lumiere

Story by Yuuri & Illustration by Shion


 

 ふんわりと鼻腔を擽る、仄かなフローラルの香り。
 カーテンの隙間から細く差し込む朝の清浄な光を浴びて、亜麻色の髪がお日様のようにきらきらと輝く。
 頬に影を落とす、長い睫毛。
 僅かに開かれたチェリーピンクの唇からは、すーすーという穏やかで規則正しい寝息が零れていた。

(……我ながら、子供だな)

 ジョーは寝癖のついた己の髪を手櫛で梳きつつ、自分の行動の幼稚さを改めて認識し、呆れ果てる。

 頗る寝起きの悪い自分が、目覚ましが鳴る1時間も前に目覚めてしまうなんて……。
 嬉しくて眠っていられないなんて、小さな子供と変わらない。

 海外公演に出かけていたフランソワーズが、昨夜、1週間ぶりに研究所に帰って来た。
 彼女が、公演終了を祝うパーティー(打ち上げ)も、翌日観光しましょうという友達の誘いも全て断わり、舞台の幕が降りるとそのまま大急ぎで空港に向かい、可能な限り早い飛行機に飛び乗って、日本へ……自分の元へ帰って来てくれた事を、ジョーは知っていた。

 緊張の続く公演を完璧に遣り遂げた上、そんな無茶(ハード)な移動を強行したのだから、当然研究所に辿り着いた時、彼女の疲労は誰の目にも明らかだった。
 羽ばたき疲れた天使を、ジョーは労わるようにそっと包み込んで、キスだけで眠りに導いた。

 互いのぬくもりと存在を感じながら、大きな安らぎに抱かれて、額を寄せ合うようにして眠りに落ちた2人。

 ジョーにとっても久しぶりの深い眠りだったのだが、何故だか朝、逸早く目覚めてしまった。

 彼女がちゃんと自分の腕の中で眠っているかどうか心配で……。
 そして、本当に彼女が自分の傍に居ることが嬉しくて。

「……ん……ジョー……」

 吐息のように彼女の唇から零れた自分の名前。
 ジョーはぴたりと静止し、息を呑んで、彼女を注意深く見守る。
 だが、彼女は目を覚ます事無く、頬を枕に埋めていた姿勢から、ころん、と仰向けに寝返りを打った。
 反動で毛布が肩から落ち、彼とお揃い(色違い)の可愛らしいピンク色のパジャマが露わになる。
 眠っている間に1つ目のボタンが外れてしまったらしく、大きく肌蹴た襟元から、白い胸の膨らみが覗いていた。

(……まるで……眠り姫だね)

 彼女のあまりにも無防備で可愛らしい寝顔に、ジョーは自然と優しい笑顔を浮かべ、やれやれと独り語ちると、彼女の躯を毛布で包み直す。

 一欠片の警戒もなく、自分に絶対的な信頼を抱きすやすやと眠るフランソワーズに、一瞬芽生えた邪な感情は呆気なく鎮火してしまった。
 完全なる敗北。
 けれど……少しも悔しくは無い。

(どんな夢を見ているんだい?)

 閉ざされた瞼の裏側で、彼女の瞳は何を映しているのだろうか。
 何を想っているだろうか。
 何故、自分の名前を呼んだのだろうか……。

「……ジョー……だめよ……」
「……?」

 再び零れ落ちた彼女の小さな寝言に、ジョーは眉を顰める。
 それは……自分を制止する言葉。
 夢の中の自分は、彼女に何をしているというのだろうか。

「……そんな、こと……だめ……」

(そんなこと??)

「……はやく……」

(早く???)

