Parallel School Life
〜ある高校におけるケース at 修学旅行〜




「……というわけで……フランソワーズさん。今度の修学旅行……島村くんのことは、あなたにお任せしようと思うの」
「え……ええっ!?」


 とある高校、2年の2学期。
 修学旅行を1週間後に控えたこの日の放課後――担任の先生によって職員室に呼び出されたフランソワーズは、突然の担任の先生からのその言葉に、ただただ驚くばかりだった。
「あ、あの、先生! いきなりそんなこと言われても、私……」
「大丈夫、あなたなら絶対にうまくいくわ」
「で……でも……!!」
 フランソワーズには、いったい何の根拠があって先生が自分に彼のことを託そうとしているのかがまるでわからなかった。
 島村ジョー……言わずと知れた、この高校一の有名人(もんだいじ)。
 日常茶飯事のように起こすケンカの腕は、多対一がほとんどなのに未だ負けなしの超一流。
 ロクに授業も聞いていないくせに、学校の成績は常にトップクラス。
 それに加え、どんなものにも興味なし、といった冷めた態度が気に食わないのか、『一度ヤツを屈服させてやりたい』と考えケンカを吹っ掛ける不良生徒は後を絶たず、彼はいつでも注目の的だった。
 そんな彼と、ごく一般的な優良女子生徒であるフランソワーズは……確かに同じクラスではあるけれど、今まで一度だって言葉を交わしたことすらなかった。
 ――そう、何の接点もないのである。
 それなのに……。


「先生、私、島村くんとは……」
 躊躇いがちに紡ぎかけたフランソワーズのセリフを遮って、先生が言う。
「ホラ、彼って……ああいう性格だから、大人の言うことに耳を傾けようとしないでしょう? その生い立ちのせいで……たぶん、大人そのものが信用できないんだと思うの。私たちも普段、彼については何も言わず黙認してしまってるところが多いから、偉そうなことは言えないんだけど……」
 ふいに先生は、フランソワーズに向けていた視線を逸らして苦笑した。
「でもね、私……一匹狼のような彼に、少しでも人の暖かさとか、仲間の良さとか……そういうものを教えてあげたいと思っているの。この修学旅行がいい機会なのよ。ただ、私の力じゃどうにもならなくて……」
(あ……)
 フランソワーズは、一瞬ではあったが、先生の表情に哀しそうな影が落ちるのを見逃さなかった。
「せ、先生……」
「お願い、フランソワーズさん。――これは、『あなたにしか』頼めないの。どうか島村くんが修学旅行にちゃんと参加してくれるように……うまく説得してくれないかしら?」





「……はぁ」
 職員室から重い足取りで教室へと戻ったフランソワーズは、教科書やノートをカバンの中に詰め込みながらひとつ、深いため息をついた。
 結局、先生との話し合いは、『フランソワーズが彼を説得する』ということで決着がついていた。
 ほんの少し、先生の心に同調してしまったあの瞬間から……フランソワーズには先生の頼みを無下に断ることがどうしてもできず、そのまま強引に押し切られてしまったのである。
(成り行きでこんなことになっちゃったけど……いったいどうすれば……)
 チラ……と辺りを見回してみるが、そこ(教室)には『やはり』問題の彼の姿はなかった。
 休み時間はおろか、授業中でさえも彼がこの空間にいることは非常に稀。


 彼女が小さく2つめのため息を落としたそのとき、いつもフランソワーズと仲良く一緒にいる3人の女生徒たちが、代わる代わる彼女に声をかけた。
「お帰りなさい、フランソワーズ。どうしたの? ため息なんかついちゃって」
「あ……み、みんな……」
「職員室で……何かあった?」
「でも、まさかあなたみたいな人がお説教を食らうとは思えないし……先生、何の用だったの?」
「ん……実はね……」


