File1 :些細な出来事





 とある晴れた日曜日の朝……。
 ギルモア研究所のダイニングにて。

   

「……なぁ、ジェット」

 テーブルに頬杖をつき、しばらく考え込むような素振りで向かい側に座るジェットを観ていたハインリヒが、ふいにそう口を開いた。

「あん?」

 そんな彼に、ジェットは朝食のハムエッグを口に運びかけつつ、チラリと目線を向ける。

「前から一度訊きたいと思っていたんだが……」
「な、何だよ、改まって」

 頬杖をついた姿勢のまま、じっと自分の方を見つめるハインリヒをある意味不気味に思いながらも――ジェットは先を促した。

「いや……お前のな」
「……おう」

 一瞬の――静の間隔。

「……お前のその髪型……どうやったらそんな風にできあがるんだ?」

 ガタガタガタっ。
 思わず椅子から滑り落ちるジェット。

「お……お……っ」
「ん?」

 テーブルの下に沈んだ彼を、ハインリヒが涼しい表情で覗き込む。
 途端、ジェットは勢いよく立ち上がって……。

「ぅお前なぁっ!! マジメな顔して何言い出すかと思えば……っ!!」
「仕方ないだろう、気になるものは。だいたい、さっき起きてきたばかりのクセに、よくまぁそう……」
「フンッ、うるせえな、企業秘密だっ!! 何だよ、人がせっかくいい気分でメシ食ってるときに……!!」
「くっくっ……そんなに怒るなよ。俺は感心して訊いてるんだぜ?」
「ウソをつけ、ウソをっ!!」
「……と、そういえば……」
「今度は何だよっ!!」
「いや、お前じゃなくて。そういえば、ジョーのヤツもおもしろい髪型してるな……と思ってな」

 言いながら、ハインリヒが隣の部屋(リビング)のソファーで雑誌読んでいるジョーを見遣ると、ジェットもつられるようにそちらへ顔を向けた。

「い、言われてみりゃあ……」
「あれ(片目)で射撃の腕があれだけいいのが信じられないぜ」
「ああ……邪魔じゃねえのかな、あの前髪」

 もうすっかりハインリヒへの怒りなど忘れてしまったかのように、ジェットは彼に興味津々といった表情を浮かべている。
 と、そのとき。
 キッチンから4人分の冷たい麦茶を運んできたフランソワーズが、揃ってリビングの方を覗き込んでいる2人へ不思議そうに声をかけた。

「2人とも……どうしたの?」

 ……リビングに何かあるの? と、フランソワーズも彼らと同じように視線を向けるので、ジェットは事のあらすじを彼女に告げることにした。
 ――もちろん、その前のハインリヒとの会話は抜きにして。

   

   

「ジョーの……髪型?」

 フランソワーズが、トレイから4つのうちの2つのグラスをテーブルに移しながらそう尋ね返した。

「ああ。わざわざ自分で自分の視界を遮らなくてもいいだろうに……」
「特別顔にキズがあるとかでもないしなぁ」
「そうね……。何か……特別な理由(わけ)でもあるのかしら……?」
「……例えば?」
「え? えっと……例えば……昔、過去に何かあった……とか」
「そういやアイツ、昔は相当なワルだったらしいな」
「お前と一緒でな」
「あ゙ーもう、いちいち!!」

 いいから! とジェットが涼やかに微笑うハインリヒを一喝する。

「とにかく!! こうなったらちょっと……本人に聞いてみようぜ。ジョーの知られざる秘密、ってやつをよ!!」

   

   

「おーい、ジョー」
「え?」

 つと自分の名を呼ぶ声にジョーが顔を上げると、ジェット、ハインリヒ、それにフランソワーズの3人が目の前に並んで立っていた。

「ひとつ訊きたいことがあるんだが……いいか?」

 そうジェットが言うのとほぼ同時に、3人がスッとソファーに腰を下ろす。

「な……何だい、みんなして……?」

 思わずたじろぐジョーに、フランソワーズは小さく微笑みながら麦茶の入ったグラスを差し出した。

「ハイ、どうぞ」
「あ、ありがと……」

 ジョーは、3人を交互に上目遣いで見渡しながら、受け取ったグラスにゆっくりと口をつけ……コクンと一口分の麦茶で渇いた喉を潤した。

「単刀直入に訊くけどよ」
「う、うん」

 いつになく真摯なジェットの眼差しに、つい返事がぎこちなくなる。
 ふとその横を見ると、フランソワーズもハインリヒも、ただ黙ってじっとこちらを見つめていた。

「お前……どうして……」
「うん」

 ジョーがおずおずと視線をジェットへ戻す。

「どうして前髪で、片方の眼を隠してるんだ?」
「……へ?」

 何だって? と思わずキョトンと瞳を丸くして尋ね返すジョー。

「だからっ!! 何で髪で片目を隠してるのか、って訊いてんだよ!!」

 ――やはりジョーの耳は間違いなく、正確に彼の言葉を捉えていたらしい。

「あ、あの、もしかして……訊きたいことって……それだけ?」
「難しいことは何もないだろう?」
「何か深い理由でもあるのかと思ったら……ちょっと気になっちゃって」
「お……おかしなこと訊くんだなぁ。みんな揃って真剣な顔してるから、いったいどんなことを聞かれるのかと思ったら……」
「まぁそんなことより! 何か理由があるんなら聞かせろって」

 何はなくともせがむジェットに、ジョーが一言。

「理由も何も……。だって、両方とも隠しちゃったら、前が見えなくなっちゃうだろ?」
『………』

 一同、沈黙。

「……ぷっ!」

 その静寂を最初に破ってクスクスと笑い出したのは、フランソワーズだった。
 隣には、未だ茫然とした表情を崩せない2人……。

「ふふっ、やっぱり……ジョーの方が一枚上手みたいね!」

 そんな彼女のセリフに、『……本当にそうなのか?』と言わんばかりに顔を見合わせるジェットとハインリヒだったのだが。
 ――ただ……何となく。
 そのまま何事もなかったかのようにフランソワーズと楽しそうに話し始めるジョーを見て、彼の『偉大さ』とゆーものを改めて思い知ったよーな知らなかったよーな……そんな複雑な気分を思いっきり味わった2人であった。

   

   

「おいっ、ハインリヒ!! 昔アイツがワルだったなんて……絶対ウソだろ!?」
「……俺に聞くなよ」


                               ~ Fin ~

 

 

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