会釈をする彼女に微笑みを返しながら、何事か言葉を交わすジョー。
 こちらからの視線になどまるで気づかないまま、ジョーはごく自然な様子で、仲睦まじげに彼女と宝石店の中へと入っていった――。





「……どう思う? ハインリヒ」
 目の前での出来事に茫然と言葉を失っていたジェットがおもむろにそう口を開いたのは、2人が店の中に消えてしばらく経ってからのことだった。
「――どう……とは?」
「決まってんだろっ!? ジョーとあの美人の関係に!! ありゃあどう見ても『ただのちょっとしたお知り合い』、って感じじゃなかったぜ!?」
「……」
「まっ、まさか……まさかジョーのヤツ………。い、いやっ、あいつに限ってそんな……」
「………」
「でもよっ、だとしても、これじゃ言い訳のしようが……っ! ……だーーーっ!! あの馬鹿野郎っっ!!!」
「……………」
 ジェットが1人、ああでもないこうでもないと何とかジョーを擁護しようとしつつ……けれど、結局行き着く先は憤り、という堂々巡りに喘ぎ騒いでいる間、ハインリヒは唇を真一文字に結んだまま終始無言を貫いていた。
 表情も変えず、いつものようにジェットを窘めることもせず、ただじっと。

 若い男女が2人で一緒に宝石店に入る理由と言えば、大抵の場合、『男性が女性へプレゼントを贈るため』と相場は決まっている。
 あるいは――。

「そっ、そうだよ!」
 突如浮かんだ妙案に身を躍らせるようにして、ジェットがハインリヒを指差しながら振り返る。
「ほらっ、よくある話じゃねぇか!! 本命に贈るプレゼントを選ぶのに、他の女友達の意見を聞いて参考にするとか……」
「―――だと、よかったんだがな」
 ジェットの言葉が最後まで終わらないうちに。
 見てみろ、と言わんばかりに店先を顎で促す仕草を見せるハインリヒに、ジェットはイヤな予感を抱きつつ従う。

 店の自動ドアがスッと開き、上着のポケットに右手を差し入れたジョーと、彼に寄り添うようにして出てくるあの女性。
 一見、先程と何も変わらない2人の姿――のように思えたが……。
「あ!」
 女性が嬉しそな表情(かお)で左手を耳元に翳す仕草を見て、ジェットも気づいた。
 店へ入る前にはなかったはずの輝きが、女性の両耳を美しく彩っていることに。
「じっ……冗談だろ!? 何だよあのピアス!」
「ダイヤ――だろうな。……それも、かなり極上の」
「んなこた見りゃわかるっ! 装飾も確かに豪華だが、ここにいる俺たちからでもあの煌きが見えるんだ、相当大きいモンに違いねぇ。俺が言いたいのはそうじゃなくてだなっ!!」
「……『彼女が自分で買った』可能性だって、ないワケじゃないぜ?」
「はんっ! そんな可能性、お前の方こそこれっぽっちも考えてねぇクセに!」
 彼女が自分で自分のために購入するのなら、わざわざジョーとの待ち合わせ場所に『ここ』を選ぶことも、敢えてジョーを連れた今、目の前でそんな買い物をする必要も理由もないことくらい、容易に想像がつく。

 暮れなずむ黄昏の中――ジョーたちがストレンジャーの前で、身につけたばかりのピアスをおそらく話題にしながら楽しそうに談笑し合う様子を見ていると、『よく似合ってるよ』、『ありがとう』などという声さえ聞こえてくるような気がして仕方がない。
「ったくジョーのヤツ! あんな高価(たか)そうなモノをフランソワーズ以外の女に贈るなんて……いったいどういうつもりでいやがるんだよ!!」

 ――ジョーを見つけ出したら、これまでの不審な態度に文句を言ってやるつもりだった。
 お前のことをあんなに一途に想っているフランソワーズの気持ちを知りながら――そうさ、知らないなんて言わせねえ。そんな彼女をあれほど哀しませるなんて、お前は何をやってるんだ、と。

 心のどこかで、一言ジョーにそう告げさえすれば、すべては解決すると思っていた。
 どうせちょっとした切欠で『留美さん』と知り合うことになって……。何かしらの事情があって、あるいはまたヘタなことに巻き込まれて、彼女と行動をともにする羽目になった――ただフタを開けてみればそれだけのことだろうと高をくくっていた。

 ハインリヒだって、きっと少なからずそんなような予想を立てていたに違いない。
 だからこそ、ある意味『ジョーの無実を証明し、フランソワーズを安心させるため』に、ヤツの跡を追う気になったんだろう。
 フランソワーズのあんな姿を目にしたら……例え余計なお節介かもしれなくても、放ってなんておけねぇからな。

 ………ところが、だ。

 目の前に置かれた、この状況は何だ?
 こっそり留美って女といちゃいちゃデートの挙句――おまけにダイヤをプレゼントだと!?

