File2 :あるお正月の風景





「いやぁ〜、もうまいったまいった。何なんだろうね、あの人だかりはいったい」
「ああ。あれじゃあ、お参りに行ったんだか人込みを見に行ったんだかわかりゃしねぇ。神サマも年明け早々から大変だぜ」

 新しき1年の始まりを告げるに相応しく、暖かな太陽の光が燦々と輝いた元日の午後。
 初詣から帰って研究所の玄関のドアを潜り抜けた途端に、思わずそうグチをこぼしたのは、ブリテンとジェットだった。

   

   

 彼ら9人のサイボーグ戦士たちとギルモアは、今年、

『国籍の違うみんなが、せっかくこうして一緒に日本で暮らしておるんじゃから……』

とのギルモアの提案で、張々湖とフランソワーズが一生懸命に作ったお雑煮やおせち料理をおいしく食べたあと、全員揃って高名な神社へ初詣に行くという……純日本的なお正月を過ごすことを去年のうちから取り決めていた。
 しかし、初詣は日本の古来からの年初めの伝統行事。
 例えどんなに混雑が予想されようとも、それにきちんと法る大多数の日本人のパワーというものを肌で感じたことのないジョー以外の面々は、初詣に集まった人々のあまりの多さに圧倒され――。
 まずは最初に『家』へと帰り着いたジェットの運転する1台目の車から、後部座席のジェロニモ、張々湖、ピュンマの3人を置いて真っ先に降りたこの2人が、くたくたになりながらも人生初の初詣について熱く語り合いつつ……早くゆったりと羽根の伸ばせるリビングへ、と脚を運ぶのだった。

「ま、俺たちにはジェロニモがついていてくれたからな。あれでも他の一般客よりはずいぶんマシだったんだろうが……」

 確かに――ジェロニモの大きな身体と持ち前の力には、今日の戦士たちは常に助けられていた。
 もしも彼が同行していなかったら、彼らの疲労度もおそらくもっと大きなものとなっていただろう。

「しっかし姫の華麗な着物姿には驚いた〜!! うんうん、よく似合ってた!! ただ、あの人込みの中では……さすがにちょっと辛そうだったけどな」
「なぁに、今日は騎士(ナイト)がバッチリフォローしてたから平気さ! にしても……あのときのジョーの表情(かお)!!」

   

   

 年に一度の機会ということで……。
 昨年末、一緒にバレエをしている日本の友達から『ぜひお正月に着てみて欲しい』と勧められたという淡いピンクの艶やかな振袖姿を仲間のみんなへ優雅に披露したフランソワーズ。
 神社でお参りをするためそれぞれが長蛇の列へ並んでいた最中、フランソワーズが何とか着崩れないようにと着物に注意を逸らしたとき――慣れない下駄を履いていたせいもあって、彼女は一度、ふと誰かに背中を押された弾みによろめいてしまったのである。

『きゃっ!』
『危ない……』

 しかし、そんな彼女をすぐそばにいたジョーが軽々と片手で抱きとめる。

『大丈夫かい、フランソワーズ?』
『あ、ありがとう……』

 そう言って――ジョーの右腕にしがみついたまま、恥ずかしそうに顔を上げるフランソワーズの蒼い瞳を、今度は彼の暖かい眼差しがしっかりと受け止めた。

『この混みようじゃ、どこから波が来るかわからないからね……気をつけて』
『ええ……』

 そして、そのままお互いに離そうとも離れようともしない2人を横からじっと見ていたジェットが、何やらハインリヒと悪巧みを含んだような微笑いを交わすと、ゴホンとひとつ咳払いをして――。

『はいはい、そこのお2人さん。お取り込み中のところを大変失礼致しますが、できればもう少し……その空いた前を詰めていただけると嬉しいんですがねぇ』
『あ゙!!』
『!!』

 彼の言葉に、思わず顔を赤くしながらパッと背を向け合うジョーとフランソワーズ。
 それでもなおかつ――偶然とは言え、まるで申し合わせたかのように同じタイミングでチラッと視線を絡めては慌ててそっぽを向く2人の様子に、ハインリヒはやれやれといった表情を浮かべながらもついつい失笑を洩らしてしまうのだった。

   

   