 フランソワーズは彼女たちに、なぜか理由もわからないまま、自分が『超有名人』である島村ジョーを修学旅行に参加させるよう説得しなければならなくなったことを説明した。
「私……彼とは全然話したこともないのに、先生ったらどうして……」
 口にすればなおさら、フランソワーズはやはり先生の意図がまるで掴めずにますます困惑する。
 先生はあのとき確かに、彼のことを『私にしか頼めない』と言った。
 けれど……いくら考えをめぐらせてみても、その根拠に通じるものや出来事が何も出て来ない。
 だから、きっとこの話を聞けば、彼女たちも自分と同じように先生の考えに対して疑問を抱いてくれるだろうと……そして、一緒にその答えを見つけようとしてくれるに違いないとフランソワーズは思っていた。
 ――ところが。
「あら、でもフランソワーズ、これって……彼とお近づきになれるいいチャンスかもしれないわよ?」
「え……っ?」
 友人から真っ先に返って来たセリフは、フランソワーズが全く予想もしていない方向からのアプローチだった。
「おっ……お近、づき?」
「そうよ! あのメチャメチャ整ったルックスと、腕っぷしの強さに頭の良さ、それに絶対にどんな女子にも……って男子にもかもしれないけど、とにかく誰にもなびくことのない硬派な性格。彼、案外女子生徒に人気あるのよ?」
「そ……そうなの?」
「そうそう、みんななかなか表立って彼に近づいたりできないから目立たないだけで……隠れファンって多いんだから」
 友人たちが語る彼についての話は、フランソワーズにとってとても新鮮なことばかりだった。
(島村くん、って……。いつもケンカばかりしていて、怖い人だと思っていたから……女のコに人気があるだなんて、思いもよらなかったわ……)
「みんな……詳しいのね」
「やぁねぇ、フランソワーズがそういうことに興味なさすぎるのよ! フランソワーズ、自分がどれだけ男子生徒の憧れの的になっているかなんて、全然知らないでしょう?」
「え、ええっ!?」
 急にそう冷やかされ、フランソワーズはびっくりして思わず真っ赤になる。
「もうっ、冗談はやめてよ!」
「あら、冗談なんかじゃないわよ。ねえ?」
「もちろんよ! やっぱりフランソワーズったら気づいてなかったのね? この間だって、隣のクラスの……あっ!! 待って、ウワサをすれば、フランソワーズ。島村くんが来たわよ!」
 ――ドキッ。
 耳元で囁かれて、フランソワーズが恐る恐るゆっくり後ろを――教室の一番後方、窓際に位置する彼の席の方を振り向くと、彼は無言で机の上に置いてあった軽そうなカバンを肩に引っ掛け、ちょうど教室から出て行こうとしているところだった。
 自分の知らなかった彼の一面を聞かされたせいか、フランソワーズはなぜか彼を直視することができない。
 ……それなのに。
「チャンスじゃない、フランソワーズ! 今なら周りにあんまり人もいないし……声、かけてきたら?」
「え? ちょ……チャ、チャンスって……」
「ホラ、いいからいいからっ♪」
「あ……!」
 彼女たちに廊下へと押し出され、そこで彼の姿を見止めたフランソワーズは――ついその勢いで、何を話したらいいのかもわからないまま咄嗟に彼の名前を口にしていた。
「あ、あのっ……島村くん!」
「……」
 窓から吹き込む風になびいて……立ち止まった彼の明るい茶色の髪がフワッと揺れる。
 そっと顔だけ振り向かせた彼の瞳と、フランソワーズの蒼い瞳がぶつかった。
「……!」
 なんて……キレイな瞳をしているのかしら……。
 ――彼の横顔を見つめながら……フランソワーズは純粋にそう思った。
 思えば、彼とちゃんと目を合わせたのは……これが初めてかもしれない。


 しばらくして……思わず彼の澄んだ茶色い瞳に見惚れてしまっていたことにハッと気がついたフランソワーズは、
「ご、ごめんなさい。あの……ちょっと……お話したいことがあるんだけど……」
と、慌てて言葉を繋げる。しかし――。
「……俺にはない」
 ジョーは無表情のままそれだけ言うと、それ以上は振り返らずに、再び彼女に背を向けて歩いて行ってしまった。
「あ……ま、待って……!!」
 フランソワーズのその言葉は、彼に届いていたのか、それとも本当に届かなかったのか――。
 すでに彼の後ろ姿は、彼女の視界の中から完全に消えてしまっていた。


