†† Bon Anniversaire ... Francoise ††

~ Act.3 ~


 ジョーの言葉に促されたフランソワーズが、ゆっくりゆっくりと蒼い瞳を覗かせる。
 視線はすぐに彼女自身の胸元へと向かい、そこで彼女の瞳が捉えたのは、白い肌の上で目映いばかりに光り輝く翡翠のネックレスだった。
「……! ジ、ジョー、これ……!!」
 フランソワーズが弾かれたようにそう驚嘆の声を上げたのは、ジョーがこうして素敵なプレゼントを齎してくれたから……だけではなかった。
 彼女には、そのネックレスのデザインに見覚えがあったのだ。
「誕生日おめでとう、フランソワーズ。……気にいって……くれた?」
「こ、これって……もしかして、あの……?」
 驚きの表情を隠せないまま問うフランソワーズに、ジョーは少し照れたように無言のまま頷いて見せる。


 ――フランソワーズが、彼女のお気に入りであるとあるショップの有名デザイナーから、新しく自らが掲げるテーマに基づいたアクセサリーのブランド・ショップを1月24日にオープンするというダイレクト・メールを贈られたことをたまたまジョーが知ったのは、数日前のことだった。
 リビングのテーブルに置かれていたハガキのお店をジョーが訪ねると、偶然そこへ開店の準備と視察に来ていたデザイナー本人に逢うことができ……。彼の話では、フランソワーズは彼が有名になるもっと以前からのショップの得意客だったため、その感謝の気持ちも込めて、今回わざわざダイレクトメールという形で彼女へショップオープンの告知とともに、当日各種ひとつずつしか販売しないという限定アクセサリー3点(指輪・ネックレス・ピアス)を紹介したのだという。
 彼は、ジョーが奇しくもショップオープンと同じ日であるフランソワーズの誕生日プレゼントに、何か自分のブランドのアクセサリーを――と考えてくれていることを聞き、快くその3つのアクセサリーのうちのひとつをジョーのために確保しておくと約束した。
 それも――通常では考えられないほど破格の値で。


「ジョー……知ってたの? あのハガキのこと……」
「この間、キミがリビングのソファーに座って熱心にハガキを見てるのを……ちょうど、ね。勝手にキミへのハガキを見るのもまずいかな、って思ったんだけど……テーブルの上に置いてあったから、つい」
 ごめん、と謝るジョーへ、フランソワーズが『ううん』と何度も首を横に振る。
 ――嬉しかった。
 ジョーがそんな些細なことでも自分を気にかけてくれていたことが……何よりも。
「でも、どうしてこれが今……? お店が開くのって、確か今日の12時だったはず……よね?」
 つとフランソワーズが壁掛けの時計を見遣ると、今はまだ……当然24日の午前0時をまわったばかり。
 しばらくは、ぎこちなく視線を彷徨わせたりして何とか誤魔化そうとしていたジョーだったが……。
 どうにもその質問からは逃れられないということを悟ると、彼はやっと決まりが悪そうに重い口を開いた。
「……明日」
「え?」
「他のみんなは、ここへ着くのがだいたいお昼過ぎから夕方になるって言ってたけど……。明日の朝、ジェットやハインリヒがキミのために一番で帰って来るって連絡があったの……話したよね?」
「え、ええ……」
「だっ……だから……」
「……?」
「だから、どうしても……誰よりも最初に、キミにプレゼントを渡したくて……ちょっとだけ、彼にその……融通を……」
「……!!」
 ――これで、ジョーの帰りが遅かった理由に説明がついた……と、フランソワーズは納得した。
 おそらくジョーは、24日の朝に入荷され、12時以降に受け取るはずだったこのネックレスを、何とか早く届けてもらおうとして……。
「……ありがとう……ジョー……」
 気がつくと――フランソワーズは改めてネックレスに視線を落としながら、大切に大切にその言葉と彼の名前をつぶやいていた。
 他にももっとたくさん、ジョーに伝えたい気持ちは数え切れないほどあるのに……その気持ちを表そうとすると、『ありがとう』という5文字しか言葉として出て来てはくれなかった。
 まるで『言葉の代わり』とでも言わんばかりに、溢れ出した涙でフランソワーズの視界が微かに滲む。
 俯いたままそっと右手で翡翠のネックレスに触れたフランソワーズは、熱く潤んだ蒼い瞳でその輝きをいつまでも厭きることなく見つめ続けていた。
 刻の流れを告げる、緩やかな秒針の音。
 目の前の光景を暫し黙って眺めていたジョーが、ふいに彼女の肩を両手でぐっと引き寄せる。
「それから――もうひとつ」
「え……? あっ」
 それは、一瞬の出来事だった。
 滲む視界の中でさえ美しく光るネックレスの輝きに魅せられている間に、ふと近づいたジョーのぬくもりと吐息。
 無防備だった首筋にうっすらと浮かぶ……ひとつの小さな、紅い花びら。
「……っ!!」
 普段のジョーからは考えられないほどあまりにも大胆な不意打ちに、フランソワーズは言葉が出ない。
「……こっちは、誰にも内緒だよ」
「もう……っ」
 少し怒ったような――困ったような。
 複雑な表情で小さく微笑うフランソワーズの瞳には、真っ赤に頬を染めて視線を逸らすジョーの横顔が映り込んでいた。











「――我慢、できると思ったんだけどな」
「何を……?」
 淡い月光に照らされ……ぼんやりと浮かび上がる、真っ白いシーツと羽根布団の波間。
 独り言だったはずの言葉への思いがけない返答に、ジョーは、左腕の中に抱き寄せたフランソワーズが、今、唯一身につけている翡翠のネックレスに右手の人差し指を引っ掛け――苦笑する。
「……これと……さっきの、2つ目のプレゼントの話。やっぱり……キミのうなじに『彼』の存在だけがあるのは……その……」
「…ジョーったら……」
 フランソワーズは細くしなやかな指先をジョーの右手に絡めると、おもむろに彼の広い胸へ顔を埋めた。
「フランソワーズ……?」
 ジョーの鼻腔を微かにくすぐる、フランソワーズの甘い香り。
「――こうしていたいの。少しだけ……」
「……フランソワーズ」


 同じこの時間(とき)、この空間(ばしょ)で。
 たった1人の大切な女性(ひと)と巡り逢い、共に生きてゆく――それは、奇跡。
(少しだなんて言わないで……このままキミを抱きしめさせて。時間が許す限り、永遠に(ずっと))
 数奇な運命に導かれて、自分の元に舞い降りてきてくれた天使を離すまいと、ジョーがフランソワーズを抱く腕に力を込める。
(キミに出逢えて……よかった)
 ジョーにとって奇跡の始まりを告げるこの日へ……彼は言葉にできない想いを馳せて。
 直接触れ合う肌のぬくもりに――重なり合う確かな鼓動に誘われるかのように、やがて2人は深く心地よい眠りの中へと静かに落ちていった。



                                         ~ Fin ~

 

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