~ c r i s i s ~
 
― Story by Shion ―

 

 

「フランソワーズ……ボクの後ろへ」
「……ジョー!?」

 ――風が、吹いていた。
 暗黒の霧が立ち込める荒野の中を、まるで氷のように……冷たい風が。

「ヤツが最初に仕掛けてくるはずの『あの攻撃』は、どんなことをしてでもボクが必ず受け止める。だからその隙に……キミはすぐ、後ろの岩陰の向こう側へ飛び込むんだ」
「え……っ?」
「そうしたら、後ろを振り返らないで……少しでも遠くまで走って。ここはボクが……引き受ける」
「……っ!」


 『ヤツが放つ、最初の一撃』
 それは、渦巻く烈風の刃を味方にした鋭き氷の一閃――『ノーザン・スクライド』。





 ……3週間ほど前。
 ジョーは、ある正体不明の不気味な闇組織を追って交えた戦闘の際――。
 今現在、ジョーたち2人の目の前へ立ちはだかる男のその必殺技の前に、手痛い洗礼を受けていた。
 組織を統べる四天王の1人として強大な能力を持つその男の強さは、彼によってかなりの重傷を負わされたジョーも……そして、そんなジョーを懸命に介抱したフランソワーズも、充分すぎるほどよくわかっていた。
 ――わかっていた……はずだった。

 ……それなのに。

 あまりにも無謀としか言いようのない決意を一片の迷いもなく言い放つジョーに対して、心の奥底から込み上げてくる不安な想いがどうにも抑え切れず、戸惑いの面持ちで咄嗟にジョーの微かな横顔を見上げるフランソワーズ。
 しかし彼女の瞳には、背を向けたままじっと敵を見据える彼の表情は映らない。

 その代わり――。
 自分をその逞しい背中の翳に庇うようにして、右手を掲げながら悠然と佇むジョーの肩越しでフランソワーズの紺碧の蒼が捉えたのは、白銀の長剣を携えた銀髪の悪魔。
 そして、彼の周囲に揺らめく……十数人の人影。

「そ、そんな……っ、やめて、ジョー! ムチャよ!!」
「あのときは、四天王が4人揃ってた。4人が絶妙のタイミングで繰り出す必殺の連携技を破る糸口はまだ見出せていないけど……今、四天王はヤツ1人だ」

 ジョーとフランソワーズは、お互いの他には少し前まで一緒にいたはずの仲間たちの姿を見つけ出すことができなかった。
 おそらく今ごろ、どこか別の場所で……ジェットやハインリヒたちも同じように、四天王の誰かと対峙しているのだろう。

「それでも……四天王ではないにしろ、向こうにだって仲間がいるわ!」
「仲間と言っても、相手はただの兵士だ。あのくらいの人数なら……心配は要らない」
「でも……っ!!」
「……大丈夫」

 なおも必死に食い下がるフランソワーズへ……ジョーは一瞬、ふっと優しい眼差しで振り返ると、静かにこう言った。

「今日のボクは……負けられないんだ。――絶対に」

 一度戦った同じ相手に、二度も負けるわけにはいかない。
 ……確かにその気持ちもある。
 けれど、それ以上に――ここは敵地の真っ只中。
 もしボクがここで倒れたら……いったい誰がキミを守る?

「ジョー……」

 そうつぶやいて……小さく揺れる、澄んだ蒼い瞳。
 ……ボクは見つけたんだ。
 どうしても護らければいけない――この世界でたった1人の、大切な女性(ひと)を。
例えどんな強敵が待ち受けていようとも、キミを護り抜くためなら、ボクは……。
 ――ボクは。



「わかったわ……。でも……それなら、私も一緒に戦う」
「な……っ! フ、フランソワーズ!?」
「私の能力じゃ、『彼』との戦いの中ではあまりあなたの役には立てないかもしれない。だけど、私にだって……他の周りの兵士たちを倒すことで、あなたをあの男性(ひと)との戦いに集中させてあげることくらいならできるわ」
「だっ、ダメだよ! それこそ、危険すぎる!! それに、アイツがキミを狙う可能性だって……!!」

 ――しかし、そんなジョーの言葉を聞いても。
 俯いて瞳を伏せたまま、ゆっくりと首を横に振るフランソワーズの固い意思は変わらなかった。

「……私はいつも、あなたに甘えて……あなたに護ってもらってばかりで。でも、ただ護られてるだけの女なんて……闘いには必要ないから……。この前みたいに、自分だけが安全なところからあなたの無事を祈って――あなたが傷ついてゆくのを黙って見てるだけなんて……もう……イヤ……」
「あ……」

 ――フランソワーズの『想い』に導かれて、3週間前の雨の中での出来事がジョーの脳裡に浮かび上がる。

「お願い、ジョー……。そばに……いさせて」
「フラン……ソワーズ……」

 今にも泣き出してしまいそうな声を懸命に押し出して、ボクの腕を掴む……微かに震えたキミ。
 ――どうして……キミは。
 キミという存在は、これほどまでに……ボクの心を強く揺さぶるんだろう……。





 ボクが四天王の前に倒れたあのとき――キミは……泣いてくれたね。
 朦朧とした意識の中、何度もボクの名を呼び、

『死なないで……!!』

 そう叫ぶキミの声だけが……ボクの胸に深く深く響いてた。
 もう……そんなキミの哀しみの涙を見たくないからこそ、決して誰にも負けるまいと――心に誓ったのに。





 キミを危険な目に遭わせたくない。
 ただそれだけを願うボクと同じように……いや、それ以上に……キミは……。





「……」

 唇をきつく結び、再び正面へと決意を込めた視線を走らせたジョーは、フランソワーズの前で掲げていた右手をぎゅっと握り締めると、その手でそのまま彼女の左手を包み込み……そして、指先をそっと絡めた。

「……! ジョー……」

 『フランソワーズを危険な目に遭わせたくはない――』

 ……そう想うボクの気持ちは、今もこれからも変わらない。
 けれど、キミは1人でその危険から逃れることよりも、ボクと一緒に果てしなき戦いの渦の中へ飛び込むことを望んでくれた。

「フランソワーズ……ひとつだけ、約束して」
「え……?」

 そんなキミを……ボクはどんなことがあっても、必ず守り抜いてみせる。
 ボクもできることならずっと……キミのそばにありたいから。
 ――だから……。

「絶対にボクのそばから……離れないで」





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