〜風の悪戯〜
 
― Story by Shion ―

 

 

「……〜♪」

 穏やかな陽射しの中。
 流れゆく風に誘われるようにジョーの耳へと届くのは、可憐な……天使の歌声。

「……」
「♪〜……?」

 ふいに隣からの視線を感じて……。
 大きな蒼い瞳にその眼差しの主を映したフランソワーズが、2、3度瞬きをして小首を傾げた。


「な……何、ジョー?」

 何か……顔についてる?
 そう照れたようにはにかむ彼女へ、ジョーは優しく微笑みながら言った。

「いや……フランソワーズ、何だかご機嫌だな……と思って」
「え……?」
「キミがそんな風にハミングする声、初めて聴いたから」

 本当はもう少し……そのまま聴かせていて欲しかったんだけど。

 ――ジョーは、そんな心の奥底の正直な気持ちを物語るかのように、思わず苦笑いを浮かべかけてしまう自分が何となく可笑しかった。

「あ……だって、この帽子! 前にお店のショー・ウィンドウで見かけたときからずっと欲しくて……! ――でも……」
「……でも?」
「せっかく買っても、あんまりこういう帽子って……被れる場所も機会も少ないでしょう? だから……って、諦めかけてたのに……」

 おもむろに正面を見遣ったフランソワーズは、両手でそっと帽子の縁を掴むと、そのまま恥ずかしそうに下へ――帽子で顔を隠すように、その手を自分の頬の方へと引き寄せた。

「……ありがと、ジョー。素敵なプレゼントに……ドライブまで」
「フランソワーズ……」





「……似合うよ」

「え……っ?」

 ふと――ジョーの声に反応したフランソワーズの手が帽子から離れ、隠れていたはずの澄んだ瞳が彼を小さく覗き込む。
 甘い……微風。

「だっ、だから……その……」

 あくまでも、視線だけは真っ直ぐ前に向けて。
 少しだけ俯いたジョーの、耳朶までもがうっすらと赤く染まっている。

「す、すごく……似合ってるよ……」
「……!」

 だんだんと小声になってゆく、ジョーの言葉。
 最初こそ、初めて見る彼の様子に驚きを隠せずにいたフランソワーズだったが、
そんな彼女の表情は次第に和らいでいき……。
 そして、数秒後には心から嬉しそうな笑顔へと変わっていた。

「ジョー……」

 開きかけた桜色の唇が、ジョーに何かを告げようとした――そのとき。

「あんっ」
「あ゙」

 一瞬の隙を突いたひとすじの風の悪戯が、2人の間の『止まった時間』を緩やかに押し進めた。
 空高く舞い上がった白い帽子は留まることを知らず、風に乗ってどんどん遠くへ――自由気ままな空の散歩を始めている。

「ま……待って!」
「はっ、早く追いかけないと……!! フランソワーズ、掴まって! Uターンするから!!」

 ジョーが慌てて叫ぶのとほぼ同時に、2人を乗せた車は細く狭い山間の道路を華麗に反転した。





 ――ある晴れた午後の昼下がり。
 気まぐれな風に導かれて、ジョーとフランソワーズ、2人きりのドライブは続く……。






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