「あれからジョーのヤツ、顔真っ赤にしたままなかなか口利いてくれなくてよ〜。ったくからかいがいがあるっつーかなんつーか……」

 やっとリビングにたどり着いたジェットが、一連の出来事を思い出しているのか、くくっと笑いながらソファーにどっかと腰を下ろす。
 続いて、ブリテンも。

「しかしジョーにしてはめずらしく、公衆の面前で2人の世界に入ってたよなぁ。年も明けたことだし……あれでも少しは進歩したってことかね?」

 ワクワクと、さも楽しそうな顔で身を乗り出すブリテンに……ジェットが一言。

「いや。ありゃ今日のフランソワーズの振袖姿に気を取られて、周りが目に入らなくなってただけだろ」
「……」

 ブリテン、一瞬目を丸くするが……。

「あ〜っはっはっはっ! な〜るほどね!! くく……それは言えてる」

と、すぐに納得したように笑い転げた。

「でもよ、あそこのタルに入ってた酒は結構うまかったよな〜〜〜」
「『ニホンシュ』ってヤツだろ? お前さん、帰りの運転もあるって言うのに2杯も飲んじまって……。ん? そういや去年の年末、確か大人が1升瓶を何本か買ってたはずなのに……さては朝メシのときに出すの、忘れたな!?」
「よーし、んじゃあここはひとつそれで……1杯行くとするか!?」
「おっ、いいねぇ!!」

 乗った、とばかりに早速ブリテンが席を立つと――。

「あ、ちょっと待った!」
「あん?」
「ただ2人で普通に飲むだけじゃつまらねぇな……。おいブリテン! 酒は俺が用意しとくから、お前はちょっともう2、3人面子集めて来いよ」

 他の全員も、もうとっくにジョーの車で研究所に着いているはずなのだが――彼らはそれぞれ自分たちの部屋にでも行っているのか、黙っていてはなかなかここ(リビング)へ来る気配がなかった。

「そりゃいいけど……何すんだ?」

「今年1年の運勢を占う、熱きサバイバル・ゲームさ」

   

   

「負けたら罰ゲームつきの……」
「……トランプ勝負?」
「ボクたち……5人で?」

 ブリテンの召集によってリビングに集められたのは、振袖から薄緑色のセーター&ミニスカートに着替えたフランソワーズと、ハインリヒ、そしてジョーの3人だった。
 他の面々は何やらちょっとした用事があるらしく、後ほどそれを終えたらここへ参加しに来ることになっているのだそうだ。

「そ! 罰ゲームの内容は、決められた一定量……まぁグラス半分ぐらいが適当かな。その酒に、その回のトップが好きなだけ上乗せして――ビリのヤツがそれを一気に飲む。……どうだ?」
「……いかにもゲーム好きのお前が考えそうなことだな」

 今日から新調した真っ白な絨毯の上に座って腕を組んだハインリヒが、含み笑いをしながらつぶやく。

「何だよ、ハインリヒ! やらないうちから逃げんのか?」
「ふっ……ま、新年だしな。たまにはお前につき合ってやるぜ」
「よっしゃ、そうこなくっちゃ!」

 ジェットは満足そうにニヤリと微笑うと、パチンと大きく指を鳴らした。

「で、でも私……そんなにお酒なんて……」
「だ〜いじょぶだって!! 何も必ずしも毎回飲む、ってワケじゃねぇんだし」
「そうそうっ、ゲームに勝てば問題なし! ジョー、お前ももちろんやるよな?」
「え? ボ、ボクは……」

 そう躊躇いを見せるジョーの首に、ジェットは自分の右腕を勢いよく絡ませると、彼の耳元で小さくこう囁いた。

『お前だって、あのハインリヒやフランソワーズが酒に酔ったらどうなるのか……見てみたいと思うだろ??』
『……ゔ』

 そんなジェットの言葉を聞いて、思わず返答に詰まるジョー。
 確かに、あのクールなハインリヒが酒に飲まれるとどう変貌するのかにはとても興味が湧くし……ぜひお目にかかってみたい。
 ――が、しかし……それ以上に。
 自分でさえまだ見ていないというのに、フランソワーズが酔った姿を――ほんのりと頬を桜色に染めた彼女が、伏し目がちな熱い視線で微睡む姿(……と、決まっているワケでは決してないが)を他の誰かに先に見られるというのは、非常に困る。
 ……次の瞬間。
 ふと成り行き上そんな考えに至ってしまったジョーは、もうどうにもそこから離れることができず……気づいたときには無言のまま首を縦に動かしていた。

「よしっ、決まりだな! やっぱトランプと言えば最初は……ポーカーで勝負だ!!」

 かくしてここに、壮絶なる戦いの火蓋は気って落とされたのであった……。

   