(島村…くん……)
 今日何度目かに繰り返す、彼の名前。
 その言葉を心の中で小さくつぶやくフランソワーズの胸に、何か得体の知れない痛みが走ったような気がしたのだが――。
「まったくジョーのヤツ……他の誰でもねえ、せっかくのフランソワーズのお誘いを断るとは、いい度胸と言うか何と言うか……」
 その正体を探る間もなく背後から聴こえてきた声は、彼女のよく知っている人物(クラスメイト)のものだった。
「ジェット! それに、ハインリヒも……!!」
「よう、フランソワーズ。先生から、あのジョーを説得するように言われたんだって? そりゃまた厄介なことを頼まれたもんだねぇ」
「んもうっ、ジェットったら、そんな他人事みたいに……!」
 ジェット・リンク……実は、彼もジョーに負けず劣らずのケンカっ早い、一般生徒から見れば充分に『怖そうな』生徒なのだが、フランソワーズにとって彼はそれほど『近寄り難い』人物ではなかった。
 ――ジョーとは違って。
 かなりクールだが、一口に言えば『真面目』な生徒であるハインリヒと行動を共にしていることが多いから……かもしれない。
 そう言えば……。
 いつも必ずと言っていいほど1人でいるジョーが、数回だけだがジェットやハインリヒとは一緒にいる姿を見かけたことがあるのを、フランソワーズはふいに思い出した。
「ねえ……あなたたちって、島村くんとは仲良くないの?」
「ん? あぁ〜ダメダメ。あれは俺たちの言うことなんか聞くようなヤツじゃないって」
 ジェットは、フランソワーズが取り付く間もないほどあっさりとそう言い放つ。
「もともとあいつ、人の指図なんて絶対に受けないタイプだからなぁ……誰の言うことにも耳を貸さないと思うんだが……」
「いや、待てよジェット」
 ――おもむろに、ジェットの肩をぽんっと叩くハインリヒ。
「あの先生、わざわざ直接フランソワーズに頼むなんて……意外にちゃんとわかってるのかもしれないぜ?」
「あん?」
 最初は彼の言葉の意味がわからず、キョトンとしていたジェットだったが……。
「言われてみれば……あ〜、うん。それもそうかもな!」
 すぐに納得したように含み笑いをしながら、彼はなるほど、と相槌を打った。
「え……2人とも、それってどういう意味なの?」
 話が見えず怪訝そうな顔をしたフランソワーズが、何とか彼らにその秘密(?)を問いただそうとする。
 けれど。
「いやいや、こっちの話。ま、とにかくフランソワーズ、がんばれよ!」
「お前さんなら、きっとできるさ」
 などと誤魔化され、結局2人にも最後には煙に巻かれてしまった。
(もう……先生といい、あの2人といい……いったいどういうことなの?)





 翌日から――。
 フランソワーズは何とかゆっくりジョーと話をしようと、懸命に彼の姿を追っていた。
 休み時間、昼休み、放課後……。
 自分でもなぜこんなに彼のことが気にかかるのかわからなかったが……。
 ……ただ、初めてジョーと言葉を交わしたあの日。
 強がってはいるけれど、なんだかとっても寂しそうな彼の後ろ姿が、フランソワーズの脳裡に焼き付いて離れなかった。
 しかし、当の本人は全く彼女と話をする気などないらしく、フランソワーズがいつどんな言葉をかけようと、彼は無言の圧力で彼女を冷たくあしらうだけだった。





 4日目の今日などは、さっさと下校してしまった彼を追いかけていて、ちょうど彼がケンカをしている姿を目の当たりにしてしまった。

『俺に構うな――』

 例によって多対一の戦闘に勝利を収めたあと――驚きのあまり茫然とその光景を見つめていた自分に対して、彼のあのライト・ブラウンの瞳は確かにそう言っていた。
 フランソワーズはその瞳に……何も言葉を返すことが出来なかった。
 彼が何よりも無口なのは、彼の鋭い視線が言葉以上に彼の心の中を『語っている』からなのだと――フランソワーズはそのときそう直感した。
(どうして……? どうしてあなたは……そんなに……)
 周りのものを全て拒絶してしまう、哀しいまでに澄んだ瞳――。
 それは何時の間にか、フランソワーズにとっても深い哀しみを湛える存在となっていた。





