†† Bon Anniversaire ... Francoise ††

~ vol.1 ~


 1月23日、ギルモア研究所……23時54分。


 ――コンコン。
 静寂が支配する夜の廊下に響き渡る、澄んだノック音。
『はい……?』
 目の前を遮る扉の向こう側から柔らかなその声がジョーの耳へと届いたのは、それからまもなくのことだった。
「フランソワーズ? ボクだけど……」
『……ジョー?』
 中で彼女が近づいて来る気配がして、ゆっくりと扉が開く。
 それぞれがそれぞれの用事で妙に慌ただしかった朝以来――今日、ジョーのブラウン・アイがフランソワーズの姿を捉えるのことができたのは、これでやっと2度目。
 すでに朝の服装からピンク色のパジャマに着替えていた彼女が、驚きに満ちた蒼い瞳でジョーを出迎えた。
「お帰りなさい、遅かったのね」
「ごめん……まだ、起きてた?」
 躊躇いがちに言葉を紡ぐジョーに、フランソワーズが笑顔で頷く。
「実は私も、少し前にレッスンが終わって帰って来たばかりなの。たった今、ギルモア博士から『まだジョーが帰ってない』って聞いて……」
 そう話すフランソワーズによって、ごく自然に暖まった部屋の中へと招かれたジョーが、冷たい空気が部屋に流れ込む前に後ろ手でパタンとドアを閉める。
「ジョー……今日は確かテスト・ランの日じゃなかった……わよね?」
 ――どこへ行ってたの? と訝しそうに尋ねるフランソワーズだったが、ジョーは、
「……ちょっと、ね」
と、曖昧な応えしか示さない。
「それより、明日のこと……聞いた?」
「ええ。さっき、ギルモア博士から。ジェットもハインリヒも、明日……わざわざ戻って来てくれるんですって?」
「2人とも、『そのつもりで明日からのスケジュールを空けておいたんだ』って……昼間国際電話があったんだ。……あ、そうそう、2人からフランソワーズに伝言。『アメリカと、それからドイツにしかないプレゼントを買って朝一で帰るから楽しみにしててくれ』って」
「まあ……本当? 張大人も、明日は腕によりをかけてケーキを焼いてくれるって……。ふふっ、何だか子供みたいに明日が楽しみになっちゃうわ」
 どこまでも純真で、屈託のない笑顔。
 今までも、ふとした瞬間に何度となく彼女の笑顔に魅せられて……そして、何度となく癒されてきたはずなのに。
 なぜか今のジョーには、その微笑みがたまらないほど愛しくもあり――胸が締め付けられるほど苦しくて。
(……)
 心の裡に巣食う『微かな痛み』の正体が探り出せないまま、そんな複雑な想いをかき消すかのように。
 ジョーは、今この時間に彼女の部屋を訪れた本当の目的を果たすため、努めて穏やかな声で彼女にこう問い掛けた。
「フランソワーズ、少し髪……上げてくれる?」
「え……?」
 言ってしまってから――自分でも唐突だったと、ジョーは思う。
 けれど、ここまで来たら……もう迷っている時間はない。
 一方、突然ジョーの真っ直ぐな瞳にじっと見つめられたフランソワーズは、
「……こ、こう……?」
と、戸惑いながらも彼の言う通りに両手でゆっくりと亜麻色の髪をかき上げる。











 ほのかに漂う、シャンプーの甘い香り。
 さらりと流れる髪の向こう側で露になった細く白い首筋と、少し大きく開いたピンクのパジャマの胸元につい見惚れてしまいそうになるのをジョーは必死で堪えながら、彼女に次の指示を促した。
「うん、そのまま……眼を瞑って――。……あ。能力を使っちゃダメだよ」
「……! くすっ……ジョーったら……」
 そんなことしないわ、とフランソワーズが微笑って睫毛を伏せる。

 

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