「……おきて」
「!?」

 彼女がどんな夢を見ているのかがやっと推測出来、ジョーは堪え切れず破顔すると、彼女の眠りを妨げないように声を顰め、くすくすと笑う。

 彼女は夢の中で、幻(別)の朝を迎えているのだろう。
 そして、いつもは寝起きの悪い……「もう少しだけ」と我侭を言い、睡魔を手放そうとしない自分を起こそうと必死になっている。

(眠っているのは君の方だよ、フランソワーズ)

 ジョーは、乱れてしまっている亜麻色の髪をそっと撫で、指に絡め、眩しげに目を細める。
 彼女の髪は、ふわふわで、温かくて柔らかい。

(仔猫みたいだ……)

 安心し切って穏やかに眠り続けるフランソワーズは、まるで陽だまりでまどろむ幼き仔猫のようだった。

 心地良さそうで……
 ……幸せそうで。

 そして、そんな彼女を見つめているだけで、今までどんなことをしても満たされなかった彼の心が、癒され、潤い、落ち着いていく。

 だけど……

(やっぱり……早く起きて欲しい、かな)

 自分の中に在る相反する2つの感情に気付き、ジョーは苦笑する。

 彼女の安らぎの時間を護りたい。
 彼女が自ら目覚めるまで、ずっとこの無邪気な寝顔を見つめていたい。

 けれど……
 澄んだ碧い瞳に本当(現実)の自分を映し、もっと、しっかりと名前を呼んで欲しい。
 自分の声(言葉)や態度(仕草)に反応し、笑ったり怒ったり、純真無垢な少女になったり、妖艶な女性(オンナ)とへと魅惑的に変わるその表情(かお)を早く見たい。

「……フランソワーズ」

 堪え切れずに、ジョーは彼女の耳元へ唇を寄せると、愛しい名前を呼ぶ。
 しかし、彼女は緩く握った指を微かにぴくっと震わせただけで、その瞳を開く事無く昏々と眠り続ける。

 フランソワーズが再び深い眠りに落ちてしまった事を知り、ジョーはどうするべきか暫し迷う。

(無理に起こしたら、機嫌を損ねちゃうかな……)

 ジョーほどでは無いが、フランソワーズも目覚めて急に行動出来るタイプじゃない。
 機嫌を損ねて、暫く口を利いてくれなくなってしまう事態に陥るのだけは避けたかった。

 昨夜、彼女は直ぐに眠りに落ちてしまって、殆ど会話らしい会話をしていない。
 空白の時間を必死に埋めようとする彼女の話を遮り、「話は明日聞くから」と寝かしつけたのは自分自身。
 彼女が何を話そうとしていたのかは勿論気になるし、そんな些細なことで、やっと自分の腕の中に帰って来てくれた彼女とすれ違いたくはない。

(疲れているんだな……)

 彼女が無理を重ねてまでも昨夜帰って来てくれたのは、以前に交わした自分との約束を叶える為。

 誕生日に何が欲しいと問う彼女に、ジョーは暫く考えた末、『君との時間』と答えた。

 自分との約束を何よりも優先させ、こうして叶えてくれたフランソワーズに、ジョーは少しだけ罪悪感を抱く。
 己の子供染みた我侭の為に、彼女に負担を強いてしまった。
 けれど、そんな想いが消し飛んでしまうくらいに……嬉しくて、愛しかった。

(君以外は、望まないから……)

 他に欲しいものなど無い。
 自分が望むのは、たった1つだけ。
 彼女以上の存在(もの)など有り得ないから……
 自分に起こったこの奇跡(出逢い)を……、唯一の光を奪わないで。

(……誰にも、何にも……奪わせない)
 
 護りたい、とジョーは改めて強く思う。
 自分の全てを懸けて、全身全霊で……彼女を……
 彼女と共に生きる未来を……
 こんな幸せ色の光に包まれた時間(とき)を……。

(……もう少し、こうしていろ、ってコトか……)

 結局、何ひとつ妙案が浮かばず、ジョーはもう暫く彼女の寝顔を見守る事に決める。

 それならそれで……別に全然構わない。
 このあどけない寝顔を、こんなふうに傍らで……己の腕の中で護り続けるのも悪くない。

(お帰り、フランソワーズ。そして……最高のプレゼントをありがとう)

 ジョーは彼女の額にかかっている髪を指先で払い、触れるか触れないかの羽根のような優しいキスを贈る。

 その瞬間に閃いた、美しき姫の呪縛(眠り)を解く方法。

(眠り姫を起こす方法は……)

†† Happy Birthday Dear Joe ††
~ May 16 ~





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