 ――5日目の夕方。
 フランソワーズは1人、沈みゆく夕日を眩しそうに見つめながら校門のところに佇んでいた。
 そこへ、校舎の中からゆっくりと歩み寄ってくるひとつの人影。
 ふとその影に気付いたフランソワーズが、小さく微笑みを浮かべてその人物の顔を覗き込んだ。
「よかった。もう先に帰っちゃったのかと思ったんだけど、下駄箱を覗いたらまだ靴があったから……やっぱりまだ学校にいたのね」
「…またあんたか……」
 深いため息混じりに、その影の持ち主――ジョーがつぶやく。
「いいかげんにしてくれないか。俺のことはもう放っといてくれ。俺は、他人に付き纏われるのが大嫌いなんだ」
 彼は相変わらずの態度で、フランソワーズの方を見向きもせずに彼女の前をスタスタと通り過ぎて行く。
 そんなジョーの後を、フランソワーズは必死に追って食い下がった。
「島村くん、お願い。せめて話だけでも……」
「――わかってるさ。どうせ修学旅行のことで、担任の先生にでも俺を連れて行くように頼まれたんだろう? あんたはお人好しそうなタイプだから、断り切れなかったんだろうな」
「……!」
 ――確かにそれは……図星だった。
 でも、最初はそうだったけど……今はそれだけじゃ……。
 フランソワーズは、心の中で『何か』が自分にそう訴えかけてくるのを微かに感じていた。が、しかし――。
 混沌へと飲みこまれゆく想いを上手く口にすることができず、困惑してしまった彼女は、自分でも彼に何をどう話したらいいのかわからなくなってしまい……そのままただ俯くことでしか、彼に応えることができなかった。
 ……変わらない、彼との距離。
「先生にはこう伝えておいてくれ。俺には馴れ合いで他人と接することなんてできない。友人も仲間も必要ないってな」
(! あ……また……)
 彼の、暗い……闇色に霞んだ瞳がフランソワーズの胸に突き刺さる。
 心が締め付けられるように――痛い。
 ――けれど、今日のフランソワーズは簡単に引き下がろうとはしなかった。
 いつものようにここで諦めてしまったら、彼とはいつまでたっても平行線でしかいられないような――そんな気がして。
「……ウソ。それじゃ、どうしてあなたはいつも1人で……そんなに哀しそうな瞳をしているの? どうしてわざと自分を追い詰めるような真似ばかりするの?」
「俺が……この俺が、哀しそうな瞳を? 自分を追い詰めるだって!? なぜあんたにそんなことが……」
 思わず声を荒げかけて後ろを振り返ったジョーが、フランソワーズではなく、さらにその後方を見つめて……言葉を止めた。
 彼につられて背後に目をやるフランソワーズ。
「あ……っ!」
 そこには……。


「おやおや、硬派で有名なあの島村ジョーさんが女連れで歩いているとは、いったいどういう風の吹き回しで?」
 短ラン姿で堂々とタバコを咥え、見るからに不良といった感じの男たちが4人、道を塞ぐようにして並んでいた。
 鉄パイプを肩に担ぎ、彼らがジリジリと近寄ってくる。
 その男たちの顔に――フランソワーズは何となく見覚えがあった。
(こ、この人たち……昨日島村くんとケンカしてた……?)
「……また俺に殴られに来たのか。お前たちも懲りないな」
 微かに怯えるフランソワーズの前にさりげなく立ったジョーが、挑発を挑発で返す。
「なにおうっ!?」
『おい、あんた。今のうちに逃げろ』
 挑発的な視線は男たちから逸らすことなく、ジョーが小声でフランソワーズに囁いた。
「え……?」
『早く逃げろって言ってるんだ!』
「だ……ダメよ、島村くん! こんなケンカ……いくらやったって、そこからは何も生まれては来ないわ!!」
「馬鹿っ! 巻き添えくらいたいのか!?」