「おい、どうするハインリヒ!? ここでふん捕まえて、全部白状(は)かせるか!?」
「いや待て。どうやらどこかへ移動するようだぞ」
 ジョーと女性を乗せたストレンジャーが、何台もの車が犇き合う車道を華麗なUターンで掻い潜り、ジェットたちの遥か前方へと消えてゆく。
「追うか? ……事は一筋縄じゃ行きそうもなくなってきたが――?」
「行くしかねぇだろっ!」
(こんな状況を見せつけられて、何もしないまま引き下がれるかよっ!!)
 ジェットはハインリヒの問いに即答した後、心の裡で吐き捨てるようにそう叫ぶと、荒々しくハンドルを切ってジョーたちの車を追った。
 向かう先は、先程までジェットたちが進んでいた方角。
「あいつら、この道を真っ直ぐ行くってことは……」
「……パルム・ウィンディア、だな」









  (6)


 西の空を紅く染め上げていた夕日もずいぶんと影を潜め、辺りは徐々に夕闇に包まれようとしていた。
 賑やかな街並みを抜け、大通りを道なりに南へと進み、視線の先に茜色に煌く海が見え隠れし始めた頃――ふいに5〜6台前を走るストレンジャーが、オレンジのウインカーを点滅させて右折車線へと入っていくのが見えた。
 間にいた車のうち、3台もがちょうど良くストレンジャーに倣ったので、ジェットたちもゆっくりとそのまま後に続いて信号を待つ。

 右折した先に見える大きなゲート――そこが、壮麗なるパルム・ウィンディアの入口だった。







 カラフルな電飾が数多く踊る、ビルや屋外駐車場の外観。
 昼間はもちろん、ナイトスポットとしても大人気なパルム・ウィンディアは、家族連れやデートを楽しむ若者たちでいっぱいで、この時間になってもまだまだ落ち着きを見せることを知らない。
 ストレンジャーから一旦離れて、ほぼ満車状態の広い駐車場を彷徨うジェットたち。
 2人は、とある一角に車を停めると、急ぎ、先にビル内へ向かったジョーとあの女性を追う。

「あっちだ」
 階段を上り、正面エントランスを抜け――。
 1階中央の吹き抜けに建てられた巨大な噴水に差し掛かったところでハインリヒが目敏くジョーたちを見つけ、ジェットを促す。
 2人は、数あるお店や施設などには立ち寄る様子もなく、真っ直ぐに左手のエレベーターホールを目指しているようだった。
 女性も……そしてジョーも、さすがにこの状況では附けられていることに気づいたり、気にしている素振りもない。
 ……けれど、相手は『009』。
 人込みを掻き分けながら、慎重に距離を詰める。





 やがて――……。

 ――チン。

 軽やかな音とともに1階へと辿り着いた左端のエレベーターが、数名の客を解放する。
 その彼らと入れ違う形で、ジョーたちが吸い込まれるようにそれに乗り込む光景が見えた。
「どこへ行くつもりだ? あいつら……」
 扉が完全に閉まるのを見届けた後、ジェットは急ぎ隣りのエレベーターに近づき上ボタンを押すと、近くに表示されているフロア案内と睨めっこしながらエレベーターの行方を確認する。
 ここにいる大勢の客が乗るのを見送り、2人が乗ったそれは、ホールに2つしかない上階への直通エレベーター。
 ……50……55……60。
 止まったのは、超高級ホテルのフロントがある、60階。

 ガンっっ!!

