puzzle ~ deepended mystery 1 ~





 
 (4)


「……フランソワーズ」
 ふいに――コンコン、というノック音とともに、ベッドに身体を預けていたフランソワーズの元へジェットの声が届いた。
「……!」
 反射的に身体を起こした彼女は、慌てて涙を拭う。
「ちょっと、いい……か?」
 ドア越しから遠慮がちに尋ねるジェット。フランソワーズは……
「ま、待って……今開けるわ」
と応えると、駆け寄ったドアの前でひとつ――小さな深呼吸をした。

 カチャ――。

 ゆっくりと部屋の中に流れ込んでくる、微かにひんやりとした外の空気。
 扉の向こうには、ジェットだけでなくハインリヒの姿もあった。

「あ……ど、どうしたの? 2人揃って」
 そう言って、少し驚いたように微笑んで見せるフランソワーズに――ジェットとハインリヒの心がズキリと痛む。
 すぐにフッとさりげなく目線を外した彼女の蒼い瞳に、うっすらと赤い翳りが射しているのを……2人は見逃さなかった。
「い、いやな。実は……その……」
 ――あれほど『不自然にならないように』とハインリヒに釘を刺されていたのに、いざそんな表情(かお)で自分たちに向かう彼女を目の前にすると、上手く言葉が繋がらない。
 おそらく……というよりも、ほぼ間違いなく『アイツ』のせいでここのところ元気のないフランソワーズを、どうにかして元気づけよう……と、階下で彼と計画していたジェットだったのだが……。
「きょ、今日の夕食は……めずらしく3人だけになりそうだからよ、どこかへおいしいものでも……テッ!!」
 そこまで言いかけたジェットの脇腹に、何の前触れもなくハインリヒの肘撃ちが飛ぶ。
『な、何だよ!』
 キッと右に振り向き、極力小さな声で悪態をつくジェットに対して、彼は同じくらいのトーンでこう返した。
『馬鹿が! ヤツがいないのを強調してどうするんだよ!』
『そっ、そうか……』
 ジェットはひとつ、コホンと咳払いをして、
「ま……まぁ、何でもいいや! ――とにかく、これから一緒に食事へでも行かねぇか、って思ってさ」
「ジェット……」
 そう呟いた自分の声が微かに震えていることに気付いたフランソワーズは、俯きながらふっと哀しげに微笑んだ。
(余計な心配……かけないようにしていたつもりだったのに……)
 2人が何もかもわかった上で、自分のことをとても心配してくれているのが手に取るように感じられる。
 だから……その暖かい想いに応えるように。
 フランソワーズは自分の気持ちを隠さずに伝えることにした。
「……ありがとう、ジェット、ハインリヒ。でも……ごめんなさい、今日はあまり……食欲がないの。それに……」
 ――言いながら、フランソワーズは再びそっと俯いて。
「街へは……今は……」
 ……ネガティヴな感情であることはわかっていた。
 それでも……今のフランソワーズにとっては、またあの日と同じ夕暮れの中で、ジョーと、そして彼に寄り添う『彼女』の姿を見ることが何よりも怖かった。
(フランソワーズ……)
 今にも消え入りそうな彼女の声に、ジェットもハインリヒもしばらくの間……ただじっと黙って耳を傾けることしかできないでいた。
 重く……圧し掛かるような雰囲気の中を流れる時間は、なぜこんなにもゆっくりと感じられるのだろう……。





「わかったぜ、フランソワーズ。じゃ、夕食には俺たちだけで行って来る」
「!? ハ、ハイン……」
 隣で驚くジェットをよそに、その言葉におずおずと顔を覗かせたフランソワーズをじっと見据えながら、ハインリヒは先を続ける。
「そうだな……今、6時を回ったばかりだから……ま、8時過ぎには戻るさ」
「で、でも、ハインリヒ……っ!」
 そんな――何か想いを紡ごうとする彼女を制するようにして。
「よし。行くぞ、ジェット」
 ハインリヒはそれだけ告げると、くるっと後ろを向いて1人でスタスタと歩いて行ってしまった。
「お、おい、待てよハインリヒ!!」
 その彼の後を憮然とした表情のジェットが慌てて追い、2人の姿が小さくなってゆくのを何も言えずにフランソワーズが見送っていると……ふと、階段へと向かう廊下の突き当たりで、ハインリヒの脚がピタッと止まった。
「――フランソワーズ」
「え……?」
 ハインリヒは、彼女に背を向けた、そのままの格好で。
「……あんまり――1人で抱え込むなよ」
「っ……!」
 スッとひとつだけ右手を振った彼とジェットの姿がフランソワーズの視界から消えたその瞬間。
 また堪えきれなくなった涙が一筋、つと彼女の頬を伝った。
 いつもすぐそばで、溢れ出す涙を拭ってくれる優しく暖かい指は……今はない。
 フランソワーズは、まるでその指を待ちわびるかのように・・・頬の雫を拭おうともしないで。



 このまま……このまま彼らの優しさに甘えてしまうことができたら……。
 ハインリヒやジェットの胸に飛び込んでしまえたら、どんなに……。



 そんな偽りの感情で、素直になれない自分の『本当の気持ち(想い)』を覆い隠そうとすればするほど――心の奥底には、愛しい人の無邪気な笑顔が焼きついて離れなかった。









「相当重症だな、フランソワーズは……」
「ああ……痛々しくて見てらんねぇよ」
 階下へと下りたハインリヒとジェットは、彼女が想像以上に塞ぎ込んでいることに対してやりきれない気持ちでいっぱいだった。
 いつも自分たちに見せていた明るく朗らかな彼女の姿が、本当は一生懸命気丈に振舞っていただけなのだと気づいてしまったから、なおさら……。
「それにしても……ハインリヒ! なんでフランソワーズを置いてさっさと降りてきちまったんだよ!? これじゃあ何のために様子を見に行ったんだか……」
「さっきはこれほどまでとは思わなかったからな……あの様子じゃ、少し1人にしてやった方がいいだろう」
「……っとにジョーの野郎は……そうだ、ハインリヒ! せっかく街へ出るなら、このままヤツを探しに行くってのはどうだ!? アイツ、フランソワーズを哀しませることばっかしやがって……一言言ってやらなきゃ気が済まねぇ!!」
 思い立ったら即行動。
 正に一本気な彼の性格に、ハインリヒは半ばあきれ気味の表情でこう言った。
「おい、ジェット。何のために俺がわざわざフランソワーズに『外食する』って言ってきたと思ってるんだ」
「……!!」
 瞬間、ジェットはパチンと指を鳴らして、
「さすがは相棒! そうこなくっちゃな!!」
とハインリヒの肩に腕を回した。
「フン……調子のいい」
 ハインリヒが、ポケットから車のキーを取り出して親指でピンッと弾く。
 それをジェットは素早く空中で受け取って。
「待ってろよ、フランソワーズ! それに……ジョーもな!!」



 

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