 ――そのときだった。
 フランソワーズが、突然の背後からの腕に絡め取られたのは。
「きゃあっ!!」
「!?」
 彼女の悲鳴にジョーが振り向くと、誰もいなかったはずの進行方向側に新手の4人が姿を見せており、そのうちの1人がフランソワーズをガッチリと後ろから羽交い絞めにしていた。
 もともと彼らは遠目に見つけたジョーを狙って、挟み撃ちにするつもりで連係を組んでいたのだろう。
「んんっ? この女……昨日もコイツのそばにいた女じゃねぇか?」
 男たちのうちの1人が、フランソワーズの顔をまじまじと見つめながら言った。
「よ、よせっ! 彼女は関係ない!!」
「へぇ〜……何に対しても冷徹なお前が感情を表に出すとは……よっぽどこの女のことが大事と見えるなァ」
「それに……へへっ、この女……かなりの上玉だぜ」
「……!」
 見ず知らずの男の腕の中で怯えきったフランソワーズに対し、あからさまに不埒で厭らしい視線を送る男たちに、ジョーは我知らず言いようのない怒りを覚える。
 ふいに、フランソワーズを抱きすくめている男がポケットからナイフを取り出して、その切っ先を彼女の頬に押し付けた。
「……っ」
 ひんやりと、凍りつくような感触。
 フランソワーズの視線が、ナイフに釘付けになる。
「ジョーさんよ。この大事な大事な可愛いコちゃんを傷つけられたくなかったら、大人しく俺たちの言う通りにするこったな!」
「貴様……っ!」
「おおっと! いいのかな〜? 俺たちにそんな態度をとっても……?」
 つつつ……と、これ見よがしに、男がフランソワーズの頬から首筋、胸元へとナイフを滑らせてゆく。
「くっ……!!」
 ジョーは唇を噛んで太腿の横の両拳を握り締めたが……彼はそのまま、決してそれらを振り上げることはしなかった。
「へへへ……」
「し……島村くん……!」
 行き場を失ったジョーの拳が、小刻みに震えている。
 男たちはジョーが抵抗しないのを確認すると、ここぞとばかりに一斉に思い切り彼へと殴りかかった。
「お前……今までずいぶんとやってくれたよ……なあっ!!」
 ガツッ!!
「ぐっ……」
「きゃあぁっ!!」
 思わず、フランソワーズが眼を伏せる。
「これはほんのお返し……だぜっ!!」
「……!!」
 胸に、脚に、お腹に、顔に――。
 群がる7人の不良たちから、一方的に次々と痛めつけられるジョー。
 じっと黙って攻撃に耐えていたジョーだったが――数十発目のパンチをくらったあと、ついに彼は苦痛に顔を歪め、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「あっ……!!」
 震えるフランソワーズの瞳からは、もう止め処なく涙が溢れている。
「へへっ、無敵の強さを誇る島村ジョーともあろうお方が、ざまぁねえなあ!!」
「や、やめて……! お願いだから、もうやめてぇっ!!」
「安心しな、お嬢さん。今、コイツを楽にしてやったら、すぐに俺たちが優しくお嬢さんの相手をしてやるからさ!」
 ヘッドらしき男は狂気に満ちた目で告げた次の瞬間、フランソワーズの悲痛の叫びを嘲笑うかのように、ジョーの後頭部目掛けて鉄パイプを振り下ろした。
「い……いやあああぁぁっ!!」

 ――ドカッ!!

(……え?)

 最悪の予想に反して――なぜか自分の『後方』から聞こえた鈍い音と共に、自分を押さえつけていた腕が緩んでいくのを不審に思ったフランソワーズは、ぎゅっと瞑った蒼い瞳を、そっと……うっすらと覗かせた。
 まず最初に俯いた視界に入ったのは、足元ですっかり気絶して倒れている、自分を羽交い絞めにしてナイフを突きつけていたはずの不良の姿。
 代わりにそこに立っている人物の正体を求めて、そのまま視線を上に上げていくと……。