   

「ボクはQとJのツーペア……」
「私は、Aのスリーカードよ」
「ストレートだ」
「見ろ見ろ、俺なんてフルハウスだぜ!!」
「ってことは……くっそぉ〜〜〜! 10と5のツーペアの我輩の負けかぁ!?」

 思わずカードを投げ捨て頭を抱えたブリテンの左横で、ジョーはほっと胸を撫で下ろした。

「それじゃ、今回はジェットがブリテンにお酒を上乗せするのね?」
「そういうことっ。ホレ、ブリテン、いいから早くグラスを持てって。……へへっ、ロンドンの伯爵さんも大したことねぇなぁ」

 彼らは以前、ブリテンがロンドンの伯爵、ジェットがニューヨークのホテルの御曹司という触れ込みで、ネオ・ブラックゴーストが裏で操っていた巨大なカジノに潜入したことがあるのである。

「ええい、御曹司風情がエラそうにっ! 次を見ておれ、次を!!」

 ブリテンは半ばヤケになりながらグラスに並々と注がれた日本酒をグイッと一気に飲み干すと、決意を新たに集めたカードを切り始めた。
 ――第2回戦。

「あっぶね〜〜〜ギリギリ!! ジョー、サンキューな」
「……;;;」

 今回、トップはまたもスリーカードのフランソワーズで文句なく決まりだったのだが、Kハイ同士の熾烈な最下位争いでは、スペードのKを持っていたジェットに対して、惜しくもハートのKのジョーが最下位と決定した。

「じゃあ……ジョー、少しだけ……ね」

 言いながら、右隣のジョーが持つグラスのそばへと慎重に瓶を持っていくフランソワーズだったのだが、

「おいおいフランソワーズ、そ〜んな遠慮することねぇって!! もっとこう、どばーっと注いでやれば……」

と、ハインリヒを間に挟んでフランソワーズのほぼ正面に座っていたジェットが、つと彼女の両手の中の瓶へ右手を添えたかと思うと、そのままぐーっと勢いよく傾け……。

「きゃ……」
「あ゙ーーーっっ!! ジェ、ジェット!! 今のトップはジェットじゃなくてフランソワーズだろっ!? 何でジェットが主導権を握るんだよ!!?」
「ハイハイ、男は細かいことをいちいち気にしない! そんなんじゃあ、フランソワーズにも愛想つかされっちまうぞ〜〜〜」
「〜〜〜っっ!!」

   

   

 続く第3回戦。

「げっ、ま……また我輩!?」
「よ、伯爵。その調子で景気よくいってくれ」

 4回戦。

「おわ! やっちまったっっ!!」
「ジェット、お返しだっ!!」

 5回戦、6回戦……。
 ゲームの回数を追うごとに、酒瓶の中の日本酒は着々と減ってゆく。

「フランソワーズがこれほどポーカーに強いとはな」
「あら、ハインリヒだって……!」

 ――ところが、いつもその酒を飲まされるのは、ブリテン、ジェット、ジョーの3人うちの誰かで、ジェットの言うところの『肝心の2人』がなかなか負けない。

(う〜〜〜フランソワーズはともかくとして、ハインリヒには何とかギャフンと言わせてやらねぇと気がすまねぇ!!)

 ちょうどポーカーの第10回戦が終わったところで、残る4人が見守る中、3杯目の日本酒を空けたジェットが、グラスを置くと同時にこう叫んだ。

「よぉし、今度はブラック・ジャックで勝負しようぜ!!」

   

   

 ――その数分後。

「やったぜ、ざまぁみやがれっ!!」
「ううっ、長かったなぁ、ここまで……。お、ハインリヒ、グラスグラス!」
「わかってるっ!!」

 ついにブラック・ジャック第3回戦の前に、ハインリヒが陥落した。
 日本酒をグラス1杯飲むくらい、彼にとってどうということはないのだが……。『ゲームに負けて飲まなければならない』というのが彼には何となく悔しかった。

「……あれ、日本酒……もうないよ?」

 この回トップだったジョーが、お酒をハインリヒのグラスに注いでいる最中に、いよいよ空になってしまった瓶を覗き込みながら言った。

「もうないぃ? ちょっと待ってろ、今持ってくっから!」

 一升瓶をものの十数分で開けてしまった彼らは、新たにキッチンから日本酒、ワイン、ウォッカ、ウィスキーなどの酒を用意し――ルールはいつしか『グラス1杯ならば、トップがビリに何を飲ませてもよい』ことに変わっていた。
 その上、だんだんお酒が入って気分もハイになっているせいか、戦いはますますヒートアップしてゆく。