 瞬間、思わず壁のボタンに拳を叩きつけたジェットが叫ぶ。 
「――っの野郎っ!!」









 ジェットとハインリヒが60階に着いたとき、すでにジョーたちの姿はそこにはなかった。
 見える人影といえば、広く豪華で清潔感溢れるロビーに客が数名と……フロントに、男が3人。

「おい、『島村』の部屋はどこだ!?」
 有無を言わさぬ勢いで、ジェットが支配人らしき品格を漂わせる50代半ばくらいの男性に、カウンター越しから詰め寄る。
「は?」
「たった今、俺たちのすぐ前に……栗色の髪で片目を隠したヤツが、女と一緒に来ただろ!?」
「え……ああ、工藤様とご一緒にいらした、あの男性の方のことですか?」
「!! 工藤って……やっぱりあの女……工藤留美、なのか!? 茶色い長い髪をした、清楚な感じの――」
「は、はい、さようでございますが……」
 最後の望みの綱が、思わぬところでいとも簡単に絶ち切られたような……そんな気がした。
 ジョーと宝石店の前で待ち合わせをして、ジョーとはとても親密そうな雰囲気を纏い、ジョーと一緒にこのパルム・ウィンディアの一流ホテルまでやってきた、あの女性。
 今までは自分たちが勝手に仮定して話を進めてきただけで、彼女が本当に『工藤留美』だと……フランソワーズの心を知らず苦しめている張本人であるという確証は、どこにもなかった。
 もし彼女が別の人物――そう、例えば『工藤留美』の娘とか、とにかく彼女に関係する別人であったなら。
 ジョーと親しそうにしたり彼がプレゼントを贈ったりしたのにも、たまたまちょっとした理由が存在して。ジョーは、『留美』とももちろんあの女性とも、フランソワーズが心を痛めるような特別な仲ではないと――すべては誤解が重なっただけだったのだと、そう言ってフランソワーズを安心させてやれる可能性が……。
 ……例え限りなくゼロに近いものだとしても、残されていたかもしれないのに。



 ――けれど。
 そんな夢のように都合のいい話とはまるでかけ離れた現実が、容赦なく2人の前に立ちはだかる。



「あの方でしたら、工藤様が予約(リザーブ)された最上階のスイートルームへ、先程ご一緒にご案内を……」
「な……っ!?」
 最早、繋げる言葉が見つからなかった。
 ジョーが……フランソワーズ以外の女と、ホテルへ。
 しかも、相手の女の方がリザーブを入れた高級ホテルのスイートルームに、2人きりで――。



 ――……ジェットとハインリヒの間に流れる、果てしなく長いようで短い、けれど、深い深い沈黙の時間(とき)。
 しばらくの後、その沈黙を重々しく破ったのは、ハインリヒの方だった。
「……ジェット」
「何だよっ」
「帰るぞ」
「!! ハイン……」
「時計を見てみろ」
 反論する間もなく、言われて振り返ったカウンターの向こう……壁に掛けられたお洒落なアナログ時計の針は、7時36分を指していた。
「もう7時半を過ぎてる。フランソワーズのことだ。ひょっとしたら、俺たちがジョーのすぐ後に出掛けたことに、何かしら感じているものがあるかもしれない。その俺たちが、いつまで経っても家に帰らないでいてみろ。これ以上フランソワーズに不安材料を抱かせる気か?」
「……そっ……それは………」
 その一言だけで思わずジェットが口篭もったのには、2つの理由があった。
 ひとつは、ハインリヒの言うことがこの上ないほど的を射ており、反論の余地がないこと。
 そして、もうひとつは――。
(ハインリヒのヤツ……本気(マジ)でキてやがる)
 低く淡々とした口調の中に秘められた、渦巻く激しい感情。
 こんな風に、湧き上がる怒りをここまで無理矢理押さえつけようとしているハインリヒの姿は、滅多に……いや、見たことがない。
(……しかし、ハッキリ言ってその怒れる気持ち――。俺もハインリヒと同じだぜ、ジョー!)


 すでに無言でエレベーターに向かって歩き出しているハインリヒの後ろを、ジェットはほんの少しだけ距離を置いて追った。
 そんなジェットに、支配人が後ろから遠慮がちに声を掛ける。
「あ、あの……?」
「邪魔したな」
「あっ、お、お客様……!」



 結局、その日の夜――時計の針が何時を回っても、ジョーが研究所に戻って来ることはなかった……。





                                To be continued

 

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