「ジョー! お前にとっちゃあ大いに不本意かもしれねぇが、助けに来てやったぜ!!」
「!? てっ、てめえは……!!」
「ジェ……ジェット……!?」
 驚愕する不良(ヘッド)の言葉の後を受け継いだのは、同様に驚きを隠せない、といった表情(かお)をしたジョー。
「俺だけじゃないさ。ホレ、あっちにももう1人……」
 そう言ってジェットが顎で示した先には、
「あ〜〜〜くそっ! ……何でこの俺がケンカなんてっ!!」
などとぼやきながらも、確実に向かってくる相手を打ちのめしているハインリヒの姿があった。
 ハインリヒも、普段ケンカなど滅多にすることがないというだけで、ジョーやジェットに引けを取らないほどの相当な腕の持ち主であるということを、ジェットは良く知っていた。
「な……っ、何でジェット・リンクや見たこともねぇヤツが、コイツの加勢なんかに……!?」
 あっという間に一変した状況が理解できず、たじろぐ不良たち。
 そんな中――。
「おい……」
 迫力満点の声を響かせながら、ユラリとジョーが立ち上がった。
「お前たち……『今までずいぶんとやってくれたな……』」
「ひ……ひいっ!!」
 瞬間――彼の凍りつくような鋭い視線を浴びた不良たちの表情が、一斉に強張る。
「この御礼は……しっかりとさせてもらうぜ!!」





 闘い終わって――。
 ジョーは、自分たちがこてんぱんにのした8人の不良たちが倒れている道の真ん中で、肩で息をしながら座り込んでいた。
 そのジョーのそばでは、フランソワーズが泣きながら彼の傷の手当てをしている。
「……ごめんなさい……島村くん、私……。私を庇ったせいで、こんなにひどいケガを……」
 辺りをオレンジ色に染め上げていた夕日はほとんど山の向こうへと消え、次第に夕闇が迫って来る。
 静まり返った景色に繰り返されるのは、フランソワーズの小さな嗚咽。
 しばらくそんなフランソワーズをただ黙って見つめていたジョーだったが――いつまでたっても泣き止みそうにない彼女の様子に、彼はまたひとつ大きなため息をついた。
「……ジョーでいい」
「…え……っ?」
 一瞬――彼女の泣き声と手の動きがピタッと止まった。
 唐突に彼から言われたその言葉に、フランソワーズは涙いっぱいの瞳を瞬かせる。
「ったく……今回は何もなかったから良かったようなものの……俺なんかに付き纏ったりするから、こういう目に遭うんだぞ」
 立ち上がろうとして……ジョーは伸ばしていた痛む右足を、自分の方へゆっくりと引き寄せた。
 フランソワーズに向けられた彼の瞳が、沈む太陽の最後の光に映えて黄金色に輝いている。
「――俺のそばにいると、いつこういうことにあんたを巻き込んじまうかわからない。だから……」
 ちょっと照れたように……ジョーが顔を背ける。
「だから……これだけ冷たくしていれば、絶対に諦めると思ってたのに……」
「あ……」
 ジョーは再びフランソワーズの方へ向き直り、彼女の瞳から零れ落ちた大粒の涙を自分の指でそっと拭ってやると――優しく微笑みを浮かべながらこう言った。
「フランソワーズ……負けたよ、キミには」
「しま……っ、あ――。…じっ……ジョー……」
 それは、周りの全てを拒絶してしまう、あの哀しい瞳を持った少年とはまるで別人の……フランソワーズが見る初めての『ジョー』の姿だった。


 そう、初めて見る彼の姿のはずなのに――その優しい笑顔を見た瞬間、彼女は突然全てを理解した。
 自分がこんなにも……彼にこだわっていた理由。
 どうしてなのか、それだけはいくら考えてもわからないのだけれど――フランソワーズは確かに彼の中に隠されたままの、まだ誰も見たことのないこの穏やかな表情を知っていたのだ。
 だからこそ、彼の『本質』である温かい笑顔を……限りない優しさを湛えた本当の姿を見せて欲しくて、彼に心を開いて欲しかったのだと。