「ぐっぞぉぉ、また負けたぁ!! 何? またウィスキー!?」
「ウ、ウォッカなんて、ボクこんなに飲めないよ!!」
「……今度はワインか……」
「ええい、もう何でも来ぉ〜〜〜い!!」

 負け組み常連の3人に加え、ハインリヒも一度負けたためにそこからツキが落ちてしまったらしく、今や最下位の座は4人で交互に争われるようになっていた。
 ……相変わらず、これまで一度たりとも3位以下に落ちたことがないというフランソワーズの無敵の強さは変わらない。

「こうなったら、次はババ抜きだぁ!!」
「え……? わ、私はいいけど……みんな、大丈夫なの?」

 ――大のオトコが4人も揃って女性1人に負けっぱなしのこの状態では、誰も『もうやめよう』の一言が言い出せなかった。

   

   

 ……結局。
 フランソワーズのグラスに注がれた最初の規定分の日本酒は、ババ抜きを終えても神経衰弱を終えても7並べを終えても彼女の喉を通ることはなかった。
 普段は酒に強いジェットやハインリヒも、さすがにこれだけいろいろな種類のものを次から次へとチャンポンで飲まされてはたまらない。
 ――そして。

   

   

「まっ、参りましたーーーっっ!!」
「もぉこれ以上……飲めまっひぇん!!」
「……勘弁してください」
「ボクも……も、もうダメ……」
「え、ええっ!? ちょ、ちょっとみんな……」

 突然目の前で起こった出来事に驚きと戸惑いを隠し切れないフランソワーズは、つい大きな声でそう叫んでいた。

「今日のところわ、ろーかひとつ、この辺れお許しのほろを……」
「お許しって……勝負を挑んできたのはみんなの方じゃないの〜〜〜! だからさっきもあれほど『大丈夫?』って聞いたのに……!!」

 ――と、そのとき。

「みんな、楽しくやっとるかの?」

 ガチャッと扉が開く音とともに……抱えていた仕事に一段落をつけたギルモアが、ジョーたちの様子を見るためにピュンマとリビングへやって来た。
 ピュンマは今まで、ギルモアの仕事を一緒に手伝っていたのである。
 ――当然、ジョーたちはトランプゲームをしているものと思い込んでいるギルモアたち。
 ……が、2人の目に飛び込んできたのは――ジョーたち男性陣4人が一斉にとある方向に向かって土下座をしているという、何とも不思議な光景だった。
 そして……彼らの崇めるその先には、数枚のカードを持ってちょこんと正座したフランソワーズの姿が。

「……あ」

 静まり返る……一瞬。

「ど……どうしたんだい、フランソワーズ。これ……?」
「ピュンマ……そっ、それが……。ジョー! みんなもお願いだから顔を上げて!!」

 どうにかしてこの気まずい雰囲気を打破しようと、フランソワーズが必死にジョーたちを揺り起こすのだが……。

『……こ……降参〜〜〜……』(一同)

 彼らはすっかり限界点に到達しているらしく、もはや何を言ってもムダであった。

「〜〜〜っ!!」
「うむ……元日からこれでは……今年はみんな、どうやらフランソワーズには頭が上がらんようじゃのう、ピュンマ」
「はあ……そのようですね……」
「はっ、博士! 違うんです!! これは……っ!!」

 しかし、フランソワーズの懸命の弁解はギルモアたちに届かず……。

「いやはや、女性も強くなったもんじゃな」
「ええ。そろそろ女性の時代の到来ですかね?」

 2人はそんな言葉を交わしながら、仕事の続きをするために再びギルモアの書斎へと戻っていってしまった。

「………」

 リビングに置き去りにされたまま、しばらくの間茫然とギルモアたちを見送るフランソワーズ。
 すると、フランソワーズが先程無理矢理起こそうとして座らせたジョーの身体が、突然何の前触れもなく傾き始め……彼はそのまま彼女の膝の上に頭を乗せる形でドサッと倒れてしまった。

「ジっ……ジョー……?」

 そんな彼の顔を、フランソワーズが慌てて上からそっと覗き込むと――。

「ZZZ………」
「っ!!」

 ふと周りを見渡すと、他の3人も絨毯の上でやはり彼と同じように安らかな寝息を立てていた。

「んもうっ! ジョーたちなんか知らないっっ!!」


                               ~ Fin ~

 

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