「……おい、あのジョーが……微笑ってるぜ」
「ああ……しかも、女相手にあの優しそうな表情……」
 少し離れたところで大人しく――半ば茫然と2人の様子を見ていたジェットとハインリヒだったが、彼らはふいに顔を見合わせると、全く同じタイミングでニヤッと笑い合い――。
「よかったなぁ、ジョー! やっと信頼できる相手が見つかってよぉ! お前さんのそんな表情、初めて見たぜ!!」
「さぁて、邪魔者はさっさと退散するとしますか!」
 と、ジョーとフランソワーズに背を向けて手を振りながら、わざと必要以上に大きな声でそう叫んだ。
「な゛っっ!? お、お前ら……!!」
 まだそこにいたのか、と言いたげに、ジョーが顔を真っ赤にしながら叫び返す。
「お、そうそう」
 思い出した、と手を叩いたジェットが、地面に転がっている連中を右手の親指で差して付け加えた。
「こいつらの始末代は貸しにしとくからな! あとでちゃあんと返せよ!! んじゃな!!」
「おっ、おいっ! ちょっと待……!!」
「クスクス……」
 すぐ横での笑い声に気付いたジョーが見た光景は……隣でつい先程までポロポロ涙を零していたフランソワーズが、何時の間にか3人のやり取りに思わず微笑みを浮かべている姿だった。
(…フランソワーズ……)
 そんな彼女の笑顔を愛しそうに見護りながら――ジョーは1人、そっとつぶやいた。
「やっと……微笑ったな」
「――え?」
「ん……いや、何でもない」





 ジョーたちと別れてから5分ほど経った後……。
「――やっぱり当たったな、俺たちのカン」
 オレンジと深い藍が混ざり合う美しい西の空を背にしながら、ジェットが横を並んで歩くハインリヒに向かって何の前触れもなく言い出した。
「カンって……絶対ジョーのタイプはフランソワーズみたいな女だ……っていう、あれのことか?」
「ああ」
 そのまましばらく――再び流れる沈黙。
「……それにしても……なあ、ハインリヒ」
「うん?」
「俺たち、何であいつのことをそれほどよく知りもしないのに、そんなこと思ったんだろうな?」
「さあな……」





「フランソワーズさん、ホントにありがとう! あなたなら、きっとうまくやってくれるって信じていたわ! やっぱり私の眼に狂いはなかったのね!」
 次の日の放課後――。
 職員室で、ジョーがキチンと修学旅行に参加すると約束してくれたことをフランソワーズが報告すると、先生は本当に嬉しそうに顔を綻ばせ、彼女の手を敬意を込めて自分の両手で握り締めた。
「でも……先生、ひとつだけ教えて下さい。どうして私を、ジョー……あっ! いえ、しっ、島村くんの説得役に?」
「あら、フランソワーズさんったらもう彼のこと、名前で呼べるようになったの?」
「! 先生っ、茶化さないで下さいっ!///」
「うふふっ。照れなくてもいいのに……とっても微笑ましいことよ?」
「〜〜〜っっ!!///」
「くすくす……。でも、そんなに……聞きたい?」
「……ハイ、ぜひ!」
 悔しさ半分のフランソワーズにせがまれて、先生はどこか遠い目をしながら……ゆっくりと理由を話し始めた。
「ふふっ……私ね、小さいころからずうっと好きだった……ううん、今でもとっても大好きな、とある少年SFマンガがあるのよ」
「……?」
 ――途端に訝しそうな表情(かお)をするフランソワーズ。
「そして……あなたが『フランソワーズ・アルヌール』で、問題の彼が『島村ジョー』、でしょ?」
「………??」
 彼女には、それが自分の質問に対する答えと何の関係があるのかさっぱりわからなかったが……とりあえず、先を促してみた。
「あ……あのぅ、先生……それで?」
「ん? それだけよっ♪」
「……はぁ??」
「まあまあ、細かいことは気にしないで。あなたも明日の準備があるでしょう? 今日は早くお帰りなさいね」
「は……はあ……」
 何か釈然としない、といった様子のフランソワーズに、先生は窓の外を覗きながら明るく告げた。
「あ、ホラ、あそこ! 校門のところで島村くんが待ってるわよ!」
「……っ! せ、先生っ!!///」


 修学旅行は――まだまだこれからです。



― Fin ―
 


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